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第4章 焔の中の怪物
第42話 悲しき戦いに終止符を
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~~side 春風~~
「……ごめん、皆。お待たせ」
目の前のプレイヤーがそう切り出す。鋼の翼を広げ、ゆっくりと地面に降りて来る。ボクの期待は届いた。やっぱり、来てくれたんだ。
「プレア殿……!」
「ハル……無事でよかった」
ああ。ボクはこの笑顔をずっと待っていたんだ。そして同時に、これほど頼もしいと思える援軍もいない。雪ダルマさんたちの方が強いのは見ていれば分かるけど、やっぱり信頼感が違う。伊達に初日からずっと一緒にいるわけじゃない、ということか。
「あれがプレアデス……」
「今、飛んでたよな……?」
周りのプレイヤーが騒つく。皆は今回のイベントでリモート会議を開くまで、プレア殿のことは殆ど知らなかったようだ。でも、こうして初登場のインパクトが強いとそりゃあそういう反応になるよね……なんか、少し鼻が高い気分だ。
「よう、お前がプレアデスか。噂通りブッ飛んでんな!」
「マグ太郎さん!直にお会いするのは初めてですね」
「敬語はよせ、水臭い」
ボクの傍からマグ太郎さんが歩いてきて、プレア殿と言葉を交わす。うーん、イベントで近くにいて分かったけど、彼、初対面相手でも本当に距離感近い人なんだなぁ。ノルキアくんが見たら呆れそうだ。
「それじゃマグさん。手筈通りに」
「ああ、分かった。護衛は任せろ」
プレア殿が合流した場合の作戦……それは、プレア殿の極大攻撃を通すべく、残りのメンバーが援護することだ。彼自身も翼を使って空中移動できるようだし、それ自体はさっきよりずっと簡単だとは思う。ただ、この作戦は彼の攻撃が致命打にならなくてはいけない。プレア殿の用意した対抗策が、ウルヴァンにどれだけ通用するかにかかっている。
「勝算は?」
皆と離れ、携帯食を食べているプレア殿に、こっそり聞いてみる。彼は口に含んでいるものをゆっくり飲み込んで、笑った。
「正直未知数だけど、あるよ。あとは信じるだけ」
「うん!期待に応えられるようボクも頑張るよ!」
「ふふっ、ありがと。頼りにしてるよ?」
「ウルヴァン、来たぞ!」
ちょうどボクたちが話し終えた頃に、接近の知らせが入った。いよいよ、泣いても笑ってもこれが最後だ。プレア殿が皆を信じて攻撃に専念するように、ボクも彼を信じる。そして、フリーディアを守るんだ。ボクは再び空へ飛び立とうとしている彼に、右の拳を突き出す。
「じゃ、お互い頑張ろ」
「ああ!」
グータッチ。大丈夫だ、きっと勝てる。だってここに、最高に信頼できる戦友がいるんだから。ボクが一歩後ずさって離れると、彼はまた鋼の翼を展開し、ブースターでゆっくりと浮上して行った。
~~side プレアデス~~
正面を見据えながら空中をゆったりと移動し、迎撃部隊の真上で停止する。攻撃の規模的に、地上で溜めると味方にダメージを与えかねないからだ。加えて、ここなら攻撃の回避もしやすい。
「あれが……ウルヴァン」
こうして正面から、それも相手の目の高さで対峙すると凄い迫力だ。黒いオーラは体表だけでなく、真紅の眼の内側をも暗く染めていた。恐らくあれが、ウルヴァンを暴走させている諸悪の根源なんだろう。
よく見ると、足取りが若干フラついている。元々瀕死の状態で封印されていたところを、意識改造で無理やり動かしているからな。便宜上今の状態を暴走状態としてはいるが、彼からすれば復活の時点で暴走させられたも同然のはずだ。となれば、身体の活動限界はとっくに過ぎている頃だろう。本当に浄化だけで眠りにつくかもしれないな。
僕は左手の炎筒に軽くマナを流すと、意識の一部を紅焔晶に接続させた。
