生贄は内緒の恋をする

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 イーグルとヒバリが愛の確認を行ったすぐあと、ヒバリは魔力切れで意識を失った。
 ヒバリは永い眠りについていて知らなかったようだが、アラダージュ王国の王城にはモードア火山の麓へと転移出来る魔法陣が張られている。ただ、その魔法陣を作動させる為にかなりの魔力を消耗する為、使用する際には結構な時間を必要とする。
 グラヴァンディア公爵が城で呑気に歩いていたスズメを捕まえ、ヒバリをどうしたかと問い詰めた所、ヒバリは自ら生贄になりにモードア火山に向かったと口にした。
 城中を浚うように隈なく探していたヒバリがまさか城の外にいて、今まさに生贄になろうとモードア火山に向かっているとは思いもよらず、イーグルは慌てて宮廷魔術師を集め転移の魔法陣を使うため国王の許可を取り、急いでモードア火山に足を運んだ。
 間一髪で間に合ったと思いきや、バランスを崩したヒバリは火口に落ち、急いで火山に落ちるヒバリに手を出していた。ヒバリが生贄になるなら自分も同じくこの身を捧げようと思った。一国の王子が自分の身を軽んじてはいけない。それは王族たる自身に課せられた務めだ。けれど、愛する人を一人生贄に捧げ、その犠牲で成り立った国を愛せるとは到底思えない。そんな自分は王族として失格なのだろう。

 今度はヒバリをイーグルの寝室に運び込んだ。
 部屋の前の近衛は魔力耐性のあるものを選び、配置させた。
 グラヴァンディア公爵は、ヒバリの無事を確認した後に拘束されたスズメの処置を内々で国王に相談しにいくと行って部屋を出ていった。ここでイーグルが一緒に行けば内々にとは言い難くなる。
 きっとスズメは密かに処分されるのだろう。ヒバリに対しての行動で言いたいことはたくさんあったが、イーグルはグッと口を結んで言葉を呑んだ。








 王城の離宮には高貴な者を内々に幽閉にする特殊な場所が存在している。この場所であったことは外には決して漏れることはなく、ひっそりと処理されていく。
 そんな場所に後ろ手に拘束具を付けられたスズメが膝を折り、目の前に立っている父親に唖然とした表情を向けていた。

「お前はここまでされても、己の仕出かしたことを理解していないのだな」

 グラヴァンディア公爵は重々しい溜息を吐き、手にしていたクルリと巻かれていた羊皮紙の紐を解き拡げた。

「スズメ・グラヴァンディアは貴族としての務めを放棄し、将来は王族の伴侶になることが決定しているヒバリ・グラヴァンディアに責を転嫁したことを罪に問おう。スズメ、お前のしたことは重罪だ」

「父上っ! 違うのです! 僕がヒバリの見舞いに赴いたところ、ヒバリが丁度起きて、その身を捧げると僕を押しのけて城を出て行ったのです!」

「もういい。お前がなにか一つ口にする度に、お前の罪状は増えていく」

「そんなっ!」

「国王に相談した所、隣国の国王が側妃をアラダージュ王国から一人召し上げたいと仰っていると伺った。この国特有の容姿が望まれているそうだ。スズメ、お前をこの国に置いておくことはとても危険だということが判った」

「父上、僕の事を見限るのですか?!」

 飴色の髪を振り上げ、スズメがポロポロとその目に涙を零す。グラヴァンディア公爵はそっと首を振った。

「お前はもう成人をしている。その身で人として鬼畜なことをしたことを自覚しない。その事を私は恐ろしく思っている。どうして家族に対してそこまで非道なことが出来るのだ?」

 スズメが子供であれば、それは親であるグラヴァンディア公爵の瑕疵となる。しかし、十七歳で成人するこのアラダージュ国においてスズメは既に成人して二年が経っている。いつまでも子供のままで居ようとするスズメにグラヴァンディア公爵と夫人が何度叱りつけた事か。叱る度に「ヒバリだったらそんな事言わないくせに!」と更に反抗するスズメに最近は叱ることもなくなっていた。
 何かを言えばすぐに「ヒバリばかり」と口にするスズメはなにも判っていない。ヒバリはまず、叱られるなんて礼儀知らずなことをしない。ヒバリばかり可愛がっているワケではないのだ。ただ、単純にスズメの貴族としてのマナーが他貴族に迷惑をかけるものだったので教育を厳しくしていただけだ。
 なのに、スズメはそれを理解もせずヒバリに逆恨みばかりする。ヒバリが塔で眠りについていた時だって、さも目の前にヒバリが居て、ヒバリが優遇されている前提で駄々を捏ねるのだ。

「ヒバリは守護神サラマンダー様の番を産むことが決定した。イーグル様がそのお相手としてサラマンダー様に認められた。神に認められたヒバリを仇なするお前はこの国には置けない。側妃なら幼いお前でも十分に勤め上げることが出来るだろう」

 その言葉に目の前がカッとなったスズメは思いきり叫んだ。いつもそうだ。スズメが欲しいものを全てヒバリが攫っていく。
 隣国の国王だなんて、スズメの父より年上だ。そんな親父の側妃になるなんて嫌だった。スズメが望むのは、昔から一つ。イーグルの隣である。

「僕が、イーグル殿下の伴侶に相応しい!! どうしてヒバリなんですか?! 兄弟なんだ! 僕がイーグル殿下と子を成しても変わらないでしょう?!」

「兄弟…。お前がそれを口にするか。イーグル殿下はお前の性根の悪さをお気付きだ。お前がイーグル殿下の隣に並ぶことは二度とない」

「…そんな…」

 父であるのに、既にスズメの名前すら呼ばなくなっていた事にここにきて漸く気付いた。スズメは真っ暗になる意識の中で、悲しそうに此方を見るグラヴァンディア公爵を見た。どうしてそんな悲しそうな表情を浮かべるのか判らないスズメは、ギリリと奥歯を噛みしめ、ヒバリに対して明らかなる害意をむき出しにした。

「どうしてそうなってしまったんだろうな」









 ヒバリが目を開けるまで気が気じゃなく、寝台の横でイーグルはヒバリが起きるのを今か今かと待ちわびていた。
 イーグルが使用している寝台は大の大人が三人いても広々と寝られる大きなサイズだ。その真ん中に、ヒバリはスヤスヤと眠っている。
 ヒバリの腰まである艶やかなダークブラウンの甘い色の柔らかい髪が真っ白なシーツに散らばっている。この国の人間は褐色の肌で、強い日差しに負けぬその肌は固い。しかし、ヒバリの白磁の肌はふにふにととても柔らかく、四歳の時に触ったままの感触だった。どこもかしこも柔らかいヒバリにそっと触れて、触れられる事に安堵するイーグルは少し病んでいるのだろうか。そんなことをこっそりと自覚してしまった。
 今はすっきりとしてしまった華奢な肢体はとても魅力的だけど、あの魔力を貯める為にたんまりと脂肪を溜めた肌も触ってみたかった。
 邪な思いを振り切りつつ、イーグルはなんと半日を過ごしてしまった。
 

 
 寝台で眠るヒバリが朝日に柔らかく照らされ、長い睫毛をふるりと震わせ、稀有な紫水晶のような瞳を覗かせた。

「ヒバリ、おはよう」

 イーグルは、ニッコリと微笑み愛しい婚約者の額にそっと口付けを落とした。



+++
あと一話で本編終了です。
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