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第4章 焔の中の怪物

最終話 遺された者達

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「グルオオォォォォォォォォッッッッ……!!!」

太い断末魔が木霊する。よく見ると、炸裂する小太陽の中心、確かに黒い靄が剥がれ落ちて消えていくのが見えた。今度こそ、これで終わりだ。ウルヴァンに憑いていた心の闇は、完全に消え去った。

大きな身体が崩れ落ちる。無理もない。元々封印されて弱っていたところを、負のエネルギーによって無理やり動かされていた状態なんだから。そのエネルギーが消失した今、もはやウルヴァンを動かすものはないんだ。取り戻した眼の輝きは、ほどなくして完全に消えてしまったのだった。

「……終わったね、プレア殿」

「……ああ。漸く終わったんだ」

長かった。とても長い戦いだった。時間的にはリアル1日程度なのに、まるでずっと戦いが続いていたみたいな感覚。まあ、それはスロウ達の過去を知ってしまった僕ならではの感想なのかもしれないけれど。

「帰ろう。僕達も」

「ウチも帰らなきゃ。家でホーちゃんが待ってるし!」

そうか。ユノンさんはリアルでホーちゃんっていうペットを飼っているんだっけ。僕は親が動物嫌いだから飼ったことないけど、一度飼ってみたいとも思うな。まあ、今はハルっていう猫みたいな人が一緒だけど……ね。

「そうですね。2人とも、今日は本当にありがとう!」

「こちらこそ。お役に立ててよかったよ」

「ボクも!最後の最後に、プレア殿のこと助けられてよかった!」

ふふっ、と笑ってみせる。そうして僕達はドロップアイテムを回収すると、他のプレイヤーと同じように、未だ勝利の興奮と疲れの収まらないうちにログアウトすることにしたのだった。


……


…………


「ふぅ……ただいま」

誰もいない部屋で、ポツンと1人呟く。先程までいたあの空間の緊迫感、焦燥感が、ここではまるで嘘のように静かだ。まるでさっきまでの出来事が、夢だったみたいに。


『プレアデス。きみとはもっと違う関係で会いたかった。そうすれば、もっと良き友でいられたかもしれないのに』

『大丈夫、きみならやれる……だってきみには、どこへだって行ける身体があるから』


「……ッ!!」

違う。この胸を強く締め付けられるような思いは、夢なんかじゃない。あそこで起きたことは全て真実で、僕はスロウ……メグル・ドリアスの悲しい人生を見届けた、最後の証人になってしまったんだ。

人間のままホムンクルスにされた彼らの悲しい物語。その一端を知ってしまった以上、僕にはそれを辿る責任がある。だって、もはやこのことを知っているのは、プレイヤーの中では僕しかいないから。そして、スロウにその想いを託されたから。

きっと僕の中に巣食ったスロウの魂は、もう二度と離れることはないだろう。あの世界でも……こっちでも。

「……もう、こんな時間か」

時計は、今がもう夜中であることを示していた。流石に食欲もないし、何より疲れた。僕はそのまま枕に顔を沈めると、失われた命に想いを馳せながら、眠りにつくのだった。


…………


……


その後、一夜明けて戻ってくると、避難していた住民達が戻って来ていた。数日前、ここで戦争が起こっていたなんて、まるで幻だったかのように、僕達がこの街に来た時と同じ、活気と笑顔が溢れていた。

ハルは……まだ来ていないみたいだ。じゃあ、今のうちに出来ることをしよう。僕は片手にメモ帳を握りしめ、あの人の元へと向かった。

「おお!プレアデス、この前は見事だったな!」

「グスターヴさん!先日はありがとうございました」

思えば、グスターヴさんがいなければあの局面はどうしようもなかったかもしれない。僕にイフリートの存在を知らしめたのも、それがウルヴァンへの対抗策になると教えてくれたのも彼だった。スロウは勿論、彼もまたウルヴァン討伐の立役者だ。

「グスターヴさん。あなたに、渡してほしいと預かっているものがあるんです」

「ワシにか……どれ、ファンレターかの?」

冗談めいた声色で受け取るグスターヴさん。その表情が一変、切なそうなものになるまでそう時間はかからなかった。やはり、スロウとグスターヴさんには何か関係が……。

「そうか……とうとう逝っちまったのか、親父……」

「……え、親父?」

「ああ。そういえば、まだ苗字は伝えておらんかったな。ワシの名はグスターヴ・ドリアス。ここに書かれてある、メグル・ドリアスという男の1人息子じゃわい」

そうだったのか……てっきり友人か、彼の息子かと思っていたけれど、まさか父親だったなんて。ということは、スロウは100年近く、あのままで過ごしていたということか。ホムンクルスにされて、仲間以外の誰にも会えないまま、たった1人で……。きっと、僕達がコアを潰していなければ、彼はもっと長い間生きることになっていただろう。

