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第4章 焔の中の怪物

第40話 決死の人海戦術

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~~side 春風~~

「……来た」

フリーディアの先、ウルヴァーニへと続く森を掻き分けて、黒いオーラを纏ったウルヴァンが姿を現した。一歩一歩、踏みしめるようにこっちに近づいてくる。街に着くまであと10分といったところか。

「行くぞ!」

マグ太郎さんの合図でこちらも走り出す。あの後ボクたちはフリーディアに帰還し、待機していた支援部隊、そして避難誘導から帰ってきたプレイヤーたちも最大限回して迎撃部隊を再編した。できれば雪ダルマさんとテラナイトさんにも加わって欲しかったが、残念ながらやられてしまった。そのことが、よりボクたちに緊張感を齎していた。

「行進止め!防御陣形を取れ!」

避難誘導に回っていたプレイヤーは過半数が前衛を任せられる人だった。そこで、ボクたちが取った作戦は人海戦術。どうせすぐにやられることは目に見えているため、主に初心者プレイヤーで壁を張り、少しでも長く前線を保てるようにカバーし合いながら時間を稼ぐというものだ。

プレア殿とスロウの分析のおかげで、今のウルヴァンは外部からの干渉によって暴走状態にあることが分かった。だから現状、ボクたちの勝ち筋は2つだ。1つは、暴走が終わってウルヴァンが動きを止めること。もう1つは、プレア殿が向こうで解決策を発見すること。

不甲斐ない話だが、最高戦力2人が戦線を離れた今、ウルヴァンと正面から戦って勝つのはほぼ不可能だ。迎撃部隊からも何か解決策を見出せるよう、厚い前衛の裏であの手この手を尽くせるようになっているが、いずれにせよ時間がかかる。その時間を稼ぐためには、彼らには申し訳ないがこうするのが一番だった。

「ごめんね。皆に一番辛い役を任せちゃって」

「気にしないで下さい!春風さん!」

「この世界で死に戻りできるのは俺らプレイヤーだけだってことは、皆よく分かってますから」

ボクが率いていた遊撃部隊も、ボクとセイスさん、ノルキアくん以外は皆前衛に分類されてしまっ た。やられ役、しかも勝てるかも分からない戦いでそれを担わされるということは、簡単に言えば無駄死にするかもしれないということ。そしてウルヴァン相手では、何らかの負の感情を植え付けられる可能性もある。それを承知の上で、皆賛同してくれた。

……勝てないとしても、負けるわけにはいかない。

「来るぞ!各員、戦闘準備!」

ウルヴァンがこちらに対し、明らかな敵意を見せた。戦闘開始だ。後衛の支援部隊が味方にバフと持続回復をばら撒く。それが完了する頃には、もう最前線まで肉薄されていた。

「……さっきよりずっと速い!」

ウルヴァンの鋭い爪が次々と前衛の身体を切り裂いて行く。装備が揃っていないというのもあるかもしれないが、後衛が支援する暇もなく、一撃で葬られていた。恐怖の悲鳴はそのまま断末魔となり、ボクたちの前方で響いていた。

しかし、こちらも伊達にプレイヤーを結集させているわけではない。イベント前半の死に戻りからの復帰も含め、その数はサーバー内のプレイヤーの半数以上に昇っている。前衛が崩れる様子はなく、その間にありとあらゆる攻撃がウルヴァンに飛んでいた。しかし、どれも碌に効いているようには見えなかった。

「一体、何なら効くっていうのよ……」

後ろでユノンさんがボヤく。彼女曰く、どうやら迎撃部隊は既に全属性の錬金術で攻撃をしているが、どれも大した一手にはなり得ていないらしい。他の属性はともかく、水や光ですら変わらないとなると……物理攻撃しかないのか?でも、相手の戦闘力からしてあまりにも危険すぎる。

春風:セイスさん!弓の通りはどうですか?

セイス:ダメだ。やはりさっきのようにはいかないらしい。

これもダメか。さっきは全体的に物理攻撃が通っていたのに。これは単純に、ウルヴァン自身が強化されているとみるしかないのかもしれない。とすれば、やっぱり正攻法で倒しにかかるのは無謀とみるべきか。

その場合、何なら有効なんだろう。感情が暴走しているとは言うけれど。それを浄化するための見立てとして光属性の攻撃が部隊全体でも多く使われているものの、与えるダメージは他の属性と大差はない。でもグスターヴさんはイフリートの力を「聖なる炎」と称していた……ということは、光属性とは別にいわゆる『聖属性』なるものがあってもおかしくはない。

「聖属性……神聖な力……僧侶?」

うーん、他のゲームなら僧侶のような神職に就いている場合、往々にして「神聖魔法」のような力を扱えるところだけど。残念ながらこのゲームには魔法は存在しない。錬金術が根幹を成すこの世界では、回復手段も錬金術の類。現時点でのスキルで物理的な傷は治せるとしても、精神的なところまで干渉は難しいかな……?

「……考えてる暇はないか」

春風:カンナさん!ウルヴァンに回復スキルをかけてみて下さい!

カンナ:ええっ!?それじゃむしろ回復しちゃうんじゃ……。

春風:どうせ正攻法じゃ突破できないですし、片っ端から試すしかないですよ!

カンナ:……分かりました、やってみます!

