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第4章 焔の中の怪物
第38話 違う世界に生きる僕ら
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スロウの話を要約すると、憤怒という強すぎる感情に支配され、自我すらも失った彼らのリーダーが纏っていたという黒いオーラ……その一部がウルヴァンに寄生したのではないか、というものだった。彼曰く、そのオーラは言わばその人の思念が漏れ出た残留思念のようなもので、その扱いに長けると、他者にその一部を分け与えることも可能なんだとか。
「じゃあつまり、ウルヴァンの復活を指示しただけでなく、それを凶暴化させたのもリーダーの可能性が高いってこと?」
「……うん。あんまり信じたくはないけどね」
リーダー、か。そういえば、彼らは結局何者なんだろう。負の感情を埋め込まれ、人からホムンクルスに変わって。一体、何の目的で生み出されてしまったんだろう。ただ、少なくとも彼らもまた被害者だし、彼らをホムンクルスにした誰かが、恐らく全ての元凶だ。この時点で僕がそのことを知ったということは……黒幕を探せという暗示なのかもしれない。
そして考えるべきは彼らのリーダー。スロウの話では、そのリーダーが持たされたという憤怒の感情は、他のそれとは一線を画すらしい。そして自我が抜けていたというのを聞く限り、恐らく完全に感情に支配されていると言って良い。彼らがホムンクルスにされてからどれくらい経つのか分からないが、いずれにせよ注意が必要だろう。
『プレア殿!手がかりを見つけたよ!』
僕が思考を巡らせていると、突然意識の外からハルの声が響いた。あ、ライブ結晶切り忘れてた。残りエネルギーは……良かった、まだ大丈夫そうだ。
「本当?ありがと!それで、その手がかりって?」
『うん、今呼ぶね。……聞こえるかの、プレアデス』
「グスターヴさん!」
うん、何となく予感はしてたけどやっぱりこの人か。ていうか、この人何でも知り過ぎでしょ。グスターヴさんといきなり顔見知りになれたのは本当に運が良かったな。所謂、生き字引ってやつだろうか?
『ほっほ、凄いのう。本当に聞こえおったわい。さっきはてっきり手品か何かだと思ったぞ』
さっき……ああ、上の部屋からギルドとリモート会議した時の話か。そりゃあ確かに、いきなりあんなものが目の前で展開されたら、誰でも目を疑うよな。革新的な技術って、つくづくそういう驚きとか疑いから徐々に浸透していくんだよなぁ……って、違う違うそうじゃない!
「手がかり!っていうのはどういうものなんでしょうか?」
『ほほ、そうじゃったそうじゃった。ふむ……ワシの記憶が正しければ、お主にはまだ、ウルヴァーニについてはあまり話しておらんかったな』
「ええと……確かに、そういえばウルヴァンの話ばかりでしたね」
僕の発言を耳にして、スロウがピクリと身体を強張らせるが、大丈夫だと目で諭す。
『そうじゃ。これからワシが話すのは、何故ウルヴァンの封印に使われたのがその山であったか、というものじゃ』
「理由、ですか」
『その山にはな……大精霊イフリートが眠っておるのじゃ』
イフリート。僕がこの街に来てすぐに見かけた大量の像。グスターヴさんとの出会いのきっかけとなった。街の信仰と芸術の中心である大精霊が、この山に。なるほど、確かに凶悪な魔物を封印するには打って付けの場所だ。
「それで……そのイフリートはどこに?」
『さあの、そこまではワシも知らんわい。代わりに、良いことを教えてやろう』
そうか、流石のグスターヴさんでも、場所までは分からないか……とはいえ、強大な精霊が眠る場所からは、何らかの力が漏れ出ているはず。それを自力で探り当てるしかない。
『イフリートの炎はの……聖なる炎じゃ。その炎はあらゆる魔を焼き払い、浄化するとのこと。つまり、ウルヴァンは炎から生まれた魔物じゃが、だから効かないということはないってわけじゃよ』
聖なる炎か。スロウの話ならウルヴァンは今や炎というより、心の闇の具現化みたいなものだ。その浄化の範囲がもし精神的なところにまで及ぶのなら、むしろ抜群の相性かもしれない。まあ、何はともあれ僕がすべきは、イフリートを探し出すこと、か。
その後、ハルと少し相談をして今度こそ通信を切った。どうやらイフリートの存在は既に全員に知れ渡っているらしい。その上で僕がイフリートの協力を得て街に戻るまで、ひたすら耐久を続けるというのが最後の作戦らしい。
