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手探りオマケ生活
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「あらあら、どっから来たんだい?」
「驚くほど別嬪さんじゃないか」
ぼんやりと立ち尽くしていた僕に話しかけて来たのは手に農具を掲げたご老人二人だった。
薄茶色の髪にちらほらと白髪が目立つ二人は見るからに農民スタイルだ。
夫婦だと言う二人から聞いた所によると、ここは王都から随分と外れた場所にある限界集落らしい。住んでいる人間が全員お年寄り。日々、畑を耕して罠を張って動物を仕留め生活をしているのだという。完全なる自給自足。
隣町に行くのですら徒歩1週間という難所にあるそうで、しかも、山の中にあるこの村は徒歩の中に山有り谷有り、川を越える。延々歩き続けて1週間で隣町なんて気の遠くなる話だ。
でも贅沢さえしなければ生活が出来るだけの豊富な資源がこの山にはあるらしい。
王都では魔法が主流であるらしく、火を熾すのも、水を汲むのも魔力を使って行われているらしい。
しかし、この村は昔から魔力がなくても滞りなく生活出来るよう知恵が巡らされている。その生活の知恵の恩恵があるからこそ、この村はお年寄りだけで賄えているそうだ。
そして、僕はと言えばそんな村の人たちに暖かく迎えられてこの村で一ヶ月過ごした。
行く場所も、今いる場所も、元々どこに居たのか判らないありていに言えば僕は詰んだ。
この村人が言う王都っていうのが僕が召喚された場所なのかも判らない。元に戻ったとしても断罪イベントパート2みたいなものが始まりそうだし。
だったらこの村の人たちに嫌がられなければここに永住も止むを得ないんじゃないかと思った。
まだ見ぬ主君に仕えるのが夢な僕は人に頼られるのが大好きだ。
この村の人たちが出来ない仕事を僕がして、少しでも手助けになるよう日々頑張っている最中です。
この村に家屋は20軒あり、その内の半分に人が住んでいる。
僕はその中でまだ住めそうな一軒を借りて得意のリノベーションを施した。
平屋の家屋は簡易なもので、一室に台所、寝床があって、風呂とトイレが別にある。風呂は薪で沸かすもので、薪割りが一日の仕事に必ず入っている。
料理は得意だし、掃除も嫌いじゃない。畑仕事も体力つくりの一部として嬉々として行っている。問題がないことが問題かもしれない。贅沢さえしなければ、僕一生ここで過ごせてしまう。
村の人はいい人ばかりだし。
一ヶ月過ごして僕がこの村に溶け切っているのを皆不思議そうにみてくる。若い人たちはこの地味な暮らしが嫌で出て行くらしい。
村の家をリフォームとリノベーションを施して、畑仕事をして収穫をするなんて箱庭ゲームをしている感覚になっている。充実しかしていない。
後、僕がここにやってこれたのは転移の魔法が使えるからみたい。
転移は僕と僕が触れたものを転移させることが出来た。重さの制限は今の所ないみたい。村の奥にある大きな岩を転移させることが出来たので1tくらいなら余裕そうだ。
治癒の魔法は一番使える。村のお年寄りはあちこち身体を悪くしているが、医者が居ないから民間治療でなんとか誤魔化し生活していた。僕は拾ってくれたお礼も兼ねて肩叩きをして少しずつ治癒で村人の身体を治している最中。
村の人たちは魔力は使えば使うほど生活が困難になると僕を説いてくれた。確かに、この村は魔力を使わないよう知恵がある。
だから僕は治癒の力を自然に使えるよう、皆の肩叩きをして少しずつ治している。
山を歩いて、転移を試した所、僕が歩いたことがある場所なら跳べることに気付いた。
ということは、僕がこの世界に召喚されたあの場所にももう一度行けることかな。
そこに気付くまでに2ヶ月経っていた。農村ライフを真剣に楽しんだ結果だった。
その間に僕は鎌と鍬とその他農具の扱いに長け、制服のままでは動き難いだろうと服を貰っていた。どこからどう見たって農民のそれ。
髪は真っ黒は珍しいから伸ばして売ればそれなりになると聞き、万が一の為に伸ばしている。元々不精して伸ばしていたから今は後ろで一括りにしている。高く売って貰うために髪にオイルも着けている。このオイルは山にある野草から取れるもので、これを一滴着けるだけで潤いが段違いだ。櫛も山にある木で作ったもので、こちらもバツグンに髪がサラサラになる。
治癒の力なのか僕の視力も問題ないし、山歩きもこなれてきた。今じゃ付き添いも必要なく、山にある動物を捕らえる為の罠の確認も任せられている。