『聞こえる?イフリート』
『ああ、それによく視えている』
どうやら紅焔晶には、通常の記録結晶と同じ機能があるようだ。更に、言わばイフリートの一部でもあるからか、通常はできないであろう、イフリートとの交信を行える。彼が別れ際に教えてくれたことだった。
『それでどう?石に封じた分だけで足りそう?』
『……厳しいな。不足分はこちらから直接補おう』
『そうしてくれると助かる。じゃあ、準備できたら合図するね』
『うむ、頼んだぞ』
通信を切る。イフリートとの交信は、通常のそれとは比較にならないほどMPを持って行かれる。長時間繋ぎっぱなしなのは危険だ。さて、そうこうしているうちにかなり接近して来たな。視線を辿ると、奴が見据えているのはハル達。まだ、僕を完全には脅威として見ていないらしい。好都合だ。先に牽制させてもらおう。
「【ドラゴンフレイム】」
炎筒を構え、ウルヴァンの立つ地面に向けて放射する。龍の如くうねった炎の渦は、あの巨大な身体をも取り囲んでしまった。本来これは槌の方の装備スキルだが、どうやらスキルの媒体に関してはその限りではないらしい。だから、このスキルにも【聖炎】の力が乗っている。これで迂闊には動けないだろう。
「今から極大攻撃を行う!皆、支援お願い!」
「了解した。総員、プレアデスを援護せよ!絶対にこの攻撃を通すぞ!!」
残されたメンバーの気合いの雄叫びが、戦場に響く。頼もしい限りだ。僕の身の安全は、彼らに委ねよう。僕はさっきの攻撃で敵意を露わにしたウルヴァンの目を見る。こちらを真っ直ぐに射抜く眼差しは、やはり黒ずんでいた。……今、眠らせてやるからな。
聖炎筒イフリートを天へ掲げる。スキルのチャージを開始した。といっても、普通にスキルを使うだけならそんなに時間は要らない。ただ、今回は特別なのだ。
『イフリート、始めてくれ』
『了解した』
炎筒の先端のこぶし大に赤熱した火炎弾に、太陽のような色の光が混ざり込む。これがイフリートの持つ聖なる力そのものなんだろう。ウルヴァンも、今の自分の天敵となりうることに気づいたのか、露骨に止めようと腕を振るう。この程度なら水平移動で回避できるな。問題はここからだろう。
ウルヴァンが天を仰ぎ、雄叫びをあげる。それと同時に、いくつもの火の玉が打ち出された。上からの攻撃で止めるつもりか。
「【結界術:防炎殼】!」
声が響くと同時に、僕の周囲に小さな結界が張られる。この声はマグ太郎さんだ。なるほど、結界は広範囲を守るものだと思っていたけど、小さくすることも出来るのか。その分防御を厚くした、といったところだろうか。でも、これじゃ皆が守れないんじゃ……あ、別に大きい方も張っているのね。流石軍を率いているだけのことはある。判断がとても早い。
「上空からの炎は気にするな!奴の物理攻撃に当たらないことだけに集中しろ!」
「分かった!」
そう言いつつ、繰り出された爪を回避する。なるほど、上空からの炎と正面からの斬撃。さっきはこのコンボでやられたのか。恐らく、前線の維持に注力し過ぎて火球への対応が遅れたんだろう。或いは、対処可能なスキルがちょうどクールタイム中だったか。まあ、過ぎたことを考えても仕方ないんだけど。
「グルゥ、グラァァ!」
くっ、攻撃の手が激しくなってきたな。ただ躱すだけならどうということはないが、現状そういうわけにもいかない。既にこっちの火球は、最上位精霊によって強化されたマナの塊。こんなものが暴発すれば、それこそフリーディア崩壊の危機だ。【聖炎】を取り込みつつ状態をキープするには、あまり大きく動くわけにもいかないのだ。
どうやら、ウルヴァンもそれに気づいたらしい。今度は両手を絶妙な角度とタイミングで繰り出して来た。どっちも躱すためには大きく動かなくてはならないように。もう火球の大きさは僕を丸々飲み込めるほどに成長している。ここで激しく動くことはできない!