結局、こうなってしまったか。僕はこういう状況を何となく予想は出来ていた。だからこそ、戦う人に一番辛くなるこの展開は避けたかったんだが。実際問題、既にいるかも分からないイフリートに縋るしかないところまで追い詰められてしまった。せめて最後くらい、早く終わらせて皆の元へ帰らないと。
「行こう、スロウ!」
そう言って後ろを振り返る。でも、すぐにそこにスロウの存在を認知できなかった。まさか。はたと思って下を見る。
「……スロウ!!」
クソッ、こんな時に身体が朽ち始めるなんて。スロウは僕の足元にうつ伏せに倒れていた。慌てて身を屈め、抱き起こす。まだ意識はあるみたいだ。でもよく見ると、足の指先から徐々に、身体が音もなく消えて行くのが分かった。それで立てなくなっていたのか。死の音は足首付近まで来ていた。いつから……スロウは、こんな身体で僕を。
「もう、ぼくのことは良い……イフリートの場所はぼくが知っている。きみは早くそこに行くんだ」
「嫌だ!お前も一緒に来るんだ!」
そう言って、僕は背中に身体が消え始めているスロウをおぶる。……重っ。でも、ホムンクルスという種族のおかげかステータスのおかげか、歩けないわけじゃない。
「スロウ……イフリートはどこに?」
「……向こうの奥、壁の隙間にあるスイッチを押すんだ」
「向こうだね?わかった」
そうして一歩一歩、歩き始める。何度かバランスを崩しそうになったが、踏ん張って持ち堪える。たかが10メートル未満の距離だが、時間がかかった。何とか手を伸ばし、壁面の間にあるボタンを押す。
「こ、これは……」
壁が地響きを立てて動いて行く。やっぱり隠し階段だったか。どうやら、さらに下に続いているようだ。
「やっぱりいいよ。この階段は長い。ぼくを背負って行ったんじゃ、間に合わない」
「……何度も、言わせるな。お前を、置いては行けない」
確かに、街に着くのは少し、遅れてしまうかもしれない。もしかしたら、それが原因でフリーディアは滅んでしまうかもしれない。でも、あそこには僕の仲間がいる。信頼できるプレイヤー達が。だから、僕は彼らを信じて、必ずスロウをイフリートの元へ。
「なんで……そんなにぼくにこだわるんだい?ぼくはもうすぐ死んでしまうんだよ?それにぼくは敵。本当なら、とっくに殺されてるはずなのに……」
「確かに、お前はウルヴァンを復活させ、フリーディアを襲った。そしてそのために、僕達プレイヤーの多くを傷つけた。それは仮にリーダーの指示だったとしても、許されることじゃない……でも」
そこで一旦言葉を切って、横目でチラリとスロウを見る。
「でもそれ以前に、お前もリーダーも、皆この世界の被害者なんだ。それに……奪われたものを取り戻そうとするのは、当たり前のことだと思う」
普通に生活していただけなのに、突然元の身体と感情を奪われ、壮絶な日々を経てホムンクルスにされる……そんな辛い過去を持っているのに、被害者と呼ばずして何と呼べば良いのか?仮にその結果起きた復讐が僕達を襲ったとしても、それは大した問題ではない。僕達プレイヤーは、所詮この世界で死んでもまた蘇る存在だ。
でも彼らNPCは違う。ここでは復活することもなく、ただ必死に生活するしかない「人間」なんだ。この世界では彼らこそが……現実世界に生きる僕達と同じ立場なんだ。だからこそ、僕達は軽い身命を投げ打ってでも、彼らを守る責任がある。断じて、断じて彼らを私利私欲のために虐げるなど、許されてはならないんだ。
「プレアデス。きみとはもっと違う関係で会いたかった。そうすれば、もっと良き友でいられたかもしれないのに」
スロウの、僕に掴まる力が強くなる。僕はその腕を撫でる。それは、僕も同じだ。でも、僕達は所詮はプレイヤー。彼らNPCとは違う世界、違う次元に生きる存在だ。ヒトとAIの間に深い溝がのざばるように、僕達と彼らが、真に理解し合える日が来るのは、まだずっと先のことだろう。
それでも僕は、この世界で紡がれる物語を、プレイヤーとNPCが同じ時間を分かち合うこの一瞬を、僕は信じたい。そしてその心がある限り、僕はこの世界で何だって……1人の「人間」を助けることだって出来るはずだ。例えそれが、さっきまで戦っていた敵だったとしても。
「僕もだよ。だからせめて今は、残り少ない時間を過ごしたい。そのために、こうしてお前のことを運んでいるんだし」
「……ありがとう。最後の最後に、きみのようなプレイヤーに会えてよかった」
