生贄は内緒の恋をする

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 スズメは家の使用人について城にやってきた。
 スズメは家の使用人が帰ったのを確認して、城の侍女に兄についていたいのだと心配を装って部屋の中に入り込んだ。
 寝台に向かい、スズメはヒバリの変わりように驚愕した。
 同じ人間とは思えないくらいに太っていたヒバリだが、今は違う意味で同じ人間とは思えない程だった。ヒバリはスズメと同じに生まれた筈なのに、昔からヒバリは天使だの妖精だのと容姿を褒められていた。スズメだってそれなりの美貌を誇っているのに、周りはいつだってヒバリを褒める。
 あのまま太ることなく育てば、こうなるだろうと想像できる形でヒバリは眠っていた。

「起きろよ」

 自分でもびっくりする程に昏い声が出た。
 早くしなくては、父やもしかしたらイーグルがやってくるかもしれない。
 寝台に乗り込んで、ヒバリの両肩を掴み乱暴に揺さぶった。何度か揺さぶれば、ヒバリの瞼がピクリと動き、紫色の瞳がのぞいた。

「?」

 キョトンと瞳を瞬いたヒバリがスズメを見ている。
 ヒバリがスズメを視認するのはいつぶりだろうか。スズメもヒバリを嫌悪して近づかなかったし、ヒバリはヒバリで他人に興味を示さなかった。
 しかし、そんなことどうだっていい。ヒバリが生贄に舞い戻れば、スズメは生き長らえる。ヒバリが生贄として命を散らせばイーグルだって目を覚ますだろう。

「あんたが役目を疎かにするから僕にそのお鉢が回ってきたんだよ。早く生贄になりにいけよ」

 スズメが言い募っても、ヒバリはキョトンとしたままなにも喋らない。
 もしかしたら、あの日から頭が可笑しくなってしまったのだろうかとスズメが焦りだした所で、ヒバリは部屋をキョロキョロと見渡して自分の手をじっと見だした。
 それから小さく「そうか」と頷いた。

「判った。今から向かおう」

 今まで寝ていた人物だとは思えないくらい軽く起き上がった。するりと寝台から下り、クローゼットにあった簡易の服に外套を羽織り、扉の前に待機しているだろう近衛を眠らせた。

「僕には僕の矜持がある。大切な存在がいるからこそ、頑張らなくてはならないんだ」

 ヒバリの中にはスズメが生贄になればいいとか、そういった甘い考えはない。
 嫌々になる生贄より、信念を貫いた貴族がその身を捧げた方がきっと守護神サラマンダーも満足してくれるだろう。
 このまま大人しくしていれば、あの父であればスズメにばかり苦行を強いるわけにはいかないとスズメをモードア火山に行かせるだろう。
 チラリと過るのは自分を呼ぶ懐かしい声だった。

『ヒバリッ!!』

 ずっと自分を守ってくれたのだろう。
 四年前に掛けられた呪詛は咄嗟に防ぎきれるものではなく、死ぬことはなくとも呪詛を解除出来るまで少なくとは十年ほどは塔の中で眠ってしまうんだろうなと、思っていた。
 しかし、自分が寝ていた部屋にあった暦の描かれたタペストリーにはヒバリが眠ってから四年後の年が記載されていた。
 塔で寝ていた間に感じたのはとても清浄な、聖域になりえる魔力だ。それがある時から流れる様になり、意外にも早い呪術の解除が行えた。

 王家を支える為に存在するのが臣下である。そして、自分が推すイーグルが治世を次代の王の補佐として過ごすことがヒバリの望みだ。
 その為なら、この身を捧げることを誇りにだって思える。

「さて、どうやってモードア火山に行こうか」

 ある程度進んで、申し訳ないが後を追ってきそうな護衛は眠らせた。城の自分が居る場所を把握して、外に出た。
 城の城壁を魔法で越え、城を覆うように張り巡らされている水堀を力技で越えた。
 王都のある場所はひんやりと寒いが、序の口だ。砂漠地帯は凍える程の気温になっているだろう。
 魔力量を増やすために増やしていた脂肪は、この数年で元に戻ったようだ。魔力で増やしていた所為もあり、皮が余ることもない。身長が伸びたからか、魔力量はそれなりにあるが身体に負担が掛かっている風もない。やはり、身体が大きくなるまでにある程度魔力を下げて、身体を慣らすのがいいらしい。
 紙があればこの結果を記録できたのに、残念だ。どこかに記載する場所があれば残しておこうとヒバリは呑気もそう考えていた。

 そして、今の一番の難題はアラダージュ王国の外れに位置しているモードア火山にどう向かおうかというものだった。
 モードア火山は活火山で、守護神がいるとしても王都に近づけるのは危ない。故に、砂漠を走るための特殊な軍馬を走らせて一日弱。ラクダで行くとしたら三日ほど掛かる。
 引きこもりであるヒバリが馬やラクダに乗れる筈もなく、グラヴァンディアに向かい馬車を用達しようにもきっと止められてしまうだろう。スズメのあの様子では既に彼を生贄として捧げる準備が整いつつあるのだろう。

