秘蜜の薔薇は甘く蕩ける

斑鳩青藍

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第二章 伝説の薔薇

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 ル・プルミエール王国は温暖な気候に恵まれ、花の王国とも呼ばれた。四季問わず、何処かで花が咲いているからである。
 中でも薔薇は、王家の紋章ともなっている事から民に広く親しまれる。ブランシェの母であるマリア・レノアは、よく侯爵家の薔薇園で自ら摘んでは世話をするミセス・アンナをヒヤヒヤさせたものであった。今は、その子供だ。やれやれと、彼女は声を上げた。
「―――お嬢様」
「お早う。ミセス・アンナ」
「お早うではございません。あれほど、薔薇の近くには行ってはなりませぬと行っておりますのに、刺でも刺さったら何とします。ああ、それ以上動かないで下さいませ。ドレスが汚れます」
 クローディア侯爵家に古くからいるミセス・アンナは、侯爵令嬢の姿に今にも卒倒しそうだ。昔から躾には煩かったミセス・アンナだが、最近は特に煩い。
 乳母である彼女は、ブランシェが本当は男の子だと言う事実をすっかり忘れたのか、それとも開き直りか、レディーらしくなさいませとそれは厳しい。恐らく、ブランシェがヨークランド王太子妃と決まった所為である。
 ブランシェは、まだ夢を見ているようであった。まさか、恋焦がれていたアレンと、正式に結婚をするのだ。アレンから、ブランシェの本当の性別を知っている。それでもいいと言う。
 だが、この至福の代償は計り知れない。アレンは、自分とは違う。健全な男子と育ち、何れ自分の分身が欲しくなる。国王となり、世継ぎを残さねばならないのだ。
「――…さま」
「え……」
「王宮に入られるのは心配でございましょうが、これもブランシェさまの為」
 ミセス・アンナは、ブランシェには病で躯に醜い痣が出来てしまったと噂を流した。男と理解らぬ為に、床入りを避ける為の嘘だが、アレンはこれを聞いて嗤った。

「よくもまぁ、思いつく」
 笑いを噛み殺しながら、アレン・ジークフリードはティーカップを口に運ぶ。ヨークランド中の貴族子女だけではなく貴婦人も虜にする王太子。
 肩に掛かる柔らかな金髪に碧い瞳、金の刺繍が眩しい上着とベスト、胸元と袖口からたっぷり覗かせるレース、彼に囁かれた者は忽ち蕩けてしまうに違いない。ブランシェは、自身の想像に思わず赤くなる。
「殿下」
「お前の裸など、何度も見てるのにね」
 一段と真っ赤になるブランシェの前で、アレンは静かにティーカップを皿に戻した。
 昼下がりのブランシェの部屋、いつもは庭からやって来る金髪の従兄は、晴れて婚約が決まった為か、正々堂々と面からやって来ては、ブランシェとお茶をするのが日課だ。
「ま、まだ……裸など……、んっ」
 アレンの唇が、ブランシェの抗議の声を奪う。優しい口吻は日を増して濃厚なものとなり、ブランシェを無抵抗にしてしまうのだ。
 アレンは、ブランシェを椅子に繋ぎとめると唇を塞いだ。薔薇の、いい香りがする。ブランシェが飲んでいたのは薔薇茶だと推測して、アレンはブランシェの胸元に触れていく。
「やめて……」
「お前に、本当の悦びを教えてやろう」
 言っている意味が、理解らない。声を出せば、父と乳母、侍女がやって来る。父は、何と思うだろう。仮にも侯爵令嬢と育った者が、昼間から男を部屋に入れさせ、ドレスを脱がされようとしている。
「いけません……」
「大丈夫だよ。お前は男の子。交わっても子供は出来ない」
「交わる……?」
「本当に、可愛いね。性の知識を教えて貰っていないんだね?」
アレンの手で、ドレスが下ろされ、型が抜かれる。
「あっ……、殿下」
「アレンだ、ブランシェ」
「アレン……兄様……、んっ……」
 平な胸を、アレンの唇が下りていく。声を殺そうと口に手をやるブランシェに『了解』の意思表示と理解して、アレンは一気にドレスの裾を捲った。
「ブランシェ」
「やぁ……」
 信じられない己の姿に、ブランシェの白い肌が羞恥に染まった。幾重も生地を重ねるペチコートを器用に捲られ、下穿きが下ろされている。恐らくアレンの目には、ブランシェが十六年間秘めていた男性器が見えているだろう。
「ふふ、もう濡れている」
「いや……そんな……、いけな……、あっ……ぁ」
アレンは、迷わずブランシェ自身を口に食み、射精を促す。ブランシェは『女の子』として育った所為か、自慰の経験もない。男の躯がどんなものか、全く知らないのである。
「んっ」
「だめ……っ」
 大きく震えたブランシェは、止めるどころではなかった。
「……最高のティータイムだよ」
「酷い……」
「初夜まで、待てるか自身ないな」
「そんな……」
 ブランシェの長い銀髪が、サラサラと長椅子から落ちていく。
「ブランシェ……また濡れている」
「ぁ……、近くには……、お父様と……、皆が……」
「でもこのままだと――、ドレスが汚れてしまうよ」
「他の方とも、こんな恥ずかしい事を……?」
「さぁ。まだ子供にはとても聞かせられないな」
「私は子供では……、ぁ……」
「大人だと言うのなら、言ってご覧。ここを――、どうして欲しい?」
 相変わらず意地悪なアレンに、ブランシェは言わざるを得ないのだ。
「……て……、ブランシェの……、そこを……、舐めて……」
「いいよ。ちゃんと、声を殺しておくんだよ?」
 アレンの柔らな金髪が、外気に曝される脚を撫でてく。ブランシェのそれは、あっさりと爆ぜて、二人の危険なティータイムはそれから一時間は続いたのであった。