それから、色々なことを話した。蒼粒石のこと、僕がこの世界に来てからの思い出話、王都の美味しいお店に、人間らしく恋バナまで。まるで修学旅行の、眠るに眠れないあの時間と同じように、時間を忘れて。階段を降りて、廊下を歩いている間も、ずっと続いていた。背中のスロウが少しずつ軽くなっていくのを感じながら、そうして僕達はたどり着いたんだ。
「じゃあつまり、ウルヴァンの復活を指示しただけでなく、それを凶暴化させたのもリーダーの可能性が高いってこと?」
「……うん。あんまり信じたくはないけどね」
リーダー、か。そういえば、彼らは結局何者なんだろう。負の感情を埋め込まれ、人からホムンクルスに変わって。一体、何の目的で生み出されてしまったんだろう。ただ、少なくとも彼らもまた被害者だし、彼らをホムンクルスにした誰かが、恐らく全ての元凶だ。この時点で僕がそのことを知ったということは……黒幕を探せという暗示なのかもしれない。
そして考えるべきは彼らのリーダー。スロウの話では、そのリーダーが持たされたという憤怒の感情は、他のそれとは一線を画すらしい。そして自我が抜けていたというのを聞く限り、恐らく完全に感情に支配されていると言って良い。彼らがホムンクルスにされてからどれくらい経つのか分からないが、いずれにせよ注意が必要だろう。
『プレア殿!手がかりを見つけたよ!』
僕が思考を巡らせていると、突然意識の外からハルの声が響いた。あ、ライブ結晶切り忘れてた。残りエネルギーは……良かった、まだ大丈夫そうだ。
「本当?ありがと!それで、その手がかりって?」
『うん、今呼ぶね。……聞こえるかの、プレアデス』
「グスターヴさん!」
うん、何となく予感はしてたけどやっぱりこの人か。ていうか、この人何でも知り過ぎでしょ。グスターヴさんといきなり顔見知りになれたのは本当に運が良かったな。所謂、生き字引ってやつだろうか?
『ほっほ、凄いのう。本当に聞こえおったわい。さっきはてっきり手品か何かだと思ったぞ』
さっき……ああ、上の部屋からギルドとリモート会議した時の話か。そりゃあ確かに、いきなりあんなものが目の前で展開されたら、誰でも目を疑うよな。革新的な技術って、つくづくそういう驚きとか疑いから徐々に浸透していくんだよなぁ……って、違う違うそうじゃない!
「手がかり!っていうのはどういうものなんでしょうか?」
『ほほ、そうじゃったそうじゃった。ふむ……ワシの記憶が正しければ、お主にはまだ、ウルヴァーニについてはあまり話しておらんかったな』
「ええと……確かに、そういえばウルヴァンの話ばかりでしたね」
僕の発言を耳にして、スロウがピクリと身体を強張らせるが、大丈夫だと目で諭す。
『そうじゃ。これからワシが話すのは、何故ウルヴァンの封印に使われたのがその山であったか、というものじゃ』
「理由、ですか」
『その山にはな……大精霊イフリートが眠っておるのじゃ』
イフリート。僕がこの街に来てすぐに見かけた大量の像。グスターヴさんとの出会いのきっかけとなった。街の信仰と芸術の中心である大精霊が、この山に。なるほど、確かに凶悪な魔物を封印するには打って付けの場所だ。
「それで……そのイフリートはどこに?」
『さあの、そこまではワシも知らんわい。代わりに、良いことを教えてやろう』
そうか、流石のグスターヴさんでも、場所までは分からないか……とはいえ、強大な精霊が眠る場所からは、何らかの力が漏れ出ているはず。それを自力で探り当てるしかない。
『イフリートの炎はの……聖なる炎じゃ。その炎はあらゆる魔を焼き払い、浄化するとのこと。つまり、ウルヴァンは炎から生まれた魔物じゃが、だから効かないということはないってわけじゃよ』
聖なる炎か。スロウの話ならウルヴァンは今や炎というより、心の闇の具現化みたいなものだ。その浄化の範囲がもし精神的なところにまで及ぶのなら、むしろ抜群の相性かもしれない。まあ、何はともあれ僕がすべきは、イフリートを探し出すこと、か。
その後、ハルと少し相談をして今度こそ通信を切った。どうやらイフリートの存在は既に全員に知れ渡っているらしい。その上で僕がイフリートの協力を得て街に戻るまで、ひたすら耐久を続けるというのが最後の作戦らしい。
結局、こうなってしまったか。僕はこういう状況を何となく予想は出来ていた。だからこそ、戦う人に一番辛くなるこの展開は避けたかったんだが。実際問題、既にいるかも分からないイフリートに縋るしかないところまで追い詰められてしまった。せめて最後くらい、早く終わらせて皆の元へ帰らないと。
「行こう、スロウ!」
