魔王になんてぜったいなりません!!

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夏の日、隣国での暮らし

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 ギルドの職員の一日は只管椅子に座っている、これに尽きる。
 僕は受付で雇われたけれど、僕の両隣のアンナさんとルンさんはこの大きな町で一ニを争う美女で冒険者達はまずそこに並ぶ。手早く受付を終わらせたい冒険者は僕の方に並ぶけど、早く終わらせたい人たちばかりなのですぐに消化される。
 朝の十時から昼の三時でその日の依頼の受付が終わり、僕はそこから依頼のランク振り分けと今日の受付の集計をしていく。僕が重宝されているのはここら辺の計算が早いからだ。

「ニールは仕事が早くて助かるよ」

 ギルドマスターが厳つい笑顔なのか威嚇なのか判らない表情を浮かべ、背中を一叩きされる。
 この一撃が結構な痛みなのだけど、折角の好意なのだから大人しく甘受している。

「ギルドマスターには身元保証人になっていただけましたし、期待に沿えるよう頑張ります!」

「良い拾いものをしたな。でも、無理はするな。アンナとルンに叱られちまうからな」

「?」

 今日の分の書類をギルドマスターに渡して、ギルドの二階にある寮に向かう。二階は職員用の住居で、単身用の寮だ。特殊な結界が張られていて、職員以外は入れない。アンナさんとルンさんがいるからこの厳重さにもうなずける。
 ここでは完全自炊で、ギルドマスターに包丁の使い方から焼き煮る蒸す色々な料理方法を教えてもらった。アンナさんとルンさんは外に食べに出るのが常で、たまに僕が作っている料理を味見という名の食事をしていく。僕は外に出たくないので、自炊を極めてしまった。
 自炊をしていくと魔術具があればもうちょっと楽になるのに…という職業病が騒いでしまい一月後にはギルドマスターでさえ目を見張る立派な魔術キッチンが出来上がっていた。掃除も教えてもらい、キッチンはいつでもピカピカだ。
 前菜にメイン。時間があればデザートまで作れるようになったので、充実した毎日だと言えるだろう。

「ニール君は、何を目指しているのかな?」

 ダークブロンドの巻き毛に、碧眼というケルヴィン様の色を思い浮かべてしまう色香漂う美女、アンナさんに問われた。

「目指すものですか?」

「そうよぉ。粛々と暮らしているから、ちょっとくらいは遊んだほうがいいわよー」

 蜂蜜色のふわふわした髪に、飴色の瞳のどこまでも甘そうな美女、ルンさんがそう言った。

「遊びですか?」

 ただ聞き返す僕を見る眼差しは兄と同じものだった。
 僕がここで暮らしていけるのも、この二人が見守ってくれているからだろう。

「君には“未来”が感じられないわ。刹那的というのかしら、今、生活が出来ればそれでいい…そんな感じがするのよ」

「…それは…」

「彼氏作っちゃいなよー。きっと楽しいよ?」

「ニール君目当ての将来有望な冒険者が結構いるのよ? 君は気づいていないけど」

「えぇ?」

「勿体ないよぉ。お喋り楽しいよ?」

 ギルドが開く前の短い間の会話がそれだった。
 半年たって僕がちっとも外に出歩かないので、お姉さんの二人は心配してくれたのだろう。彼女ではなく、彼氏をオススメするということは、僕の想い人が男の人であることも知っているのだろう。
 そんな話をしていたからか、ギルドが開いた瞬間に入ってきた人物を見て息を呑んだ。

「?!」

「ニール、探した…」

 遠征用の軍服で現れた滅多に見ない長身の美形に騒がしかったギルド内がシン…と静まり返った。

「えぇぇっ? なにあの美形!」

「ニール君を呼んでるよぉ?」

 両側の衝立を越えてアンナさんとルンさんが声を掛けてきた。

「ケルヴィン…様…」

 どうしてこんな所にケルヴィン様がいるんだろう。彼の口ぶりから偶然という訳でもなさそうだ。
 兄に頼まれたのならまだいいけれど、嫌な予感がする。
 遠征ついでに兄に頼まれて様子を見に来たにしては、装いが豪華過ぎる。
 ラント王国の情報はわざと聞かないようにしているので“渡り人”が今どうなっているのか判らない。しかし、予知夢と同じならきっと渡り人の少女は貴賓として手厚い持て成しを受けている筈。そしてその隣には必ず甘い瞳を少女に向けるケルヴィン様が居た。
 逃げようと腰を上げたが、ケルヴィン様は長い脚を使ってすぐ目の前にやってきた。
 僕の腕を掴んで、アンナさんに「彼を借りてもいいだろうか?」と有無を言わさない圧で了承を得た。ケルヴィン様が目立つからとギルド受付の奥にある小会議室を提供された。