一度歩きさえすれば戻るのは容易いし、道に迷ったとしても村に転移すればいい。僕は一日を無駄にすることなく着々と仕事をこなしている。
その移動範囲がおかしいことくらい村の人は気付いているんだろうけど、なにも聞かないその優しさに僕は甘えている。
吹いてくる風が随分と冷たくなって、この世界にも冬があることを知った。
雪はこの地方では降らないけど、北に行けば雪が降るそうだ。
冬の間は育つ野菜も限られるので、殆どの畑を休ませ次の年に備えるから今の内に準備をするのだと教えてもらった。
この世界に来て三ヶ月。一日の仕事が薪割りと、数日に一度、山に仕掛けた罠を見に行くくらいしかなくなった。
今年は例年になく豊作だったらしく、蓄えも貯蓄蔵にたっぷりとある。
僕は様子を見に行くなら今かなと、思い立った。
転移できる場所は召喚されたあのドーム型の部屋だ。
こことあちらの距離がどれほどあるのか判らないけど、念の為にちょっとだけ山を探索してくると村の人たちに告げた。皆はなにか勘付いたらしいけど「危ないことをするな」とそれだけを口にした。
山で狩りをしていた時代に重宝したという煙玉を二つもらい、僕は転移した。
+++
転移した場所は、召喚された場所で違いない。
薄暗い室内は人の気配がない。
ここは普段使う事のない儀式の為の部屋なのかな。
灯りを念じれば手のひらから光がこぼれる。あの村じゃこんなことしなくてもランプがあって魔力を使う必要がない。試しに使ってみたら使えたけど、自分の手のひらからしか光が出ないからランプほど重宝はしなかった。
ゆっくりと周りを翳してみれば、あの時あった魔方陣は消されていて、部屋の片隅に荷物の入った小箱が幾つか置かれていた。それを見れば、召喚時に見た人が着ていたローブが数着入っていた。これは渡りに船かとそれを拝借して着た。
あとこの部屋にあるものはそれくらいで、小さく扉が見えた。あそこが入り口かとそっと扉を開いた。
少しだけ扉を開いて、外に人がいないか念入りに確かめる。誰も居ないようだ。
石畳の廊下は緩いカーブを描いている。ここで誰かに会ったら一貫の終わりあだろうな。すぐに転移できるよう気を張って廊下を進む。
窓はなくて、アーチ上の階段を登る。ひんやりとした空気を感じるからここはもしかしたら地下なのかも知れない。
長い階段を上がりきると木造の重厚な扉があった。
上の方に扉を挟んで硝子が嵌めこまれていない小窓を見つけた。物音を立てないようジャンプして窓に手をかけて腕の力で外を覗く。外は庭のように整っていて、周りには誰も居なかった。
扉を開けようとしたけど、扉には鍵が掛かっているのかびくともしない。外をチラリと見れたから転移で抜けられないかと試してみたら、ちゃんと外に出れた。歩いた事がある場所と、把握出来る場所になら転移が出来るみたいだ。
僕が出てきた場所は厳かな佇まいの塔で、反対側にとんでもなく大きなお城が見えた。これが村の人が言っていた王都なのか。それとも別の王都なのか。
地図とかあったら欲しいけど、自給自足の村に居たからお金を持っていない。髪は肩より少し下くらいまで伸びたからこれを売れないかな。もうちょっと伸ばさないとダメかな。
そんなことより、まずはあのお城に近づいてみたい。
出来るなら元いた世界に戻りたいし、戻れないならこの世界の事を知りたい。
ほぼ忘れてたけど、生徒会のメンバーはどうなったんだろう。もしかして、もう世界を救って帰っちゃったりとかないよね?
帰るのであれば便乗させてもらいたかったけど、あの嫌われようじゃドサクサに紛れてでしか一緒に帰ってくれないだろうな。
ため息を一つついて、気を引き締める。一つずつ確認するように自分の状況を確かめる。
一度歩いてしまえば次来るとき楽になるから、僕は今日一日で出来るだけ多く探索したい。
城があるならきっと城下町があろうだろう。そこに行けさえすれば、今後、危ない橋を渡らずに王都と行き来が出来る。もう少し髪が伸びれば売って、地図と交換できればいいな。
今の転移の具合からして、どこかの塀に登って街を認識さえすれば跳べる。
人の気配がない場所まで探って、ダメだと思ったら塀に登ってみよう。
転移の魔法は空間察知能力に長けるらしく、人の気配にも敏感だ。
深くローブを被り、遊歩道のような道をそそくさと歩く。広い庭のような場所にも終わりはあるようで、漸く目の端に堅牢な塀が見えた。
僕三人分くらいの高さがある。
普通なら抜けることは難しいけど、把握も出来たしあそこに転移してしまえば早い。
人は居ないし、目立つ事をするなら今だろう。
そう思った瞬間、肩をポンと軽い力で掴まれた。
「君、そこで何をしているんだい?」
「!!」
逃げなきゃ!
