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第4章 焔の中の怪物

第37話 暴走

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~~side マグ太郎~~

討伐隊に参加したプレイヤーが1人、また1人と街へ戻ってくる。皆の目は恐怖に震えていた。聞くと、ウルヴァンが暴走を始めたらしい。ただでさえヤバいバケモンが暴走って……ホントにプレイヤーにクリアさせる気あるのかよ?このゲームは。

「マグ!」

喧騒の中に、一際聞き覚えのある声が目立って耳に入る。この声は……間違いない。

「ノルキア!無事だったか」

「おかげさまでな……結構危なかったけど」

「そうか!良かった……それで、状況は?」

本当は今すぐにでもノルキアを労って、何かご馳走してやりたいところだが……今はとにかく、感傷に浸っている場合じゃない。他の人から聞いた限りでは、状況は一刻を争う。だが、全員がパニックになって話が大きくなっている可能性も否定できない。やっぱり、俺にとって一番信頼できるのは、コイツだけだ。陣営へと歩きながら、話を聞く。

「当初の段取り通り、プレアデスの秘策が成功してウルヴァンがダウン、総攻撃で一気に体力を削りにかかったんだけど……ある時、妙な感じがしたんだ」

「妙?」

「ああ。ちょうど、春風が【脳天斬り】をクリーンヒットさせた直後だったかな?」

脳天斬り。確か侍の専用スキルで、当てるのが難しい代わりに、当たったら確定で《混乱》にするスキルだったな……。

「それで?」

「その直後、ウルヴァンの動きが止まったんだ。ちょうど、混乱しているみたいに」

「……ん?それって変じゃねーか?だって、このゲームじゃその手のボスって《混乱》とか《恐怖》みたいな、精神系の状態異常に対しては無効化スキルを持ってるはずだろ?持ってなかったのか?」

「いや、念のために何度も試してたし《混乱》無効があるのは間違いないよ。でも、何故かそうなった」

確かに、それは変だな。最も、プレアデスによる弱体化で無効化が剥がれた可能性もあるが。状態異常によるものじゃないなら、元々そういう仕草が登録されていたか、或いは外部からの何らかの干渉……。

「……なるほど。それで暴走ってことは要は、何か変な力が加わってそうなったと見てるんだな?」

「ああ。春風やユノン曰く、一瞬だけ黒いオーラの何かが入り込んだらしい。おれにはさっぱり見えてなかったんだけどな」

一部の人にしか見えない黒いオーラ。そういえば、さっきユノンも同じようなものを発現させていたな……精神干渉に黒いオーラ、ウルヴァンの暴走か。何か、ありそうなんだけどなぁ。流石に情報が少なすぎる。

「ユノンはそのオーラについて何か言ってたか?」

「自分のと同じものかもしれないけどよく分からない、と。無理もないだろ、彼女だって数時間前にその状態になったばっかなんだから」

「……そりゃそうか」

となれば、現状それについての詳しい情報はナシか。唯一可能性があるとすれば……まだ山に残ってるプレアデスだけか。何でも良い、何か情報を掴んでくれれば。


~~side プレアデス~~

突然の暴走。それによって齎された混乱は、前線だけでなく、ウルヴァーニの地下深くにも届いていた。

「どういうことだ、スロウ?何が起こっているんだ!?」

「分からない……こんなことはデータにはないよ」

僕達は先程、ウルヴァンに正エネルギーを照射した。その効果は絶大で、負のエネルギーからなる奴の力を、着々と削いでいった。だが……ある時その様子が一変した。と思うと、瞬く間に近づく人を全滅させてしまった。

僕はその様子をずっとモニター越しに見ていたが、特に手がかりとなりそうなものは写っていなかった。だからこそ、変なのだ。神話生物レベルの強大な魔物が、そう簡単に精神支配を受けるはずがない。自らその感情を発現させていたとしても、その原因がまるで分からない。

「何か、ここに解析できそうなものは無いの?」

「解析……そうだ、STEPを使おう!」

そう言って、スロウはコンソールの操作を始めた。STEPは感情をエネルギーに変換する装置のはずだが、そんなこともできるんだろうか?

「ここからSTEPを介して、ウルヴァンの制御プログラムにアクセスするよ。それで、感情の状態を確認できる」

なるほど。ウルヴァンを正常に復活させるためには、それを上手くコントロールしていく必要があるからな。それでそういうシステムを導入していたのか。あとは、それで何か分かれば良いんだけど……。

春風:プレア殿!ライブ結晶開ける?