 以前の姿だったら重量が重すぎて、不可能であった魔法が使えるのではないか。

「身体強化と空中で空気を凝縮して空中を走っていけそうだ」

 身体強化で寒さと空気抵抗を無効にして、足元に空気を凝縮して足場にしてわたっていけばいい。王宮の学者たちがその力技の論理を聞いたならば泡を吹いてひっくり返るだろう。空気を固めて出来るものは足場ではなく真空で、人はそれを踏む前に切り刻まれてしまう。
 ヒバリは強化した身体で高く跳躍し、落下する場所に空気を作り出した。それを踏むと圧縮された空気が爆ぜて、ポーンとヒバリの身体を押し出す。

「うまくいった」

 それをテンポよく踏み、グワンと一気に進むのがとても爽快だ。王国が誇る軍馬が十分程走らせ進む距離を一瞬で進むのはとても便利がいい。ヒバリに時間があれば、これを効率よく移動に使えないか煮詰めただろうが、二度とアラダージュ王国に戻れないだろう。
 ポンポンと進み、自身の魔力量がどれくらいなのか判らないがこの感じなら魔力が尽きることもなくモードア火山に辿り着くことが出来るだろう。
 空を駆け、出来るだけ空中で活動をする。砂漠は昼間と打って変わって冷え込み、出来るだけ魔力を温存したいヒバリには適さない。足が砂漠の砂に埋もれてジャンプするにも難儀しそうだ。

 夜半過ぎに漸くモードア火山のすそに辿り着いた。
 火山を普通に歩けば半日程掛かる。昔、父から聞いた話では、神聖な場所であるが為に人の手が入らず、モードア火山の山頂に向かうには自然のままの山を登らなければならない。下手に魔法を使って活火山に刺激をしては不味い。

「ここからは徒歩か。身体が軽くなっていて良かった」

 一応、身体強化をかけて駆ける。
 二刻程駆けて、モードア火山の山頂へと辿り着いた。流石に魔力も底がついてきたようで、息が切れる。魔力切れは生命維持ができない状態になりとても危険だが、少しでも魔力を回復してから身を投げた方がいいのだろうか。
 少し考えて、活火山のマグマを眺めて座り込んだ。

 このまま身を投げるだけでいいのだろうか。
 それとも守護神サラマンダーに声をかけてから身を投げるのが正解か。
 しかし、生贄と言っても結構曖昧で、生贄を捧げる年だとかどんな人間を捧げるのだとか一切触れていない。人とは違い、神である存在なのだから時間にも人の括りというものにも疎いのかもしれない。

「神託というものは、そういうものかもしれない」

 うんうんとヒバリは頷き、火口付近で大きな声を上げて叫んだ。

「アラダージュ王国、グラヴァンディア公爵家、ヒバリでございます! この度は、守護神様に捧げる生贄として、この身をお受け取りください」

 火口のマグマが大きく震え、表面にコポコポと忙しなく動き出した。
 生贄の身としては少し煤汚れているが、身を投げる前に浄化の魔法をかけた方がいいのか考えていると、火山の下から大きな声が聞こえた。
 声は幾つもあって、そのどれもがヒバリの声を呼んでいる。

「?」

 思わず立ち上がって、声のする方に顔を向ければそこにはイーグル殿下が居た。

「ヒバリ!」

 切羽詰まった顔のイーグルはダークブロンドの髪を振り乱し、その王族直系に現れる黄金色の瞳を歪めてヒバリへと駆け寄ろうと一目散に駆けてきた。

「イーグル殿下?」

 小さな、ささやきにも似た声だったのにイーグルはその声を拾い、ヒバリの名を力強く呼んだ。
 四歳の婚姻の義以来、四年前の邂逅ぶりに二人の瞳がかち合った。
 それに驚いて、ヒバリは足元を滑らせてしまった。

(しま…っ!)

 しまったと思った時には、ヒバリは火山へと落ちていた。咄嗟に魔法を使おうと思ったが、自分は生贄になりにきたんだこれでいい筈だ。

 迫りくる熱に目を閉じたが、一向に意識は遠ざかることもなく、なんなら浮遊感というか誰かに掴まれている感覚がある。

「……?」

 恐る恐る目を開ければ、ヒバリは火口付近に居た。

「え?」

「まったく。余の入り口でなにを勝手な事をしておる」

 珍しくあんぐりと口を開いて驚いているヒバリの前に、長身のこの世の者とは思えない程の美丈夫が居た。褐色の肌に赤いストレートの髪を後ろに流した切れ長の、滴るほどの色香を持った男だ。白い布を巻くように身に纏った男は一つため息をつき、「主らは何をしている?」と問うてきた。

「主ら?」

 男の問いかけでは複数人のようだ。
 それはもしや、ヒバリが感じているこの締め付けが、もしや、イーグルなのだろうか。先ほど、最後に見たのはイーグルのみだった。
 ギュウギュウに締め付けているそれを確認すれば、矢張り後ろにはイーグルが居て、蒼褪めた顔をして此方を見ていた。