「……ッ!」
下の討伐隊に視線を送る。誰か気づいてくれと言わんばかりに。ハルが即座に刀に手をかけたが、先に動いたのはセイスさんだった。恐らく、予測していたんだろう。
「【バスターショット】!」
狙い澄ました一撃。砲弾のような威力のそれは、ちょうど二つの腕が重なる一点を貫いた……上手っ。ウルヴァンの意識が逸れた隙に、火球を崩さないようゆっくりと後ろに移動する。チャージ完了まで半分を切った。セイスさんはそのことを分かっているのか、自分を囮にするつもりらしい。心苦しいが……甘んじて利用させてもらおう。
「【百鎖の一矢】!」
ッ、見たことのないスキルだ。新スキルだろうか?放たれた一矢は瞬く間に無数の鎖に変化して、ウルヴァンの手足をがんじがらめにしてしまった。これ、人に撃ったら本当に身動き取れなさそうだな……と思ったのも束の間、まだフリーだった口からの火炎のブレスが技後硬直に直撃してしまった。セイスさんは僕に親指を立てると、そのまま弾けた。
『我輩の力はこんなものでよかろう。あとは、そのまま大きく膨らませるんだ』
『ああ!ありがとう』
セイスさんの捨て身の攻撃が奏功し、ウルヴァンが呪縛を解除するまででかなり火球を溜めることができた。今は大玉送りの玉くらいの大きさだ。十分大きいが、ウルヴァンの大きさを考えるとまだ不安なサイズだ。そして暴発時の被害も考えて、イフリートの力を取り込ませるのもこれが限界だった。
ここからは風船のように、空気を含ませて大きくする。そして同時に、僕は一切移動できなくなる。僕はなるべくウルヴァンから遠ざかると、そこで最終チャージを開始した。同時に詠唱も開始する。
「その炎は消えることなく 魔を焼き祓い浄化する」
ウルヴァンも迫る危険を悟ってか、今まで以上の激しい攻撃を連発してきた。火球攻撃、ブレス攻撃、爪による斬撃。それに加えて、噛みつきやかまいたちも仕掛けてくる。特に、かまいたちは厄介だった。今まで爪にさえ当たらなければよかったのが、突然違う角度からそれが飛んでくるのは、かなり回避し難いものだった。
「その光は消えることなく 闇を切り開き浄化する」
加えて、今僕は動けない。そのため、逐一仲間が割って入ったり、結界の効果でダメージを肩代わりしてくれたりして守られている。だが、ウルヴァンの猛攻もあって、こちらもかなりやられていた。チャージ完了まであと少し。耐えられるか……!?
「神聖なる太陽よ その力で全てを照らし出せ」
ッ、マグ太郎さんがついにやられた。彼はずっと結界によって、僕の代わりにダメージを多く受けていたからだ。そして同時に、今まで僕を守ってくれていた結界が消失した。ウルヴァンが目ざとく火球を飛ばしてくる。マズい、もう僕にこれを防げる壁は……!
「【エスケープ・シャドウ】!」
不意に、僕と火球の間に誰かが割って入る。この声は……カンナさん!?そうか、火球によって僕の体表に出来た影を媒体に飛んで来たのか。でも、カンナさんのHPじゃとても……耐えられないよな。
「あとは頼みましたよ、プレアデスさん……!」
そう言い残し、彼女もポリゴンと化した。ごめん、カンナさん。犠牲は絶対に無駄にしないよ。チャンスは一度だけ……ここに全て詰め込むんだ。
「とこしえなる神の炎よ 虚構の魔獣の闇を晴らし 囚われた魂を解放せよ!」
よし、できた!直径およそ15メートル弱、周囲のマナを取り込んで成長した聖炎の塊だ。これでウルヴァンに取り憑いた闇を払拭し、今度こそ眠りに……。
「ッ、いない!?」
投下しようとしたのも束の間、僕の下にウルヴァンがいないことに気づく。せっかく完成させたものを崩さないように、首を動かして視界を探る。まさか逃げたのか?いや、いくら何でも速すぎる。
「上だ!!」
誰かが声を荒げる。ハッとして上を向くと、鋭い爪で上から切り裂こうと、急速に落下してきている。マズい、流石にこれは避けられない。仮に当たって耐えられたとしても、今まで溜めてきた攻撃がキャンセルされる可能性もある。そうでないことに、賭けるしかないのか……?そう思い、覚悟を決めて身構える。
