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クロウの感情

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 食事を終わらせて、うとうとしてたらクロウにまた抱えられた。
 ゆったりと歩くそのテンポでオレの瞼は完全に閉じてしまった。目を瞑る寸前に金色のきらきらしたものが木陰にみえたけど、あれはなんだったか。



 黒いモヤを吐く人はオレの元居た世界でも存在していた。
 歪な笑顔を貼り付けて、黒いモヤを吐いて周りを包み込んでいた。
 色んな場所で、色んな人があれを吐き出していた。遠目からでもあそこに行っちゃいけないんだって判るくらい嫌なものだった。
 あの黒いモヤに包まれていると人はおかしくなるみたいで、とんでもなく黒く大きくなったモヤを持っている人は大抵なにかで手を汚している。
 黒いモヤは人に伝染ることを知った。そして、それを払えることを知った。
 友だちが黒いモヤを纏いだして咄嗟に手で払ったらモヤが消えた。一瞬の出来事でポカンと友だちをみれば、「なんだか身体が軽くなった」と笑顔になった。
 人が元々持っている闇で作られた黒いモヤは払えないけど、感染ったものなら手で払えるらしい。
 他の人はそれが見えなくて、オレにだけ見える。最初は幻覚だと思っていたけど、年を重ねるごとにあれは近寄っちゃいけない人間を知らせてくれてるんだと理解した。
 この世界では黒い霧と呼ばれてた。
 一番最初にこの世界で会った人たちはどうなったんだろう。ピンクのモヤはオレでは払えない。あれは内からでるものと、この国の不浄が絡まったもので一体化してた。人が持つ黒いモヤとは格段に違った。
 今はそこまでの実害があるわけじゃないって言ってたけど、でも不浄の症状が悪化する前になんとかしなくちゃならないんだよな。協力的にならなきゃ。
 危ないのも痛いのも怖いのも嫌いだけど、お城の人はいい人ばかりだったし。きっと城の外の人もいい人ばかりだろう。だからそんな人たちが困らないようになんとかしてあげたい。
 難しいことはよく判らないけど、がんばってみよう。


 うんうん。と一人納得していたら、「コガネ様?」と声を掛けられた。


「ん?」


 パチリと目を開ければ二日目でばっちりと馴染んでしまった天蓋付きベッドにいた。


「あ、起きました? 喉とか渇いてませんか?」


 ベッドの傍でクロウがティーセットを持って立っていた。
 オレがいつ起きてもいいようにお茶の準備をしている真っ最中だったらしい。
 テキパキとお茶を淹れるクロウの後ろで「次は私たちがお淹れいたしますからね」とクロウに仕事を取られてヤキモキしているらしい侍女さんたちがいた。
 ベッドでお茶を飲むのは行儀が悪いからソファに移ったらローテーブルに本が数冊積み重なっていた。一冊手にとってみてみれば絵本なのかな。文字より絵の割合が多い。でも読めない。


「ああ、矢張りコガネ様はこちらの文字が読めないようですね。言葉は通じているのに不思議なものです」

「異世界召喚あるあるみたいなやつか。でも、特に困らないから読めなくてもいいんじゃないか? 言葉が通じてるし」

「…それでも、読めると便利ではないですか?」

「そりゃ、ずっとこの世界にいるんなら便利だろうけど、そういうわけじゃないし」

「…っ!」


 パラパラと絵本を見てたオレはクロウが息をのんだことに気付かなかった。










 夕飯もクロウに騎士団の食堂に連れて行ってくれた。
 クマはいなくて、オジサンはいた。厨房からちょこっと顔を覗かせてくれたから手を振ったら嬉しそうに手を振り返してくれた。
 クロウは昼より少し量を控えているけどそれでもデカ盛りのプレートを平らげていた。オレはオジサンお手製のちっちゃいプレートのご飯を食べた。これはお子様ランチっていうのかな。すごいかわいい。ご飯を食べたらデザートをだしてくれた。冷たいゼリーみたいなそれはとても優しい味がした。




 そして、クロウに運搬されることも慣れ、大人しくしていたオレが一番暴れる時間がきた。


「風呂は一人で入る!!」

「ダメです。昨日そういって溺れたじゃないですか。愉快な感じで」

「ぐ…あれは…自分が花を出すなんて知らなかったから」

「溺れたコガネ様を見つけた時、俺の寿命は縮まりました」

「じゃあ、オレの身体は自分で洗う…それなら…」

「ダメですね。コガネ様の身体は俺が洗います」

「絶対にヤダ!」

「はいはい。いい子ですから、大人しく湯浴みしましょうねー」

「ちょ、待て! 抱えあげんな! バカ! バカ! 降ろせって!!」


 クロウに小脇に抱えられて、風呂場への扉を開けられる。
 風呂には入りたいけど、全身を洗われるなんて嫌だ。風呂から上がったら今日こそ寝支度させてくださいと侍女さんたちが手をわきわきさせているし、必死に抵抗しているのにクロウの足に身体を挟まれ器用に脱がされていく。なんだその早業!!

 結果的に言えば、全身を洗われた。丁寧に、全身を、だ。


「もうっ…お婿にいけない…!!」


 ホカホカの身体を折り曲げて絶望を表現した。
 玉の裏まで洗われて泣き崩れるオレにクロウはやってやったとばかりにいい笑顔を浮かべている。


「だったら、俺がもらいますね!!」

「絶対に、嫌だ!!」


 床をバンバンと手で叩いて叫ぶが、恥ずかしがっているんだとバレている。風呂に入ったときからずっとピンク色の花びらが散っているから。
 それが判っているからクロウはニコニコとうれしそうに笑っている。
 く、悔しい!
 オレを洗ってからついでとばかりに自分もぱぱっと身体を流していたクロウの身体は着痩せするタイプなんだってことを知った。筋肉質だとは思っていたけど、すごかった。
 ヒートアップするオレとクロウを宥めることなくオレのみをベッドへと運び、侍女さんたちは寝支度という名のマッサージをしてくれた。色んなオイルを塗られて揉まれて髪を整えられて、終わる頃には昼のうとうととは比べ物にならない眠気がやってきた。


「クロウ、今日も、いい?」


 吸い込まれるような睡魔に身をゆだねたいけど、この安心する体温がなくなるのが嫌だ。
 強請るようにクロウの裾を軽く引っ張って、訊ねる。
 ゆったりとクロウの目が開いて、きらきらした金色の瞳が覗いた。きれい。


「コガネ様は、俺にもらわれるのは嫌ですか?」


 心地よい低い声がオレに話しかける。
 頭を撫でられ、眠気がまた強くなる。


「俺がほしくないですか?」


 クロウが、ほしいかって?
 クロウは物じゃないけど、傍にいてくれるのならほしい。


「クロウが、ほしい」


 するりとクロウがベッドに入る気配を感じた。
 頬を撫でられ、その体温が気持ちよくて思わずふふ、と笑ってしまった。


「はい。俺をもらってくださいね、コガネ様」

「う、ん。元の世界に戻るとき、ちゃんと返すから、クロウをちょーだい?」


 ああ、もう眠たくてダメだ。
 瞼が落ちる前に、「コガネ様のものになったオレをどこに返すんですかーーーー!」って悲壮な声が聞こえたけど睡魔に負けたオレは反応することなく落ちてしまった。


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