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STEP1 ハジメマシテ
case4:Dさんの場合
しおりを挟む「よっぽど好きな方なのかなぁ」
北風が吹き抜ける拓けた公園。
ここは、私の贔屓が本拠地として使っているスタジアムのある公園だ。
今日のお相手は御本人も相当な野球……と言うより球団好きと見た。プロフィール通りである。
観戦仲間になってくれたら嬉しいなぁという期待も込めて、気が合うことをアピールするため、約仕さんと相談して球団グッズのパーカー(マスコットキャラクターがプリントされててかわいい)、ニット帽(さり気なく入ったロゴがポイント)、チケットホルダー付きミニトート(ストラップ付きで普段も使ってる)と、ファンアピしてみた。
スマホカバーやリング、ストラップももちろん球団グッズである。元からだけど。
目印の併設されているバーガーショップに向かうと、スラリと背の高い──多分、バンさんよりでかい──スタイルのいい男性が壁に背を預けていた。
今回の待ち合わせ相手である。
顔はキャップとマスクで見えないが、落ち着いた色合いで纏められてて、なかなかのお洒落さんと見た。
てか太ももえっぐいな!?ジーンズぱっつぱつ!好き!!
野球やってると書いてあった気がする。もしや社会人野球やってたりするのだろうか。学生時代やってたのだろうか。
プロ野球は大好きだし、それに関連して高校野球や大学野球も大きい大会はチェックするようにしてるが、社会人や独立はまだ完全に把握出来ていないので、もし詳しいなら聞きたいところだ。
寒い中待たせてるであろう彼に早く話しかけるため、少し駆け足になった。
「すみません、ダイスケさんで」
スマホに向いていた目がこちらを見る。
「す」
視線が重なる。
「か……」
息を呑んだ。
「はい、そうです」
「あの、あの、もしや……中畝地選手……!?」
「えっ、知ってるんですか」
知ってるも何も!!
中畝地大亮選手といえば!!!!
9年前のドラフト3位で入団!!大卒ルーキーとして、1番センターで開幕スタメン!
そこで結果を残し、うちの弱点だったセンターラインを強化!!以来不動の1番センターとして活躍する俊足好打の外野手である!!
1年目は2割後半だった打率も、年々上がり今年ついに首位打者獲得となる.386!!試合数が少ないとはいえ快挙である!!
盗塁数も増え、リーグ3位の28個!チームの盗塁数は彼が支えてると言っても過言ではない!!
また、その足を活かした広範囲の守備力は彼の背番号に因んで『AREA7』と呼ばれ、タッチアップも許さない強肩は銃弾のような鋭い送球で他球団から『Sniper7』と呼ばれ恐れられている!!
そして中畝地選手を語るには人柄も欠かせない。
地元出身で、尚且つドラフト時に「横浜に指名されなきゃ断る」と言っており、実際高卒時のドラフトは別の球団(金万球団の育成枠で)に指名されており、断っていた。
万年最下位だった贔屓にここまで言ってくれる選手なんていなかったから、この時点でファンは中畝地選手を愛してしまい、進学先の大学では多くのファンが詰め掛けたと言う。
ちなみに指名時は本人もファンも号泣しました。新人合同自主トレでは、サインの列が1番長かったことを報告します。
つい最近国内FA取得したけど、「最低でも横浜で日本一取るまでは何処にも行かない」宣言をしており、またしてもファンは愛して(以下略)、ユニもタオルも爆発的に売れている。
1度理由を聞かれた時は、「幼なじみと約束したんで」という、なんとも爽やかで素敵なお話でまたしても(以下略)。
そして顔がいい。スッキリとした短髪に、切れ長の瞳、程よく焼けた肌に鍛え上げられた体。プロ野球界のアイドル雑誌での人気投票では特集を組まれてなくても5位以内には入ってます。
イケメンというよりかは男前のが合ってるかな?おかげで新規の女性ファンは大抵中畝地選手推しである。わかる。
かくいう私も中畝地選手は好きであり、タオルもユニも、グッズもある程度持っている。ていうかこのマスコットキャラクターが入ってるパーカー、中畝地選手プロデュースである。
それに気付いたのか、中畝地選手も指差し、俺の?と問うてきた。頷くしか出来なかった。
てかなんで私写真で気付かなかった?ちゃんと見て無さすぎでは??またイケメンだ……っていう印象しかなかったもんな???
そ、それより!
「あ、あの、30秒だけ、ファンになっていいですか」
「え?あ、あぁ。大丈夫っす……」
「ありがとうございます!あの、お写真、撮りたいです……!」
「いっすよ」
カメラ準備していたスマホを取られ、こっちと隣に引き寄せられる。───ふぁ!?