でも、それは杞憂に終わった。僕の、一番信頼できる剣によって。
「【閃刀:風薙】!」
僕の目の前に躍り出たのは、他でもない、ハルだった。ガイア一本で、ウルヴァンの全体重がかかった攻撃を受け流そうとしている。流石のハルでも、これは無理だ。と思った僕を、彼女は最高の形で裏切ってくれた。
「!?今のって……」
間違いない。イフリートが来た時と同じ感覚。あの大量のマナが動いた感覚だ。イフリートのとは違う、別の大きな力がハルを後押ししている。まさか……精霊?そう思ったのも束の間、必死の抵抗によってウルヴァンが軌道を変えて地面に落下し始めた。
「合わせてね、ハルちゃん!」
「はいっ、ユノンさん!」
地上に待ち構えるユノンさんが、ハルに声をかける。スキルによって大きく跳躍したハルは、風に乗ったように身体を動かし、空中で次のスキルの発動に繋げた。凄い……ハルの技術は、この世界で確実に進化を遂げている。
「「チェインスキル【堕天の霹靂】!」」
何と、彼女ら2人でのチェインスキルだった。ハルの【真空波斬】とユノンさんの【重力縛鎖】を合わせ、ウルヴァンを猛烈な速度で地面に叩きつけた。さらに、そのまま重力の鎖で動けなくしている。……完璧なお膳立てだ。
「さあ、やっちゃって!プレア殿!」
「……ああ!」
ハルが振袖を上手く使って滑空し、攻撃圏内から外れるのを確認する。さあ、これで終わりだ。スロウ達、元人間のホムンクルスの味わった辛い過去。その一片が目覚めさせてしまった伝説の魔獣。この一撃で、その心の闇を全て取り払う。
これは、この悲しい戦いに終止符を打つだけじゃない。彼らが味わった苦しみと向き合い、感情が具現化するこの世界に立ち向かっていくための、その始まりでもあるんだ。スロウに託された想いを、果たすために……!
「ウルヴァンよ、安らかに……闇よ消え去れ!【退魔の神炎】!!」
頭上の小太陽を投下する。ゆっくりと落ちて行ったそれは、想像よりずっと静かに着弾すると、辺り一面に安らぎの光を齎したのだった。
「……ごめん、皆。お待たせ」
目の前のプレイヤーがそう切り出す。鋼の翼を広げ、ゆっくりと地面に降りて来る。ボクの期待は届いた。やっぱり、来てくれたんだ。
「プレア殿……!」
「ハル……無事でよかった」
ああ。ボクはこの笑顔をずっと待っていたんだ。そして同時に、これほど頼もしいと思える援軍もいない。雪ダルマさんたちの方が強いのは見ていれば分かるけど、やっぱり信頼感が違う。伊達に初日からずっと一緒にいるわけじゃない、ということか。
「あれがプレアデス……」
「今、飛んでたよな……?」
周りのプレイヤーが騒つく。皆は今回のイベントでリモート会議を開くまで、プレア殿のことは殆ど知らなかったようだ。でも、こうして初登場のインパクトが強いとそりゃあそういう反応になるよね……なんか、少し鼻が高い気分だ。
「よう、お前がプレアデスか。噂通りブッ飛んでんな!」
「マグ太郎さん!直にお会いするのは初めてですね」
「敬語はよせ、水臭い」
ボクの傍からマグ太郎さんが歩いてきて、プレア殿と言葉を交わす。うーん、イベントで近くにいて分かったけど、彼、初対面相手でも本当に距離感近い人なんだなぁ。ノルキアくんが見たら呆れそうだ。
「それじゃマグさん。手筈通りに」
「ああ、分かった。護衛は任せろ」
プレア殿が合流した場合の作戦……それは、プレア殿の極大攻撃を通すべく、残りのメンバーが援護することだ。彼自身も翼を使って空中移動できるようだし、それ自体はさっきよりずっと簡単だとは思う。ただ、この作戦は彼の攻撃が致命打にならなくてはいけない。プレア殿の用意した対抗策が、ウルヴァンにどれだけ通用するかにかかっている。
「勝算は?」
皆と離れ、携帯食を食べているプレア殿に、こっそり聞いてみる。彼は口に含んでいるものをゆっくり飲み込んで、笑った。
「正直未知数だけど、あるよ。あとは信じるだけ」
