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第5章 失われたもの、大切なもの

第11話 闘争か、逃走か

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正面のミハイルを観察する。武器や構えから、ある程度の戦闘スタイルが推測できる。先入観に囚われてはかえって自分の動きを制限してしまうが、それを加味しても情報でアドバンテージを取れるのは大きい。戦いは戦う前から始まっているんだ。

彼の武器は、刃渡りがボクの身長くらいはありそうな大剣。それと、手首に着けるタイプの小盾が左手に。大剣を両手で持つ上で邪魔にならないためだろう。防具は、よくある衣服にプロテクターが付いているタイプ。あの手の防具は硬い部分とそれ以外でDEFが違う。だから、プロテクターのない部分を狙って攻撃すればダメージを稼げるだろう。

ということは、やはり警戒すべきはあの大剣だ。あの大きさなら、ボクはリーチでは勝てない。有効な飛び道具も限られている以上、懐に潜って戦うしかなさそうだ。一つリーサルウェポンになるとすれば、チェインスキルがそうだろう。いつでもアドリブで対応できるように、集中……集中しなきゃ。

頭上のカウンターが10秒を切る。開始と共に、懐に潜り込むべきか?いや、恐らくミハイルは武器のリーチからボクが突っ込むしかないことを分かっているはずだ。それなら……。ボクは刀を握り直し、脚をクラウチングスタートのように後ろに伸ばし、地面を蹴る姿勢を作る。居合斬りの型だ。そして重心を低く保ち、じっと目の前の敵を見つめる。

茂みに隠れて敵を待ち伏せする蛇。ただ敵一点を注意深く観察し、殺気を悟られぬように気配を隠しながら、襲いかかるタイミングを今か今かと待ち侘びる。その合図は目の前に浮かぶ無機質な数字が0になる時。その時が……。


───デュエル開始。


勝負だッ!!

「【電光石火Ⅲ】!!」

「なっ!?」

ボクは開始と同時にミハイルの……横を通り過ぎる。背後に回るためだ。進化してⅢになったこのスキルは半ばワープに近く、並大抵の人には動きを追うことはできない。そして、目の前の物が一瞬で自分の視界から消えた時、人は混乱し、背後を伺うという判断が遅れる。つまり、ボクにだけ1秒の猶予が与えられる。

振り返りざまに、回転でかかる遠心力も利用して、即座に次のスキルへと繋げる。

「【真空波斬】!」

横なぎに、一閃。刃先が描いた軌跡が、そのまま衝撃波となって彼の背後を強襲した。ダメージを受け、彼は漸く背後を振り向く。だからその前に、また視界から消える。今度は上だ。ブーツの跳躍力上昇効果をフルに使い、頭上まで飛び上がる。【飛燕斬】はまだ温存。そして頭上から、体重と落下の勢いも乗せて振り下ろす!

「【脳天斬り】!」

「ッ!!」

ギン、という鈍い金属音。今度はしっかり予測され、大剣で防がれた。このまま空中にいても良いことはないので、着地して一歩踏み込み、鍔迫り合いに持ち込む。

「流石に対応してくるか……!」

「お前ぇ、やるじゃねえか!オレの読みを外してくるとは……ナァ!!」

大剣を利用した、力の籠ったタックル。刀で受け流しつつ、後方に跳んで回避する。うわっ、今のでHP1割持ってかれるのか……!?

「フフッ、そういう君こそ大したパワーだねぇ……!」

すぐに構え直し、そう減らず口を叩いてみる。が、内心結構焦っている。防具はプレア殿の特製でDEFも高いから、そこまでは食らわないと思っていたが……刀越しの吹っ飛ばしだけでここまで削られるとなると……これは、何発も食らっている場合ではないな。一発でも直撃すれば致命傷、そう思ってかかるしかない。

すぐさま斬りかかる。向こうの得意分野がパワーなら、こっちはスピードだ。攻撃を躱しつつ翻弄し、ダメージを蓄積させて行く。それがボクの戦闘スタイルだ。

「【閃刀:刹那】!」

相手のリーチに入り、それを捌こうと向こうが武器を振る。その瞬間にスキルを発動し懐まで潜り込む!

「【回転斬】!」

即座に刹那を解除しつつ、次のスキルの発動に繋げる。懐の中からの連続攻撃だ。遠心力を加えての3回転。直撃すれば無事では済まないだろう。様子を確認するべく、技後硬直の最中視界を上に動かす。

「……ヒヒッ」

余裕そうな笑み。ヤバい、思ったより効いてないみたいだ!急いで間隔を離さなきゃ……!!

「う……らッ!!」

身体の重心を前に倒した状態で待機し、硬直の解除と同時にミハイルを強く押し退ける。よし、何とかあの大剣のリーチから……。

「【グラッジスラッシュ】!!」

げ、吹っ飛ばされながら撃って来た!?しかもこのタイミングで飛び道具系スキルは……マズい!ボクは今押し飛ばした反動で地面に手と膝を付いている。すぐに動ける状態じゃない!何とか、何とか時間を稼げるスキルは……そうだッ!