 小会議室は小部屋に机に椅子が四つ並べられているだけの簡素な造りになっている。
 腕を掴まれたまま、ケルヴィン様に促されて僕は椅子に座った。真正面に座るのかと思っていたら、ケルヴィン様は僕の隣に座ったので「え?」と顔を上げたら思いの外に顔が近くてのけぞってしまった。

「どうしてこんな所に居るんだい?」

 ケルヴィン様は此方に身体を向けていて、僕の両手を大きな掌で包んだ。それにつられて僕もケルヴィン様の方に身体を動かしてしまい、至近距離で眼鏡越しの碧眼と見つめ合ってしまった。
 あまり表情が動かないケルヴィン様の憂いの浮かんだ瞳に、心臓がドキリと跳ねた。

「えっと…」

「突然いなくなって、随分と探したんだ。とても心配したんだよ、ニール」

「ご、ごめんなさい…」

「謝らなくてもいい。君はあの時何度も倒れていたと聞いている。何があったんだい?」

 そっと目をそらそうとして、顎を掴まれた。あまり強い力ではないけれど、全く首が動かない。恐る恐る視線を戻せば切ない色を持った碧眼とかち合った。

「カップンも心配しているし、どういうわけか“渡り人”が君の所在を聞いてくる」

 兄の名前を聞いた所で持ち上がった心が、“渡り人”の呼称でスッと冷えた。

「“渡り人”…?」

「ああ。何故か“渡り人”は予知の能力があるらしく、彼女が言うには夏の日には魔王が現れると予言らしきものをしていたのだが、既に秋の日も中盤だ」

 僕が視た予知夢では魔王が現れたのは夏の日だった。今は秋の20日。逃げ切れたと思っていたのに、どうやらまだ僕が魔王になる可能性は残っているようだ。
 きっと、“渡り人”の女の子は僕が魔王になることを知っているのだろう。じゃなければ、一度も会ったことのない僕を認知しているわけがない。

「僕はこのままここで平穏に過ごしたいだけなんです。もう少ししたら、この国での永住権を発行してもらえるんです。放っておいてください」

「この国に私は居ない。君は約束を違えるつもりか?」

 約束というのは僕が大人になったら結婚相手としてみてくれるってやつだろうか。ケルヴィン様と結婚はしたいが、僕はケルヴィン様が渡り人の女の子と懇意にする姿を見たくない。
 手が震え、冷や汗が止まらない。
 僕を冷めた瞳で見てくるケルヴィン様を、僕を射抜いたケルヴィン様を思い出し、血の気が引く。
 渡り人の少女は僕を魔王にする気満々なようだ。僕が決意した日に見た少女は恋に浮かされた表情を浮かべていた。

「ケルヴィン様は、なにかが可笑しいとは思わなかったんですか? 平穏な世界に魔王を呼び出そうとしているのは…っ」

 魔獣は確かにいるけれど、魔王なんておとぎ話の中の生き物だ。伝承として残っているらしいけれど、魔王がどんなものなのかは誰も知らない。
 この世界の危機を報せる為に、異世界から渡り人がやってきたと考えるのは安易だ。僕は、この世界の顛末を知っている異世界人がそのルートを辿ろうと躍起になっているように思える。

 僕は魔王になりたくない。僕が魔王になりえる存在だと、ケルヴィン様に知られたくない。
 ケルヴィン様は魔獣討伐をする為に結成された第三騎士団の団長で、その討伐対象が僕であると気取られたくなんてないんだ。

「僕はラントには帰りません! この国では僕はもう大人なんです!! ケルヴィン様とももう会いません!!」

 僕が大声を出して拒絶したからか、ケルヴィン様の切れ長の瞳が大きく見開かれた。
 ラントでは十八で成人だけど、ここトワイでは十六で成人だ。だから僕はギルドで働けているし、親の承諾が必要な書類も僕の一存で判を押せる。まだ永住権は発行されていないのでギルドマスターの承認が必要だけれど。
 ケルヴィン様は僕との結婚を大きくなったら考えると言ってくれた。けれど、それは僕がどれだけ大きくなったら考え始めてくれるんだろう。歳だろうか、身長だろうか。
 そのくせ、渡り人の少女は…。いいや、違う。あのケルヴィン様は…そう考えて、首を振る。僕が居なくなったことで、予知夢から外れてきてはいるが、個々の素質は一緒なのだろう。きっとケルヴィン様は歳とか身長とかあまり気にしていない。僕だから、やんわりとはぐらかしているんだ。彼はとても優しいから。
 涙が零れた。
 僕が泣いたからケルヴィン様は吃驚したのだろう、僕が身を捩ればすぐに手は離れた。その隙を練ってケルヴィン様から逃げ出した。

