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第5章 失われたもの、大切なもの
第3話 失って初めて気づくもの
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~~side セイス~~
「ハルがいなくなった」
そう言って彼はチャットで俺達に助けを求めてきた。何事かとすぐに駆けつけると、その目は真っ赤に充血し、ソファのあちこちにシミを作ってうな垂れていた。酷い有様だった。呼吸も整っておらず、俺達が来た後落ち着くまで、10分はかかった。
「色々聞きたいことはありますが……どうしてこんなことに?」
「…………」
机の上に、春風が残したであろう手記が残されていた。その内容は、こうだ。
『プレア殿へ
ボクはこれから旅へ出ます。探さないで下さい。
春風』
至ってシンプルな内容。だからこそ、彼は今さっきまで動転していたんだろう。VRMMOの世界だからまだ良い。だが、もしこれが現実で起きていたなら……恐らく、もっと混乱していたに違いない。どうやらフレンド登録も外されたようで、マップで探すことも、チャットで連絡することも出来ないようだ。
一応、俺達のフレンド登録は生きているが……それは黙っていた方が良いだろう。そんなことを教えたら、嫌われたと思われて余計にショックを与えかねない。それに、何となく分かるがこれは2人が互いに解決に向かって行くのが一番確実だろう。俺達がするべきは、あくまで彼らの背中を押すことだけだ。
「心当たりあるなら正直に話した方が良いぜ。大丈夫だ、俺達は味方だ」
だが、それは両者が向き合って歩き始めてからの話だ。立ち上がることもできない以上、今は手を差し出す。彼には色々世話になっているから、その借りを返したいという気持ちも勿論ある。
「……分かったよ、セイスさん、カンナさん。本当のことを話す」
しばらく考え込んだ末、何か覚悟を決めたような目をして、こちらにずいっと身を乗り出してくる。彼の口から語られたのは、今極秘で受けているクエストがあること、そしてそれに巻き込みたくないが故に、ハルを1人にしてしまっていたことだった。
「僕がもっと、ハルを頼っていれば、こんなことには……きっと、寂しかったんだろうな」
懺悔するように言葉を吐き、下を向くプレアデス。俺とカンナは相槌をうちながら、チャットで会話をしていた。……やはり彼女も同じ意見か。恐らく春風の性格的にも、そっちの方が正しいだろう。
「それもあると思いますが……春風さんは、プレアデスさんにもっと頼ってほしかったんじゃないでしょうか?」
「頼って……?」
「要は良い所見せたいんだよ。勿論、守られたいって人もいるだろうが……きっとアイツはそれより、お前の隣にいたいんだろうよ」
「……ハル」
彼の声が震える。視線があちらこちらへと泳いでいる。視線を辿ると……あぁ、恐らくこの部屋を見回しているんだな。春風との思い出が詰まった部屋。その光景がまた一つ、プレアデスの頬に一雫滴らせた。
背中がまた小刻みに揺れ始める。俺達はじっと黙って、それが収まるのを待つ。自分が不甲斐ないんだろう。拳も固く握りしめて、わなわなと打ち震えていた。こうなっては下手に刺激しない方が良い、というのがカンナの考えらしい。まあ、それは俺も同感だ。彼は今、自分の過ちと向き合っている。その時間は誰も邪魔するべきではないのだ。
「……僕、このまま終わらせたくないです。もっと一緒にいたい」
やがて呼吸が安定すると、彼は再び話し始めた。普通なら他人に個人への愛を滔々と語られると難儀なものがあるが、不思議と彼の話は素直に共感できた。それは紛れもなく、彼も春風も、もう俺達の友人の1人になったからなんだろう。俺は彼の言葉をしっかり受け止めると、静かな声で切り返した。
「ふっ、お前の気持ちはよく分かった……好きなんだな、アイツのこと」
「なっ!べ、別に好きってわけじゃ……!」
「耳まで真っ赤だぞ?説得力のカケラもないな」
