上 下
10 / 24

09.他愛のない一日

しおりを挟む


*09.他愛のない一日



 討伐依頼を終え、街の外れにあるギルドの出張所に魔獣の一部を納め、証明書を貰う。シシェルは最高ランクのカードを持っているので、依頼消化をする必要もなく獲物全てを僕の取り分にしていいとのことだったので遠慮なく貰った。
 お世話よりも、僕は此方の方が嬉しい。一週間、討伐の手伝いをしてくれたらお世話は要らないと申し出たが、それはそれで世話の一部として遂行するからと却下された。
 シシェルが雑貨屋で追加で欲しいものがあるからと店に寄った際に僕も二つ購入して鞄に仕舞った。

 宿屋に戻れば午後六時をちょっと回った所で、食堂はぼちぼち込み始めていた。
 開いているテーブルに座ろうとして、邪魔された。

「さぁ、部屋に戻ろう。欲しいものがあれば、後で私が持ってこよう」

「えぇ…今食べて上に行った方が早いし楽だし」

「大丈夫だ。ここでは私が落ち着かない」

 シシェルのその言葉に、この見目じゃ確かにそうだろうな、と遠い目になる。街でもすごく目立っていたし、集まる視線がすごかった。
 ただ歩いているだけで人の目線って釘付けになるんだなって知った。
 気にしていない風だったけどやっぱり気にしていたんだ。

「僕のことなら気にしないで、食べたら上に行くし」

 腕をグイと引かれるけど、上で食べる気は一切ないので動くつもりもない。

「そうではない。お前は自分に向けられるものに些か鈍すぎやしないか?」

「は?」

 シシェルが変なこと言うからメニューから顔を上げて食堂内を見れば、あちらこちらから視線が注がれており、僕と目が合った途端サッと目が逸らされる。

「?」

 シシェルに向けられた視線だと思って居たが、こちらにも向けられてもいたようだ。あのイケメンと一緒に居る芋は誰だという感じだろうか。
 それならシシェルが部屋に戻ればこの視線も落ち着くと思うのだけれど。
 再び視線をメニューに戻そうとして、メニューがシシェルに奪われた。

「あっ!」

「さぁ、行くぞ」

 動く気のない僕をまた軽く抱え、宿屋に続く階段に強制的に連れて行かれた。

「ちょっと、なに勝手に!」

 ジタバタと暴れる僕なんか大した抵抗でもないのか、シシェルの歩幅は一定だ。
 魔法を使えば動きなんて簡単に止められるけど、ここで暴れたら女将さんに叱られてしまう。それに、二階に上がった途端階下から野太い男泣きが聞こえた。

「?」

 この宿屋であまり聞かない騒ぎが下から聞こえるけど、今日は宿で酒を飲んでいる人が多いのかな。
 部屋まで運ばれた。ムッスリと不機嫌な僕の頭を撫でて「何が食べたい?」なんて優しい声を出しても僕は騙されないぞ。
 無言を貫きたいけど、無視をすることの危険性は昼間知っている。あれの二の舞は御免だ。
 何をされるのか判らないから、視線はシシェルから離さない。
 椅子に座った僕にシシェルが近寄るたびにジリジリと椅子ごと移動するとそれ以上シシェルは近づいてこず、一つ溜息をついて部屋の外に出て行った。
 警戒し過ぎたかな? と思ったけど、すぐにシシェルは戻ってきた。
 手にメニューを持って帰ってきた。

「今日はどれが食べたい?」

 ニコニコしているからさっきの僕の態度は一切気にしていないみたい。気にするだけの存在でもないだろうから当たり前か。
 手渡されたメニューを見て、渋々料理を選べばシシェルは満足そうに頷いて扉を半分開けてなにやら話をしてすぐ戻ってきた。今日は食堂まで行かないようだ。部屋の外にシシェルの護衛か侍従かいるのだろう。

「そう警戒するな」

 扉を背にしてシシェルが此方の様子を窺ってくるが、近づいてはこない。きっと僕に扉に近づいてほしくないんだろう。

「お前は誰かと付き合っていたりするのか?」

「………」

 唐突に尋ねられて、なにを聞いてくるのだと眉間に皺が寄った。僕が付き合ったことがあるのは前世でも今世でもたった一人。
 ジトリとシシェルを睨めば軽く肩をすくめられた。

「お前は何も聞かないが、知っているようだ。異世界から来たはずなのに、不思議なものだ」

「………」

「私が何かする度に意外そうな顔をするし、お前は私を“殿下”と呼んだ」

 追求する言葉ではあるが、あまり気にしていないのがその態度から判る。食事が運ばれるまで僕が外に出るのを阻止するためか。
 十分後くらいにドアがノックされ、シシェルが少しだけ扉を開けて身体を少し外に出す。
 そしてそこで食事を手渡されたのか、器用に両手でお盆を一つずつ持って扉を閉めた。
 テーブルにそれぞれお盆を置かれたが、カトラリーはまた一組だ。
 ギリィっとシシェルを睨んで、僕はさっき雑貨屋で買ったカトラリーを取り出した。

「!」

 一瞬だけ目を見開いたシシェルにふふんと得意げにナイフとフォークを持って小さく頂きますをして魔獣バラ肉の生姜焼きもどきを口にした。味は豚に近く、あっさり目で美味しい。勿論、カトラリーは鞄から出して浄化魔法を掛けてある。

「してやられた」

 悔しそうにしながらシシェル席に着いた。今日の夕飯は厚切りのステーキだった。野菜より肉メインが好きみたい。
 生姜焼きについていたピラフも一緒に食べる。おいしい。
 もくもく食べていたら小さくカットされたステーキを油断していた口に放り込まれた。

 してやられたくやしい。

 どうあっても僕に給餌したいらしい。
 止めろといってもきかないし、半ば諦めて今回もあれこれと世話を焼かれながら食事を終え、風呂の準備をされ、マッサージまでされてしまった。
 うつらうつらとしている僕にシシェルが問いかける。普段より低い声はどうしてだろう。緊張をしているのか、シシェルも疲れたのか。
 疲れてるんだったら彼も寝てしまえばいいのにと思うけれど、眠気が勝っている僕はマッサージに使われているオイルをなんとかして服を着るのも億劫だ。オイルは浄化魔法でなんとかなるが、寝巻きはシシェルが用意して彼のベッドの上に置かれている。

「お前のことを聞かせてくれないか?」

「僕の?」

「宿でもギルドでも、街でも色んな人間がお前に好意を寄せていた。…付き合っている人間などが居るのか?」

 第三殿下とコイバナをすることになろうとは。
 前世での僕だったらあたふたして、満足な返事なんて出来なかっただろうが、人生二度目。それなりにベリーハードだったからか、楽しければなんでもいいけど恋なんて二度とするものかと懲りている。トラウマレベルだ。
 あっちの世界でも、こっちでもぼちぼちと付き合ってみないかなんて言われたけど、お断りだ。
 ぼんやりする頭で、シシェルに問われた答えを纏めようとするけど、思考は散らかっていく。

「…僕、婚約者に捨てられて、恋なんてこりごりなんです」

「…なんと…」

 なんと、その相手があなたなんですー、とは口が裂けても言えない。
 ゆっくりとコリをほぐすように足を揉まれ、ポカポカと身体が温まる。それにつれて瞼は持ち上げることも困難なくらい重くなって、僕はその日ものんきに眠ってしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

処理中です...