よく僕達人間は、不老不死を無い物ねだりすることがある。でも、実際にこうして目の前にしてみると、本当にそれで幸せになれるのか、考えさせられるものがある。少なくとも僕は、もう不老不死になりたいとは思えないだろう。だからってまだまだ死にたくはないし、死ぬ気もないけど。

その後、2人でメモ帳をパラパラと捲った。殆どは日記だったり、研究のメモのようなものだった。といっても、重要な内容を書き記したものというよりは、変わり映えしない日常の中に起きた些細な出来事について書いてあるものだった。

「……ん?これは」

グスターヴさんの捲る手が止まる。そこに書かれていたのは、息子グスターヴへと向けた、メグルの遺言書のようなものだった。内容はこうだ。


『グスターヴへ

きみがこれを見ているということは、ぼくはもう死んでいるだろう。ホムンクルスにされて、もう何年かも分からない時を過ごして、正直やっと解放されたという気持ちでいっぱいだ。そして、愛する息子の死を経験せずに済んだことも、この上なく嬉しい。

きみにとってはぼくは、幼い日に見たきりの遠い思い出に過ぎないかもしれない。長らく会いに行けなくてすまなかった。本当は会いに行きたかったのだが、研究の忙しさと、実験の被験者は暫く人と会ってはならないという決まり事が……と、そんな話はどうでも良いか。

遺産に関してはある程度知っているかもしれないが、相続するお金については随分前に全額振り込んである。少ないかもしれないが、生活の足しにしてほしい。そして聞いた話では、きみは街で鍛冶屋を営んでいるそうだね。もし広いスペースが必要になったら、ぼくの研究スペースを使うといい。火山の中にあるから、広さだけは保証できる。

それと一つ、大事な話をしておこう。きみがもし、誰かの手によってこの本を受け取ったのならば、その人はぼくが認めた人だ。家の金庫の、一番奥に隠してあるもう一つの日記を渡してほしい。それがぼくの過去を解き明かすための、重要な鍵となるはずだ。

最後に一つ。悔いの残らないように、1日1日を大切に生きなさい。錬金術が発達した今、寿命を延ばすのは難しくない。でも、いつか必ず終わりは来る。それはずっと先のことかもしれないし、明日にも訪れるかもしれない。だから、いつ来ても心残りのないように、全力で人生を謳歌しなさい。それが、ぼくがきみに伝えたい最後の言葉だ。

じゃあ、お別れだね。そっちで起こったこと、たくさん聞かせてほしい。それを楽しみに、一足先に向こうで待ってるよ。

きみの父 メグル・ドリアスより』


「……」

「……」

2人して沈黙が続く。まさかこの世界で、人生の生き方について考えさせられるとは思ってもみなかった。ましてや、それをNPCから学ぶとは。悔いのないように生きろ、か。少し前に死んだ爺ちゃんも、同じことを言っていたな。

僕は今、悔いのない時間を過ごせているだろうか?側から見れば、ただ一日中ゲームに勤しんでいるだけで、とても大人達にはそうは見えないかもしれない。

でも、僕はこの世界で、大切なことをいくつも学んだ。それは机に向かっているだけでは絶対に体験できないことだし、そういう時間ほど貴重なものはないだろう。VRMMOは言わばもう一つの人生だ、とはよく言ったものだ。

だから、僕は絶対にこの時間を後悔することはないし、したくもない。ここで紡がれるもう一つの僕の人生を、絶対に無駄にはしない。

「そうか、お主が親父の認めた者じゃったか……良かろう、しばし待っておれ」

感慨深いといったような表情を浮かべると、彼は奥へと引き上げて行った。恐らく、あの奥が居住スペースなんだろう。スロウの過去を暴くもう一つの日記、か。僕に話してくれた過去の、もっと具体的な内容が書かれているのだろう。

だとすれば、王立研究所が行ったというホムンクルス化実験は、相当に厳重なロックがなされているかもしれない。そうでなければ、わざわざ金庫の奥底に隠したりはしないだろう。それだけ一般には知られてはならない内容で、下手したら国単位で秘匿にされている情報かもしれない。王都を追われる覚悟も、しておいた方が良いだろう。

「待たせたな、どうやらこれのようじゃ」

奥からヌッと身体を出して戻って来た。彼の手にあったのは、さっきのメモ帳よりもっと古く、そして分厚い本だった。恐る恐る手に取る。その質感はザラザラとしていて、いかにも歴史を感じさせる風合いだ。