さっきまでのネガティブな雰囲気が一転、今度はわなわなと慌てふためいている。まあ、自分の気持ちを見透かされたらそうなるだろう。実際、その反応は認めているようなものだしな。
「こら、あんまり揶揄わないの!」
「はは、悪い悪い……」
カンナのお咎めが入る。ここまでだな。前に何回か無視して続けたことがあるが、ロクなことにならなかった。ただ……真面目な話、これだけはちゃんと伝えておいた方が良さそうだな。このままでは、また振り出しに戻りかねない。
「冗談はさておき……プレアデス、これだけは言っとくぞ」
「え?あ、はい……」
俺が突然真面目なトーンで話し始めたのに驚いてか、きょとんとしている。一番話がスッと入って行くタイミングだ。俺は彼の目を真っ直ぐに見据え、先を続ける。
「自分の気持ちだけは裏切るなよ。お前が春風のことをどう思おうが、春風の想いをどう受け止めようが、それはお前の自由だ。だが……自分の本当の気持ちにだけは、絶対嘘はつくなよ?」
「……うん、分かったよ。セイスさん」
しばらくそのまま固まっていたが、何か腑に落ちたんだろうか、プレアデスは強張っていた顔を少し綻ばせると、ゆっくり頷きながらそう言った。よし、もう大丈夫だろう。あとは彼自身の問題だ。
「カンナ」
「ええ、お暇しましょうか」
カンナも同じことを考えていたようだ。俺達はプレアデスに一言挨拶して、この部屋を出た。さて、どうなるか。恐らく彼ならちゃんと自分の気持ちと向き合って、近づくことができるだろう。ならば次に俺達がするべきは……。
「ふふっ、珍しいわね」
ふと、隣のカンナがくすぐったそうな笑いを見せる。
「何がだ?」
「だって、なかなかこういうことしないじゃない?あなたがこんな親身になって、人の心配するなんて」
「……あのなあ、人のこと人情がないみたいに言うのやめてくれよ。俺はただ、深入りして自分が責任の一端を担わされるのが嫌いなだけだ」
俺の親は絵に描いたようなお人好しだった。だが、それが災いして一時借金生活まで強いられた。その後特に不自由なく復帰できたから良かったものの、子供から大人に移り変わる、その真っ只中にいた当時の俺に、簡単に人の問題に首を突っ込んではいけないんだ、と刻み込むには十分すぎる出来事だった。
それはこの、仮想空間でも同じことだ。声も姿も現実と違うこの世界では、素性がバレないということへの安心感からか、よく心のタガが外れているのを見てきた。だからこそ、現実より多少分かりやすいが、誰を信じ、誰を疑い警戒するのかを、よく見て考えなくてはならない。
「じゃあ、どうしてそんなあなたがこんなことを?」
隣で手を背中で組み、こてんと首を傾げるカンナ。俺はそんな様子に得も云われぬ安心感を抱きながら、口を開いた。
「何だろうなぁ……何というか、アイツからは俺と同じ匂いがしてな」
「似てる?プレアデスさんとあなたが?」
「ああ。といっても、昔の俺だがな……それこそ、お前と会って間もない時のような」
視線を上げ、思い出を紡ぐ。俺が初めてカンナと出会ったのは、10年前。まだ始まって間もないVRMMOの世界だった。誰も信じられず、誰の力も借りられず……誰とも一定の距離を保っていた俺は、こっちの世界でも専らソロプレイ。誰にも邪魔されずに気ままに過ごせるこの世界は、いつしか俺の居場所そのものになっていた。
しかし、そんな孤独の日常は、1人の来訪によって唐突に終わりを告げた。それこそがカンナだった。初めは何となくで交流し、手助けしたりしていたが、彼女の人柄や俺に寄せられていると感じる信頼感、期待感に押されてか、次第に気を許すようになっていった。
とはいえ、結局真に信じていたわけではなかった。勿論カンナには少なからず好感はあったし、それは向こうも同じことだっただろう。だが、俺の中に根付いた用心深さという名の猜疑心が、俺を一歩踏みとどまらせていた。そう、あの日までは。
「あら、じゃあまたあの時のようにしてあげましょうか?そうすれば、もっと私を大事にしてくれるかも……」
「勘弁してくれ。もうあんな思いはごめんだ」
