16 / 38
16. 貴女が私にくれたもの
しおりを挟む
お父様は、母である王妃が国王に毒を盛ったと証言した。正しくは、「お母様が、紅茶のポットにお砂糖か何かを入れているのが見えた」と言っただけだけれど、それで十分だった。
お祖母様は恐らく、他に疑いを持たれて冤罪にかけられる人が出ることを恐れたのだろう。だから心を病んだ王妃の心中としてカタが付くよう、息子である王子を目撃者に仕立てたのだ。
当時僅か6歳だった子供に、その役目はあまりに酷だろうと私は思うが、お祖母様の教育の賜物か、お父様は見事にその役をやり切った。
ーー欲に溺れず、状況を見極められる人間になりなさい。
亡きお祖母様の言葉を胸に。
早急な葬儀の後、唯一の嫡男であるお父様を次期国王に推す声もあったが、自分がまだ幼いこと、そして父の時世が国民に無理を強いたことを理由に、お父様は固辞した。さらには父の取り巻きだった派閥に将来利用されては堪らないと、一切の継承権を破棄して、当時改革派の筆頭だったフェルマー侯爵家に臣下として降下した。まだ幼かったお母様の、夫として。
そうして第二王子であった、亡き国王の異母弟が王位を引き継いだ。王族の血筋はそちらに引き継がれ、今ではお父様の従兄弟、アーノルド様が現国王だ。その息子、レオナルド王太子殿下は私のはとこにあたる。
フェルマー家に預けられたお父様は、侯爵家の養子にはならず、たった6歳で当時10歳だったお母様と結婚した。
当時のフェルマー侯爵ーーお祖父様は、当初お父様を養子にして跡取りにするつもりだったが、
「暗君であった父と、賢妃と呼ばれた母が、私の唯一の親です。いまさら貴方を父とは呼べない」
と、お父様に拒否されてしまったらしい。
お父様を手元に置くのは、未だ好機を窺う反対勢力への抑止として必須。更には新王家にも恩を売れる。
幼い二人を政略結婚の犠牲にするのは忍びなかったが、お祖父様も貴族の端くれ、他に選択の余地はなかった。
「ハワードはうちに来た時から、感情の抜け落ちた子供だったわ」
当時を振り返って、お母様が懐かしそうに笑う。
まだ10歳だったので、夫というより弟が出来たぐらいの心情で接していたらしいが、なにせ筋金入りの無表情、無感情のお父様のことだ。邪険にされることはなかったが、一緒に駆け回って遊ぶようなこともなかった。
二人一緒にする事と言ったら、午後のお茶ぐらい。しかも会話もそう弾まなかった。
だが男気はあったらしく、ある日、庭に迷い込んできた犬に、お父様はお母様を庇って果敢に立ちはだかったそうだ。
「怖くて震えてるくせに、私のことを必死に守ろうとしているその姿が、本当にーー可笑しくって!」
「……」
お母様、そこはお父様の勇気に感動するところでは?
本当は人懐っこい犬が、遊んで欲しそうに尻尾をフリフリ構えていただけだったのだが、どうにもお父様には、今にも飛び掛からんとしている猛犬に見えていたらしい。
「その後、犬に押し倒されて、顔中ベロベロ舐められていたわ。あの時、あなた地味に泣いていたわよね?」
「……」
クスクスと笑って、お母様はお父様の忘れたい過去をばらす。
政略結婚した2人だったが、両親の仲は悪くない。幼い頃から一緒にいて分かり合えたおかげもあるが、何よりお父様がお母様を大切にしたからだ。
自分の母を蔑ろにした父の背を見て育ったせいで、反面教師よろしく、お父様は自分の妻をきちんと扱った。もしくは天真爛漫なお母様の性格に、孤独だったお父様の心が救われたからか。
ラッセル王国の歴史に、第二王子の謀反という汚点を残さない為、国王暗殺の罪は全て亡き王妃に課せられた。国王殺しの犯人として正式に祀ることも出来ず、もちろん王室の墓に入ることなど許されない。
未だ燻る反対派に大義名分を与えないよう、新国王及び新政権は、先の不幸には無関係。救国の王妃だったにも拘らず、彼女は稀代の悪女として名を残すことになった。
それが彼女の願いだったとはいえ、やるせ無かったのは先代様だ。全ての責を、亡くなった後も王妃にだけ押し付けることになってしまった。
せめて残された子には不自由のないように。先代様はお父様を事あるごとに気にかけ、実の息子のように扱った。
お父様がフェルマーの家を正式に継ぐ時、侯爵から公爵へと陞爵させたのも先代様だ。
私達家族はいつも先代様の温かいお心に見守られ、そして、お祖母様の守った平和なこの国で今日も幸せに生きている。
お祖母様は恐らく、他に疑いを持たれて冤罪にかけられる人が出ることを恐れたのだろう。だから心を病んだ王妃の心中としてカタが付くよう、息子である王子を目撃者に仕立てたのだ。
当時僅か6歳だった子供に、その役目はあまりに酷だろうと私は思うが、お祖母様の教育の賜物か、お父様は見事にその役をやり切った。
ーー欲に溺れず、状況を見極められる人間になりなさい。
亡きお祖母様の言葉を胸に。
早急な葬儀の後、唯一の嫡男であるお父様を次期国王に推す声もあったが、自分がまだ幼いこと、そして父の時世が国民に無理を強いたことを理由に、お父様は固辞した。さらには父の取り巻きだった派閥に将来利用されては堪らないと、一切の継承権を破棄して、当時改革派の筆頭だったフェルマー侯爵家に臣下として降下した。まだ幼かったお母様の、夫として。
そうして第二王子であった、亡き国王の異母弟が王位を引き継いだ。王族の血筋はそちらに引き継がれ、今ではお父様の従兄弟、アーノルド様が現国王だ。その息子、レオナルド王太子殿下は私のはとこにあたる。
