アルケミア・オンライン

メビウス

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第5章 失われたもの、大切なもの

第6話 閉ざした扉

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~~side セイス~~

7年前、俺達は今とは違う名前であるゲームを攻略していた。製作元は、このアルケミア・オンラインと同じIG社だ。名前は、ベルセリア・ナイツ。かつてこのゲームと同じように世界を熱狂させ、今のIG社の覇権を確実にした名作中の名作だ。地形やNPCの特徴などから、このゲームがベルセリア・ナイツを元に作られているのでは?という噂も立っている。

あれは俺達が初めて一緒に遊んだゲームで、俺達の馴れ初めでもあり、今でも交流のあるゲーム友達と出会ったなど、思い出深いものとなっている。三皇との関係が始まったのもちょうどその時だ。リアルでも、よくその当時を思い出しては、2人で回想に花を咲かせている。とある一点の記憶を除いては。

「……ミハイルを、覚えているか?」

「ミハイル……ああ、ボクたちが初めて組んだ時、ボス部屋前で絡んできたあの……」

「セイス、話すのね?あれを……」

「そうだ……春風。これから俺が話すのは、俺達が今まで閉ざしていた記憶……ミハイルとの因縁にまつわる話だ」

きっと彼女らから見た俺の顔は、苦虫を噛み潰したように酷く歪んでいただろう。不気味なほどに敵のいない静かで暗い道に足音を響かせながら、俺は思い出さないようにしていた記憶の封印を解き始めた。


~~side プレアデス~~

「……ッ!これは」

扉を開けてすぐ、僕は違和感に気づいた。はっきりと瘴気と言っていいかは分からないが、ともかくそういう嫌な感じの空気が、以前来た時よりずっと濃い。ここの暗さも相まって、かなり居心地が悪い。

「まさか、ここまでとはな……」

こういうのはクエストを進める度に強化されていくのが鉄板だが、それにしてもここまで、肌で感じられるほどの強化がされるだろうか?それも、たった1日で。或いは、何者かがここを守っていて、僕の侵入に気づいて警戒を強めているのかもしれない。いずれにしろ気をつけなければ。

目的地までの道のりは覚えている。なるべく時間のかからないよう、まずはそこまでさっさと移動する。僕はローブに意識を集中させ、そして身体を周囲の暗闇にさせた。このローブを作った際、元々装備スキルとしてあった【潜影】の仕様が変化した。その結果、こうして気配を分散させる新しい形の『潜影』に生まれ変わったんだ。

気配を分散できるようになったお陰か、敵に勘付かれる様子もなかった。とはいえ油断はできない。この辺の敵が弱くて気配を悟られなかっただけで、この先影の中に潜む僕に気が付く敵が出てきてもおかしくはない。

と、そんなことを言っている間に例の扉の前まで来た。瘴気こそ濃いが、モンスターの数は多くない。むしろ、今までで一番少なかった。この陰鬱な空気に当てられてどこかへ隠れているのか、それとも……。迸った嫌な予感に、思わず肩に力が入る。念のため、守りは固めておこう。

「……行くぞ」

深呼吸をし、横から扉に手をかける。いつでも横跳びに回避できるように姿勢を整えながら、スライド式の扉を横に引いていく。少し開け、そっと中を覗くが、何も気配はない。ただ、暗い廊下が奥に続いているだけだ。僕は警戒を解かぬまま、扉を完全に開放した。

「………」

数秒ほど、静止して待ってみる。不気味なことに変わりはないが……それだけ。特に何か変わった様子もないし、物音がすることもない。念のため【金属探知】も使ったが反応なし。まあ、アストラル系のモンスターは探知できないのは分かっているけど。

考えすぎだったか?そう思って一歩足を踏み入れる。変化は、突然起きた。

「トラップか!?」

すぐに足を引っ込める。だが、一度作動したものは止まらないらしい。廊下にはブイーン、ブイーンと警報音が鳴り響いている。よく見ると、そこかしこがうっすらと赤く点滅している。どう考えてもこれは……敵の警備システムに捕捉されたと見るべきだろう。だが、ここは敵地。迂闊に動くとかえって不利になるだろう。

「……ッ!!?」

不意にゾクリ、と冷たい予感が差す。もし僕の直感が当たっているなら、この状況は非常にマズい!もはや、左右を振り向く隙もない。一刻も早く、影に……!


~~side セイス~~

ベルセリア・ナイツ。かつて世界を賑わせ、そして震撼させたVRMMORPG。といっても勿論、後者の方はゲームの内容がそうさせたのではない。そこで誕生してしまったとある組織。プレイヤーだけでなく、ゲームの運営側にも一部浸透するほどにまで勢力を伸ばし、事態の解決に5年……即ちサービス終了の年まで要した巨大組織だ。

「それって、セイロン会のことですか?以前ニュースでやっていたのを見た覚えが……」

「知っているのか。なら話は早いな……」

セイロン会。名前だけ聞くと普通の組織だが、これこそがゲーム内最大規模のギルドで、様々な悪事に手を染めてきた犯罪ギルドだ。最も、全員が犯罪を行ったわけではなく、ギルド内には派閥があったが。現に俺もカンナもセイロン会に属していたが、そういうことをしたことはない。

だが、当時はまだ内部で犯罪行為が目立っていたわけでもなく、のちに捕まったり、犯罪を犯したプレイヤーとも普通に接していた。そんな危険な状態で、何も起きないはずはなかったのだ。

