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序章

序章(改)

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 広大な黄大陸(おうたいりく)は北に臥龍山脈(がりゅうさんみゃく)、西には大砂漠、中央には黄龍河(こうりゅうが)が滔々と流れ地を形成している。春には黄砂が舞い、大陸の次の覇者とならんと中原を見つめる国々は、静かに機会を窺っているなど地は未だ争いの火種を抱えている。その最たるものが、北方の騎馬民族や砂漠地帯の異民族である。中原を制した者は地を制すと言われるほど、黄大陸の名だたる王朝は中原を制し、大陸の覇者となった。
 そして今、その中原を制するに近い国が、聚国(しゅうこく)であった。前王朝・賢(けん)の衰退後、聚国が賢最後の皇帝を支え、皇帝崩御の後、聚王(しゅうおう)が登極。賢王家は、これを以て血は絶えた。
 聚(しゅう)の勢いを良く思わない者は、賢を滅ぼした侵略者、玉座を奪った簒奪者と言い、聚を次の王朝としてはまだ認める者は多くはない。
 その皇都(こうと)・聚陽(しゅうよう)は、朱を国の色としているのか町並みは朱色の甍を連ね、皇城(こうじょう)も朱が多い。季節は牡丹の開花を迎え、嘗ての後宮に建つ牡丹宮の中庭は牡丹が満開である。
「白蓮(びゃくれん)さま、お茶を如何でございますか?太子殿下がお取り寄せになられた西国の香草茶でございます」
 窓際に座るその人物は青い瞳を向けたが、直ぐに庭に視線を戻した。その顔は、次期皇帝となる男の寵を一身に受けている妾妃にしては憂いを宿し、時折辛そうに唇を噛む。
「太子殿下がここにお渡りになるのは、私が珍しいだけの事」
「またそんな。太子殿下は白蓮さまをご寵愛されておられます」
 そんな訳はないと、白蓮と呼ばれた銀髪の麗人は顔を曇らせた。聚の太子・焔鷲(えんじゅ)に、愛されてはいないと身を以て知っているからだ。理由は二つ、白蓮が男で、妾妃となったのは謀反の罪を疑われた男を助ける為だと理解っている故。
 彼の名は、劉白蓮(りゅう びゃくれん)と云う。聚の西方・鳳嶺国(ほうれいこく)の第二公子して生まれたが、異国から来た母の影響か、銀色の髪に青い瞳をしていた。聚第二公子・皇潤に赦されざる恋を抱いた白蓮は皇潤が謀反を企てる男ではないと今でも信じている。だが、この二人の接近が鳳嶺国も謀反に荷担していると疑われた。
  無実を訴える白蓮に、聚太子・焔鷲は屈辱的な交換条件を突きつけた。
 その躯を、貢ぎ物として差し出せと云うのだ。そしてこれから一年、無実の証拠が見つからない場合、皇潤同様、鳳嶺国王家の血を絶つと云う。
 自分はどうなっても構わなかったが、白蓮の父は病床の身にあり、父を巻き添えにするわけにはいかなかった。はっきり言って鳳嶺国は国としてはもう衰退し、資金は殆ど残っていなかった。聚の属国になる事によって王家は存続し、国都も潤うようになった。聚が手を引けば民は路頭に迷う事になるのだ。
 白蓮は、それまで性の経験は皆無であった。公子と育ち、同じ男の相手などした事などあろうはずもない。
 視線の先には、牡丹が咲き乱れる庭と、四阿が見える。
「……っ」
蘇る生々しい記憶に、手にしていた扇がポタリと落ちた。
「あ……」
 拾おうとした手に、もう一つ伸ばされる男の手。
「――昼間から何を紅(あこ)うなっているのかの?わが妃は」
 ゾクッとする声に、白蓮は震えが止まらぬ。
 髷を縫わずに長く伸ばした黒髪、火傷があると言う顔の下を覆い隠す黒い巾、黒に金龍の繍を施した袍を纏った男が、クックックッと嗤いながら拾った扇で白蓮の顔を上向かせる。金龍は、聚皇帝とその世継ぎの太子のみ使う柄。
「……焔鷲さま……」
「鳳嶺国の公子とあろう者が、いかんな」
 もはやこの身は鳳嶺国の公子ではなく、躯は淫らに変えられ、触れられるだけで熱を孕む。嬲る言葉は余計に、白蓮の気を高めていく。
「んっ…」
「ここを弄られるのが好きであったな?」
 笑み混じりの声で、聚国次期皇帝・焔鷲は白蓮の襟元に手を入れてきた。
「……おやめ…ください…」
「あの場で、抱かれたのを思い出したのであろう? かように肌を熱うして――」

