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19.結局、一緒
しおりを挟む*19.結局、一緒
目を覚ました時、外はとっぷりと暮れていて、宵闇が窓の外を覆っていた。
具合は相変わらず良くなくて、ベッドから起き上がることも出来ず一つ溜息をついた。
そして、自分の着ていた服が変わっていることに気がついた。
「?」
誰が着せ替えてくれたんだろう。
気分が悪くなって、コロリと寝返りを打ったところで部屋の扉が開いた。
「起きたか、ユエ」
シシェルが部屋に入ってきて、身体が強張ったのが判った。
ベッド脇に置いてあった椅子に腰掛けて、シシェルが持ってきた水の張られた盥をベッドサイドの机に置き、タオルを絞り僕の額にそれを乗っけた。
ひんやりして気持ちがいい。
「気付かず、辛い思いをさせたな。なにか食べられるか? 持ってこよう」
シシェルの気遣いが嬉しいと思う反面、昼に見たあの光景がまざまざと脳裏に浮かぶ。
僕は、あの子と一緒だ。救世主っていうのを笠に着てシシェルに世話を焼かせる。それが当たり前になって、どんどん欲張りになってしまう。
嫌だな。
それをシシェルに強いているっていう事実も嫌だ。
「貴方も疲れているでしょう。僕に構わず休んでください。病気をうつすといけないので、自室に戻ってください」
「断る。遠慮なく頼ってくれと言っているだろう」
「…一人にしてほしいんです」
「駄目だ。お前はまた一人でなにか抱えているのだろう。精霊の動きも妙だ」
精霊?
そういえば、気を失うように眠る前に精霊がなにかを伝えようとしていたような。
きょろりと見渡すと、心配顔の精霊がいくつか居た。
「精霊…そういえば、今日はなんだか精霊が騒がしくて、ここから出るようにって…」
「…精霊がか?」
クラリと目の前がブレて思わず目を閉じる。
気持ちが悪い。
精霊が額にキスをしてくれて、漸く目を開けることが出来た。
「…水分は取れそうか? 汗をかいているから、摂っておいた方がいい」
用意されていた水差しからコップに注いだものをシシェルが手に取り、ベッドに入って僕の身体を少し持ち上げ水を飲ませてくれた。
その際に落ちたタオルをまた額に乗せてくれた。
「さぁ、おやすみ。次起きた時はよくなっている」
優しく頭を撫でられて、それが心地よくて僕はまた目を閉じて落ちてしまった。
*
少し明るい室内にゆっくりと意識が浮上する。
気分はすっかりと良くなっていて、これなら起き上がることも出来そうだ。
「起きたか。具合はどうだ?」
優しい声が上から降ってきて、まさかと思ったらシシェルが身体を起こしてベッドの上で僕を覗き込んでいた。
「!」
気だるげな様子から、彼も起きたのはついさっきなのが窺い知れた。しかし、ここにいるということは、このベッドで一緒に寝ていたのだろう。
「お前の言うとおりに部屋に戻ろうと思ったが、物足りなくて戻ってきてしまった」
一度は部屋に帰ったのだというシシェルに絶句した。
「さぁ、水を飲め」
身体を起こされて、水の入ったコップを口につけられた。
ゆっくりとコップが傾き、あまり冷たくない水が喉を潤してくれる。
自覚はなかったけど、相当喉が渇いていたようで、コップ一杯の水分を全部飲みきって安堵の溜息をついた。
「食事はとれそうか?」
「あ、はい。スープくらいなら…」
「そうか。では、ここに持ってこさせよう」
「食堂まで歩けます!」
昨日は動くことすら億劫だったが、起き上がることも可能で眩暈も治まっている。このままではベッドから降りることも出来なくなりそうなので、元気であることをアピールするためにそそくさとベッドを降りた。
降りた所ですぐにシシェルに捕まって布靴を履かされ、ショールを掛けられ漸く食堂に行く準備が整った。
階下に降りる途中でエントランスの扉が開いた。
誰かが外から戻ってきたのかと思ったら、入ってきたのは昨日四阿で会ったルウォンだった。
「兄様! …あ、ユエ!」
けたたましくやってきたルウォンはシシェルを発見して次にその後ろに居た僕を見て表情を明るくした。なにか急ぎの用があったと思うんだけど、僕に向かって一目散に駆けてくる。
遊び盛りの元気な仔犬みたいだな。
此方にやってくるルウォンの前にシシェルが立ちふさがった。僕からルウォンは一切見えない。
「何時の間に知り合ったんだ…」
苦々しい声のシシェルがルウォンに尋ねる。
「昨日、兄様自慢のアーチのところで会いました。それはそうと、そこを退いてください! ユエに挨拶が出来ません!」