っと、チャットが送られてきたな。……3分前のが。どういうことだ?スロウは今絶賛通信中だし、ここが地下深いとはいっても、通信ができないわけじゃないはずだ。それに何より、プレイヤー間のチャットは互いの脳を直接連絡するから、そもそも関係がない。疑問に思いつつも、とりあえず言われた通りにする。

『……あっ、プレア殿!良かった、やっと繋がった……大丈夫?』

「う、うん。何ともないよ。それでどうかした?」

『えっとね、ウルヴァンが暴走したの!……て、それは知ってるか』

うん、と一言。流石のハルも、この事態には気が動転しているようだ。まあ、それは僕もなんだけど。一呼吸置いて、続きを促す。

『その暴走の原因なんだけど、直前に何か黒いオーラが入り込んだみたいでね……』

「黒いオーラ?どういうことだ、それ」

「っ!なんだ、この異常バランス!?」

後ろでスロウの声が響く。そしてそれに当然の如く、ハルが反応する。

『ん、誰かいるの?どこかで聞いたような声だけど』

結晶を介しているお陰か、完全に特定できるほどにはバレていないみたいだ。でも……。

(……流石に、隠さない方がいいよな)

確かに、さっきまで敵だったスロウとこうして誰にも言わずに協力していることに、多少の後ろめたさはある。進んで教えたいかと言われれば首を横に振るだろう。だが、僕は少なくとも今ちゃんと彼を仲間だと思っている。いや正確には、彼が僕のことをそう思ってくれている。だから、協力してもらっている以上、僕はその思いに答える責任があるのだ。

「ああ、彼は……スロウだよ。わけあって、今は協力してくれているんだよ」

『へぇ……そうなんだ』

あれ、なんか思ってた反応と違うぞ。

「……変だとは思わないの?」

『別に、敵が仲間になるなんてよくある話じゃん?それに、ボクだってスロウのこと悪い奴だとは思ってないもん』

「そっか……そう言ってくれて良かった」

『うん。プレア殿のことも、ちゃんと信じてるから……それで、何が分かったの?』

信じてる……か。そういう意味じゃ、僕がここまで勝手な行動ができたのも、ある意味僕が皆を信じて、皆が僕を信じてくれているってことなのかな。所詮同じゲームで遊ぶだけの間柄だけど、少なからずこういう信頼関係が築けるのって、何かいいな。っと、感傷に浸るのはここまでにしよう。今はそれよりもウルヴァンだ。

スロウの近くに結晶を持って行き、状況を話してもらう。彼曰く、STEPの解析によって分かったのは、ウルヴァンの「憤怒」の感情だけが異常に高まっていたことだった。

そもそもSTEPでは、あらゆる感情を正と負、それぞれで対応した7種類の感情に大別しており、例えばあるベクトルの感情をAとすると、感情Aのうち正の方向だと「温和」、負の方向だと「憤怒」となり、その波長の短さを数値で表している。値が0から離れるほど、つまり波長が短いほど、その方向への感情が強い、という風に。

そしてそのスペクトルによれば、通常ウルヴァンは全ての感情が「-50」になるように調整されている。これは人間がその感情を発現した時の平均値を示しているらしい。生まれた瞬間から全方向の感情で人の負の一面の平均レベルを有しているというのもなかなかヤバい話だが……彼によると、今ウルヴァンは憤怒・温和方向への感情は「-200」を超えているらしい。

「感情なんて、そんな簡単に臨界点を超えることはない……それが通常の4倍。これがどれだけ大変な状態か、分かるかい?」

「……想像もつかない。でも、一つ分かることがあるとすれば、ウルヴァンは今苦しんでいる」

『そうだね。自分の知らない誰かが勝手に暴れ出してる……みたいな感覚なのかな』

「恐らく……ね。復活させたぼくに責任があるのは分かってる。でも、だからこそウルヴァンを、助けなくちゃいけない」

スロウの目は本気だった。彼は今本気で、自分が復活させてしまったウルヴァンを解放してあげようとしている。それは何となくだが伝わってきた。結晶越しのハルも、その顔は見えないが、恐らくどこか信頼を置いているように聞こえた。

その後ハルとの連絡を切り、ウルヴァンを止めるための手立てをそれぞれ模索することになった。ハル達は聞き込みなどの情報収集、僕とスロウはSTEPの解析結果から。

「ねえ、スロウ。お前はさっき、外部からの介入じゃないと-200の数値はありえないって言っていたけど……仮にそうだとして、何か心当たりがあるんじゃないか?」

「……やっぱり、きみはなんでもお見通しみたいだ」

彼は悲しげにそういうと、肩をすくめてみせた。ウルヴァンを復活させたというだけでも十分後ろめたさはあるだろうに。ある意味今回の一番の被害者は彼だったのかもしれない。

「さっきも言ったかもしれないけど、ぼくたち7人のホムンクルスはそれぞれ1つずつ、同じ強さの負の感情を埋め込まれている。でも、数値上は同じでも実際は、感情ごとに全然強さが違う。それで、その中で一番強い波長を持つ感情こそが……その憤怒なんだ」

「じゃあつまり、ウルヴァンは今数値以上の強さで怒らされているってこと?」

「恐らく。で、話はここからなんだけど。その憤怒が埋められているのは、ぼくたちのリーダーなんだ。最初はずっと抗っていたんだけど……強すぎる感情に次第に支配されていって、次にぼくが会った時には、自我が完全に消えていたんだ。そして……黒いオーラを纏っていた」

「……ッ!?」
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