「うん!期待に応えられるようボクも頑張るよ!」
「ふふっ、ありがと。頼りにしてるよ?」
「ウルヴァン、来たぞ!」
ちょうどボクたちが話し終えた頃に、接近の知らせが入った。いよいよ、泣いても笑ってもこれが最後だ。プレア殿が皆を信じて攻撃に専念するように、ボクも彼を信じる。そして、フリーディアを守るんだ。ボクは再び空へ飛び立とうとしている彼に、右の拳を突き出す。
「じゃ、お互い頑張ろ」
「ああ!」
グータッチ。大丈夫だ、きっと勝てる。だってここに、最高に信頼できる戦友がいるんだから。ボクが一歩後ずさって離れると、彼はまた鋼の翼を展開し、ブースターでゆっくりと浮上して行った。
~~side プレアデス~~
正面を見据えながら空中をゆったりと移動し、迎撃部隊の真上で停止する。攻撃の規模的に、地上で溜めると味方にダメージを与えかねないからだ。加えて、ここなら攻撃の回避もしやすい。
「あれが……ウルヴァン」
こうして正面から、それも相手の目の高さで対峙すると凄い迫力だ。黒いオーラは体表だけでなく、真紅の眼の内側をも暗く染めていた。恐らくあれが、ウルヴァンを暴走させている諸悪の根源なんだろう。
よく見ると、足取りが若干フラついている。元々瀕死の状態で封印されていたところを、意識改造で無理やり動かしているからな。便宜上今の状態を暴走状態としてはいるが、彼からすれば復活の時点で暴走させられたも同然のはずだ。となれば、身体の活動限界はとっくに過ぎている頃だろう。本当に浄化だけで眠りにつくかもしれないな。
僕は左手の炎筒に軽くマナを流すと、意識の一部を紅焔晶に接続させた。
『聞こえる?イフリート』
『ああ、それによく視えている』
どうやら紅焔晶には、通常の記録結晶と同じ機能があるようだ。更に、言わばイフリートの一部でもあるからか、通常はできないであろう、イフリートとの交信を行える。彼が別れ際に教えてくれたことだった。
『それでどう?石に封じた分だけで足りそう?』
『……厳しいな。不足分はこちらから直接補おう』
『そうしてくれると助かる。じゃあ、準備できたら合図するね』
『うむ、頼んだぞ』
通信を切る。イフリートとの交信は、通常のそれとは比較にならないほどMPを持って行かれる。長時間繋ぎっぱなしなのは危険だ。さて、そうこうしているうちにかなり接近して来たな。視線を辿ると、奴が見据えているのはハル達。まだ、僕を完全には脅威として見ていないらしい。好都合だ。先に牽制させてもらおう。
「【ドラゴンフレイム】」
炎筒を構え、ウルヴァンの立つ地面に向けて放射する。龍の如くうねった炎の渦は、あの巨大な身体をも取り囲んでしまった。本来これは槌の方の装備スキルだが、どうやらスキルの媒体に関してはその限りではないらしい。だから、このスキルにも【聖炎】の力が乗っている。これで迂闊には動けないだろう。
「今から極大攻撃を行う!皆、支援お願い!」
「了解した。総員、プレアデスを援護せよ!絶対にこの攻撃を通すぞ!!」
残されたメンバーの気合いの雄叫びが、戦場に響く。頼もしい限りだ。僕の身の安全は、彼らに委ねよう。僕はさっきの攻撃で敵意を露わにしたウルヴァンの目を見る。こちらを真っ直ぐに射抜く眼差しは、やはり黒ずんでいた。……今、眠らせてやるからな。
聖炎筒イフリートを天へ掲げる。スキルのチャージを開始した。といっても、普通にスキルを使うだけならそんなに時間は要らない。ただ、今回は特別なのだ。
『イフリート、始めてくれ』
『了解した』
炎筒の先端のこぶし大に赤熱した火炎弾に、太陽のような色の光が混ざり込む。これがイフリートの持つ聖なる力そのものなんだろう。ウルヴァンも、今の自分の天敵となりうることに気づいたのか、露骨に止めようと腕を振るう。この程度なら水平移動で回避できるな。問題はここからだろう。
ウルヴァンが天を仰ぎ、雄叫びをあげる。それと同時に、いくつもの火の玉が打ち出された。上からの攻撃で止めるつもりか。