「そこに親父、メグルの半生全てが書かれておる。その情報を生かすも殺すもお主次第じゃ。じゃが……」

そこで一度区切り、僕の方を真っ直ぐに見つめ、続けた。

「じゃが、ワシはお主なら必ず役立ててくれると信じておる。決して圧力をかけているわけではないが……期待しているぞ」

「……はい!」

真っ直ぐに見つめ返す。自信にも似た笑顔と共に。それを見て満足したのか、ニッコリとした笑みと共に、握っていた本の一端を離してくれた。そうだ。僕は今スロウやグスターヴさんだけじゃない、この世界の史実そのものに関わる問題に片足を入れているんだ。ここで生半可に引き下がるわけにはいかない。一度引き受けたからには、責任を持って臨む。


ーーーレガシークエスト『錬金術と歴史の裏側』を受注しました。進捗状況や報酬などの情報はマップ下のウィンドウより確認できます。


レガシークエスト……宝石関連に続きこれで2つ目だ。文字通り、この世界の史実そのものを紐解くクエストなんだろう。何か一気に重荷を課されたような気もしなくもないが、どちらも少しずつ進めて行こう。

「それで、この後はどうするんじゃ?」

「この後、ですか?何かありましたっけ」

「およ、知らんかったか。この後は街の無事を祝した宴じゃよ。お主は主役の1人じゃからな、是非とも参加してくれ!」

う、宴か。要は飲み会ってことにならないか?それ……まあ、この世界じゃ未成年プレイヤーはちゃんとお酒を飲めないようになっているし、そもそも飲み会じゃないかもしれないし……いずれにしろ参加しないわけにはいかないよな。

「分かりました、参加します。それは何時からでしょうか?」

「ほっほ、良かったわい。始まるまではあと2時間じゃ。特等席を用意して待っておるぞ!」

そこまでして頂かなくても、とは言えないよなあ。現に、僕の攻撃でウルヴァンを倒したのは周知の事実らしいし。ただ、その前にやることを済ませておこう。僕はグスターヴさんと別れて街を出ると、機械竜の翼を広げてウルヴァーニへと飛んだ。ちゃんと、挨拶はしておかないとね。


………


「……ふぅ、大体こんなものかな」

少し時間がかかってしまったが、どうにか完成した。ここはウルヴァーニ最深部、イフリートの眠る祠だ。ここにささやかなものだが、お墓を作った。やっぱり、旧友の近くが一番良いだろうと思ったのだ。それに、ここなら墓荒らしに遭う心配もないだろう。流石に、最上位精霊の目の前で悪事を働く人はいないだろうし。

『心の探求者メグル・ドリアス ここに眠る』

墓標にはこう書いた。心の探求者は、戦った時にログでスロウに付けられていた二つ名から引っ張ってきた。実際、その通りだろう。一度心を奪われて、仲間は皆自我を失って、それでも彼らを助けようと、その一心で100年間も研究を続けた……その姿を探求者と言わずして何と言おうか。

「手伝ってくれてありがと、イフリート」

『気にするな。我輩の友の墓だ。立派に作ってやりたかった』

その声には、やはりどこか切なさを覚えた。もう二度と友達に会えない悲しみ。精霊の生きるスパンで考えれば、それは一体どれだけ長い日々なんだろう。せめて、お墓くらい一緒にいてほしい。それで少しは気が楽になると良いな。

『さて、お前はこれからどうするんだ?』

「メグルの思いを繋ぐ。そのために、旅に出るよ」

『そうか……すまないな、本当なら我輩が行くべきところを』

「良いって。下手に動いてお墓が壊れたりしたら困るし」

『……ははっ、それもそうだな』

肩をすくめて笑うイフリート。そうだ、スロウの思いを繋ぐということは、彼の思いも背負うということだ。でも、彼も彼なりに協力をしてくれるそうだ。だから、一緒に解決するという心持ちで。その方が、イフリートにとっても良いだろう。

『プレア殿!』

ん、ライブ結晶から声。というかハルの呼び出しだ。いつの間にかログインしていたらしい。

「ハル、どうしたの?」

『そろそろ宴が始まるよ。街に戻っておいで!』

「ああ、分かった。すぐ行くよ」

どうやら時間のようだ。またちょくちょくここに来よう。そして、そのたびに冒険の土産話をお供えしよう。僕の初めてのAIの友達……スロウに。

「じゃ、また来るよ」

『おう、元気でな。何かあれば結晶を通じて連絡すると良い。可能な限り、力になろう』

「ああ。頼りにしてるよ」

後ろ手に手を振って、開通した転移装置に乗る。一瞬視界が明転し、ウルヴァーニの入り口まで戻ってきた。

「……」

後ろを振り返る。スロウ、ウルヴァン、イフリート。色々お世話になったな、この山には。きっとこの場所は忘れないだろう。僕の物語の、大切な1ページを飾るものとして。

「……じゃあね、スロウ。僕、頑張るから」

前を向き直り、麓まで歩く。翼を広げようとする僕の背中を、温かい風がそっと撫でた。
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