「イーグル殿下…」

 ヒバリがイーグルを呼べば、その秀麗な顔を歪めてクシャリと幼く笑った。

「お前が無事で…本当に良かった…!」

 ボロボロと泣くイーグルがヒバリを抱きしめて離さないので、ヒバリはどうしたものかと小首を傾げた。

「可笑しいな。余が主らの国に番が現れると告げたのはもう少し後だ。しかも、生贄とな?」

 ヒバリとイーグルの問答に男も首を傾げている。

「しかし、二十年後、生贄を捧げよと神託を受けました」

 話からすれば、この男が守護神サラマンダーなのだろう。赤い理知的な瞳はユラユラと炎が揺れる様に終始動いている。

「私はアラダージュ王国、第二王子イーグルでございます。ヒバリは間違って送られた生贄であります。私が生贄としてこの身を捧げるべく参りました」

「イーグル殿下?!」

 ボロボロに泣いていたイーグルがグッと涙を拭いて、ヒバリを背中に隠して自分が生贄だとサラマンダーに宣言した。
 慌てるヒバリをものともしない広い背中は、今泣いていた者とは思えない、威厳に満ちたものだった。

「何か勘違いがおこっておるのは判った。さてはじいやだな?」

「勘違いでございますか?」

「ああ。余の伴侶…魂の番がアラダージュ王国に生まれることが判った。余の番になるものは手の甲に守護神サラマンダーの印が浮かぶ。その番を余に召し上げろという話だったのだがな。伝言役のじいやの耄碌が激しく、その所為で上手く伝達が出来ていなかったのだろう」

「なんと…」

 サラマンダーと会話をしていたイーグルが絶句した。
 ヒバリもそんなことがあるのかと驚いたが、神と人ではまず常識が違うのだからこんなこともあるのだろうと納得をした。

「しかし、あながち全てが勘違いというわけではないようだ。主ら二人からは余の魂の番の気配がする。…そうか、主らの子がきっと余の番なのだろう」

 サラマンダーはだからこそ、イーグルとヒバリがここまでやってくる運命になったのだろうと朗らかに笑っていた。

「それでは…生贄というのは…」

「ない。余は人柱というものの意味を見出せぬ。主らの子は丁重に持て成す。余は竜神の国の国王である。決して不自由はさせない。誓おう」

 力強いサラマンダーの言葉にイーグルとヒバリは張っていた気を緩めて、ホッと息を吐いた。
 まさか守護神であるサラマンダーがここまで気安い人物だとは思わなかった。ここに来るまでお互い色んな葛藤や焦りが生じていた。それが一気に解放され、冷えていた手先にぬくもりが戻ってきた。

「ここまで来たというのに、なにもないのでは余の威厳が保たれぬな。主らには余の加護を与えよう。さしたる力はないが、加護があれば主らを引き裂くものはなにもない。心して、余の番を産めよ」

 にんまりとサラマンダーが笑い、その姿を消した。
 サラマンダーが与えた加護は、彼を呼び出す力と、イーグルとヒバリがお互いを呼び合う力だった。
 それは神殿に与えられた神託として記録された。いかなる力を持ってもイーグルとヒバリを引き剥がすことはならないとのお告げだった。

 サラマンダーが消えた後、這う這うの体でやってきた騎士団は山頂に着いたすぐにサラマンダーの粋な計らいによって王都へと帰された。
 唖然とする騎士団にイーグルとヒバリは懐の広い守護神に感謝して、神に臨まれた自分たちの子供が幸せであるようにお互いの身体を抱きしめ合った。
 四歳の時に会ったきりだというのに、抱きしめ合った身体は暖かく馴染み、サラマンダーの言葉を借りるならばイーグルとヒバリは魂の番なのだろうとしっくりときた。

「俺はヒバリを愛している。どうしてこんなにも焦がれるのか判らないくらい、ずっとだ。お前以外を娶る気はない。俺を、認めてくれないか?」

「イーグル殿下…」

 ヒバリが知っているイーグルは四歳の時、婚約の義を交わしたたったあれだけだった。とても優しそうな瞳と声を覚えている。
 幼い頃より、不敬な態度をとっている自覚は勿論あった。それでも、イーグルは自分を見限ることなくヒバリだけを欲してくれている。

「ヒバリ、愛してる」

 ジワリと目頭が熱くなる。目の前に居るイーグルが愛おしくて仕方がない。こんな気持ちは初めてで、ヒバリは思わず声を上げて笑ってしまった。

「こんな僕でよければ、愛しいイーグル殿下のお傍に置いてください」

 愛しい、可愛い。とても男らしいのに、ヒバリに向ける黄金色の瞳はとても甘やかな飴玉のようだ。蕩けそうなその瞳はヒバリへの愛を包み隠さず告げてくる。なんだか面はゆい心地になりながら、ヒバリは惜しみない愛を注ぐイーグルのプロポーズを受けた。


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