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第4章 焔の中の怪物
第39話 償い
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「ここが……イフリートのいる祠」
気づけば、僕達はウルヴァーニの奥底の奥底まで来ていた。恐らく、溶岩だまりの近くなんだろう。物凄く暑い。加えて、熱気で出来た蜃気楼のようなもので、景色全体がユラユラと揺れている。灼熱地獄ってこういうことを言うんだ、と思った。こういう環境だからこそ、大精霊が住み着くのかもしれない。
「そういえば、スロウは何でこの場所を知っていたの?」
「元々はさっきの部屋に祠があったからね……こうして、わざわざ新しい祠を作ったんだ。もっと奥底の、溶岩の熱に溢れるところにね」
何と。まさかそんな過去があったとは。ということはもしかして、実はイフリートとスロウって顔見知りだったりするのか……?
「プレアデス。精霊に干渉する類の能力はあるかい?」
スキルのことかな。そう思ってステータスをスクロールしていく……ああ、そういえばあったな、これ。未だに一回も使ってなかったけど。まさか、最初に呼び出すのが大精霊だなんて。
「【精霊喚起】」
インベントリ内の紅焔石を一つ消費して呼び出したのは……赤い色をした、小さな精霊だった。これがイフリート?どう考えてもそうは見えないんだけど……あっ。
(そういえば、このスキルって下位精霊しか呼び出せないんだった)
どうしよう、ここまで来て会えないなんてことあるか?とりあえず、ダメ元で聞いてみよう。
「ね、ねえ君。僕、君のこと呼び出した人なんだけど……イフリートに会わせてくれたり、する?」
ああああ終わった!こんなの不審者丸出しじゃん!流石に初対面でこの切り出し方は警戒されるよな……うう、ごめんよスロウ、皆。僕、また失敗しちゃったみたいだ。
「いいよー。イフリート様ー!会いたい人がいるってー!」
……え、軽。子供の精霊だったのかな?思った以上にすんなり呼んでもらえた。もっとこう、警戒心丸出しで「何奴!」みたいな雰囲気で応対してくるものだと思ってただけに、少し拍子抜けだった。とはいえ、ともかくこれでイフリートに会えるならどうということはない。
子供の精霊がイフリートを呼び出して間もなく、周囲の空気がより一層熱を帯びる。来た。精霊について全然知らない僕でも、思わず確信してしまった。その熱は僕の両脇を吹き抜けると、目の前に半透明の人の身体の姿で顕現した。これが……イフリート。像で見たものより更にシュッとしていて、細マッチョみたいな印象だった。
『誰だ、我輩の眠りを妨げる奴は……って、スロウではないか!どうしたのだ!?』
「ははは、ちょっと、寿命が来ちゃったみたいでね……それに、呼び出したのはぼくじゃなくてこの人だよ?」
「お願いします、イフリートさん!僕達を助けて下さい!」
背中にスロウを乗せているので、小さく頭を下げる。最初は訝しげにしていたイフリートだったが、かなり話が分かる精霊らしく、すぐに状況を理解してくれた。あと、敬語はやめてくれ、だそう。大精霊相手にタメ口ってどうなんだ、という気持ちもないではないが……気は楽なので助かる。
「……なるほど。ウルヴァンが」
「ごめん、イフリート。ぼくがこんなことをしたばっかりに……」
『気にするな。お前の置かれた境遇はよく分かっている。それに、こういう時のために我輩がいるのだろう?』
ニヤリと怪しく笑うイフリート。どうやら彼には、怒りで忘我状態のウルヴァン相手でも勝算があるらしい。前線部隊の苦戦ぶりを聞くと……多分、イフリートは僕達プレイヤーの詰みを回避するための、合法的なチートのようなものなんだろう。
『……とはいえ、我輩もここに眠ってから長い。それに、ウルヴァンの復活を止めるために、ずっと力の大半を割いていたからな。このままでは動けん』
「と、いうことは……生贄が必要ってこと?」
『言い方に難ありだが……あながち間違ってはないな』
生贄か。今近くになれそうなものは……あっ、これとかどうだろう。
「イフリート。これとかどうだ?」
僕が出したのは紅焔石。やっぱり、炎といえばこれだろう。それに、イフリート自身長い間ここにいるんだろうし、馴染みもあるはずだ。
『おお、紅き石か。ふむ……流石に小さいな。復活したてなら何とかなったかもしれないが、話を聞く限りでは、流石に闇を払拭し尽くすのは難しいだろうからな』