『セイス!』

『クッ……カンナを返せ!!』

『嫌だね!どうしても返して欲しけりゃ、さっさと例の依頼を済ませて来やがれ!!』

後ろで手を縛られたカンナ、地面に押さえ付けられた俺。それを高圧的に見下ろし嘲笑う男。この耳に障る声も口調も、忘れはしない。この男こそがミハイルだ。

セイロン会員の犯罪行為が表面化し隠す必要がなくなった途端、主に悪事を働いていたメンバー……即ち過激派は、俺達穏健派を抑え込む強硬手段をとった。その一つがこれだ。俺のように大切な人が同じゲーム内にいる場合、それを人質にして犯罪の実行を強要する。俺と同じギルドにいたカンナは、さぞ捕まえやすかったことだろう。

俺に課せられた依頼……それは、ある地域を治める領主の暗殺依頼だった。要人の暗殺など、そこに並々ならぬ事情があるには違いないだろう。しかし、それが結果的に良いか悪いかは関係なく、俺達はその依頼を受けてはならない。何故なら、それは現実世界における殺人行為に繋がってしまうからだ。

このゲームに入ってから、そういう類のクエスト……通称カルマクエストは完全に見なくなった。だがそれは、この世界が特別平和だというわけではない。フレンドの情報屋の調べでは、アルケミア・オンラインではカルマクエストが存在しない。正しくは、運営によってギルドに掲載されないよう厳重に管理されているらしい。

何故そのような事態になっているのか。それは、前作ベルセリア・ナイツにおける失態を起こさないためだ。

前作では、ゲーム内で起きた事件の一部が現実に反映されていた。元のコンセプトは、ゲーム内での出来事が現実とリンクすることで一体感を演出するためのものだったらしいが、それが結果として悲劇を生むこととなった。そして、そのトリガーの一つを請け負っていたのが、どういうわけかカルマクエストだったのだ。

始まりはいつだっただろうか。とあるカルマクエストを通してNPCの要人が殺された翌日、リアルでもとある大企業の重役が死体で見つかった。最初はただの偶然として、精々怪談気味に語られるだけだった。だが、それが2件、3件と積み重なって行くうちに、いつしか繋がりが疑われ始める。それが本当にそうであったと断定されるまで、そう時間はかからなかった。

誰が仕組んだのか、何の目的でそうなっていたのかは分からない。だが、いずれにしろカルマクエストの遂行は現実世界をも脅かすものだとして、各ギルドは受注を禁止され、かくしてそれが出回ることはなくなった。これで事件は終息した……ように見えたのだが。

実際には、そういったクエストは一部プレイヤー間で裏取引されていた。その発端であり、かつ中心的な働きをしていたのが、俺達も所属していたセイロン会の副会長、アムナエルだった。力による覇道を目論んでいた彼は、高額の懸賞金がかけられたそのクエスト達を密かに受注することで、巨万の富を築いていたのだ。

そうして荒稼ぎした彼にとっては、報酬に上乗せする多少の礼金は端金に過ぎない。だが、それでも普通のプレイヤーにとっては莫大なものだ。そういうわけで、金に目が眩んだ多くのプレイヤーが、1人、また1人と彼の軍門に下っていった。

「アムナエルを中心とした集団……その中で特に初期から彼に従っていたプレイヤーは幹部と呼ばれていて、ミハイルはその1人だったのさ」

「そしてその立場を利用して、私を拉致し、セイスに悪事を強要したんです」

「あれ、でも実際にはやってないって……」

「ああ、従ったフリをしてバックれた。犯罪行為と分かっていてカルマクエストなんてごめんだからな……それに、何か嫌な予感もしてな」

そう言って、チラリとカンナの方を見る。彼女のトラウマを打ち明けることになるからだ。その目は確かに揺らいでいた……だが、やがて覚悟を決めたのか、ゆっくりと頷いた。俺にじっと目を合わせながら。

思えば、この話は誰にもしたことがなかった。それだけ重く苦しい思い出だから。そんなものを今になって人に話すのは……それは、目の前の春風というプレイヤーに、また彼女のパートナーであるプレアデスに、何か近しいものを感じ取ったからに他ならない。

実はカンナとも、いつか俺達の苦悩を共有し、信頼できるプレイヤーが現れたならば、その人達に語り継ごうとは話し合っていた。あの事件はまだ終わっていない。なのに、現実世界の問題が粗方片付いた今、人々の関心は日に日に薄れている。精々、1年に1回ニュースで取り沙汰される程度だ。

だが、何年もこっちの世界に潜っている俺達だからこそ言える。あの事件はまだ終わっていない。今もミハイルのように、どこかで彼らは息を潜めているに違いない。いつかまた、大きなアクションを起こす日まで。だからこそ俺達は当事者として、それを語り継ぐ責任がある。例えそれが、古傷をナイフで抉るようなことだとしても。

「春風、よく聞いてほしい。こんなことを突然言われても困惑するかもしれないが……これから俺が話すのは、俺とカンナがセイロン会に受けた痛み、苦しみの一端だ」

「痛み、苦しみ……」

いつの間にか辿り着いたボス部屋前の空間で、扉に背を向けて足を止めた俺は、言葉を選びながら、後ろの少女に振り返って話し始めた。
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