「ニール!」

 ケルヴィン様の声が聞こえたけれど、僕は迷わずギルドの寮へと入った。ここなら職員以外は魔法で弾かれるので、ケルヴィン様だろうと入ってこれない。
 ギルドマスターの承認を要する場所で、彼が認めてしまえば安易に入ってこれる。けれど、ギルドマスターはきちんと僕にどうしたいか聞いてきてくれた。僕が首を横に振ったら「暫くは内職を頼む」と頭を撫でてくれた。
 二日、職員寮で内職をしていたらルンさんが「イケメンが威嚇するだけ威嚇してラントに帰国していったよぉ」と教えてもらえた。


「あんな美形が居たら、そりゃあ他は見れなくわるわね」

「ニールは、あのイケメンのストーカーから逃げてきたの?」

「ケルヴィン様はストーカーじゃないです!」

「あら? でもトワイ国に来たって知らせてなかったんでしょ? だとしたらこの辺境のギルドを突き止めるって相当よ?」

「兄が魔術師なので、判ったのかもしれません」

「えぇー。違うよぉ。あれは、執着のにおいがプンプンしたものぉ。わたし、けん制されちゃったよ」

「アタシもよ。あれはニールに相当執着してるわよ。ニールも一線を画す美少女だもの。あちらさんも必死よね」

 今日はアンナさんもルンさんも寮で食事をとるようで、食材を色々と手渡された。
 僕が料理をしている間に二人は既にワインを飲んでいて、ほろ酔いになっていた。常から饒舌な二人が更にお喋りになっていて、料理を卓に並べた途端に囲まれた。テーブルの向こう側でギルドマスターが苦笑している。止める気はないようだ。

「渡り人って稀だけど、ラントで情報が止まってるのかなぁ? こっちまで詳しい情報はないわよ?」

「あまり歓迎されてないんじゃない? 魔王が出るなんて予言するような危険人物、公にできないわ」

「確かにな。自国で魔王が出たなんて醜聞だ」

 ギルドマスターが頷いて、エールを注いだジョッキを一気に煽った。今日は皆で飲み明かすようだ。僕はお酒は味が合わなくて、いつも通り冷たいフルーツ紅茶を飲んでいる。
 紅茶を一口飲んで、ジトリと嫌な汗をかいた。醜い嫉妬をして、魔力を開放してはいけない。僕はこの国の人たちに助けられて、こうやって生活が出来ている。勿論、ラントも大事だ。僕はどれだけ穏やかに過ごせるかに掛かっているのだなと、改めて感じた。
 もう少ししたらこの国トワイでは雪が降り、魔力が一番低下する冬の日が始まる。少し遅れて冬の日を迎えるラントでは魔石を作る生産に移るがトワイでは魔獣がドロップする魔石を利用する為に魔術師より冒険者が重宝されている。
 僕が改造に改造を重ねたキッチンも魔獣の魔石が使われている。使用した感じ、どちらも変わらない。けれど、ダンジョンが多数存在しているトワイならではの使い方だ。ラントは魔獣を狩るのは騎士団の役割で、ギルドは点在しているが騎士団が派遣されない辺境地に多い。
 国が変われば形態も変わる。
 この頃の僕は色んな世界を見たくてたまらなくなっていた。ラントの城で魔術具を作っていた時には考えもしなかった視野だった。

 いつも僕の世界の真ん中にはケルヴィン様が居て、ブラコン気味の兄が居た。
 僕はケルヴィン様から離れることを嫌がり、いつでも彼の近くに居られる魔術具師になったけれど、こうやって離れて色々と経験するのはとても新鮮で楽しい。
 それに、どれだけ離れていたとしても僕はケルヴィン様が大好きで、結婚を考えてもらう機会はもうないだろうけど、仕方ない。僕はケルヴィン様が望む大人にはなれなかったのだから。


 僕と渡り人の少女は魔王がどうやって出現するか知っている。
 だから、少女がどう頑張ろうと僕が魔王になることはない。

「魔王なんて存在しないんです」

 僕がこの国に居る限り、魔王なんて、現れない。
 いつの間にか食堂は静かになっていてアンナさんとルンさんが、不思議そうに此方を見ていた。
 ギルドマスターが椅子の背もたれに体重を預けたのか、木ならでわの軋む音がシン…と静まり返った食堂に短く響いた。
 少し居心地が悪くて、僕は視線を反らして水を一口飲み込んだ。

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