クッ、ダメか。それに、イフリートがすぐには対処できないレベルとなると……一体リーダーが抱え込んでいる闇は、どれほど深いものなんだろう。さて、紅焔石がダメということは蒼粒石も……うん、ダメみたいですね。どうしよう、既に僕の手持ちにはエネルギー源になるものがない。その後も手当たり次第に取り出してみたが、どれもダメそうだった。
そんな様子を見かねたのか、僕の背後でスロウが言ったんだ。
「ねえ、イフリート。ぼくを……ぼくを生贄にして」
「ッ!スロウ!?」
『……いくらお前の頼みでも、それは簡単には聞けんぞ』
「今のぼくを見れば分かるよ……プレアデス。ぼくを床に下ろして」
言われるがまま、スロウを寝かせる。そして、目を剥いた。スロウの身体は既に、胸から下が完全に失われていた。よく見ると、手の指先からも既に消失が始まっていた。もう、死の足音はすぐそこまで来ていた。
「もう、この身体も限界なんだ。最後くらい……ちゃんと償いをさせてほしい」
そう告げるスロウの目には、涙が滲んでいた。それはとても、感情を奪われたホムンクルスのものとは思えないほどの、美しい輝きを湛えた一粒だった。ああ、この涙はきっと、ホムンクルスにされる前のスロウ本人のものなんだろうと、心の底から感じた。それを見て、僕達はもう何も言えなくなってしまっていた。
『……分かった。お前のその心に誓って、お前を糧にする。そして、必ずウルヴァンを』
「……ッ、スロウ」
「きみがそんな弱腰でどうする?イフリートは力を貸すだけ。実際にウルヴァンを倒すのはきみの役目なんだから」
指が無くなり始めた手を、必死に僕の頬に伸ばす。その腕は、生まれたての子鹿の脚のようだった。僕はその手を取る。顔を近づけ、覗き込むようにする。そこには、今までで一番清々しく、美しい顔があった。
「大丈夫。きみならやれる……だってきみには、どこへだって行ける身体があるから」
「スロウ……そう、だよね。お前が背負ってきた苦痛に比べれば、僕はまだずっとマシだよね」
「そうだよ。たった1人、にっくき敵を亡くすだけで済むんだから」
ふふっ、と笑ってみせるスロウ。僕も、必死に笑顔を作る。こんな美しい笑顔をする仇敵がいてたまるもんか。僕にとってお前はもう、立派な仲間の1人だったよ。そう言いかけて、やめた。そんなことを言ったら、余計に別れが辛くなる気がしたから。
「……そうだ、最後にこれを」
スロウが手を動かし、何かを僕に渡す。渡されたのは1冊のメモ帳だった。表紙にはとても綺麗な字で「メグル・ドリアス」と書いてあった。
「それがぼくの、本当の名前だよ。ことが終わったら、それをグスターヴのところへ持って行ってほしい」
「グスターヴさんに……うん、分かった。大切に預かるよ」
「ありがとう。これで……心置きなく逝ける」
スロウ、いや、メグルが安らかに目を閉じる。もう、いつでも良いということだろう。僕はとうとう涙を抑えられなくなった。たかがゲームの中、しかもNPCなのに、こんなにも別れが辛いのは……この世界では感情を抑えられないことの表れなんだろう。でも、僕にとってはそれ以上に、ただ純粋に彼と接していく中に、少なからず喜びを感じていたんだと思う。
『もう、良いんだな?』
「うん。ぼくのエネルギーが尽きる前に……頼む」
『……分かった』
目を閉じたまま、イフリートに続きを促す。それを受けて、イフリートがスロウに向けて手をかざす。ついに、生贄になってしまうのか。その前に、ちゃんとお別れしないと。僕は顔を裏手で拭うと、見えないかもしれないけど、必死に笑顔を表して言った。
「メグル!……ありがとう」
上手く言葉が出てこない。でも、ちゃんと伝わってるといいな。ボヤけてぐちゃぐちゃの視界の中で、彼は確かに、笑った。その美しさは、きっと忘れられないと思う。
光の粒が一つ、舞って消えた。
気づけば、僕達はウルヴァーニの奥底の奥底まで来ていた。恐らく、溶岩だまりの近くなんだろう。物凄く暑い。加えて、熱気で出来た蜃気楼のようなもので、景色全体がユラユラと揺れている。灼熱地獄ってこういうことを言うんだ、と思った。こういう環境だからこそ、大精霊が住み着くのかもしれない。
「そういえば、スロウは何でこの場所を知っていたの?」
「元々はさっきの部屋に祠があったからね……こうして、わざわざ新しい祠を作ったんだ。もっと奥底の、溶岩の熱に溢れるところにね」
何と。まさかそんな過去があったとは。ということはもしかして、実はイフリートとスロウって顔見知りだったりするのか……?
