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28. はにとら
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先の夜会での私の悪役令嬢振りは、随分とサマになっていたらしい。少しの罪悪感を覚えながらも、楽しんでレオナルド殿下に秋波を送る令嬢の多くを蹴散らしたのだから当然だ。私の評判が少しーー主に女社会の中で悪くなったが、この際仕方がない。
作戦は成功した。いや、成功しすぎた……
さて、例の町娘と殿下の仲をどうやって取り持とうかと頭を悩ませていると、ある噂が耳に飛び込んできた。
どうやらレオナルド殿下は、フェルマー公爵家の娘との婚約を決めたらしいーー
その噂の出所が何処かは知らないが、ここにきてまたカトレアが最有力候補に挙がったことに困惑していると、書斎に来るようにとお父様に呼ばれた。
「レオナルド殿下が、お前との結婚を所望している」
「……カトレアとですか?」
一瞬耳が悪くなったのかと思って、思わず聞き返す。お父様は呆れたように、小さくため息を吐いた。
「……お前とだ。アメリア」
「…………………どどどどうして!?」
お父様の書斎に、私の絶叫が響き渡った。
私は公爵家を継ぐのだから、候補にも挙がっていなかったというのにーー
あんぐりと口を開ける私に、お父様はどこまでも冷静に言った。
「アメリア、落ち着きなさい。仕方ないだろう、お前もそう望んでいると、既に周りも思っている」
「どうして……え、あ、もしかして先の夜会のことですか? あれは別に、レオナルド殿下の親戚として、王家とフェルマー家の繋がりの深さをちょっと強調しただけであって……」
「それもある。だがそれだけではない。もっと以前から、殿下とお前の仲は密かに王宮内で噂になっていた」
「噂? 何ですか、それ……」
お父様の話を要約するとこうだ。
その噂の出所は、どうも王妃様サイドらしい。彼女が事あるごとに、嬉しそうに「アメリアが、ようやく息子の求愛を受け入れた」と言って回ったそうだ。
「どうしてそんな嘘を……」
「どうも、イヤリングがどうとか言っていたが」
「……イヤリング?」
どういうこと? イヤリングなんて……
「最近、お前がよく付けている青いイヤリングだそうだが、心当たりは?」
「……う、っそ」
実は、あの皆で街に出かけ、レオナルド殿下に矢車菊のイヤリングをプレゼントして頂いた後。私はそれを大切に部屋に保管していた。
ある日、殿下と王宮で出くわした時、彼が寂しそうに呟いたのだ。
「あのイヤリングは付けてくれないの? 君が魅入っていたから、てっきり気に入ったのだと思ったんだが……すまない、どうやら無駄なものを押し付けてしまったようだね……」
「……」
そんな風に謙虚に言われて、誰が無下に出来ようか。私はそれから、王宮に出向く時はあのイヤリングを度々付けていくようになった。だって、『柴又のおじさん』も言っていた。義理と人情は大事だって。
それを恐らく、一緒にお茶をした時に王妃様が目に留めたのだろう。
「あら、それ……」
と、驚いたように一瞬私を見つめたが、その後何も言われなかったので気にもしなかった。いや、すっかり自分の耳に何を付けているのかも忘れていた……
色恋事に極端に疎い私は、コバルトブルーの色もさることながら、矢車菊そのものがレオナルド殿下の瞳を象徴していたというのに。幼い頃、矢車菊を手にしては、自分が散々そう評していたというのに。
レオナルド殿下の残念そうな言葉に気を取られ、周りがどう考えるか配慮することをすっかり忘れていたのだ。
「で、エレンディーヌ様付きの侍女が、王宮中にその噂を広めたんだろうな」
「王妃様の侍女……」
リサか!