「【付加エンチャント:岩雪崩】……!」

急速に迫る暗黒の衝撃波。見るからに威力が高そうだし当たるわけにはいかない。ひとまず雪崩れる岩石を防壁にするけど……やっぱり防ぎきれない。でも、時間は稼げた!四肢の力と跳躍力上昇を活用し、バッタのような横跳びで回避する。ボクがさっきまでいた場所は……縦に真っ直ぐ抉れていた。

「……マジか」

血の気がサーッと引けて行くのをリアルに感じる。しかし、当然向こうはそんなことを構うはずもない。着地したばかりのボクに突っ込み、叩き斬ろうと大剣を振り回してくる。即座に態勢を立て直し、刀でいなしていく。


~~side セイス~~

「春風さん……!」

隣でカンナが不安げな声を漏らす。言うまでもない。春風が押されている。最初の勢いが良かっただけに、尻すぼみしている感じが強く、彼女の不利状況が手に取るように分かってしまう。見ていると、露骨に接触を回避しているように見える。防御方面のステータスが不足しているのだろうか。

加えて俺の記憶が正しければ、春風は飛び道具系のスキルを殆ど持たない。つまり、いつかは接近して攻撃せざるを得ない。デュエルには10分という制限時間が付いているため、スキルのクールタイムを待っている余裕もないのだ。

対するミハイルは先程の攻撃のような、高威力の遠距離スキルを複数持っているようだ。そのことが、ますます劣勢に拍車をかけている。俺としても、ミハイルがここまで強くなっているとは思わなかった。ロックギガースの一件以降、どれだけレベル上げをしていたのかは知らないが、俺が戦っても……正直、勝てるか怪しかったかもしれない。

「オラオラァ!さっきまでの勢いはどうしたァ!?」

ミハイルの猛攻が続く。それをギリギリで躱しながら耐える春風。俺達にできることは、ただ彼女を信じて見守ることだけだ。あの空間は特別で、外部からの物理的な干渉はおろか、こちらのチャットや声援すら届かない。ただ、孤独に戦い続けるのを見守ることしかできないのだ。

「頼む……勝ってくれ」

画面から目を離さないまま、誰にも聞こえない声で呟く。俺の無責任な祈りの言葉は、そうして誰の耳にも届かずに消えた。


~~side 春風~~

「オラオラァ!さっきまでの勢いはどうしたァ!?」

「クッ……!!」

ギリギリのところで剣を躱す。こんなやり取りが、かれこれ3分続いている。デュエルの残り時間は6分を切った。マズいな、多分今HPが低いのはボクの方だ。デュエルでは、時間内に決着がつかなかった場合、互いのHPの割合を比べて多い方が勝つ。つまり、このまま避け続けるだけでは負けが濃厚だ。

でも、だからと言って迂闊に近づいて、さらに大きく削られたらもっと勝ちが遠のいてしまう。そういう思考が、結果的に3分もボクをミハイルのリーチから遠ざけ続けているんだ。勝つためにも、それ以前に戦うためにも、もっと前に出ないといけないって頭では分かっているのに。

いや、やっぱりこのままじゃダメだ!ボクは自ら志願して彼と戦うことを決めたんだ。何を恐れているんだ春風!負けるのが怖いから?それで逃げているんじゃ人間としても負けだ!2人の思いを背負って……プレア殿の隣に立ちたいなら……戦うんだ!確実に、目の前の敵のHPを削っていけ!

「【変則螺旋斬】!!」

少し距離を空け、ミハイルがスキルを撃とうとした瞬間に突っ込む。単体の敵には本来効果的ではないけど、避けるのは難しい。でも未知のスキル相手なら、まず避けようとするはず!これなら……!

「甘えんだよ!【アクセルスラスター】ァ!!」

ッ、避けて来ない!?それどころじゃない、このままじゃ……!

「ぐああぁぁ……ッッ!!」

視界が反転する。ボクの身体は宙を舞い、地面に背中から落ちる。スキルの発動中で回避できないところへ、渾身の突き。あと一発でも食らっていれば、今頃やられていただろう。視界の隅に映るHPは1割を切り、レッドゾーンに入っていた。

ぜぇ、ぜぇと肩で息をしながら、ボクはある異変に気づく。小春が、ないのだ。ボクの手の感触に。まさか、と思って視界を少し動かす。小春は、ちょうどボクの後ろの地面に落ちていた。取りに、行かなきゃ……そう思って身体を起こす。だが、それを見逃してくれるほど甘くはなかった。

「ッ、小春!!」

ミハイルに蹴飛ばされ、小春は遠くの壁まで飛ばされてしまった。そして、取りに走ろうとするボクの額に、大剣が突きつけられる。

「……ッ!」

「終わりだ。ったく、こいつぁとんでもねえ見かけ倒しだったぜ……せっかく、楽しみにしていたのによぉ、これじゃちっとも面白くねぇ」

言いながら、大剣の切先をわずかに食い込ませてくる。あと少しでも押されれば、そのまま頭を貫かれて死ぬ。いわゆる、詰みだ。もう、何をしても勝てない。ボクは……負けたんだ。

(ごめん、プレア殿……2人の思い、背負えなかった……ボクは、君の隣には、行けないんだ……)

身体から力が抜ける。どうにか起き上がらせていた上体が、崩れ落ちる。背中が、地面に張り付く。もう、指一本動かせる気がしなかった。

「……チッ、つまらねぇな。さっさと終わらせてやるよ、こんなデュエル」

そう言って、ボクの頭上に高々と剣を振り上げる。このまま、両断するつもりだろう。今のうちに逃げ出せば、小春を手に取れれば、まだ勝負は分からない。今のミハイルの隙を利用すれば、まだ巻き返せるかもしれない。

そう頭では分かっていても、身体が、いや心が、それを受け付けなかった。都合の悪い思考をシャットアウトするが如く、何を考えても心の奥には届かなかった。ボクの心身は……負けに支配されていた。

「……死ねぇ!!」

吐き捨てられた言葉と共に、大剣が振り下ろされた。ボクはそれを、ただぼうっと見つめていた。その刃がボクの頭蓋に到達した時、ボクの視界は真っ暗になった。
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