あの日、突然カンナが消えた。何の音沙汰もなく、それこそ最初からそこにいなかったように。結局家の都合だったり仕事が決まったりでリアルがバタバタしていただけだったものの……当然そんなことも知らなかった俺は、あの時自分でも信じられないくらいに狼狽していた。自分のせいなのか?何度もそう感じ、その度にカンナへの罪悪感と自分への嫌悪感に苛まれてきた。
『落ち着けよ。またいつもの生活に戻るだけだろ?』
そう何度も心の中で反芻した。だが、やはりどうしてもこみ上げてくる喪失感に抗うことができなかった。そして初めて悟った。俺はもう、アイツなしではダメになってしまったんだ。俺は……。
「ほーら」
「むぐっ」
突然カンナに頬を挟まれ、もごもごと口が動く。両手の平で左右から包むようにして……かなり無理して背伸びをしているのも見える。頭をポンポンと撫でてやると、手を離し、地面に足を付けながら言葉が続いた。
「いつまでそんな顔してるの!昔は昔、今は今でしょ?」
「……ふっ、そうだな。ありがとう」
きっと今、とても穏やかな顔をしているのだろう。そうだ、俺は再会した時からいつもこうして、カンナに励まされてきた。それが一番俺が惹かれた所でもある。だからこそ、俺はまた時間と思い出を重ねていく中で、真に彼女を信頼し、共に生きたいと願うようになったんだ。そしてそれは、一度失ったからこそ気づき、確かに芽生えた感情だった。
別にプレアデスは、俺のように疑り深い性格ではないだろう。寧ろ驚くほど純粋な気持ちで、春風を信じているようにも見える。しかし、だからこそ春風が隣にいることがどこか当たり前のように感じていて。それを自らの手で壊したかもしれないということに酷く動揺し、嘆いているのだろう。そして初めて、本当の気持ちに気づいたのだろう。
自分の気持ちに正直に、というのはつまりそういうことだ。これは何より俺が体験したことだから……だから、彼もまた同じようにあってほしい。そして、より深い絆を結んでほしい。そう願うばかりだ。
両手をポケットに入れ、カンナに背を向けて数歩歩き出し、振り返る。
「行くぞ。次は春風だ」
「ええ。お供するわ、どこへでも」
差を埋めるように駆け寄りながら、落ち着いたトーンでニカッと笑う。朝日が燦々と照らす街を、プレアデスの想い人を探し、肩を並べて。
「ハルがいなくなった」
そう言って彼はチャットで俺達に助けを求めてきた。何事かとすぐに駆けつけると、その目は真っ赤に充血し、ソファのあちこちにシミを作ってうな垂れていた。酷い有様だった。呼吸も整っておらず、俺達が来た後落ち着くまで、10分はかかった。
「色々聞きたいことはありますが……どうしてこんなことに?」
「…………」
机の上に、春風が残したであろう手記が残されていた。その内容は、こうだ。
『プレア殿へ
ボクはこれから旅へ出ます。探さないで下さい。
春風』
至ってシンプルな内容。だからこそ、彼は今さっきまで動転していたんだろう。VRMMOの世界だからまだ良い。だが、もしこれが現実で起きていたなら……恐らく、もっと混乱していたに違いない。どうやらフレンド登録も外されたようで、マップで探すことも、チャットで連絡することも出来ないようだ。
一応、俺達のフレンド登録は生きているが……それは黙っていた方が良いだろう。そんなことを教えたら、嫌われたと思われて余計にショックを与えかねない。それに、何となく分かるがこれは2人が互いに解決に向かって行くのが一番確実だろう。俺達がするべきは、あくまで彼らの背中を押すことだけだ。
「心当たりあるなら正直に話した方が良いぜ。大丈夫だ、俺達は味方だ」
だが、それは両者が向き合って歩き始めてからの話だ。立ち上がることもできない以上、今は手を差し出す。彼には色々世話になっているから、その借りを返したいという気持ちも勿論ある。
「……分かったよ、セイスさん、カンナさん。本当のことを話す」
しばらく考え込んだ末、何か覚悟を決めたような目をして、こちらにずいっと身を乗り出してくる。彼の口から語られたのは、今極秘で受けているクエストがあること、そしてそれに巻き込みたくないが故に、ハルを1人にしてしまっていたことだった。
「僕がもっと、ハルを頼っていれば、こんなことには……きっと、寂しかったんだろうな」
