婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

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20.そろそろ終わり

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*20.そろそろ終わり




 あの後、食事を取ったルウォンと一緒にシシェルは王城に向かった。
 シシェルが言うにはもう少ししたら、この救世主騒動にピリオドが打たれるのだろう。
 そうなったら僕はノアトルに戻って、冒険者として再びギルド通いが始まる。
 長い目で見て半年という約束だったけど、早めにカタが付くようで安心した。あまり間を空けすぎると冒険者として腕が鈍ってしまう。僕は魔法を主に使うから、冒険者としてのカンなんだけど。
 それを思えば、ギルドの長期間休業する冒険者の処置は的確だね。
 ここでの暮らしが終わったら、僕はどうやって帰ればいいんだろう。シシェルとルウォンの様子からして、救世主だというあの子がそのまま王城で過ごせることはないようだし。ここに召喚された時みたいに魔法で飛んで帰ってもいいのかな。
 隠すことなく居ていいのだったら、少し遠回りして飛んであちこちの精霊を目覚めさせながらノアトルに戻るのも効率的でいいのかもしれない。僕だったら野宿も簡単だし。

 久しぶりに鞄を取り出して、中の整理を行う。
 ノアトルでは精霊が多く目を覚ましているので魔法を使えるようになった人も多く居る。ダンジョンもあるし、この無限鞄程ではないが精霊の加護を使わない程度の鞄を提供するのもいいかもしれない。
 王都に次ぐ地方都市のノアトルが栄えれば、あの時の恩返しが出来る。冒険者としてなにも知らない僕にあの街の人たちは良くしてくれた。それのお返しを多少なりともしたいな。

 部屋の一角になにも置かれていないスペースに荷物を出して日常の物とそうじゃないものを分けていると、扉が静かに開いた。

「…何をしている? 寝ていなくて大丈夫か?」

 僕が寝ていると思ってノックをしなかったんだろうな。シシェルが部屋に入ってきて、僕のところまで足早にやってきた。

「体調は大丈夫。荷物の整理、必要かと思って…」

「必要ない」

 強い口調で言葉尻を折られた。
 床に座っていた身体をいつものように持ち上げられ、ベッドに降ろされた。

「私はお前を離す気はないからな」

「…え? だって、用事が済んだら僕をノアトルに帰してくれる約束で…」

「ノアトルには勿論帰す。しかし、私とだ」

「…は?」

「ノアトル領はミラルディウシュ公爵領だが、後継者に恵まれず私がそこの養子になることが決定している。だから王位継承の放棄が必要だった。つまり、お前は私と一緒にノアトルに帰り、私の伴侶として領地の運営を手伝って欲しい」

「待って! 待って…!!」

 半ば喘ぐように必死で声を発した。
 シシェルが王位継承権を放棄しているのは聞いていたが、まさかそんなことになっていようとは思っても見なかった。

「精霊が目覚めたと報告があった時、神命であると悟った。私は、お前に、ユエに心を奪われている」

「えぇ?! い、いつから?!」

 僕の態度は散々で、シシェルに好意を持ってもらえる場面なんてひとつとしてない。前世での記憶がトラウマで、話をすることすら拒絶していた。

「最初からだろうか」

「まさかのあの姿で?! う、ウソでしょ?!」

 あのゾンビの格好のどこに好感ポイントがあったのだろうか。僕が言っちゃいけないと思うんだけど、教授に施してもらったあのゾンビの特殊メイクはハロウィンだって判っていてもドン引きの仕上がりだった筈。インベントリにあるから取り出せるけど、今見てもすごい格好で召喚されたんだなって思うもの。

「あれが作り物だということは判っていた。それに、瞳はあの時のままだ。美しい」

 シシェルに頭を優しく撫でられ、額にひとつキスをされた。

「迎えに行くのが遅くなってすまない」

 頬にもキスをされた。

「ユエ、お前のことを愛している」

「う、うそだぁ…」

 思わずこぼれた言葉は僕が弱いから。その言葉を信じてしまったら、またあの時みたいに掌を返されたら僕はもう立ち直れない。
 弱音と共に、涙がひとつこぼれた。
 シシェルは僕の涙を唇で拾い、目元にキスをした。

「誓おう。ユエと精霊に。私はお前を手放すことはない。ユエが私の執着にどんなに嫌がろうとも、私の隣に居てもらいたい」

 そして僕の唇にキスを一つ落とした。

「お前も、私のことが大好きだろう」

 ニッコリとシシェルが笑った。
 橙色の髪がサラリと揺れて、窓からこぼれる太陽の光に照らされてキラキラと眩しい。少しつり目がちの黄金色の瞳がはちみつみたいにトロリと柔らかく細められた。
 好き。
 大好き。
 まるで勝負はついたみたいな、ドヤ顔が愛しくて仕方がない。
 この人の隣で、この世界をもう一度生きてみたい。

「…っ…! シシェルさまが、す、すきぃぃぃ!!」

 ボロボロと涙がこぼれて、僕の一世一代の告白は無様なものだった。
 もうちょっとなんとかならなかったのかと自分に問いたいが、必死だったんだ。二度目の人生で僕は初めて大好きだった人の執着に触れ、どうにかなってしまいそうだったんだ。
 涙を優しく拭われ、頭をぽんぽんと撫でてられ、あやされた。

「ようし、お前の憂いを全力で晴らしてやるぞ!」

 シシェルが力強い声でそう告げた。

「奴は召喚の儀で既にボロを出していた。証拠もようやく揃った。そろそろこの茶番も幕切れだ」




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