                       ◆

 ル・プルミエール王宮の一室では、貴婦人が一人何かを見上げていた。壁に埋め込まれた、ル・プルミエール王家の紋章のレリーフである。ル・プルミエールの言葉で、『永遠』。薔薇を背景に二本の剣が交わった形だ。この国では薔薇は高貴なるものとされ、剣は忠誠を誓う者を意味する。この国が永遠に美しくありますように――、薔薇姫と言われた王妃が願い、その夫である国王が国土に薔薇を植えさせた薔薇。絶えず花を咲かせるその薔薇は、薔薇姫の願い通り国を美しく変えた。
「――貴方様がこんな時間にお越しとは、お珍しい。ロックフォード公爵夫人」
 長い黒髪を後ろで緩く束ねた青年が、ディ・マリアンヌ・ロックフォード公爵夫人の背後に立っていた。
「相変わらず、口は達者ですこと。ミスタ・スカーレット」
 ミスタは、成人男性を呼ぶミスターや、ムッシュのような呼称を言う。青年は、爵位では公爵夫人の下・伯爵だが、王太子アレン・ジークフリードの友人と言う関係上、側近でもあった。
「貴方が陛下の愛妾だったのは、もう数年前です。今も自由に王宮内を歩かれると、お立場が悪くなりますよ」
「妾は、必ず手に入れて見せるわ。《伝説の薔薇》を」
「伝説の薔薇――ですか」
「知らないとは、言わせなくてよ。貴方も王宮に出入りし、王太子殿下お気に入りとなれば、当然耳にしていてよ。薔薇姫が植えたもう一つの薔薇が、王家に受け継がれる事を」
「貴女は、魔女にお成りになるおつもりですか?」
 仲間に引き込もうと媚びた視線を向けたディ・マリアンヌ公爵夫人の顔が、一変した。
「――魔女ですって……!?ユリウス・フォン・スカーレット、無礼でしょう!?こ、この妾を……っ」
「無礼なのは、果たしてどちらか。国王陛下も王太子殿下も、汚い事には厳しい御方です。貴女が《伝説の薔薇》を口にした瞬間、陛下には理解った筈です。貴女が王妃となる器ではない事は」
 故に、公爵夫人は国王の愛妾と言う立場を解かれた。と言うより、国王が見向きしなくなった。
「……覚えてらっしゃい!!」
 ディ・マリアンヌ公爵夫人はドレスの裾を乱暴に捌いて踵を返す。。
「伝説の薔薇……か」
 ユリウスはふっと笑みを零し、ロックフォード公爵夫人が見上げていたレリーフを同じように見上げる。数十年ぶりに、王妃が誕生する。それはヨークランド王国にとって喜ばしいものだが。
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