ようやく、すれ違う度に意味ありげに見上げてくる彼女の視線の意味が分かった。リサは、「私は殿下と貴女の仲を知っていますよ」と、心の中で言っていたのだ。
何より私は、レオナルド殿下と彼女が仲良く立ち話をしている姿を見て知っている。てっきり逢瀬的なものと思い込んでいたが、もしかしたら殿下が、私のイヤリングの出所をバラしたのかもしれない。自分が買って、プレゼントしたのだと。
「それに、夜会で一緒に庭に出ただろう。かなりの時間、戻らなかったと聞いたが?」
「う、あ……それは……」
レオナルド殿下の恋愛相談にのっていたのです……とは、もはや言えない雰囲気だ。それどころかお父様の冷めた目に睨まれて、私は青ざめた。
「お、お父様? 何をお考えです? やましい事は何もありませんよ?」
まるでその目に、庭で何か、親に言えないことをしていただろうと責められているようで、私は慌てて言い訳した。
「ただ……ただ、そう、今後の国の在り方について、レオお兄様と議論していたのです。いかに地方産業の活性を促進させるか、国としてその方向性を示し、各領主との包括的な議論を定期的に設けーー」
「アメリア」
「とても白熱してしまって、それで時間を忘れたのです。南のフェアフィールド帝国の軍事力が逓増していますので、万が一の侵略に備え、今から隣国各地との連携を強化し、その対策を協議する機会を近々ーー」
「アメリア」
お父様がトントンと、指先で机を叩いた。これはお父様が苛々とし始めた時の合図だ。
思わず私は姿勢を正した。
「お前は混乱すると、無駄に難しい言葉を並べて人を煙に巻こうとする……その癖は止めなさい」
「……申し訳ありません」
落ち込んで項垂れる私に、お父様はこれで話は終わりだとばかりに立ち上がった。上着の裾を引っ張って服の形を整えながら、
「とにかく、まだ内密とはいえ、ここまで正式に王家から申し込まれたら公爵家としては断れない。出回っている噂も含め、お前の今後のためにも良くないだろう。近いうち、レオナルド殿下が直接お前に求婚してくるだろうから、そのつもりで」
「こ、公爵家はどうなりますか……?」
ドアに向かうお父様の背後に、恐る恐る問いかける。
私が王家に嫁いだら、誰がこのフェルマー家を継ぐというのかーー
「……カトレアは領主の器ではない。あの子に婿をとって、その彼に後を任せることになるだろう」
「……」
のぉぉぉォォー
私は心の中で、崩れ落ちた。_| ̄|○
作戦は成功した。いや、成功しすぎた……
さて、例の町娘と殿下の仲をどうやって取り持とうかと頭を悩ませていると、ある噂が耳に飛び込んできた。
どうやらレオナルド殿下は、フェルマー公爵家の娘との婚約を決めたらしいーー
その噂の出所が何処かは知らないが、ここにきてまたカトレアが最有力候補に挙がったことに困惑していると、書斎に来るようにとお父様に呼ばれた。
「レオナルド殿下が、お前との結婚を所望している」
「……カトレアとですか?」
一瞬耳が悪くなったのかと思って、思わず聞き返す。お父様は呆れたように、小さくため息を吐いた。
「……お前とだ。アメリア」
「…………………どどどどうして!?」
お父様の書斎に、私の絶叫が響き渡った。
私は公爵家を継ぐのだから、候補にも挙がっていなかったというのにーー
あんぐりと口を開ける私に、お父様はどこまでも冷静に言った。
「アメリア、落ち着きなさい。仕方ないだろう、お前もそう望んでいると、既に周りも思っている」
「どうして……え、あ、もしかして先の夜会のことですか? あれは別に、レオナルド殿下の親戚として、王家とフェルマー家の繋がりの深さをちょっと強調しただけであって……」
「それもある。だがそれだけではない。もっと以前から、殿下とお前の仲は密かに王宮内で噂になっていた」
「噂? 何ですか、それ……」
お父様の話を要約するとこうだ。
その噂の出所は、どうも王妃様サイドらしい。彼女が事あるごとに、嬉しそうに「アメリアが、ようやく息子の求愛を受け入れた」と言って回ったそうだ。
「どうしてそんな嘘を……」
「どうも、イヤリングがどうとか言っていたが」
「……イヤリング?」