懺悔するように言葉を吐き、下を向くプレアデス。俺とカンナは相槌をうちながら、チャットで会話をしていた。……やはり彼女も同じ意見か。恐らく春風の性格的にも、そっちの方が正しいだろう。
「それもあると思いますが……春風さんは、プレアデスさんにもっと頼ってほしかったんじゃないでしょうか?」
「頼って……?」
「要は良い所見せたいんだよ。勿論、守られたいって人もいるだろうが……きっとアイツはそれより、お前の隣にいたいんだろうよ」
「……ハル」
彼の声が震える。視線があちらこちらへと泳いでいる。視線を辿ると……あぁ、恐らくこの部屋を見回しているんだな。春風との思い出が詰まった部屋。その光景がまた一つ、プレアデスの頬に一雫滴らせた。
背中がまた小刻みに揺れ始める。俺達はじっと黙って、それが収まるのを待つ。自分が不甲斐ないんだろう。拳も固く握りしめて、わなわなと打ち震えていた。こうなっては下手に刺激しない方が良い、というのがカンナの考えらしい。まあ、それは俺も同感だ。彼は今、自分の過ちと向き合っている。その時間は誰も邪魔するべきではないのだ。
「……僕、このまま終わらせたくないです。もっと一緒にいたい」
やがて呼吸が安定すると、彼は再び話し始めた。普通なら他人に個人への愛を滔々と語られると難儀なものがあるが、不思議と彼の話は素直に共感できた。それは紛れもなく、彼も春風も、もう俺達の友人の1人になったからなんだろう。俺は彼の言葉をしっかり受け止めると、静かな声で切り返した。
「ふっ、お前の気持ちはよく分かった……好きなんだな、アイツのこと」
「なっ!べ、別に好きってわけじゃ……!」
「耳まで真っ赤だぞ?説得力のカケラもないな」
さっきまでのネガティブな雰囲気が一転、今度はわなわなと慌てふためいている。まあ、自分の気持ちを見透かされたらそうなるだろう。実際、その反応は認めているようなものだしな。
「こら、あんまり揶揄わないの!」
「はは、悪い悪い……」
カンナのお咎めが入る。ここまでだな。前に何回か無視して続けたことがあるが、ロクなことにならなかった。ただ……真面目な話、これだけはちゃんと伝えておいた方が良さそうだな。このままでは、また振り出しに戻りかねない。
「冗談はさておき……プレアデス、これだけは言っとくぞ」
「え?あ、はい……」
俺が突然真面目なトーンで話し始めたのに驚いてか、きょとんとしている。一番話がスッと入って行くタイミングだ。俺は彼の目を真っ直ぐに見据え、先を続ける。
「自分の気持ちだけは裏切るなよ。お前が春風のことをどう思おうが、春風の想いをどう受け止めようが、それはお前の自由だ。だが……自分の本当の気持ちにだけは、絶対嘘はつくなよ?」
「……うん、分かったよ。セイスさん」
しばらくそのまま固まっていたが、何か腑に落ちたんだろうか、プレアデスは強張っていた顔を少し綻ばせると、ゆっくり頷きながらそう言った。よし、もう大丈夫だろう。あとは彼自身の問題だ。
「カンナ」
「ええ、お暇しましょうか」
カンナも同じことを考えていたようだ。俺達はプレアデスに一言挨拶して、この部屋を出た。さて、どうなるか。恐らく彼ならちゃんと自分の気持ちと向き合って、近づくことができるだろう。ならば次に俺達がするべきは……。
「ふふっ、珍しいわね」
ふと、隣のカンナがくすぐったそうな笑いを見せる。
「何がだ?」
「だって、なかなかこういうことしないじゃない?あなたがこんな親身になって、人の心配するなんて」
「……あのなあ、人のこと人情がないみたいに言うのやめてくれよ。俺はただ、深入りして自分が責任の一端を担わされるのが嫌いなだけだ」
俺の親は絵に描いたようなお人好しだった。だが、それが災いして一時借金生活まで強いられた。その後特に不自由なく復帰できたから良かったものの、子供から大人に移り変わる、その真っ只中にいた当時の俺に、簡単に人の問題に首を突っ込んではいけないんだ、と刻み込むには十分すぎる出来事だった。
