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メビウス

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第4章 焔の中の怪物

第30話 炎より出でし

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あれは……まさか。そう思ってから彼が側のスイッチに手を伸ばすのに、数秒もかからなかった。瞬間、街全体にけたたましくサイレンが鳴り響く。実質的な村の長でもある彼は、冒険者ギルドと同様に、街に警報を流す権限を持っていた。そして今発令されたのは、その中でも最高レベルの警報……一般住民の緊急避難命令、及び幹部全員への招集命令だった。

「え、何!?」

「レベル3警報だ、すぐに逃げるぞ!」

「ただの噴火じゃないのかよ!?」

当然、そんな重大なものが急に鳴ろうものなら、大パニックは避けられない。彼の眼下には、突然の事態に混乱する人や慌てふためく人、悲鳴を上げる人、恐怖に怯える人……それはまさに地獄絵図の様相だった。

「先生!これは一体……?」

彼もギルドに向かおうと足を運ぼうとしていたところ、先にそのギルドの方から馬に乗って迎えが来た。しかも跨がっているのは使者ではなく、フリーディアのギルドマスター、レクス・ギルバートだ。前線での戦いが終結し、怪我人の保護などの目的で街中を奔走していたところ、グスターヴ邸から警報が鳴ったためその足で迎えに行ったのである。

「おお、マスターさん。わざわざすみません」

「いえ。この非常事態に、先生に長距離歩いて頂くわけにもいきませんから」

グスターヴの老体を気遣ったのではない。むしろ彼は街の衛兵を指南するほどだ。だが、大通りが真っ直ぐに長いうえ、たくさんのパニック状態の人でごった返す中、彼の家からギルドまでの長距離をまともに歩いて行ったのでは遅すぎるのだ。

人混みを掻き分け、道の真ん中で軽快な蹄の音を高鳴らせる。特に馬用の道路があるわけではないが、勝手が分かっている住民は、その音を聞いただけで道の真ん中を空けるようにして動いている。たまにつっかえるのは大体、そのことが分かっていない他の街からの観光客やプレイヤー達だった。

街の中を駆ける駿馬の上で、彼らは情報を交換していた。

「先生、これはただの噴火ではないのですか?」

「うむ……レクス君は、この街に伝わる伝承を知っておるかね?」

「はい、父から聞かされております。魔獣ウルヴァンの伝説ですよね」

レクスは、王都エルメイアのギルドマスター、ガラムウェルの長男だ。それ故ギルドマスターとしての経験が浅く、頑固親父のような見た目の割に世話焼きなグスターヴには、何かとこうして気を配られるのだ。しかし、この男とて親の七光りだけでその地位まで上り詰めたわけではない。グスターヴのこの手の質問は大抵、彼の即答で返されているのだった。

「そうじゃ……それならもう分かるじゃろう?」

「……そんな、まさか!?」

操縦のために顔は後ろを向かないでいるが、間違いなく驚きで目が皿のようになっているだろう、と声を聞いたグスターヴは思った。無理もない。広く御伽噺や神話として語られていたウルヴァンが、現実となって復活したというのだから。

彼は証拠として、記録結晶にその映像を記録していた。縦にリズミカルに揺れる馬の上で、グスターヴは落とさないようにそれを起動し、空中にホログラム映像のようなイメージをレクスの目の前に展開した。

「この、火口に見える影が……ですか」

「ああ、間違いない。伝承にある彼奴の姿形そのものじゃ」

ウルヴァンは狼と獅子を混ぜたような姿の巨大な魔獣として知られている。そして噴火目前、火口から噴き出そうなマグマの朱い光をバックに、オス獅子のような立派な立髪をたなびかせ、その顔に一つ、真紅の光を宿らせてこちらをじっと見つめる姿は、まさにその伝承通りのシルエットなのであった。

「もしあれが本当にウルヴァンなら……」

「間違いなく、この街を滅ぼしに来るじゃろう」

何故ウルヴァンが隻眼なのか。それはもう片方の眼こそが、この街を今支えているオーブだからである。元々ウルヴァンは右眼が真紅、左眼が橙色に輝くオッドアイの持ち主だった。しかし太古の時代……まだこの辺りが開拓されていなかった時代に、人間対ウルヴァンの激戦が繰り広げられた末、人間達は多くの犠牲と引き換えに、ウルヴァンをかの山獄に封印した。

その際、力を求めた一部の人間達の工作により、無限のエネルギーを湛えるとされる彼の左眼を奪ったという。それが中心となって村が栄え大きな街となり、フリーディアが誕生した。これが、この街とウルヴァンの因縁であるとして、フリーディアを中心にこの国に広く語り継がれている神話である。

つまり、もし今回の噴火が本当にウルヴァンを復活させた場合、彼はその奪われた左眼を取り戻さんと、この街を襲撃してくるのが容易に想像がつくのだ。実際その神話は、次にウルヴァーニが大きく噴火して彼が復活したならば、間もなくこの街に災厄が訪れるだろうとした上で、人の大切なものを奪っては手痛いしっぺ返しを食らうことになる、という教訓で締め括られている。

