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メビウス

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第6章 夢と混沌の祭典

第35話 王国の負の歴史

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~~side 春風~~

「すみません、誰かこの人を見てませんか!?」

「人が突然消えたとか……そういう瞬間を見ていませんか?」

試合が進む傍ら、聴き込み調査が続く。だが、いまいちこれといった情報は得られず、時間だけが経過していった。

「くそっ……!どこにいるの?プレ君…………!」

こっそり【使役】でダークスパイダーの群れを放って探させているが、そっちもなかなか見つからない。前はもっと簡単に見つけられたのに。このマップは王都と同じくらいの広さのはずなのに……!

「あの……!」

その時、1つの声がボクの耳に届く。声をかけてくれたのは、スタジアムの近くで露店を出していた、プレイヤーの女の子だった。

「関係があるかはわからないですが……さっき、妙な光景を目にしまして」

そう言って、その少女は記録結晶を取り出した。ボク達はその結晶を覗き込み、そこに映された光景を見た。

「これは……どういうこと?」

「何が起きたかよく分からないんですが……突然、誰かプレイヤーが黒ずくめの人達に囲まれて、身動きが取れなくなってて…………怖かったので、思わずこっそり撮ってしまいました」

「もしこれが3人のうちの誰かなら……連れ去られた、ってことですか?」

「た、確かに……でもそんなことあるか?マグはまだしも、雪ダルマさんもプレアデスも、そんな簡単に連れ去られるようなタマじゃないだろ?」

「まず、アイツらが連れて行かれる理由が分からん……仮に3人ともそうだったとして、何の意味があってこんなことを?」

3人同時に連れ去られた…………?一体何者に?いや、それ以前に、どうしてその組み合わせなんだ?雪ダルマさんとマグさんは武器の使用者、製作者としての関係性があるけど、プレ君は関係ないはずだ。それが引っかかる。

「…………そういえば、プレ君が何か言ってたような」

嫌な予感、か。あれは明らかに、雪ダルマさんの剣について言っていたと思う。あの剣が出回ったらマズい……?いやでも、あれは一点物だしそう普及する可能性は低い。じゃあ、何だ?プレ君の職業は宝石技師。当然、宝石については誰よりも詳しい。てことは…………。

「雪ダルマさんの武器には宝石が使われていて、プレ君はその参考人として召集された?」

「「「!!」」」

「ちょ……そんなことがあり得るのか?」

「でも…………可能性はありそうですよね?実際あの剣からは、とてつもない力を感じましたし」

「ああ、あれは明らかにレベルが違いすぎた。言い表わすなら…………そうだな、神の力、とでも言えるんじゃないか?」

「きっとその力の源は宝石で、それでプレ君は連れて行かれたんだと思います!」

いよいよ、胡散臭くなってきたな。記録結晶によれば、誰かが謎の黒服の集団に連れて行かれたのは明らかだ。そしてそのタイミングと関連性から考えて、多分その被害者はボク達が探している3人だろう。だが厄介なのは、連れ去った側の素性が見えないこと、そして。

「とりあえず、このマップのどこかにはきっといるはずです!ここからは手分けして探しましょう!」

そいつらは、テレポートのような移動手段で拉致して行った。だから、どこに移動したのかが検討もつかないことだ。

~~side プレアデス~~

「まずは今回の事態について、君はどの程度把握している?」

「雪ダルマさんの剣から異質な力が検出されたんですよね?それで当事者とそれを作ったマグ太郎さん、そして宝石について知る僕がここに呼ばれた、と」

「ほう…………流石の洞察力だ。その通りだよ。では…………賢者の石という言葉に、聞き覚えはあるか?」

おお、2問目で結構ぶっ込んだ質問。これは、どちらを意図した質問なのか、先にはっきりさせておいた方が良さそうだな。

「それは、僕自身がその言葉を知っているかどうかという質問でしょうか?それとも、この世界においてその存在を認知しているか問うものですか?」

「どちらでも構わないさ。君が知っていることを話してくれ」

うーん、流石に濁してきたか。まあ良い。それなら素直に、今答えられることを話そう。

「賢者の石……錬金術の世界観における、最高のアーティファクトですよ。等価交換という錬金術の大原則を根本から覆す、化け物のようなアイテムです」

「ほうほう……」

「この世界で賢者の石というアイテムに直接出くわしたことは、今のところはありません。ただ……可能性があるとすれば、あの雪ダルマさんの剣に宿っていた力こそが、その賢者の石の力の一端だったのではないか、と」

「なるほど……では、何故あれが賢者の石なのではないかと考えるに至ったのかな?」

理由、理由か……本当はあの時見えた情報を共有できればそれが1番手っ取り早いんだが。生憎、その時記録結晶を持ち合わせていなかったのだ。となると少し回り道になるが、2つに分けて説明するのが良さそうだ。

