婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

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16.忙しいシシェル

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*16.忙しいシシェル



 他の王族に比べればシシェルの離宮は二階建ての館という言葉がピッタリくる規模で、エントランスが大きくて、シンメトリーになっている。
 一階は食堂と使用人の部屋があって、広間が一つある。風呂場も一階に設置されている。
 二階はシシェルの部屋と執務室、そして僕が寝泊りしている客間があって洗面所があるくらいでとても簡素な造りになっている。
 シシェル自身、この離宮にやってくることも最近は少なくなっていて、管理のみなので使用人の人数もごらんの通りといった具合だ。
 僕は自分の世話くらい出来るので問題がないのだけど、シシェルがあれこれと世話をやいてくるから困りものだ。
 朝からシシェル自ら僕に給仕という名の給餌を始め、身支度を整えられる。どこに行くわけではないのに、シシェルが用意した衣装に身を包む。
 変わったのは、靴くらいだろうか。
 ここにやってきてから、ブーツを履いていた僕の足は布製の柔らかい室内履きに変えられた。履き心地は軽くてとても気に入っているけど、これは外に出るなってことなのかな。

 一日目は僕に付きっ切りだったシシェルだったが、二日目から朝と晩にここにやってくるが昼から夕方にかけてお城に用事があるらしく出掛けて、少し疲れた雰囲気で夕方を少ししてから戻ってくる。
 シェトリーズにさり気なく聞いてはみたが、上手くかわされ答えが聞けなかった。
 忙しいのなら、僕の世話を焼かずにゆっくりと過ごせばいいのに、シシェルの歓待振りは日に日に増している。
 初日に交わした約束を律儀に守っているのかな。それが申し訳なくて、シシェルが帰ってくる前にエントランスで出迎えをするようになった。

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 今日はシシェルの書斎に篭って本を読んでいたらついつい熱中してしまい、お迎えの時間を忘れてしまって、シェトリーズに呼ばれ慌てて階下に下りてきた所にシシェルが帰ってきてしまった。
 パタパタと階段を下りて、シシェルのところまで小走りで向かうと両手を広げたシシェルがいて、これはあれか、ハグ待ちなのかな? と理解して、その広い胸板に誘われるようこちらからも両手を広げたら存外強い力で抱きしめられた。

「本当にかわいいな」

 ぎゅっぎゅっと抱きしめられて、頬に幾つかキスをされて漸く開放された。
 開放されたといっても抱きしめる手はそのままで、食堂に運ばれる。ひょいっと持たれ、食堂の椅子におろされる。
 夕食もシシェルの手によって食べさせられる。拒否しても給餌する手は止まらず疲労が溜まるだけなので、シシェルの好きにしている。僕の手はナイフもフォークも持たず、パンを千切っているだけだ。

「ユエ、まだ食べられるか?」

「…もうちょっとなら」

 自分も食べながら、僕の胃袋に配慮して食べさせてくれる。
 お返しにパンを千切ってシシェルの口元に持っていけば、普通に口を開いて食べてくれる。それが嬉しいことに気づいた。だからシシェルも僕に食べさせてくれるのかな。

 今日も一人で風呂に入って、出てくる頃にはもう一つある簡易のシャワー室でささっと汗を流してきたシシェルに持ち運ばれる。

「今日からマッサージはいいって! 貴方も疲れてるでしょ?」

「これは私の息抜きというよりは、一日のご褒美だ。さぁ、横になれ」

「ちょっと…服脱がさないでっ…待てって…!」

 シシェルの力は強く、僕なんて彼の行動一つまともに止めることが出来ない。
 今日は断固としてマッサージを止めてもらい、シシェルにゆっくりと寝てほしいのに中々言うことを聞いてくれない。

「こんなのがご褒美になるわけないって…って、力強いなぁ!」

 ベッドの上で覆いかぶさられ、服を脱がされる。知らない人が見たらギョッとするに違いない。
 嫌だと拒絶しているのに、シシェルの表情は嬉々としており、彼がこの状況を楽しんでいるのは明白だ。

 このやろ…。

 僕だってシシェルに対抗する術があるってことを忘れているんだろうな。
 服を死守していた両手を離し、シシェルの首に腕をかけてぐいっと引っ張ると、油断をしていたシシェルが此方に倒れてくる。

「しまっ…」

 僕が以前やったのを思い出したのだろう、珍しく焦ったシシェルの声が聞こえたがここで逡巡したら逃げられてしまう。
 シシェルの額にキスをして、たっぷりと加護を与えた。
 僕の上に乗っていたシシェルがそのまま落ちてきて、その重さにベッドの上でのた打ち回ったが眠りに付いた彼が起きることはなかった。
 乱れた服を整えて、シシェルの隣に寝転ぶ。
 宿屋では一緒の寝室で寝ていたし、野宿では至近距離に寝袋を敷いていたのでこれも構やしないだろうと思い、かけ布団を被って僕も寝た。
 
 

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