マスク、と言われたけどすぐには反応出来ず彼の指に引っ掛けられ、顔が晒された。
数回押されたシャッターで撮れたものには、真っ赤じゃない顔なんて写っていなかった。
ちょっと待て、ツーショなんて言ってない!!でもこんな近くで撮れる事ないからいっか!!
ありがとうございます!と勢いよくお礼を言った後、深呼吸する。
「──では、ダイスケさん」
「えっ」
「えっ」
「なんで」
「ファンモード終わりましたし……」
想定外の出逢いに大興奮はしたものの、仕事の関係上有名人に会い慣れてるので、少し落ち着けば普通の態度になれる。
せっかく結婚を前提にこうして逢えたんだから、普通の態度のがいいと思ったんだが……。
「……ん、まぁ、そっか」
それに納得してくれた中畝地選手もといダイスケさんは、バーガーショップ……ではなく、少し歩いたところにある球団経営のカフェに案内してくれた。
入口からは死角になっている奥の席に通され、温かいミルクティーを淹れてくれた。
ダイスケさんはコーヒーである。
程よい甘さでほっと息を吐いた。久しぶりに来たけど、シーズンオフだとガラガラだなぁ。
……そういえば、なんで注文してないのに届いたんだ?アキラさんみたく注文済パターン?
聞こうと口を開いた時、お待たせしましたーとの声と共に、とてもいい匂いが運ばれてきた。
「たっ、タンドリーチキン……!!もしかして……!」
「ランチメニューのやつっす。寮と同じの」
「うわー、うわー!」
このカフェは球団経営なだけあって、選手が寮で食べているメニューをいくつか用意されている。
特にこのタンドリーチキンは、常設のカレーと双璧を成す人気で、いつも瞬殺なため食べられたことがなかったのだ。
い、いくら空いてても正午とっくに過ぎてるのに、よく余って……
いや、きっと、取り置きして貰ってたんだ。
人気なの、知ってるから。私が球団ファンなのも、知ってたから。
「ありがとうございます」
「…………っす」
少しだけ、朱に染った頬を見て、初めて彼をかわいいと思った。
メインのタンドリーチキンにライス、サラダ、スープと大満足のランチメニューを頂く。こちらも寮で出されているふりかけも堪能した。念願すぎて涙出てきた……。
向かいのダイスケさんはライス大盛りだったが、足りなかったのか結局カレーも追加していた。さすがプロ……食べるのも仕事だもんね……。
凄い食べっぷりに関心してたらじっと見てたのがバレて「あんま見ないで……」と真っ赤になった。
────照れ屋かよ!!!!
うっそだろインタビューやファンフェスでも淡々と、クールに話してるイメージがあったし、ファンサもなかなか来てくれないし素っ気ないから普段もそんな感じだと勝手に思ってたのに!!
ピュア!ピュアかよ!!
なんてこった!お主もギャップ持ちなのか!!
突然の萌えに頭を抱えてしまった。やめてこれ以上沼を増やす訳にはいかないの!!
来季は最推しである同い年の中継ぎ投手・齋藤悠真以外貢がないと決めてんだよ!!
突然突っ伏した私に「大丈夫っすか……?」と聞いてきたダイスケさんには大丈夫としか返せなかった。
「あれ、ダイスケさん、つい最近熱愛報道ありませんでしたか?」
ぐっ、と息詰まるのが聞こえた。
先日、ネットニュースになっていたこと。
お相手はモザイク掛かってたけど、モデルさんだった気がする。
てか顔がいいし、年俸がっぽりな選手なので女子アナとかモデルとかそちらも顔がお綺麗な人がお相手なことが多い。
報道数が多いから取っかえ引っ変えしてるのか、この淡白な性格に着いていけなくて長く続かないのか、それとも──いや、ファンは信じてないけどね!
でもあれが本当ならこれはなんなんだと問い詰め────
「あれ、全部ヤラセっす……」
「あ、やっぱり」
「や、やっぱり?」
「ダイスケさん見てればわかりますよ」
贔屓へ一途なところもそうだが、練習態度やチームメイトからの信頼を見ていれば、ヤラセというか、本意じゃないんだろうなというのは何となくわかる。まぁ、本当に女癖だけ悪かったりするから完全に、とは言えなかったけど、ダイスケさん──中畝地選手は、そんな人じゃないってことは信じていた。
ほっとする表情を見て、あぁ、やっぱり本意じゃないんだなと確信した。
今までのは先輩に連れられた呑み会で絡まれ、振り解けないまま外出たところを激写……という、毎度同じパターンで撮られたのばかりで、疲弊していたという。
人がいいから強く言えなかったんだね……。
年齢も年齢だし、こういう報道はイメージダウンにも繋がるから防ぐ目的で、結婚相手を探すのだという。
「えっ、今までの女性たちは」
「……その、怖くて……」
「あー……」
思わず同情の目を向ける。
ネームバリューも顔も年俸もピカイチだものね、肉食女子がぱっくんちょ狙いますよね、うん。私に権力があれば中畝地選手にトラウマ植え付けたクソ女たちになんかしら復讐してやるのに……!
