18 / 38
18. ワンダーランド
しおりを挟む
身支度をしっかり整えて向かった先、予想外のお客様を迎えての夕食は穏やかに始まった。
「これは……本当に美味しいですね!『まよねーず』と言うのですか? 初めて口にしました」
心から感動したようにジョセフ・バーゼル侯爵子息が、『まよねーず』の掛かった半熟ゆで卵に彩りのトマトを添えて、上品にチコリの上に載せた前菜を口にして唸る。
ずっと不思議だったのは、なぜレオナルド殿下の側近である彼が今ここに居るのか? だったのだが。
「いやー、ずっと殿下にお願いしていたんですよ。先の王妃様のお茶会の場でも、殿下とカトレア嬢が私に自慢するように『まよねーず』は美味しいと言い合っていまして。ぜひご相伴に与りたいと、ずっと思っていたんです」
屈託なく目をキラキラさせて、幸せそうに笑う。確か侯爵家の次男坊。高慢ちきな貴族が多い中、その何の含みも無い仕草の全てが素朴に見えて、私は好感を持った。
「ありがとうございます。そう言って頂けますと、うちのシェフも喜びますわ」
「聞くところによりますと、アメリア嬢が考案したとか。出来ればその、『まよねーず』の作り方をうちのシェフにも……」
「ああ、それは駄目だよ。私も何度もお願いしたが、アメリアは絶対に教えてくれないんだ。だからこうして、食べたくなったら公爵邸まで出向かなければいけない」
レオナルド殿下が恨めしそうに私を睨んでくる。だがこれに関しては、私は譲るわけにはいかない。
「だって、うちのシェフ長と約束したのですもの。『まよねーず』は今では彼の秘伝のレシピですから、私でもお教えすることは出来ませんわ」
そうして引き換えに、まだまだ試したい異世界の再現料理をシェフ長に作ってもらうのだ。私のうろ覚えの拙い説明からでも、何とか汲み取って形にしてくれる彼は天才だ。
国内でも5本の指に入る、才能溢れる彼と友好な関係を維持するためなら、レシピを守秘することぐらい簡単なことだった。今更、彼に公爵家を辞められては困る。
「お姉様は本当に凄いんですのよ。色んな国の本を原本で読んで、旅行記とか伝記から我が国にはない珍しいお料理を見つけてくるんです。それでシェフに話して、作ってもらうの!」
カトレアが自分のことのように鼻高々に言う。お母様までにこやかに、
「アメリアは『じぱんぐ』って国が好きなのよね? よくシェフと、そこのお料理を試しているもの」
「じぱんぐ? それは何処だい?」
「初めて聞きましたね。うちと交流のある国でしょうか?」
「……」
お母様、それは最重要機密です。
加奈子の住む日本のことを正直に言うわけにもいかず、遥か昔に苦し紛れについた出任せを、まさかお母様が今も覚えているとは思わなかった。
「確か東の方の……いえ、西だったかしら。海を挟んだ、とても遠くの国だったと思います。いえ、もしかしたら『じぱんぐ』は旅行者の名前だったかも。随分昔に読んだ本なので、すっかり忘れてしまいましたわ」
ほほほ……と笑って必死に誤魔化す。これ以上続けて突っ込まれては堪らないと、私は慌てて話の矛先を料理から逸らすことにした。
「そういえばこの度の道中で、馬車の中から満開のラベンダー畑を見ましたわ。あたり一面、薄紫色の絨毯で。遠目でしたけど、とても素晴らしかったですわ。本当に、綺麗な花には心が躍りますわね」
「まあ、それは素敵ね」
お母様が私の言葉に相槌を打ってくれる。私は続けて、レオナルド殿下に顔を向けた。
「お花といえば、先のお茶会で王妃様が仰っていましたが、王宮の温室の洋ランが今は大層見ごろだとか」
「ああ、うちの庭師長が、今年は新種の開発に取り掛かっていてね。頑張って世話していたよ」
「まあ、新種ですか? それは興味深いですね。でしたら今度ぜひ、カトレーー」
「もちろんだよ! 喜んで、今度必ず案内しよう」
「……」
……妹を案内して下さいと、言い切る前に快諾を貰ってしまった。
任せておけとばかりに、にっこりと笑うレオナルド殿下に、私もそっと微笑み返す。多少その笑顔が引き攣っているのはご愛嬌だ。
「……ありがとう、ございます……?」
まあいいわ。とにかく言質は取った。
近いうちにレオナルド殿下からカトレアに温室デートのお誘いがあるはずだから、その時の為用に、妹に少し大人めのドレスを新調しようと私は心に決めた。
「これは……本当に美味しいですね!『まよねーず』と言うのですか? 初めて口にしました」
心から感動したようにジョセフ・バーゼル侯爵子息が、『まよねーず』の掛かった半熟ゆで卵に彩りのトマトを添えて、上品にチコリの上に載せた前菜を口にして唸る。
ずっと不思議だったのは、なぜレオナルド殿下の側近である彼が今ここに居るのか? だったのだが。
「いやー、ずっと殿下にお願いしていたんですよ。先の王妃様のお茶会の場でも、殿下とカトレア嬢が私に自慢するように『まよねーず』は美味しいと言い合っていまして。ぜひご相伴に与りたいと、ずっと思っていたんです」
屈託なく目をキラキラさせて、幸せそうに笑う。確か侯爵家の次男坊。高慢ちきな貴族が多い中、その何の含みも無い仕草の全てが素朴に見えて、私は好感を持った。
「ありがとうございます。そう言って頂けますと、うちのシェフも喜びますわ」