「【結界術:防炎殼】!」
声が響くと同時に、僕の周囲に小さな結界が張られる。この声はマグ太郎さんだ。なるほど、結界は広範囲を守るものだと思っていたけど、小さくすることも出来るのか。その分防御を厚くした、といったところだろうか。でも、これじゃ皆が守れないんじゃ……あ、別に大きい方も張っているのね。流石軍を率いているだけのことはある。判断がとても早い。
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「分かった!」
そう言いつつ、繰り出された爪を回避する。なるほど、上空からの炎と正面からの斬撃。さっきはこのコンボでやられたのか。恐らく、前線の維持に注力し過ぎて火球への対応が遅れたんだろう。或いは、対処可能なスキルがちょうどクールタイム中だったか。まあ、過ぎたことを考えても仕方ないんだけど。
「グルゥ、グラァァ!」
くっ、攻撃の手が激しくなってきたな。ただ躱すだけならどうということはないが、現状そういうわけにもいかない。既にこっちの火球は、最上位精霊によって強化されたマナの塊。こんなものが暴発すれば、それこそフリーディア崩壊の危機だ。【聖炎】を取り込みつつ状態をキープするには、あまり大きく動くわけにもいかないのだ。
どうやら、ウルヴァンもそれに気づいたらしい。今度は両手を絶妙な角度とタイミングで繰り出して来た。どっちも躱すためには大きく動かなくてはならないように。もう火球の大きさは僕を丸々飲み込めるほどに成長している。ここで激しく動くことはできない!
「……ッ!」
下の討伐隊に視線を送る。誰か気づいてくれと言わんばかりに。ハルが即座に刀に手をかけたが、先に動いたのはセイスさんだった。恐らく、予測していたんだろう。
「【バスターショット】!」
狙い澄ました一撃。砲弾のような威力のそれは、ちょうど二つの腕が重なる一点を貫いた……上手っ。ウルヴァンの意識が逸れた隙に、火球を崩さないようゆっくりと後ろに移動する。チャージ完了まで半分を切った。セイスさんはそのことを分かっているのか、自分を囮にするつもりらしい。心苦しいが……甘んじて利用させてもらおう。
「【百鎖の一矢】!」
ッ、見たことのないスキルだ。新スキルだろうか?放たれた一矢は瞬く間に無数の鎖に変化して、ウルヴァンの手足をがんじがらめにしてしまった。これ、人に撃ったら本当に身動き取れなさそうだな……と思ったのも束の間、まだフリーだった口からの火炎のブレスが技後硬直に直撃してしまった。セイスさんは僕に親指を立てると、そのまま弾けた。
『我輩の力はこんなものでよかろう。あとは、そのまま大きく膨らませるんだ』
『ああ!ありがとう』
セイスさんの捨て身の攻撃が奏功し、ウルヴァンが呪縛を解除するまででかなり火球を溜めることができた。今は大玉送りの玉くらいの大きさだ。十分大きいが、ウルヴァンの大きさを考えるとまだ不安なサイズだ。そして暴発時の被害も考えて、イフリートの力を取り込ませるのもこれが限界だった。
ここからは風船のように、空気を含ませて大きくする。そして同時に、僕は一切移動できなくなる。僕はなるべくウルヴァンから遠ざかると、そこで最終チャージを開始した。同時に詠唱も開始する。
「その炎は消えることなく 魔を焼き祓い浄化する」
ウルヴァンも迫る危険を悟ってか、今まで以上の激しい攻撃を連発してきた。火球攻撃、ブレス攻撃、爪による斬撃。それに加えて、噛みつきやかまいたちも仕掛けてくる。特に、かまいたちは厄介だった。今まで爪にさえ当たらなければよかったのが、突然違う角度からそれが飛んでくるのは、かなり回避し難いものだった。
「その光は消えることなく 闇を切り開き浄化する」
加えて、今僕は動けない。そのため、逐一仲間が割って入ったり、結界の効果でダメージを肩代わりしてくれたりして守られている。だが、ウルヴァンの猛攻もあって、こちらもかなりやられていた。チャージ完了まであと少し。耐えられるか……!?