デジャブを感じて転移をしようとするけど、転移出来なくてヒヤリと汗をかく。
掴まれていた肩に違和感を感じて、もしかしてこの人の所為かと気付くが身体を捻っても手は離れない。
どうにか出来ないかと後ろを振り向けば、そこには似たようなローブを着た人が居た。僕の色は濃紺色だが、この人のローブの色は白に金色の刺繍がされている。どう見たって偉い人だ。
僕みたいにフードを被っているワケじゃない。その容貌は目を見張る程の美形だった。燃えるような真っ赤な髪に、神秘的な紫色の瞳が異世界なんだと教えてくれる。中性的な美貌だけど、僕みたいに女の子に間違われるような感じじゃなくて、身体つきもしっかりしているから羨ましいばかりのイケメン具合。
「君だろう? 召喚の時に逃げたって言うオマケの子」
涼やかな声が告げる、“オマケ”という言葉。
やっぱり僕はそういう扱いになっているのか。
深く被っていたフードを下ろされた。
「っ!」
息を呑む音が聞こえた。
この世界に黒髪は珍しいらしい。あの村でも知れ渡っている話だから、信憑性は高いだろう。
そして、僕の髪は真っ黒。ついでに瞳も真っ黒。
一発で僕が異世界の人間だって判るだろう。
生徒会のメンバーは乙女ゲーのキャラらしく、会長は金髪碧眼だし、副会長は焦げ茶に茶色の目、庶務の双子はピンクブロンドに茶色の目だった筈。吉田君も蜂蜜ぶっ掛けたみたいな甘い茶色だ。きっと僕は完璧なよそ者。
前だったら眼鏡で瞳くらいは隠せていたけど、視力が良くなった今、半身とも言えた眼鏡は家の物入れに押しやられていた。
どうにかしてこの腕の拘束から逃れられないか。
これさえなければあの塀に転移できるのに。
このままオマケとして僕は人間サンドバックにされて、売られてしまうのかな。
生徒会メンバーがまだ居るとしたら、更に悲惨なことになりそう。
でもこのままなんてない筈。隙をついて転移してしまえばいい。
そう考えていたら、もう一人増えた。
遠くから見える白髪の人は、近づいてきて随分と若い人だと気付いた。
腰まであるワンレンの白髪の人の瞳は真っ赤だ。アルビノってやつかな。透ける様な肌はとてもきれい。性別を超越した美しさを放つその人が僕の目の前で止まった。
「神託がありました」
神官みたいな格好をしていると思ったらこれだ。
神託か…。嫌な予感がする。オマケの身分としてこれは絶対にダメなやつだよ。生死に関わる様な…。
これは不味い。
僕は懐に隠していた煙玉を大判振る舞いで二つ取り出し、発動させた。塀の場所を確認して、肩を掴んでいた手が離れた瞬間を狙って転移をした。
二度と城に転移をすることがないよう、とりあえず城下町まで辿り着きたい一身だった。
塀の上に立って気付く。周りが見渡せない。煙玉の威力をナメていた。
少し落ち着くのを待って塀の外側と見ていたら、とんでもない殺気が飛んで来た。
吃驚して後ろを振り向けば、騎士みたいな格好をした人が塀に向かって飛んで来た。
「ひっ!」
恐怖の声が僕からこぼれた。
外を確認して転移する。少しでも離れられれば逃げられる。
下り坂のそこに転移して、煙玉の晴れた城下町を確認した。僕が居た村とは全く違う活気ある街がそこにあった。
把握した!
さっきの窓から見たように、空間を把握して次からはそこに転移できるだろう。目標はそこまでだ。
とりあえず今はここから一刻も早く退散しなくてはいけない。
大事になってしまったことに反省しながら村へと転移をしようとした。その瞬間、手を掴まれてギクリと身体を強張らせた。しかし、転移は止まらない。
「…これは…」
唖然とする騎士風の人。
「アキトちゃん、おかえり~」
「あらやだ、アキトちゃんがえらい男ぶりを連れてきたよぉ」
村の爺ちゃんと婆ちゃんがここにやって来た時のように声をかけてきた。
この人を帰さないといけない。
でも、ここで転移をさせるわけにはいかない。
「とりあえず、僕の家に来ませんか…」
そこで転移をしてしまおう。
僕が声をかけると騎士風の人は眉間に皺を寄せたまま静かに頷いた。
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