「理由は2つあります。1つは、この世界の伝承について調べた時に、その存在を示唆することが書かれていたからです」

「世界の伝承…………ああ、王立図書館の。あれを読むとは、なかなかの物好きだね」

「そりゃどうも……それで、そこに書かれていたのを見たんです。この世界に錬金術の概念が生まれてから暫くのある日、初代国王に仕えた伝説の錬金術師レグニスによって、賢者の石が生み出された」

レグニス。この世界に生まれたNPCの1人で、錬成陣の発明など、数々の偉業を成し遂げた稀代の天才だ。だが、天才の成し遂げる偉業というものは通例、悪事に使われるのが相場である。このレグニスも例外ではなく、錬成陣の導入によって格段に錬成の精度が上昇したことで、王家の悲願であった最強のアイテム……賢者の石の錬成実験を命令され、成功してしまった。

斯くして、この世界に賢者の石が誕生したのだ。オリジナルのそれは、今でも王城最深部に安置され、厳重に保管されているらしい。

「ほう、そこまで知っているのか、素晴らしい。では、もう1つの理由についても聞かせてくれるかな?」

「……はい。これは宝石技師としての見解というよりは、僕一個人の意見、いや、予想なんですが」

「ああ、何でも話してくれ」

ふう、とひと息つく。ここから先の話は本当に、あくまで僕の予想……ここまで僕が得た情報を繋ぎ合わせて、僕が運営サイドならきっとこういう歴史を創造するだろうな、という感性に従ったものに過ぎない。だが、結構あり得る話だとは思う。

「まず、今この世界に散らばっている宝石、蒼粒石が、元は1つの巨大な石だったということはご存知ですよね?」

「ああ、勿論。名前の音は変わらず、蒼龍石と」

「ええ。それでその蒼龍石が…………元々は賢者の石だったのではないか、と」

「ほう……?」

「宝石と賢者の石は、調べれば調べるほど、あまりにも性質がよく似ている。そして伝承に残っていた記録として、王家は賢者の石の量産によって300年以上覇権を握り続けたとあります」

最もそれは、錬成陣の普及により、その気になれば誰でも賢者の石を作れるようになったことから、王家の覇権が崩れることを危惧して表向きには賢者の石の製造を勅命で禁止したうえで、王家だけは使えなくなった奴隷や他国の捕虜を秘密裏に人柱として処理し量産を続けたという、凄まじく胸糞悪い負の歴史なのだが。

「ですがその後、革命が起きて王家は一度崩壊しました。革命軍がどうやって賢者の石が普及した王国軍に打ち勝ったのかは分かりませんが……少なくともそこで大量の賢者の石が役目を終え、或いは革命軍によって破壊され、廃棄されたはずです」

「…………」

「蒼龍石は、賢者の石の成れの果てが一箇所に廃棄され続けた結果、長い時を経てこの世界を巡るマナと順応し生まれ変わったものではないか、と」

実際、この世界の歴史を調べてみると分かることだ。錬金術が誕生した年を0年とする錬金年代記録アルケミック・アーカイブ(A.A.)によると、レグニスによって賢者の石が生み出されたのがA.A.48年、製造禁止令が発布されたのがA.A.93年、そして革命によって絶対王政が傾いたのがA.A.412年。大量廃棄が起きたと考えられるのはこの辺りだ。

それに対して、蒼龍石が中央平原の洞窟の奥で発見されたのはA.A.1037年……実に600年以上後の出来事だ。それだけの時間があれば、賢者の石が持つ独自の生命エネルギーが中和され、マナに順応できたとしても不思議ではない。宝石の出すエネルギーが完璧な配列にならないのは、元は賢者の石に含まれていた純度100%の生命エネルギーが、長い時を経てマナという異なる分子と混ざり、純度が大きく劣化したからではないか。僕はそう考えている。

「なるほど……興味深い考察だ。参考にさせてもらうよ」

そう言うと、早瀬と名乗る男はパチンと指を鳴らす。その瞬間、どういう原理だろうか、再び僕の意識が揺らぎ始めた。

「色々と聞き出してすまなかったね。君の意識とアバターを、元の場所に戻してあげよう」

「思ったより……早い解放ですね。もう、他に聞くことはないんですか?」

「……まあ、今のところは、かな。君は本当に興味深い。いつかまた、君とこうして話せる日を待っているよ」

そう言って、貼り付けた笑みを浮かべる早瀬さんの顔を最後に、僕の意識は再び途切れた。食えない男だ……それが僕が最後に抱いた感想だった。
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