「神聖なる太陽よ その力で全てを照らし出せ」
ッ、マグ太郎さんがついにやられた。彼はずっと結界によって、僕の代わりにダメージを多く受けていたからだ。そして同時に、今まで僕を守ってくれていた結界が消失した。ウルヴァンが目ざとく火球を飛ばしてくる。マズい、もう僕にこれを防げる壁は……!
「【エスケープ・シャドウ】!」
不意に、僕と火球の間に誰かが割って入る。この声は……カンナさん!?そうか、火球によって僕の体表に出来た影を媒体に飛んで来たのか。でも、カンナさんのHPじゃとても……耐えられないよな。
「あとは頼みましたよ、プレアデスさん……!」
そう言い残し、彼女もポリゴンと化した。ごめん、カンナさん。犠牲は絶対に無駄にしないよ。チャンスは一度だけ……ここに全て詰め込むんだ。
「とこしえなる神の炎よ 虚構の魔獣の闇を晴らし 囚われた魂を解放せよ!」
よし、できた!直径およそ15メートル弱、周囲のマナを取り込んで成長した聖炎の塊だ。これでウルヴァンに取り憑いた闇を払拭し、今度こそ眠りに……。
「ッ、いない!?」
投下しようとしたのも束の間、僕の下にウルヴァンがいないことに気づく。せっかく完成させたものを崩さないように、首を動かして視界を探る。まさか逃げたのか?いや、いくら何でも速すぎる。
「上だ!!」
誰かが声を荒げる。ハッとして上を向くと、鋭い爪で上から切り裂こうと、急速に落下してきている。マズい、流石にこれは避けられない。仮に当たって耐えられたとしても、今まで溜めてきた攻撃がキャンセルされる可能性もある。そうでないことに、賭けるしかないのか……?そう思い、覚悟を決めて身構える。
でも、それは杞憂に終わった。僕の、一番信頼できる剣によって。
「【閃刀:風薙】!」
僕の目の前に躍り出たのは、他でもない、ハルだった。ガイア一本で、ウルヴァンの全体重がかかった攻撃を受け流そうとしている。流石のハルでも、これは無理だ。と思った僕を、彼女は最高の形で裏切ってくれた。
「!?今のって……」
間違いない。イフリートが来た時と同じ感覚。あの大量のマナが動いた感覚だ。イフリートのとは違う、別の大きな力がハルを後押ししている。まさか……精霊?そう思ったのも束の間、必死の抵抗によってウルヴァンが軌道を変えて地面に落下し始めた。
「合わせてね、ハルちゃん!」
「はいっ、ユノンさん!」
地上に待ち構えるユノンさんが、ハルに声をかける。スキルによって大きく跳躍したハルは、風に乗ったように身体を動かし、空中で次のスキルの発動に繋げた。凄い……ハルの技術は、この世界で確実に進化を遂げている。
「「チェインスキル【堕天の霹靂】!」」
何と、彼女ら2人でのチェインスキルだった。ハルの【真空波斬】とユノンさんの【重力縛鎖】を合わせ、ウルヴァンを猛烈な速度で地面に叩きつけた。さらに、そのまま重力の鎖で動けなくしている。……完璧なお膳立てだ。
「さあ、やっちゃって!プレア殿!」
「……ああ!」
ハルが振袖を上手く使って滑空し、攻撃圏内から外れるのを確認する。さあ、これで終わりだ。スロウ達、元人間のホムンクルスの味わった辛い過去。その一片が目覚めさせてしまった伝説の魔獣。この一撃で、その心の闇を全て取り払う。
これは、この悲しい戦いに終止符を打つだけじゃない。彼らが味わった苦しみと向き合い、感情が具現化するこの世界に立ち向かっていくための、その始まりでもあるんだ。スロウに託された想いを、果たすために……!
「ウルヴァンよ、安らかに……闇よ消え去れ!【退魔の神炎】!!」
頭上の小太陽を投下する。ゆっくりと落ちて行ったそれは、想像よりずっと静かに着弾すると、辺り一面に安らぎの光を齎したのだった。
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SF
福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……
「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
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※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
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