てか先輩らもそういうやつら紹介するなよ!!
「ハルカさんは、そういうとこ弁えてて、すげぇなって……」
「あー、私の場合慣れてるだけですよー。職場の関係上有名人に会いやすいので」
「そうなん、すか……」
「有名人だって普通の人間なんですから、過度に騒がれてもいい気分じゃないでしょう?」
「まぁ、そっすね……」
実際こういうのは芸能人本人より周りの一般関係者のが弁えてたりするのだ。
別施設で働く同期のおばちゃんは「うちなんて話しかけたらクビよ~!」なんて言ってたし(実際過去に芸能人に話しかけたのがクレームになってクビ&出禁になったらしいし)。
なかなか厳しい世界なのよ、施設の清掃も。ゴミ分別とかあってないようなもんだから。
「ハルカさん、地元どこっすか?」
「私?横須賀ですよー。二軍施設より南ですが」
「横須賀……」
「あ、そういえば一緒ですね!ドラフト指名された時母校にダイスケさんの垂れ幕掛かってましたよ!」
「えっ、母校って」
「小学校ですよー。私全然知らなかったんですけど、同じだったんですって!」
「あー、じゃあもしかして、通学路の駄菓子屋知ってます?」
「もちろん!休みの日とか買いに行きましたよー!」
これを皮切りに、少年野球チームの話や、駅前のケーキ屋、近場の公園など地元トークが広がってしまい、予定より30分もオーバーしてしまった。
恐るべし、ジモトーク……!
ド田舎の話についてこれるとか嬉しすぎて色々余計なこと話た気がする……。
ちなみに余りの盛り上がりに敬語外してもらいました。いやー、最初からずっと気になってたんだよォ……。
「───したら次は、そっちで逢わないか」
「えっ」
「えっ、あ、いや、俺、しばらく帰ってないから、どれくらい変わったか見たくて……!」
「あっ、あぁ!そうですよね!私も把握しきれてるわけじゃないですが、案内しますよ!」
「それと、公園でキャッチボールとか……」
「ファンフェスですか?いや、めっちゃ光栄です、グローブ発掘しときます」
「今年は、こっちで自主トレするし……」
「え!行きます行きます!毎年1月7日は行ってるんで!」
あ。口が滑った。
「7日……倉科さん?」
「イエ、その、齋藤選手っす……」
「齋藤?……あぁ、悠真か」
中畝地選手の悠真呼び萌え……。呼び捨てなの?最高では?
じゃなくて、え、なんか、黒いの出てる……!?
なんで、どうして!?
「……いるか、聞いとく」
「えっ!?あ、ありがとうございます……!」
優しい!優しすぎでは中畝地選手!いや、ダイスケさん!!
「あーいうの、好きなの?」
「はい!人として、選手として尊敬してます!」
大卒社会人での入団、新人合同自主トレの時、年下がたくさんいるのに率先して準備片付け声出しをして、練習も一生懸命。
やりすぎで怪我も多いけど、そんなに努力できる姿は尊敬に値する。
身長もそこまで大きくないし、球速も150超えない普通の人なのに、多彩な変化球や苦手なコースに投げ込む度胸、ピンチでも冷静に切り抜けられるメンタルは幾度も窮地を救ってくれた。
更にはファンフェスで披露されたネタの数々は全て完成度が高く、現地で見てた私を笑いすぎで過呼吸に陥らせた。オフに公開された爆笑声出し動画は面白すぎて何度も見てしまう。
頻繁にサインしに来てくれるし、写真も撮ってくれる(しかも変顔付き)、差し入れも使ってるよ報告してくれるし……とにかく私は齋藤悠真という選手が好きだ。
「────男として、は」
「へ?いや、男として……?は、よくわからなくて……」
婚活しといてなにゆーとんじゃって感じではあるが、実際恋愛なんてした事ないし、キスだって(覚えてないけど)ちっさい頃にしたのをノーカンにしたら皆無である。
二次元ならハル様がいるけどね♡
「……………………そう、」
ふぅ、とため息が吐かれる。
あ、呆れられた、かな。そらアラサーが男わからんとか普通引く案件よなぁ。でも実際そうだし……。
うぅ、と唸ってたら、頭に大きな手が乗せられた。
「じゃ、また」
「……………………ハイ」
それは、見たこともないくらい柔らかく、優しい微笑みで、私の鼓動は煩いくらい鳴り響いた。
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