よし。了承してくれた。ボクの顔見知りで回復スキルを持っているのはカンナさんだけだから良かった。あとはログをよく見て……あれ。

「効いてる!?」

嘘、それで効くんだ。恐らく誰もがそう思ったことだろう。そして、一撃で前線がやられていき、彼らに回復スキルのMPを割くことに疑問を抱いていた多くの支援部隊が、一斉にそれをウルヴァンを対象に発動し始めた。

突然有効打が降り注ぎ、ウルヴァンも苦痛に悶える声を上げている。手応えは十分にあった。しかしそれは同時に、ウルヴァンにとっての真の脅威が前線でなく後ろにあるということを、十分に認知させることでもあった。

前衛への攻撃の手を止めると、ウルヴァンは天を仰いで咆哮をあげた。

「動きが変わった!?」

ということは、別の攻撃が来る。誰もがそう思ったが、もう手遅れだった。咆哮と共に打ち上げられた火球が、前衛を通り越して降り注ぐ。球の数は多くないが、逃げ遅れたプレイヤーは次々とそれに焼かれていった。でも、ウルヴァンの反撃はそれだけではなかった。

上空からの攻撃を避けようと、皆が上を向く。恐らくその瞬間を待っていたんだろう。ウルヴァンはここぞとばかりに、前線を保つ壁を破壊していった。ただでさえ戦闘力の高いボスの2段構えの攻撃に、寄せ集めの迎撃部隊はなす術なくやられて行った。

「退避!態勢を立て直すぞ!」

火球攻撃が止むや否や、マグ太郎さんの声があがる。確かに、このまま戦っていても勝ち目はないどころか、多分すぐに戦線が崩壊する。一度街の近くまで退いて迎え撃った方がまだマシだ。でも、それをウルヴァンが許すはずもない。人垣の壁を飛び越えると、自らこっちへジャンプ攻撃をしてきた。

って、ボクの近くに降りる気だ!ここで着地を許すと、前衛のおかげで無事だったメンバーまでやられて望みはなくなる。ここは……ボクが止めるしかない!

「【血の代償】【瞑想】……」

バフスキルと持続回復スキルを発動し、その瞬間を待つ。【血の代償】は、自分を《出血》にする代わりにATKを大きく強化する。これで少しは効いてくれるといいけど。

「……【カウンター】!」

ガイアを抜刀し、抜刀ボーナスも加算させてウルヴァンに叩き付ける。耐久力無限だからこそ無茶な使い方も出来るというものだ。ただ……。

(お、重すぎる……!)

これだけ積んでも拮抗。どころか、徐々に力負けして押され始めている。左手で刀身を下から支え、本格的な耐久態勢に入る。さもないと押し潰されてしまう。でも、ここで止めなきゃ……!身体の悲鳴と焦燥感が、軋みと共に不協和音を奏でる。

「……グゥッ!?」

ここでダメ押しのように、ウルヴァンのかける力が増す。既にギリギリだったボクはそれに対応できず、ついに片膝を着かされてしまった。この、ままじゃ……!

「【転晶撃】!」

聞き慣れないスキル名が聞こえる。次の瞬間、ボクはウルヴァンの目の前にいた。あれ、ウルヴァンの下にいたはずなのに。勢い余って尻餅をつく。何事かと、さっきまで自分がいたところを目で追う。そこにはさっきのスキルの使用者らしきプレイヤーが、代わりに踏ん張っていた。

「ッ、ノルキアくん!?」

あの軽装備、華奢な背中。それは紛れもなく彼のものだった。ダメだ、いくら彼でもあの重さは耐えられない!助けに入らなきゃ……そう思って立ち上がったボクを貫いたのは、必死の形相で耐えるノルキアくんの視線だった。その口元は、からくも笑っていた。ここは任せて早く行け、そう言っているかのように。

「……ごめん!」

そう言って後方へと跳躍した。あそこには彼以外にも、多くの前衛プレイヤーが取り残された。負担を切り捨てているようで嫌な気分だが、いざという時は元々こうする段取りだった。心苦しいけど、これも作戦のうちだと言い聞かせ、甘んじて受け入れるしかない。

後ろ跳びで街の近くまで戻ったところ、視界の隅でノルキアくんのHPバーが底を尽きた。チャットでお礼をしておく。さてと、残ったメンバーは……。

「……これだけか」

この迎撃部隊は大半が途中参加の前衛プレイヤーで構成されていて、元々の参加者の中からも一定数あの最前線に人数が割かれていた。そのため、火球の雨を降らされたボクたち後衛は、その人数を半分以下に減らしていた。その大部分が既に見知ったプレイヤーだった。

本当はボクもあの戦列に加わるべきだった。でも、実力あるプレイヤーは後ろに回るようにと言われ、そうせざるを得なかったんだ。マグ太郎さんは、最初からこうなることを予測していたんだろう。

そうこうしているうちに、ウルヴァンの身体がこちらに近づき始めた。もうあの人数を倒してしまったのか。聖属性攻撃もできる人の大半が火球に呑まれてしまったし、もう打つ手がない。でも、まだこの街にはグスターヴさん含め、幹部の面々が残っている。彼らがいる以上、おいそれと明け渡すわけにもいかない。どうすれば……。

「……ん?何だ、この音?」

セイスさんが何かに気づく。ボクの耳にもすぐに届いた。何かが空を切るような、鈍い音だ。周りの皆も続々とその音に気づく。こんな音、この世界で今まで聞いたことない。だって、これは飛行機の音だ。この世界にそんなものはまだないはずだ。

「セイス、春風さん。もしかして、あれじゃないですか?」

カンナさんが音の発信源を見つけた。彼女の指し示す方向は……空。そして確かに、こっちに急速に接近してくる影があった。まさか……淡い期待から始まった予想は、ウルヴァンの頭上を超えた辺りで確信に変わった。やっぱり、来てくれたんだね。

「……ごめん、皆。お待たせ」
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