とすると、彼ら街の幹部達が話し合う議題は当然、自ずと絞られて行くわけで。

ギルドの中では、既に他の幹部が勢揃いして議論を始めていた。今回は状況が状況というのもあり、彼らの目には明らかな焦りが見える。

「余計な争いは避けた方が良い!早くオーブを返すべきだ!」

「ダメだ!それでは結界が消える……ウルヴァンの体表の熱にこの街は耐えられない!」

争いの種であるオーブ。それさえ返してしまえば済む話だろうという者は多い。しかし、この街を守るための鍵もまた、そのオーブなのだ。今は、ウルヴァンがこの街に接近するより早くオーブを外し、彼に返上するべきだという意見が一番優勢である。しかし、そんなことをしても彼の進攻を止めることはできないということなど、彼らは知る由もない。

「あっ、先生!今回の一件、先生はどのように判断なさりますか?」

誰かがグスターヴの到来に気づき、質問する。瞬く間に視線が彼一人に向けられた。鶴の一声、とはいかないにしても、彼の意見が非常に大きな影響力を持っているのもまた事実だった。そして、そんな彼の意見はここに来るまでの道中の、ある一つの連絡によって確定していた。

「ふむ。ワシはこの戦いは……訪れ人の彼らに任せようと思っておる」

彼がそう言い放った瞬間、場の空気が凍りついた。まさか、彼がそんなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。そして何より、この意見は彼らを2分している意見、そのどちらにも属さないものであった。

「せ、先生。任せるというのは一体……?」

「具体的な施策はあるんですか?」

やがてその均衡を破るように、2人の幹部がグスターヴに問いを投げかけた。その様子からどちらも、プレイヤーに任せるという大胆な意見に対してどこか懐疑的であるようだった。

「実は先程、ワシの取引先になった訪れ人の一行から連絡を受けての。戦いを避けるためにオーブを返そうとしているのなら、その判断は待ってほしい、とのことじゃった」

再び、ギルド内をどよめきが走る。しかし今度は彼の発言に対する衝撃よりも、外部の存在であるはずのプレイヤーがオーブや伝承の存在を知っていることへのそれだ。事実、プレイヤーの中でもその両方を知っているのは彼ら四星……もといプレアデスだけだった。というのも、プレイヤーはこの街のNPCの中でグスターヴからしかその全貌を教わることが出来ないからである。

したがって、伝承について何も教えていない彼らからすれば、自分達しか知りえない情報のはずが、いつの間にか外部に漏れていたように感じてしまうのだ。目の前にその元凶がいるとはつゆ知らず、彼らの中に渦巻いたのは、そのプレイヤー達への疑念であった。

「ウルヴァンならともかく……何故私たちしか知り得ないはずのオーブまで!」

「まさか、その彼らこそが復活の原因なのでは!?」

「あぁ、やっぱりそうか!全く彼らは、碌な真似を働かんからな!」

彼の悪い予感は的中し、プレイヤーに関してあることないこと、吐き捨てるように言い始めた。それは彼にとって望ましくない事態だった。彼は目の前の机を割るような勢いで手を叩きつけた。唐突な音に、騒がしくなっていたギルド内が静まりかえる。再び、グスターヴに注目が集まった。

「ならお前らは、彼らの助けなしにウルヴァンを止められるのか!?この非常事態に、まだそんな下らんことを宣うつもりか!」

「し、しかし……我々の機密情報が盗まれたんですよ!そんな卑怯な真似をするなんて、彼らが元凶であると考えるしかな」

「彼らにその情報を与えたのはワシじゃ!そしてそれはワシが、彼らを信じておるからじゃ!……それとも何、ワシのこの目はもう年で腐ったとでも言うか!?」

幹部の発言を遮って、グスターヴがまくし立てる。彼がここまで感情を露わにすることなど滅多にないからこそ、そして彼がそんなにも外から来た人々を信頼することなどなかったからこそ、彼ら全員を黙らせるには十分すぎた。彼の怒号の余韻が響くくらいに静まりかえった中、彼は息を整えてまた続ける。

「……ゴホン。彼らは先程まで、ウルヴァーニに行っておった。あのゴーレムの軍隊を抑えるため、そしてウルヴァンの復活を阻止するためにな」

それを聞いた幹部の顔に衝撃が走る。戦争の影響か、はたまたウルヴァンの強烈な力を察知してか、実際には殆ど魔物は出て来なかったが……本来フリーディアからそこまでの道は『地獄門』と呼ばれるほどの非常に危険な道。前線の様子を知らない彼らには、その中を突破したいうだけでも賞賛に値するというものだった。

結局、彼の説得により四星の到着を待つことになった。実際、NPCとプレイヤーを合わせても、四星ほど今の状況に詳しい人はいないことが分かったからである。いつウルヴァンが動き出すか分からない中、彼ら幹部は、4人の到着を今か今かと待っているのだった。



一方、件の四星はというと……。



「ね、ねえ……もうそろそろ入って大丈夫かな?これ……」

「どうでしょう……さっき凄い声してましたし」

こちらもこちらで、扉を開けて良さそうな頃合いを今か今かと待っているのだった。
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