兄弟のやりとりに微笑ましさを感じていたら、いきなりシシェルに抱え込まれ階段を降ろされた。
「お前は火急の用があってやってきのだろう。食事をしながら聞こう」
「兄様ずるい! ユエを独り占めするなんて! あの時、俺がノアトルに迎えに行けばよかった!」
「莫迦を言うな。お前はギルドライセンスもないだろう」
「ギルドライセンスがあったら、僕を探しにこれたんですか?」
それはつまり、冒険者として登録があったらシシェル以外の王族が僕を探しに来ていたということか。
「それはない。だって兄様、召喚の儀から迎えは自分が行くって豪語してたし」
召喚の儀からって、最初からじゃないか。
驚いてシシェルを見れば、苦虫を噛んだような表情を浮かべていた。
「本当は、お前に退去を命じた後すぐに後を追ったのだ。しかし、お前はどこにも居なかった」
あの時は、魔法でさっさと王都を発ったからシシェルが僕を追ってきてくれているなんて知らなかった。
「貴方は、あの少女を選んだのだと…思ってました」
「あの格好をしてくれていて好都合だったが、まさかあんなに足が速いとは思わなかった」
食堂の椅子に降ろされ、いつものようにシシェルが隣に座り、対面にルウォンが座った。
「あの後、例の救世主って子が意識を飛ばして精霊を目覚めさせることが出来るなんて言い出して、実際に辿ってみれば本当に言ったとおりノアトルの地は精霊が目覚めて浄化見事に浄化されてて。でも兄様はそんな筈がない、あの地に召喚の儀に現れた精霊の加護持ちがいるんだって俺にお守りを押し付けて自分はユエに会いに行ったんだよ。酷い話だ」
食堂の扉が開いて、朝食の準備が始まった。
バケットの乗った籠をテーブルに置かれ、朝食が乗ったワゴンを引いてくる侍女がいつもの人達であることに気付いた。
昨日はあちこにち居た使用人達はここに来るまでの間に見かけなかった。
あれ? と小首を傾げたが、目の前にスープ皿を置かれハッと意識を戻した。
シシェルは普通に自分の食事をとっているので、ルウォンが居る手前、いつものような給餌行動を控えてくれているらしい。
この世界独特の甘い豆のポタージュはカボチャのようにオレンジ色で、優しい味がする。
スプーンで掬って口に含めばその甘さにホッとする。お腹はあまり空いてはいないが、胃に物がはいったことで身体が少し温かくなる。
僕がスープを飲んでいるのを対面に座っているルウォンがじっと見ていたらしく、視線を感じて顔を上げたら、シシエルの大きな手のひらが僕の眼前に伸ばされた。
「見るな、減るだろう」
「兄様ばかりずるい」
「その為に私は足がかりを作ったのだ。お前にとやかく言われる筋合いはない。それはそうと、用事はなんだ。あの娘のことだろう」
ルウォンの視線が僕から逸れたのを確認して、シシェルが手を下ろした。
今日は既に色んな新事実が発覚して情報処理が追いつかないのだけど、知っておいた方がいいんだろうな。じゃなかったらシシェルは僕をこの場に連れてこない筈だから。
「ああそうだった。数日前に、また意識を飛ばしてノアトルからヒディルの森を抜けて王都までの精霊が目覚めた筈だって。でも、それってユエが辿った道だろ?」
「私とユエは極秘に王都に戻ってきた。あの娘がそれを知ること出来ない筈だ」
「意識が飛ばせるんだったら限定的なものじゃなくて、まず王都の精霊を起こしてくれって物申した大臣が例の救世主の我侭で投獄されてから皆怖気付いちゃって、大変なんだよ。兄様と俺は気に入られちゃってね、昨日の兄様の能面っぷりはすごかったよ」
「誰が好き好んであの娘の世話など焼くか。そのお陰でユエの体調に気づくのが遅くなった」
「え? ユエ、具合悪いの? 大丈夫?」
「シシェル様のお陰でもう大分良くなりました」
兄弟の会話に呆気にとられているといきなり話を振られ、慌てて相槌を打った。
救世主の子のことよりも、僕を心配してくれているのかな? 食事で温かくなってきた体温がもう少し上がった気がした。
嬉しくて、それが恥ずかしくて俯けば大きな手で頭を撫でられ今日は結われていない髪を耳に掛けられた。
「もう少しだ。あと、少しで終わる。ユエ、待っていてくれ」
「…え?」
隣を窺えば、熱の篭ったシシェルの瞳と視線がかち合って、どうしたらいいのか判らなくてとりあえず頷いてぎこちなく微笑んでみた。
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