生贄は内緒の恋をする

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「ヒバリが無事だった?」

 グラヴァンディア公爵家が慌ただしく、一頻り癇癪を起して部屋から出たスズメが眉を顰めていると使用人の会話からヒバリが例の塔から無事に生還したらしい事が断片から判った。
 公爵家から色々な物を運び出している。スズメの母があれやこれやと指示を出しているので、公爵家から運び込まれている場所にヒバリが居るのだろう。
 スズメは急いで身なりを整え、使用人に自分もヒバリの安否が心配だから一緒に行くと告げた。さっきまで癇癪を出して暴れていたスズメがケロリとした顔で言うものだから、少し不審そうにしていたが公爵夫人より一刻も早く城に運び込まれたヒバリの部屋を整えるよう仰せつかっているので、深く追求することなくヒバリを馬車へと乗せた。

 積み荷を積んだ馬車の後を追うように公爵家の馬車を走らせたスズメは、この後どうやって事を進めようか考えていた。上手く回さないと、生贄は自分になってしまう。どうにかして、ヒバリが自ら生贄になるとその口から言わせなければならない。
 今は気を失っているらしいので、なんとか誰よりも先にヒバリにコンタクトをとれればスズメの進退も大幅に変わるだろう。

「なんとかして、ヒバリを生贄にしないと僕の身は破滅してしまう…」

 ギリリと親指の爪を噛み、実の兄であるヒバリをどうにか生贄に戻さないとと、スズメは焦燥に駆られていた。


+++




 イーグルが塔から解放されたヒバリを城に連れ帰ってから、城中はてんやわんやだった。
 まさか、ヒバリが無事に帰ってくるとは思っていなかったグラヴァンディア公爵が秀麗な顔を絶句させ、腰も抜かさん様子でイーグルに抱かれたヒバリに駆け寄った。

「ヒバリッ!!!」

 魔力と脂肪が抜かれたヒバリは以前の容姿とはまるで違ったが、親である公爵にはすぐに判ったのだろう。スヤスヤと安らかに眠るヒバリの頬を労わるように撫で、ホッと息を吐いた。
 イーグルはとりあえずすぐにヒバリを横にしたくて、自身の寝室へと運び込んだ。それからグラヴァンディア公爵の迅速な対応で城の一角にヒバリの寝室が設えられた。手配したのはグラヴァンディア公爵夫人らしく、すぐにヒバリはその部屋に移された。
 ヒバリが以前の体形ならここまで手早く部屋に運ばれることはなかった。そこを悔しく思いながら、しかしあの体型であったならばイーグルは空中でしっかりと受け止められず潰されていただろう。未来の伴侶が嫁を受け止めきれず潰されるとあっては面目がつぶれてしまう。そこだけは良かったとイーグルは安堵の息を吐いていた。

 夜半過ぎに、ヒバリに付きっきりだったグラヴァンディア公爵がイーグルの私室にやってきた。

「こんな時間に申し訳ありません。しかし、ヒバリについてイーグル殿下にお報せしたい事があります。今後のヒバリの処遇になります」

「構わない。入ってくれ」

 折り入っての話らしい。イーグルは侍女と近衛を下がらせ、自ら紅茶を淹れた。

「お気遣い痛み入ります」

「して、話とは?」

 グラヴァンディア公爵はただそこに居るだけで他を威圧する不思議なオーラを持っている。それが魔力のなせる業なのか判らないが、ヒバリとは雰囲気がまず違う。スズメの持っている色は公爵と一緒なのにこちらもまったく違う。
 公爵は二人の息子を公平に愛している。ヒバリが必要な物、スズメが欲している地位。個々それぞれ望みは違うものの、出来るだけ息子が望むものを与えようと、それに見合う貴族になるよう育て上げたつもりだった。

「今から二十年前、神殿にこの国の守護神サラマンダーより神託が下りました。“竜の年”に生贄を捧げよと。この竜の年は今の人の世には曖昧でその神託が下りた年より二十年後。そして、ヒバリは幼い頃、よく予知夢を見て私にその詳細を告げてくれていました」

「ああ、ヒバリの予知夢でこの国の免れたことがあると父に訊いたことがある」

「その通りです。ヒバリの見る予知夢は確実に起こる事象です。決して避けることのない災害であり、しかしそれを知ることが出来る我々はその対処が行える。事前に知ることで、この国は幾度もの災害を越えてきました」

「グラヴァンディア公爵閣下の御子息が生まれる前の冷夏と異常気象が‌原因だと聞いている。しかし、グラヴァンディア公爵家に御子息が生まれた途端、異常気象はぱたりと止み、この国は豊穣に恵まれるようになったと」