「聞くところによりますと、アメリア嬢が考案したとか。出来ればその、『まよねーず』の作り方をうちのシェフにも……」
「ああ、それは駄目だよ。私も何度もお願いしたが、アメリアは絶対に教えてくれないんだ。だからこうして、食べたくなったら公爵邸まで出向かなければいけない」
レオナルド殿下が恨めしそうに私を睨んでくる。だがこれに関しては、私は譲るわけにはいかない。
「だって、うちのシェフ長と約束したのですもの。『まよねーず』は今では彼の秘伝のレシピですから、私でもお教えすることは出来ませんわ」
そうして引き換えに、まだまだ試したい異世界の再現料理をシェフ長に作ってもらうのだ。私のうろ覚えの拙い説明からでも、何とか汲み取って形にしてくれる彼は天才だ。
国内でも5本の指に入る、才能溢れる彼と友好な関係を維持するためなら、レシピを守秘することぐらい簡単なことだった。今更、彼に公爵家を辞められては困る。
「お姉様は本当に凄いんですのよ。色んな国の本を原本で読んで、旅行記とか伝記から我が国にはない珍しいお料理を見つけてくるんです。それでシェフに話して、作ってもらうの!」
カトレアが自分のことのように鼻高々に言う。お母様までにこやかに、
「アメリアは『じぱんぐ』って国が好きなのよね? よくシェフと、そこのお料理を試しているもの」
「じぱんぐ? それは何処だい?」
「初めて聞きましたね。うちと交流のある国でしょうか?」
「……」
お母様、それは最重要機密です。
加奈子の住む日本のことを正直に言うわけにもいかず、遥か昔に苦し紛れについた出任せを、まさかお母様が今も覚えているとは思わなかった。
「確か東の方の……いえ、西だったかしら。海を挟んだ、とても遠くの国だったと思います。いえ、もしかしたら『じぱんぐ』は旅行者の名前だったかも。随分昔に読んだ本なので、すっかり忘れてしまいましたわ」
ほほほ……と笑って必死に誤魔化す。これ以上続けて突っ込まれては堪らないと、私は慌てて話の矛先を料理から逸らすことにした。
「そういえばこの度の道中で、馬車の中から満開のラベンダー畑を見ましたわ。あたり一面、薄紫色の絨毯で。遠目でしたけど、とても素晴らしかったですわ。本当に、綺麗な花には心が躍りますわね」
「まあ、それは素敵ね」
お母様が私の言葉に相槌を打ってくれる。私は続けて、レオナルド殿下に顔を向けた。
「お花といえば、先のお茶会で王妃様が仰っていましたが、王宮の温室の洋ランが今は大層見ごろだとか」
「ああ、うちの庭師長が、今年は新種の開発に取り掛かっていてね。頑張って世話していたよ」
「まあ、新種ですか? それは興味深いですね。でしたら今度ぜひ、カトレーー」
「もちろんだよ! 喜んで、今度必ず案内しよう」
「……」
……妹を案内して下さいと、言い切る前に快諾を貰ってしまった。
任せておけとばかりに、にっこりと笑うレオナルド殿下に、私もそっと微笑み返す。多少その笑顔が引き攣っているのはご愛嬌だ。
「……ありがとう、ございます……?」
まあいいわ。とにかく言質は取った。
近いうちにレオナルド殿下からカトレアに温室デートのお誘いがあるはずだから、その時の為用に、妹に少し大人めのドレスを新調しようと私は心に決めた。
2
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説

【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。

【完結】妻至上主義
Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。
この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。
本編11話+番外編数話
[作者よりご挨拶]
未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。
現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。
お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。
(╥﹏╥)
お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。

秘密の切り札
宵の月
恋愛
完結投稿。父と弟の冤罪による、突然の投獄。箱入り娘と母親だけが取り残された屋敷に、一人の男がやってきた。全てを取り戻すため、アデーレは男の手を取った。
箱入り娘が家族を守るため、奮闘するお話です。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

旦那様が素敵すぎて困ります
秋風からこ
恋愛
私には重大な秘密があります。実は…大学一のイケメンが旦那様なのです!
ドジで間抜けな奥様×クールでイケメン、だけどヤキモチ妬きな旦那様のいちゃラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる