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第4章 焔の中の怪物

第20話 『真影』ユノン

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~~side フリーディア防衛軍総大将 マグ太郎~~

「大将、第一防衛ラインが突破されました!」

敵への全体デバフスキルの維持に集中する俺の元に飛び込んで来たのは、最前線の部隊が壊滅した、との知らせだった。想定は出来ていた。しかし、想定よりはずっと早い。まだ戦闘開始から十数分だ。せめて、この2倍は耐えたかった。

「どうする?マグ」

こいつは俺の友人にして、今回の防衛軍の副将を務めるノルキア。中性的な顔立ちと声をしているが、一応性別は男だ。よく勘違いされるがな。と、そんなことはどうでも良く。

「ムズイな……俺が前線に出ても良いけど、それじゃデバフを維持できねえしな」

「うん。それよりはおれが出て、前線部隊の死に戻り時間を稼いだ方が良いんじゃないかな」

「……分かった。それで行こう」

ノルキアは華奢な見た目や装備とは裏腹に、かなり場持ちが良い。こいつは自己強化に特化したキャラビルドをしているからな。今のところ、敵にバフを無効にしてくる個体が確認されない以上、活躍は間違いないだろうが……それでも友人を戦場に出すのは心配っちゃ心配なんだ。

「しっかし、マージでどうするかなー、この数」

ノルキアも、さっき伝令を知らせてくれたプレイヤーも門の上から降りて、仮の天守閣に俺だけになると、ぽつんと1人で愚痴をこぼす。【鑑定】が出来るプレイヤー数人がかりで解析した結果だと、9000近くいるらしい。

……いやいや、9000って。一応、敵軍の総大将を倒せば動きが止まることも確認済みだが……この大群を突破して、奥まで辿り着くなんてのは不可能だ。俺らはこのゲームを始めてまだ1ヶ月経ってないんだぜ?それなのにいきなりこれは、あんまりにもあんまりだろ。

そういうわけで、俺ら防衛軍の希望は、敵の背後から奇襲をしている三皇だけだ。あいつらが揃い踏みして参戦してくれるのは心強いが、雪ダルマからのチャットによれば、状況は良くないらしい。あんま期待はしねえ方がいいな。

「……ん?なんだ、あの黒い光」

そう気づいて反応したのは、恐らく俺だけじゃないはずだ。何しろ、敵の後方から立ち昇る、巨大な黒い光の柱……気づかない方がおかしいだろ。自然の力で黒い光なんてのはありえねえだろうしな。敵が何かしたのか?だとしたらもう絶望しかないんだが……。

「この力……まさか」

「何か知ってるのか?マスター」

騒ぎを聞いてか、門の上まで上がって来たのはギルドマスター、レクス・ギルバートだ。王都の方のギルマスの弟らしい。

「風の噂で聞いたことがあってな。もし本当なら、あれは味方のはずだ」

「そうなのか……?まあ、そうであることを祈るしかねえな」


~~side ユノン~~

(【真影術】……!?この、スキルは……)

突然頭の中にシステムメッセージが嵐のように来たと思ったら、よく分からないスキルが来た。でも、この感じ……今は、このスキルに賭けるしかないよね!目の前には斧が迫っている。間に合え……!

「【真影術の壱・遷し身】!!」

「ナニッ!?」

瞬間、辺り一面が黒に覆われた。いや、よく見ると、黒い光の奔流が地面から立ち上っているようだ。それと同時に、ウチの身体の中から凄い力が込み上がっているのを感じた。これは、一体……?どこかへ飛んだグレンのことなど気にも留めず、起き上がって周囲をキョロキョロしているうちに、視界がズームアウトしていくような、妙な感覚を覚えた。

『あら、さっきぶりね』

「あんたは、さっきの!」

いつの間にか貸切映画館のスクリーンを眺めるような状態になっていたウチに、いや、その脳内に語りかけてきた声は、紛れもなくさっきの黒い影だ。とすると、『真影』っていうのは彼女のことだったのかな?

『そういうことよ。それより、今戦闘中なんでしょ?ウチが時間を稼ぐから、その間にあんたは……』

そう言いながら、ウチの目の前に何かが落ちる。これは……本かな?拾ったアイテムの形状的には間違いないんだろうけど。あ、ていうかそもそもこの空間って自由に身体動かせるんだ。

『その本を読んでおいて。そこに【真影術】の基本事項とか色々書いてあるから』

「準備良いのね……ありがと。えぇっと、あんたのことは何て呼べば?」

『そうね、自分に自分の名前を呼ばれるのも変な感じだし……とりあえずウチのことは影、でいいわ』

「分かった、影ちゃんね!」

『……はぁ、まあいいわ』

何やら呆れた様子の影ちゃん。何かマズいこと言っちゃったかな?いや、向こうが影ちゃんって呼んでって言ってたんだし、ウチは悪くないよね?うん。

「それじゃ、ちょっとの間お願いね、影ちゃん!」

『えぇ、任せときなさい!』

何だろう、殆ど初めて会ったような人なのに、もの凄く頼もしい。誰でもない自分だから……と言えば、それまでなんだろうけど。と、一面真っ暗だった空間が明るくなる。何もない白を映していただけの小さなスクリーンは、みるみる横に、縦に広がって、ウチの視界いっぱいに広がっていた。

やがて、スクリーンが投影され始める。これは……さっきの戦場。あ、目の前にグレンもいる。手持ちの本をペラっとめくる。なるほど……要するにこれは、今影ちゃんが見ている視界を共有しているということか。てことは、ウチが表に出てる時は、逆に影ちゃんがこの空間に来るのかな?なんか、宙に浮いているみたいで変な感覚だけど。

と、視界が動き出す。って速っ!ウチの動きとは比べ物にならない。武器は……なるほど。短剣が初期装備なのね。というか、影ちゃんの動きを見ていて思ったんだけど、影ちゃんは近接戦闘主体なのかな?今も、あのグレン相手に肉薄しては、懐に連撃を決めてるし。何かのスキルを使っているのか、思ったよりは攻撃が通っているみたい。

うーん、これ影ちゃんがどんなスキル使ってるか分からないのかな?あと、俯瞰的な視点の方が見やすいんだけど……あっ、熟練度を上げれば解放されていくのね。【真影術】の熟練度は『真影』との親密度で決まる、と書いてあるけど……まあ、これは一緒に戦っているうちに達成できるだろう。とりあえず、今何かできることは……。

「ん?これって……」

ウチが見つけたのは、一定条件を満たすことで【真影術】を獲得できる、所謂スキルツリーというものだ。ツリーといっても、一直線で枝分かれなんてないんだけど。そしてその中に一つ、淡く発光しているものがあった。今解放されているのが「壱」でその隣なので、言わずもがな「弍」だろう。

で、その効果はっと。へぇ、さっきのは身体……正確には身体に宿る魂を真影と移し変えるスキルで、今度は2つの魂を一時的に合体させるスキルか。今日初めて会った存在といきなり合体ってのも変な話だけど、その分強そうだし習得するに越したことはないか。

それで習得には……うっ、手持ちのSP殆ど持ってかれるなぁ。でも、この系統のスキルはいくら覚えても【真影術】っていう一つのスキルとして装備できるみたいだから、拡張に使う分が浮いたと考えればお得か……。本当は他に条件を満たせば消費SPをかなり抑えられるみたいなんだけど、今すぐ達成できる条件はないし、背に腹はかえられないな。よし……。

ーーースキル【真影術の弍・二者合一】を獲得しました。

『習得したみたいね!?』

突然、切迫詰まったような影ちゃんの声が上がる。見ると、なかなか戦況はよろしくないようだ。そりゃそうか、あのグレン相手に地上で接近戦を挑むなんて、いずれにしろ無謀な話だし。

「うん!他の情報も粗方入れたわ!」

『了解。ウチが合図したら、同時に発動宜しく!』

なるほど、やっぱり2人が合意のもと、同時に発動しないとダメなのか。まあ、どっちかの都合で勝手に合体するのもなんか違うしね。

影ちゃんの身体が後退しようと動く。しかし、後退を許さないグレンがそれに追随する。そこで、敢えて影ちゃんがグレンに突っ込む。一撃を入れて離れるつもりだろう。

『【パワーエッジアタック】!』

「ッ!」

なんと避けられた。かなり早い一撃だと思ったのに。と思ったのも束の間、視界からグレンが消える。精神体状態で感覚が研ぎ澄まされているからなのか、見えていなくてもグレンの位置が手に取るようにわかった。

「後ろよ!」

『了、解ッ!』

完璧なタイミングで跳躍する。ちょうど一撃が繰り出される瞬間だったため、眼下にはグレンがいる。そこを足場に2段目の跳躍。身体強化のバフでもかかっているのか、一瞬でグレンが豆粒程度の大きさになった。グレンは空中戦に弱いし、今かな?

『今よ!』

予想通り。それじゃ行くよ!

「『【真影術の弍・二者合一】!』」

その瞬間、自分とは別の意識が混ざり込むのを感じる。これが、影ちゃんの意識。ウチはその黒い奔流を無抵抗に受け止める。すると、精神世界で繋がっているからなのか、ウチから出る白い奔流が、目の前に現れた影ちゃんに吸い込まれているのが見えた。ウチと影ちゃんが、互いに意識を繋げ合わせたのがビジュアル化されているんだ。

目と目が合う。互いに示し合わせたように頷く。すると、2人を繋ぐ白と黒の奔流が互いの身体を引き合わせていく。身体がぴったり重なり始めた頃、ウチと影ちゃんの意識が溶け合い、混ざり、統合されていくのを感じた。
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