そう言って後ろを振り返る。でも、すぐにそこにスロウの存在を認知できなかった。まさか。はたと思って下を見る。
「……スロウ!!」
クソッ、こんな時に身体が朽ち始めるなんて。スロウは僕の足元にうつ伏せに倒れていた。慌てて身を屈め、抱き起こす。まだ意識はあるみたいだ。でもよく見ると、足の指先から徐々に、身体が音もなく消えて行くのが分かった。それで立てなくなっていたのか。死の音は足首付近まで来ていた。いつから……スロウは、こんな身体で僕を。
「もう、ぼくのことは良い……イフリートの場所はぼくが知っている。きみは早くそこに行くんだ」
「嫌だ!お前も一緒に来るんだ!」
そう言って、僕は背中に身体が消え始めているスロウをおぶる。……重っ。でも、ホムンクルスという種族のおかげかステータスのおかげか、歩けないわけじゃない。
「スロウ……イフリートはどこに?」
「……向こうの奥、壁の隙間にあるスイッチを押すんだ」
「向こうだね?わかった」
そうして一歩一歩、歩き始める。何度かバランスを崩しそうになったが、踏ん張って持ち堪える。たかが10メートル未満の距離だが、時間がかかった。何とか手を伸ばし、壁面の間にあるボタンを押す。
「こ、これは……」
壁が地響きを立てて動いて行く。やっぱり隠し階段だったか。どうやら、さらに下に続いているようだ。
「やっぱりいいよ。この階段は長い。ぼくを背負って行ったんじゃ、間に合わない」
「……何度も、言わせるな。お前を、置いては行けない」
確かに、街に着くのは少し、遅れてしまうかもしれない。もしかしたら、それが原因でフリーディアは滅んでしまうかもしれない。でも、あそこには僕の仲間がいる。信頼できるプレイヤー達が。だから、僕は彼らを信じて、必ずスロウをイフリートの元へ。
「なんで……そんなにぼくにこだわるんだい?ぼくはもうすぐ死んでしまうんだよ?それにぼくは敵。本当なら、とっくに殺されてるはずなのに……」
「確かに、お前はウルヴァンを復活させ、フリーディアを襲った。そしてそのために、僕達プレイヤーの多くを傷つけた。それは仮にリーダーの指示だったとしても、許されることじゃない……でも」
そこで一旦言葉を切って、横目でチラリとスロウを見る。
「でもそれ以前に、お前もリーダーも、皆この世界の被害者なんだ。それに……奪われたものを取り戻そうとするのは、当たり前のことだと思う」
普通に生活していただけなのに、突然元の身体と感情を奪われ、壮絶な日々を経てホムンクルスにされる……そんな辛い過去を持っているのに、被害者と呼ばずして何と呼べば良いのか?仮にその結果起きた復讐が僕達を襲ったとしても、それは大した問題ではない。僕達プレイヤーは、所詮この世界で死んでもまた蘇る存在だ。
でも彼らNPCは違う。ここでは復活することもなく、ただ必死に生活するしかない「人間」なんだ。この世界では彼らこそが……現実世界に生きる僕達と同じ立場なんだ。だからこそ、僕達は軽い身命を投げ打ってでも、彼らを守る責任がある。断じて、断じて彼らを私利私欲のために虐げるなど、許されてはならないんだ。
「プレアデス。きみとはもっと違う関係で会いたかった。そうすれば、もっと良き友でいられたかもしれないのに」
スロウの、僕に掴まる力が強くなる。僕はその腕を撫でる。それは、僕も同じだ。でも、僕達は所詮はプレイヤー。彼らNPCとは違う世界、違う次元に生きる存在だ。ヒトとAIの間に深い溝がのざばるように、僕達と彼らが、真に理解し合える日が来るのは、まだずっと先のことだろう。
それでも僕は、この世界で紡がれる物語を、プレイヤーとNPCが同じ時間を分かち合うこの一瞬を、僕は信じたい。そしてその心がある限り、僕はこの世界で何だって……1人の「人間」を助けることだって出来るはずだ。例えそれが、さっきまで戦っていた敵だったとしても。
「僕もだよ。だからせめて今は、残り少ない時間を過ごしたい。そのために、こうしてお前のことを運んでいるんだし」
「……ありがとう。最後の最後に、きみのようなプレイヤーに会えてよかった」
それから、色々なことを話した。蒼粒石のこと、僕がこの世界に来てからの思い出話、王都の美味しいお店に、人間らしく恋バナまで。まるで修学旅行の、眠るに眠れないあの時間と同じように、時間を忘れて。階段を降りて、廊下を歩いている間も、ずっと続いていた。背中のスロウが少しずつ軽くなっていくのを感じながら、そうして僕達はたどり着いたんだ。
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