「プレアデス。精霊に干渉する類の能力はあるかい?」
スキルのことかな。そう思ってステータスをスクロールしていく……ああ、そういえばあったな、これ。未だに一回も使ってなかったけど。まさか、最初に呼び出すのが大精霊だなんて。
「【精霊喚起】」
インベントリ内の紅焔石を一つ消費して呼び出したのは……赤い色をした、小さな精霊だった。これがイフリート?どう考えてもそうは見えないんだけど……あっ。
(そういえば、このスキルって下位精霊しか呼び出せないんだった)
どうしよう、ここまで来て会えないなんてことあるか?とりあえず、ダメ元で聞いてみよう。
「ね、ねえ君。僕、君のこと呼び出した人なんだけど……イフリートに会わせてくれたり、する?」
ああああ終わった!こんなの不審者丸出しじゃん!流石に初対面でこの切り出し方は警戒されるよな……うう、ごめんよスロウ、皆。僕、また失敗しちゃったみたいだ。
「いいよー。イフリート様ー!会いたい人がいるってー!」
……え、軽。子供の精霊だったのかな?思った以上にすんなり呼んでもらえた。もっとこう、警戒心丸出しで「何奴!」みたいな雰囲気で応対してくるものだと思ってただけに、少し拍子抜けだった。とはいえ、ともかくこれでイフリートに会えるならどうということはない。
子供の精霊がイフリートを呼び出して間もなく、周囲の空気がより一層熱を帯びる。来た。精霊について全然知らない僕でも、思わず確信してしまった。その熱は僕の両脇を吹き抜けると、目の前に半透明の人の身体の姿で顕現した。これが……イフリート。像で見たものより更にシュッとしていて、細マッチョみたいな印象だった。
『誰だ、我輩の眠りを妨げる奴は……って、スロウではないか!どうしたのだ!?』
「ははは、ちょっと、寿命が来ちゃったみたいでね……それに、呼び出したのはぼくじゃなくてこの人だよ?」
「お願いします、イフリートさん!僕達を助けて下さい!」
背中にスロウを乗せているので、小さく頭を下げる。最初は訝しげにしていたイフリートだったが、かなり話が分かる精霊らしく、すぐに状況を理解してくれた。あと、敬語はやめてくれ、だそう。大精霊相手にタメ口ってどうなんだ、という気持ちもないではないが……気は楽なので助かる。
「……なるほど。ウルヴァンが」
「ごめん、イフリート。ぼくがこんなことをしたばっかりに……」
『気にするな。お前の置かれた境遇はよく分かっている。それに、こういう時のために我輩がいるのだろう?』
ニヤリと怪しく笑うイフリート。どうやら彼には、怒りで忘我状態のウルヴァン相手でも勝算があるらしい。前線部隊の苦戦ぶりを聞くと……多分、イフリートは僕達プレイヤーの詰みを回避するための、合法的なチートのようなものなんだろう。
『……とはいえ、我輩もここに眠ってから長い。それに、ウルヴァンの復活を止めるために、ずっと力の大半を割いていたからな。このままでは動けん』
「と、いうことは……生贄が必要ってこと?」
『言い方に難ありだが……あながち間違ってはないな』
生贄か。今近くになれそうなものは……あっ、これとかどうだろう。
「イフリート。これとかどうだ?」
僕が出したのは紅焔石。やっぱり、炎といえばこれだろう。それに、イフリート自身長い間ここにいるんだろうし、馴染みもあるはずだ。
『おお、紅き石か。ふむ……流石に小さいな。復活したてなら何とかなったかもしれないが、話を聞く限りでは、流石に闇を払拭し尽くすのは難しいだろうからな』
クッ、ダメか。それに、イフリートがすぐには対処できないレベルとなると……一体リーダーが抱え込んでいる闇は、どれほど深いものなんだろう。さて、紅焔石がダメということは蒼粒石も……うん、ダメみたいですね。どうしよう、既に僕の手持ちにはエネルギー源になるものがない。その後も手当たり次第に取り出してみたが、どれもダメそうだった。
