婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135

文字の大きさ
上 下
10 / 24

09.他愛のない一日

しおりを挟む


*09.他愛のない一日



 討伐依頼を終え、街の外れにあるギルドの出張所に魔獣の一部を納め、証明書を貰う。シシェルは最高ランクのカードを持っているので、依頼消化をする必要もなく獲物全てを僕の取り分にしていいとのことだったので遠慮なく貰った。
 お世話よりも、僕は此方の方が嬉しい。一週間、討伐の手伝いをしてくれたらお世話は要らないと申し出たが、それはそれで世話の一部として遂行するからと却下された。
 シシェルが雑貨屋で追加で欲しいものがあるからと店に寄った際に僕も二つ購入して鞄に仕舞った。

 宿屋に戻れば午後六時をちょっと回った所で、食堂はぼちぼち込み始めていた。
 開いているテーブルに座ろうとして、邪魔された。

「さぁ、部屋に戻ろう。欲しいものがあれば、後で私が持ってこよう」

「えぇ…今食べて上に行った方が早いし楽だし」

「大丈夫だ。ここでは私が落ち着かない」

 シシェルのその言葉に、この見目じゃ確かにそうだろうな、と遠い目になる。街でもすごく目立っていたし、集まる視線がすごかった。
 ただ歩いているだけで人の目線って釘付けになるんだなって知った。
 気にしていない風だったけどやっぱり気にしていたんだ。

「僕のことなら気にしないで、食べたら上に行くし」

 腕をグイと引かれるけど、上で食べる気は一切ないので動くつもりもない。

「そうではない。お前は自分に向けられるものに些か鈍すぎやしないか?」

「は?」

 シシェルが変なこと言うからメニューから顔を上げて食堂内を見れば、あちらこちらから視線が注がれており、僕と目が合った途端サッと目が逸らされる。

「?」

 シシェルに向けられた視線だと思って居たが、こちらにも向けられてもいたようだ。あのイケメンと一緒に居る芋は誰だという感じだろうか。
 それならシシェルが部屋に戻ればこの視線も落ち着くと思うのだけれど。
 再び視線をメニューに戻そうとして、メニューがシシェルに奪われた。

「あっ!」

「さぁ、行くぞ」

 動く気のない僕をまた軽く抱え、宿屋に続く階段に強制的に連れて行かれた。

「ちょっと、なに勝手に!」

 ジタバタと暴れる僕なんか大した抵抗でもないのか、シシェルの歩幅は一定だ。
 魔法を使えば動きなんて簡単に止められるけど、ここで暴れたら女将さんに叱られてしまう。それに、二階に上がった途端階下から野太い男泣きが聞こえた。

「?」

 この宿屋であまり聞かない騒ぎが下から聞こえるけど、今日は宿で酒を飲んでいる人が多いのかな。
 部屋まで運ばれた。ムッスリと不機嫌な僕の頭を撫でて「何が食べたい?」なんて優しい声を出しても僕は騙されないぞ。
 無言を貫きたいけど、無視をすることの危険性は昼間知っている。あれの二の舞は御免だ。
 何をされるのか判らないから、視線はシシェルから離さない。
 椅子に座った僕にシシェルが近寄るたびにジリジリと椅子ごと移動するとそれ以上シシェルは近づいてこず、一つ溜息をついて部屋の外に出て行った。
 警戒し過ぎたかな? と思ったけど、すぐにシシェルは戻ってきた。
 手にメニューを持って帰ってきた。

「今日はどれが食べたい?」

 ニコニコしているからさっきの僕の態度は一切気にしていないみたい。気にするだけの存在でもないだろうから当たり前か。
 手渡されたメニューを見て、渋々料理を選べばシシェルは満足そうに頷いて扉を半分開けてなにやら話をしてすぐ戻ってきた。今日は食堂まで行かないようだ。部屋の外にシシェルの護衛か侍従かいるのだろう。

「そう警戒するな」

 扉を背にしてシシェルが此方の様子を窺ってくるが、近づいてはこない。きっと僕に扉に近づいてほしくないんだろう。

「お前は誰かと付き合っていたりするのか?」

「………」

 唐突に尋ねられて、なにを聞いてくるのだと眉間に皺が寄った。僕が付き合ったことがあるのは前世でも今世でもたった一人。
 ジトリとシシェルを睨めば軽く肩をすくめられた。

「お前は何も聞かないが、知っているようだ。異世界から来たはずなのに、不思議なものだ」

「………」

「私が何かする度に意外そうな顔をするし、お前は私を“殿下”と呼んだ」

 追求する言葉ではあるが、あまり気にしていないのがその態度から判る。食事が運ばれるまで僕が外に出るのを阻止するためか。
 十分後くらいにドアがノックされ、シシェルが少しだけ扉を開けて身体を少し外に出す。
 そしてそこで食事を手渡されたのか、器用に両手でお盆を一つずつ持って扉を閉めた。
 テーブルにそれぞれお盆を置かれたが、カトラリーはまた一組だ。
 ギリィっとシシェルを睨んで、僕はさっき雑貨屋で買ったカトラリーを取り出した。

「!」

 一瞬だけ目を見開いたシシェルにふふんと得意げにナイフとフォークを持って小さく頂きますをして魔獣バラ肉の生姜焼きもどきを口にした。味は豚に近く、あっさり目で美味しい。勿論、カトラリーは鞄から出して浄化魔法を掛けてある。

「してやられた」

 悔しそうにしながらシシェル席に着いた。今日の夕飯は厚切りのステーキだった。野菜より肉メインが好きみたい。
 生姜焼きについていたピラフも一緒に食べる。おいしい。
 もくもく食べていたら小さくカットされたステーキを油断していた口に放り込まれた。

 してやられたくやしい。

 どうあっても僕に給餌したいらしい。
 止めろといってもきかないし、半ば諦めて今回もあれこれと世話を焼かれながら食事を終え、風呂の準備をされ、マッサージまでされてしまった。
 うつらうつらとしている僕にシシェルが問いかける。普段より低い声はどうしてだろう。緊張をしているのか、シシェルも疲れたのか。
 疲れてるんだったら彼も寝てしまえばいいのにと思うけれど、眠気が勝っている僕はマッサージに使われているオイルをなんとかして服を着るのも億劫だ。オイルは浄化魔法でなんとかなるが、寝巻きはシシェルが用意して彼のベッドの上に置かれている。

「お前のことを聞かせてくれないか?」

「僕の?」

「宿でもギルドでも、街でも色んな人間がお前に好意を寄せていた。…付き合っている人間などが居るのか?」

 第三殿下とコイバナをすることになろうとは。
 前世での僕だったらあたふたして、満足な返事なんて出来なかっただろうが、人生二度目。それなりにベリーハードだったからか、楽しければなんでもいいけど恋なんて二度とするものかと懲りている。トラウマレベルだ。
 あっちの世界でも、こっちでもぼちぼちと付き合ってみないかなんて言われたけど、お断りだ。
 ぼんやりする頭で、シシェルに問われた答えを纏めようとするけど、思考は散らかっていく。

「…僕、婚約者に捨てられて、恋なんてこりごりなんです」

「…なんと…」

 なんと、その相手があなたなんですー、とは口が裂けても言えない。
 ゆっくりとコリをほぐすように足を揉まれ、ポカポカと身体が温まる。それにつれて瞼は持ち上げることも困難なくらい重くなって、僕はその日ものんきに眠ってしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

処理中です...