フェルマー家に預けられたお父様は、侯爵家の養子にはならず、たった6歳で当時10歳だったお母様と結婚した。
当時のフェルマー侯爵ーーお祖父様は、当初お父様を養子にして跡取りにするつもりだったが、
「暗君であった父と、賢妃と呼ばれた母が、私の唯一の親です。いまさら貴方を父とは呼べない」
と、お父様に拒否されてしまったらしい。
お父様を手元に置くのは、未だ好機を窺う反対勢力への抑止として必須。更には新王家にも恩を売れる。
幼い二人を政略結婚の犠牲にするのは忍びなかったが、お祖父様も貴族の端くれ、他に選択の余地はなかった。
「ハワードはうちに来た時から、感情の抜け落ちた子供だったわ」
当時を振り返って、お母様が懐かしそうに笑う。
まだ10歳だったので、夫というより弟が出来たぐらいの心情で接していたらしいが、なにせ筋金入りの無表情、無感情のお父様のことだ。邪険にされることはなかったが、一緒に駆け回って遊ぶようなこともなかった。
二人一緒にする事と言ったら、午後のお茶ぐらい。しかも会話もそう弾まなかった。
だが男気はあったらしく、ある日、庭に迷い込んできた犬に、お父様はお母様を庇って果敢に立ちはだかったそうだ。
「怖くて震えてるくせに、私のことを必死に守ろうとしているその姿が、本当にーー可笑しくって!」
「……」
お母様、そこはお父様の勇気に感動するところでは?
本当は人懐っこい犬が、遊んで欲しそうに尻尾をフリフリ構えていただけだったのだが、どうにもお父様には、今にも飛び掛からんとしている猛犬に見えていたらしい。
「その後、犬に押し倒されて、顔中ベロベロ舐められていたわ。あの時、あなた地味に泣いていたわよね?」
「……」
クスクスと笑って、お母様はお父様の忘れたい過去をばらす。
政略結婚した2人だったが、両親の仲は悪くない。幼い頃から一緒にいて分かり合えたおかげもあるが、何よりお父様がお母様を大切にしたからだ。
自分の母を蔑ろにした父の背を見て育ったせいで、反面教師よろしく、お父様は自分の妻をきちんと扱った。もしくは天真爛漫なお母様の性格に、孤独だったお父様の心が救われたからか。
ラッセル王国の歴史に、第二王子の謀反という汚点を残さない為、国王暗殺の罪は全て亡き王妃に課せられた。国王殺しの犯人として正式に祀ることも出来ず、もちろん王室の墓に入ることなど許されない。
未だ燻る反対派に大義名分を与えないよう、新国王及び新政権は、先の不幸には無関係。救国の王妃だったにも拘らず、彼女は稀代の悪女として名を残すことになった。
それが彼女の願いだったとはいえ、やるせ無かったのは先代様だ。全ての責を、亡くなった後も王妃にだけ押し付けることになってしまった。
せめて残された子には不自由のないように。先代様はお父様を事あるごとに気にかけ、実の息子のように扱った。
お父様がフェルマーの家を正式に継ぐ時、侯爵から公爵へと陞爵させたのも先代様だ。
私達家族はいつも先代様の温かいお心に見守られ、そして、お祖母様の守った平和なこの国で今日も幸せに生きている。
2
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説

【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。

【完結】妻至上主義
Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。
この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。
本編11話+番外編数話
[作者よりご挨拶]
未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。
現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。
お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。
(╥﹏╥)
お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。

秘密の切り札
宵の月
恋愛
完結投稿。父と弟の冤罪による、突然の投獄。箱入り娘と母親だけが取り残された屋敷に、一人の男がやってきた。全てを取り戻すため、アデーレは男の手を取った。
箱入り娘が家族を守るため、奮闘するお話です。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

拉致られて家事をしてたら、カタギじゃなくなってた?!
satomi
恋愛
肩がぶつかって詰め寄られた杏。謝ったのに、逆ギレをされ殴りかかられたので、正当防衛だよね?と自己確認をし、逆に抑え込んだら、何故か黒塗り高級車で連れて行かれた。……先は西谷組。それからは組員たちからは姐さんと呼ばれるようになった。西谷組のトップは二代目・光輝。杏は西谷組で今後光輝のSP等をすることになった。
が杏は家事が得意だった。組員にも大好評。光輝もいつしか心をよせるように……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる