女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

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18. ワンダーランド

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 身支度をしっかり整えて向かった先、予想外のお客様を迎えての夕食は穏やかに始まった。

「これは……本当に美味しいですね!『まよねーず』と言うのですか? 初めて口にしました」

 心から感動したようにジョセフ・バーゼル侯爵子息が、『まよねーず』の掛かった半熟ゆで卵に彩りのトマトを添えて、上品にチコリの上に載せた前菜を口にして唸る。
 ずっと不思議だったのは、なぜレオナルド殿下の側近である彼が今ここに居るのか? だったのだが。

「いやー、ずっと殿下にお願いしていたんですよ。先の王妃様のお茶会の場でも、殿下とカトレア嬢が私に自慢するように『まよねーず』は美味しいと言い合っていまして。ぜひご相伴に与りたいと、ずっと思っていたんです」

 屈託なく目をキラキラさせて、幸せそうに笑う。確か侯爵家の次男坊。高慢ちきな貴族が多い中、その何の含みも無い仕草の全てが素朴に見えて、私は好感を持った。

「ありがとうございます。そう言って頂けますと、うちのシェフも喜びますわ」

「聞くところによりますと、アメリア嬢が考案したとか。出来ればその、『まよねーず』の作り方をうちのシェフにも……」

「ああ、それは駄目だよ。私も何度もお願いしたが、アメリアは絶対に教えてくれないんだ。だからこうして、食べたくなったら公爵邸まで出向かなければいけない」

 レオナルド殿下が恨めしそうに私を睨んでくる。だがこれに関しては、私は譲るわけにはいかない。

「だって、うちのシェフ長と約束したのですもの。『まよねーず』は今では彼の秘伝のレシピですから、私でもお教えすることは出来ませんわ」

 そうして引き換えに、まだまだ試したい異世界の再現料理をシェフ長に作ってもらうのだ。私のうろ覚えの拙い説明からでも、何とか汲み取って形にしてくれる彼は天才だ。
 国内でも5本の指に入る、才能溢れる彼と友好な関係を維持するためなら、レシピを守秘することぐらい簡単なことだった。今更、彼に公爵家を辞められては困る。

「お姉様は本当に凄いんですのよ。色んな国の本を原本で読んで、旅行記とか伝記から我が国にはない珍しいお料理を見つけてくるんです。それでシェフに話して、作ってもらうの!」

 カトレアが自分のことのように鼻高々に言う。お母様までにこやかに、

「アメリアは『じぱんぐ』って国が好きなのよね? よくシェフと、そこのお料理を試しているもの」

「じぱんぐ? それは何処だい?」

「初めて聞きましたね。うちと交流のある国でしょうか?」

「……」

 お母様、それは最重要機密です。
 加奈子の住む日本のことを正直に言うわけにもいかず、遥か昔に苦し紛れについた出任せを、まさかお母様が今も覚えているとは思わなかった。

「確か東の方の……いえ、西だったかしら。海を挟んだ、とても遠くの国だったと思います。いえ、もしかしたら『じぱんぐ』は旅行者の名前だったかも。随分昔に読んだ本なので、すっかり忘れてしまいましたわ」

 ほほほ……と笑って必死に誤魔化す。これ以上続けて突っ込まれては堪らないと、私は慌てて話の矛先を料理から逸らすことにした。

「そういえばこの度の道中で、馬車の中から満開のラベンダー畑を見ましたわ。あたり一面、薄紫色の絨毯で。遠目でしたけど、とても素晴らしかったですわ。本当に、綺麗な花には心が躍りますわね」

「まあ、それは素敵ね」

 お母様が私の言葉に相槌を打ってくれる。私は続けて、レオナルド殿下に顔を向けた。

「お花といえば、先のお茶会で王妃様が仰っていましたが、王宮の温室の洋ランが今は大層見ごろだとか」

「ああ、うちの庭師長が、今年は新種の開発に取り掛かっていてね。頑張って世話していたよ」

「まあ、新種ですか? それは興味深いですね。でしたら今度ぜひ、カトレーー」

「もちろんだよ! 喜んで、今度必ず案内しよう」

「……」

 ……妹を案内して下さいと、言い切る前に快諾を貰ってしまった。

 任せておけとばかりに、にっこりと笑うレオナルド殿下に、私もそっと微笑み返す。多少その笑顔が引き攣っているのはご愛嬌だ。

「……ありがとう、ございます……?」
 
 まあいいわ。とにかく言質は取った。

 近いうちにレオナルド殿下からカトレアに温室デートのお誘いがあるはずだから、その時の為用に、妹に少し大人めのドレスを新調しようと私は心に決めた。
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