 三日前の午の時刻、四阿にいた白蓮は焔鷲に絹帯を解かれた。
「いや……嫌です……太子殿下」
 焔鷲は、抗う白蓮の裳を捲り脚を割った。誰に見られるとも理解らぬ場で、恥ずかしい体制で脚を開かれるのは屈辱的だ。
「い……やぁ……」
 開いたそこは、はっきりと男の証が覗く。だが、性の悦を教えこまれた躯は白蓮の意思を裏切る。
「あぁ……ん……っ、だめ……」
 茎を食まれ、射精を導く舌淫に躯は蕩けた。
 僅か半月、白蓮の躯は焔鷲によって変えられていた。嫌だと云えばあの交換条件を持ち出され、躯を開かれる日々。

「ほら、ここがまた濡れて……」
屈辱的な言葉に必死に耐え、白蓮は唇を噛む。
「焔鷲…さま…!」
「抱いて下さいませ――であろう?白蓮」
手は裳の中まで入り、ソレを撫でた。それまで声を上げまいとしていた白蓮だが、自分でも理解る変化に躯は従順であった。
「焔鷲さま……嫌です……こんな時間から……」
「忘れるな。そなたは奴隷、拒むことは許さぬ。あの男が生きるか死ぬかは、私の判断一つだと言うことをな」
寝台に押さえつけられ、帯を乱暴に解かれる。
 
「――必ず迎えに来る」

 一年前、白蓮にそう告げて皇潤は白蓮の前から姿を消した。
 恐らく皇潤はその主謀者を探ろうと動き、その何者かに嵌められたかのだ。白蓮は、そう思っている。もう一度調べ直して欲しいと言う白蓮の願いは、焔鷲次第。
「んっ…、あ、あっ、…」
 ピチャッと濡れた音と供に、白い裸身が撓る。
 敷布を握りしめ、紅い唇を戦慄かせる姿は男を煽った。
 それほど、白蓮は変えさせられていた。
「いい声だ。白蓮」
「あっ、ぁ、だめ…、そこ…、殿下…、んっ」
 褥に銀の髪を散らし、白蓮は漏れる声を抑えられなかった。
 両脚は高く浮き、開いた秘部に焔鷲の舌が這わされる。酷い男の筈なのに、躯が応える。
「欲しいのか?」
グッと押し当てられる逞しい牡に、白蓮は顔を逸らした。貴方に従うのは、祖国の民の為と言う無言の訴え。
 焔鷲は、手加減しなかった。最も屈辱的な姿勢にさせ、深く突き上げた。
「あぁ――…!!」
「いいぞ…白蓮」
「あっ、あ、…あぁ…っ」
激しく繰り返す抽挿、痛みは最初のみ。
「白蓮……」
「あぁ……焔鷲さ、ま……、あっ、あん……、あぅ……、もう……イク……、あっ、あっ、あぁ……っ」
 昇り詰め、意識を手放す白蓮に、焔鷲は漸く己を彼の蕾から引き抜いた。彼も達していたのか、蕾から己のものと理解る精が零れた。
 白蓮は、未だ知らなかった。ある真実を。
 剥がれ落ちた顔の覆いを取り、焔鷲は寝台を降りる。
「太子殿下」
「清めてやれ。私は今夜は自分の部屋で寝る」
 そう官女に告げて、焔鷲は袍の裾を翻した。

 そんな皇都の外れ――。
 館の中で、男が窓越しに天を見上げていた。
 長い黒髪を緩く束ね、質素な袍を肩に羽織っている。
「殿下――」
 その声に男はその声にニヤリと嗤い、口を開いた。
「やはり彼は、殺しておくべきだったな」
 それは、失踪した筈の皇潤その人であった。
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