 アラダージュ王国は常夏と言われる土地柄、ひとたび冷夏に襲われると国の備蓄は全滅してしまう程にダメージが大きかった。それを見かねた神々が火竜であるサラマンダーを守護神としてアラダージュ王国の活火山地帯に住まわせたことにより、アラダージュ王国は長らく栄えていた。
 しかし、火竜サラマンダーは数百年に一度、生贄を所望する。それが目下国王陛下の悩みだった。
 毎年生贄を所望されるわけではない。数百年に一度だ。何代もの王が生贄を捧げることがなかったのに、突如として神託は下りるのだ。
 そして今代の国王陛下は数百年ぶりの生贄の所望を受け、頭を抱えた。

「生半可に生贄を捧げるわけにもいきません。伝承による書物によれば、それなりの高貴な存在を生贄に選ばなければならないとそう記載されていました。そして、我が息子であるヒバリは予知夢を見ました。全てが暗闇になる夢を。永遠と暗闇しかないそうです。そして、ヒバリはその予知夢を見ない為に魔力を制御する為、魔力をその身に貯めました」

「俺と婚約した頃には、ヒバリは生贄として選ばれていたのか?」

「ええ。ヒバリは生贄になるまで健やかに過ごしてほしく、王太子殿下ではない第二王子殿下であるイーグル殿下と婚約を結びました。イーグル殿下はヒバリを優先的に考えて下さいました。どんどんと容姿が変わる風変わりなヒバリを見捨てず、貴方様の献身的な姿を見て、私も考えを改めました」
 
 そこでグラヴァンディア公爵は強い眼差しでイーグルを射貫いた。

「塔で眠ったヒバリを生贄にすることは出来ない。我らグラヴァンディア家はスズメへとその役目を移し、爵位と公爵領を王家へと返還する予定でした」

「それは…」

「ええ。養子をとるなどと、甘えたこと考えておりませんでした。貴族としての勤めは国の為に尽くすこと。しかし、私は二人の親であり、ヒバリもスズメも愛しております。二人が居なくなってしまったらきっと私は貴族として…勤め上げることは出来ないでしょう」

 グラヴァンディア公爵は少し俯いて、皮肉気に口元を歪めた。愛してはいるが、ここ最近のスズメの態度は目に余るものがある。大人しくモードア火山に行くとも限らない。しかし、貴族として生まれたからには避けては通れぬ道だ。それが嫌ならば、その身分を放棄しなければならない。それがグラヴァンディア公爵の、彼が理想とする貴族の務めであり矜持だ。
 叶う事なら息子を差し出すくらいなら自分がその役目を変わりたい程だが、守護神の願う生贄というのは己ではないのだろう。

「俺は、ヒバリに辛い思いをさせたくない。俺のとばっちりでヒバリは攻撃を受けて、四年塔の中で一人眠っていた。そんなヒバリに生贄をも望むのはあってはならないことだ。父に進言しよう。モードア火山に身を捧げる役目、俺が担おう」

「イーグル殿下?!」

 グラヴァンディア公爵はイーグルの放った言葉に思わず声を上げた。
 滅多なことを言うものではないと、諫めようと思った所でイーグルの部屋の扉が少し強くノックされた。

「入れ」

 イーグルが許可を出した途端、一応のマナーを守ってはいるが転がるように侍女が入ってきた。息を切らせて入ってきた中年の侍女は何度も謝りながらイーグルとグラヴァンディア公爵の足元に跪いた。

「申し訳ございません! ヒバリ様のお姿がどこにも見当たりません。…先ほどまではお眠りでしたのに…」

 真っ青になった侍女がボロボロと涙を流し、警護をしていた近衛も扉の前で昏睡しているのだと悲壮な声を上げた。

「なに?!」

 イーグルはすぐに部屋を出て、ヒバリに与えられた部屋へと駆け出した。グラヴァンディア公爵が追ってくる気配がするが、今は待っていられない。
 走って、すぐにヒバリの部屋に向かった。
 ヒバリの部屋には数人の侍女と近衛が騒然としていた。
 慌てて中に入ったが、イーグルが確かにそこに寝かしたヒバリの姿はどこにも見当たらなかった。

 なにか変わりがなかった聞けば、無理矢理起こされた近衛が一人頭を抱えてイーグルに跪いた。

「その…グラヴァンディア公爵家のスズメ様がお見舞いだと入ってきたのですが、そこから私の記憶はありません」

 後から追ってきたグラヴァンディア公爵は近衛のその台詞に息を飲んだ。

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