そんな様子を見かねたのか、僕の背後でスロウが言ったんだ。
「ねえ、イフリート。ぼくを……ぼくを生贄にして」
「ッ!スロウ!?」
『……いくらお前の頼みでも、それは簡単には聞けんぞ』
「今のぼくを見れば分かるよ……プレアデス。ぼくを床に下ろして」
言われるがまま、スロウを寝かせる。そして、目を剥いた。スロウの身体は既に、胸から下が完全に失われていた。よく見ると、手の指先からも既に消失が始まっていた。もう、死の足音はすぐそこまで来ていた。
「もう、この身体も限界なんだ。最後くらい……ちゃんと償いをさせてほしい」
そう告げるスロウの目には、涙が滲んでいた。それはとても、感情を奪われたホムンクルスのものとは思えないほどの、美しい輝きを湛えた一粒だった。ああ、この涙はきっと、ホムンクルスにされる前のスロウ本人のものなんだろうと、心の底から感じた。それを見て、僕達はもう何も言えなくなってしまっていた。
『……分かった。お前のその心に誓って、お前を糧にする。そして、必ずウルヴァンを』
「……ッ、スロウ」
「きみがそんな弱腰でどうする?イフリートは力を貸すだけ。実際にウルヴァンを倒すのはきみの役目なんだから」
指が無くなり始めた手を、必死に僕の頬に伸ばす。その腕は、生まれたての子鹿の脚のようだった。僕はその手を取る。顔を近づけ、覗き込むようにする。そこには、今までで一番清々しく、美しい顔があった。
「大丈夫。きみならやれる……だってきみには、どこへだって行ける身体があるから」
「スロウ……そう、だよね。お前が背負ってきた苦痛に比べれば、僕はまだずっとマシだよね」
「そうだよ。たった1人、にっくき敵を亡くすだけで済むんだから」
ふふっ、と笑ってみせるスロウ。僕も、必死に笑顔を作る。こんな美しい笑顔をする仇敵がいてたまるもんか。僕にとってお前はもう、立派な仲間の1人だったよ。そう言いかけて、やめた。そんなことを言ったら、余計に別れが辛くなる気がしたから。
「……そうだ、最後にこれを」
スロウが手を動かし、何かを僕に渡す。渡されたのは1冊のメモ帳だった。表紙にはとても綺麗な字で「メグル・ドリアス」と書いてあった。
「それがぼくの、本当の名前だよ。ことが終わったら、それをグスターヴのところへ持って行ってほしい」
「グスターヴさんに……うん、分かった。大切に預かるよ」
「ありがとう。これで……心置きなく逝ける」
スロウ、いや、メグルが安らかに目を閉じる。もう、いつでも良いということだろう。僕はとうとう涙を抑えられなくなった。たかがゲームの中、しかもNPCなのに、こんなにも別れが辛いのは……この世界では感情を抑えられないことの表れなんだろう。でも、僕にとってはそれ以上に、ただ純粋に彼と接していく中に、少なからず喜びを感じていたんだと思う。
『もう、良いんだな?』
「うん。ぼくのエネルギーが尽きる前に……頼む」
『……分かった』
目を閉じたまま、イフリートに続きを促す。それを受けて、イフリートがスロウに向けて手をかざす。ついに、生贄になってしまうのか。その前に、ちゃんとお別れしないと。僕は顔を裏手で拭うと、見えないかもしれないけど、必死に笑顔を表して言った。
「メグル!……ありがとう」
上手く言葉が出てこない。でも、ちゃんと伝わってるといいな。ボヤけてぐちゃぐちゃの視界の中で、彼は確かに、笑った。その美しさは、きっと忘れられないと思う。
光の粒が一つ、舞って消えた。
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