どういうこと? イヤリングなんて……
「最近、お前がよく付けている青いイヤリングだそうだが、心当たりは?」
「……う、っそ」
実は、あの皆で街に出かけ、レオナルド殿下に矢車菊のイヤリングをプレゼントして頂いた後。私はそれを大切に部屋に保管していた。
ある日、殿下と王宮で出くわした時、彼が寂しそうに呟いたのだ。
「あのイヤリングは付けてくれないの? 君が魅入っていたから、てっきり気に入ったのだと思ったんだが……すまない、どうやら無駄なものを押し付けてしまったようだね……」
「……」
そんな風に謙虚に言われて、誰が無下に出来ようか。私はそれから、王宮に出向く時はあのイヤリングを度々付けていくようになった。だって、『柴又のおじさん』も言っていた。義理と人情は大事だって。
それを恐らく、一緒にお茶をした時に王妃様が目に留めたのだろう。
「あら、それ……」
と、驚いたように一瞬私を見つめたが、その後何も言われなかったので気にもしなかった。いや、すっかり自分の耳に何を付けているのかも忘れていた……
色恋事に極端に疎い私は、コバルトブルーの色もさることながら、矢車菊そのものがレオナルド殿下の瞳を象徴していたというのに。幼い頃、矢車菊を手にしては、自分が散々そう評していたというのに。
レオナルド殿下の残念そうな言葉に気を取られ、周りがどう考えるか配慮することをすっかり忘れていたのだ。
「で、エレンディーヌ様付きの侍女が、王宮中にその噂を広めたんだろうな」
「王妃様の侍女……」
リサか!
ようやく、すれ違う度に意味ありげに見上げてくる彼女の視線の意味が分かった。リサは、「私は殿下と貴女の仲を知っていますよ」と、心の中で言っていたのだ。
何より私は、レオナルド殿下と彼女が仲良く立ち話をしている姿を見て知っている。てっきり逢瀬的なものと思い込んでいたが、もしかしたら殿下が、私のイヤリングの出所をバラしたのかもしれない。自分が買って、プレゼントしたのだと。
「それに、夜会で一緒に庭に出ただろう。かなりの時間、戻らなかったと聞いたが?」
「う、あ……それは……」
レオナルド殿下の恋愛相談にのっていたのです……とは、もはや言えない雰囲気だ。それどころかお父様の冷めた目に睨まれて、私は青ざめた。
「お、お父様? 何をお考えです? やましい事は何もありませんよ?」
まるでその目に、庭で何か、親に言えないことをしていただろうと責められているようで、私は慌てて言い訳した。
「ただ……ただ、そう、今後の国の在り方について、レオお兄様と議論していたのです。いかに地方産業の活性を促進させるか、国としてその方向性を示し、各領主との包括的な議論を定期的に設けーー」
「アメリア」
「とても白熱してしまって、それで時間を忘れたのです。南のフェアフィールド帝国の軍事力が逓増していますので、万が一の侵略に備え、今から隣国各地との連携を強化し、その対策を協議する機会を近々ーー」
「アメリア」
お父様がトントンと、指先で机を叩いた。これはお父様が苛々とし始めた時の合図だ。
思わず私は姿勢を正した。
「お前は混乱すると、無駄に難しい言葉を並べて人を煙に巻こうとする……その癖は止めなさい」
「……申し訳ありません」
落ち込んで項垂れる私に、お父様はこれで話は終わりだとばかりに立ち上がった。上着の裾を引っ張って服の形を整えながら、
「とにかく、まだ内密とはいえ、ここまで正式に王家から申し込まれたら公爵家としては断れない。出回っている噂も含め、お前の今後のためにも良くないだろう。近いうち、レオナルド殿下が直接お前に求婚してくるだろうから、そのつもりで」
「こ、公爵家はどうなりますか……?」
ドアに向かうお父様の背後に、恐る恐る問いかける。
私が王家に嫁いだら、誰がこのフェルマー家を継ぐというのかーー
「……カトレアは領主の器ではない。あの子に婿をとって、その彼に後を任せることになるだろう」
「……」
のぉぉぉォォー
私は心の中で、崩れ落ちた。_| ̄|○
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