それはこの、仮想空間でも同じことだ。声も姿も現実と違うこの世界では、素性がバレないということへの安心感からか、よく心のタガが外れているのを見てきた。だからこそ、現実より多少分かりやすいが、誰を信じ、誰を疑い警戒するのかを、よく見て考えなくてはならない。
「じゃあ、どうしてそんなあなたがこんなことを?」
隣で手を背中で組み、こてんと首を傾げるカンナ。俺はそんな様子に得も云われぬ安心感を抱きながら、口を開いた。
「何だろうなぁ……何というか、アイツからは俺と同じ匂いがしてな」
「似てる?プレアデスさんとあなたが?」
「ああ。といっても、昔の俺だがな……それこそ、お前と会って間もない時のような」
視線を上げ、思い出を紡ぐ。俺が初めてカンナと出会ったのは、10年前。まだ始まって間もないVRMMOの世界だった。誰も信じられず、誰の力も借りられず……誰とも一定の距離を保っていた俺は、こっちの世界でも専らソロプレイ。誰にも邪魔されずに気ままに過ごせるこの世界は、いつしか俺の居場所そのものになっていた。
しかし、そんな孤独の日常は、1人の来訪によって唐突に終わりを告げた。それこそがカンナだった。初めは何となくで交流し、手助けしたりしていたが、彼女の人柄や俺に寄せられていると感じる信頼感、期待感に押されてか、次第に気を許すようになっていった。
とはいえ、結局真に信じていたわけではなかった。勿論カンナには少なからず好感はあったし、それは向こうも同じことだっただろう。だが、俺の中に根付いた用心深さという名の猜疑心が、俺を一歩踏みとどまらせていた。そう、あの日までは。
「あら、じゃあまたあの時のようにしてあげましょうか?そうすれば、もっと私を大事にしてくれるかも……」
「勘弁してくれ。もうあんな思いはごめんだ」
あの日、突然カンナが消えた。何の音沙汰もなく、それこそ最初からそこにいなかったように。結局家の都合だったり仕事が決まったりでリアルがバタバタしていただけだったものの……当然そんなことも知らなかった俺は、あの時自分でも信じられないくらいに狼狽していた。自分のせいなのか?何度もそう感じ、その度にカンナへの罪悪感と自分への嫌悪感に苛まれてきた。
『落ち着けよ。またいつもの生活に戻るだけだろ?』
そう何度も心の中で反芻した。だが、やはりどうしてもこみ上げてくる喪失感に抗うことができなかった。そして初めて悟った。俺はもう、アイツなしではダメになってしまったんだ。俺は……。
「ほーら」
「むぐっ」
突然カンナに頬を挟まれ、もごもごと口が動く。両手の平で左右から包むようにして……かなり無理して背伸びをしているのも見える。頭をポンポンと撫でてやると、手を離し、地面に足を付けながら言葉が続いた。
「いつまでそんな顔してるの!昔は昔、今は今でしょ?」
「……ふっ、そうだな。ありがとう」
きっと今、とても穏やかな顔をしているのだろう。そうだ、俺は再会した時からいつもこうして、カンナに励まされてきた。それが一番俺が惹かれた所でもある。だからこそ、俺はまた時間と思い出を重ねていく中で、真に彼女を信頼し、共に生きたいと願うようになったんだ。そしてそれは、一度失ったからこそ気づき、確かに芽生えた感情だった。
別にプレアデスは、俺のように疑り深い性格ではないだろう。寧ろ驚くほど純粋な気持ちで、春風を信じているようにも見える。しかし、だからこそ春風が隣にいることがどこか当たり前のように感じていて。それを自らの手で壊したかもしれないということに酷く動揺し、嘆いているのだろう。そして初めて、本当の気持ちに気づいたのだろう。
自分の気持ちに正直に、というのはつまりそういうことだ。これは何より俺が体験したことだから……だから、彼もまた同じようにあってほしい。そして、より深い絆を結んでほしい。そう願うばかりだ。
両手をポケットに入れ、カンナに背を向けて数歩歩き出し、振り返る。
「行くぞ。次は春風だ」
「ええ。お供するわ、どこへでも」
差を埋めるように駆け寄りながら、落ち着いたトーンでニカッと笑う。朝日が燦々と照らす街を、プレアデスの想い人を探し、肩を並べて。
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