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第4章 焔の中の怪物

第18話 守るということ

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『……本当に、それでいいの?』

突然、何者かの声が響く。世界が止まる。目の前の斧は、ウチの頭上に構えられたまま動かない。そしてウチの身体も、動かせない。何だ。何が起きているんだ。

『あんたはそれで、いいの?』

また同じ声。気がつくと、目の前に黒い影があった。地面に伸びているのではない。目の前に立ち尽くしている、人の形をした影。ウチはそれが誰なのか、本能的に分かっていた。

「あれは……あんたは、ウチ……?」

『半分、正解。半分、不正解』

そう言いながら、ウチらしき謎の影が近づいてきた。声は少しノイズがかかっているが、どことなく聞いたことのある声。しかし、誰のとも付かない声。つまり、ウチの声なんだろう。

『ウチは、あんた。でも、あんたはウチじゃない』

「どういうこと……?」

『いずれわかる』

そう言う彼女の顔は見えない。ただ一つ、分かることは。目の前のこの影は、ウチのことを知っている。それも恐らく、ウチがこの世界に来る前のことも全て。

『フーちゃんのために、自分も死ぬ……そんなこと、本当に彼は喜ぶかしら?』

「……」

『彼はあんたが死ぬことを、本当に望むかしら?』

「フーちゃん、は……2回もウチに気付かれないまま死んだ……だから、せめて今回は、お見送りだけでも……」

絞り出すように、掠れた声を上げる。本当にお見送りできるかどうかは分からない。でも、もし一瞬でも一緒にいられたら、きっとフーちゃんは……。

『ダウトね。彼は、あんたが死ぬことなんか望んでいない。ただ、あんたが辛い現実から逃げたい、目を背けたいために言い訳してるだけ』

そんなウチの頭上から、冷たい言葉が突き刺さる。でも、その言葉はひどく現実的で、最もな意見で……ウチが、心の奥で気付いていたこと、気付きながらも隠そうとしていた真実だった。だから、ウチは何も言い返すことができなかった。

『……』

「……」

互いに、無言が続く。何もない、空白の時間の中で、ウチはウチの心に、またぽっかりと穴が空いているのを、確かに感じ取っていた。また、あの虚ろな日々に戻るの?ただ、ゲームの中でフーちゃんを失っただけなのに?何でだろ、感情を上手くコントロールできない。負の感情が渦巻き、混ざりあい……より大きな、穴を空けた。

『……呆れたわ。もう戦意を失ったというの?あんたがさっきまで抱えていた感情はどこへ行ったの?』

ウチがさっきまで持っていた……感情。負の感情?いや、違う。それより、もっと前。

『ホーちゃんを苦しめた奴ら。庇いに飛んで来たフーちゃんを殺した奴ら。そしてそれを指示した、目の前の敵……。あんたは、そいつらにどうしたかったのかしら?』

「……仇を取る。ホーちゃんやフーちゃんを苦しめたあいつらを、消し炭にしたかった?」

『そう。でも、それだけじゃ足りないわ……』

顔は見えないが、どこか残念そうな、悲しそうな声色をする。ウチはそんな様子の影に、意識が吸い寄せられていた。

「足りない……?」

『ええ……奴らだけじゃない。また新たな敵が、あんたを……いや、あんたの大切なものを壊しに来る』

「新たな敵……」

『……何故この世界に、フーちゃんとホーちゃんがいるか知ってるかしら?』

「え、そんなの、ホロウファルコンっていう、この世界にいる動物の一種なんじゃ……」

いきなり何を聞くんだろう。と思い、はたと疑問に思う。そういえば、何故あの時、ウチ以外の人が気づかなかったんだろう。状態を見るに、そこそこ長い時間あの場所で倒れていたはず。確かあの時は、ウチら以外にもたくさんのプレイヤーが……それこそ、テイマーだっていた。彼らの誰もが気付かないなんてこと、あるはずがない。

『疑問があるようね……。じゃあもし、あのホロウファルコンが、本当にあんたにしか見えないMOBだったとしたら?』

「……え?何をそんな急に、怖いことを……」

そう言いながらも、どことなく納得している自分がいる。確かに、もし本当にウチにしか見えていなかったのなら、その状況も説明がつく。でも、そんなの、余計にあり得ないことなんじゃ……。

『それがあり得るのが、この世界なの』

「あんた、さりげなくウチの心読んでるでしょ」

『ウチはあんたなんだから、それくらい分かるわよ……話を戻すわね。まだ詳しいことは言えないんだけれど……この世界は、はっきり言って異常よ。心の奥に閉じ込めていても、この世界には通用しない……』

「……?よく分からないけど。要するに、フーちゃんとホーちゃんはウチにしか見えてなくて、それをゲーム側が潰しに来てる……ということ?」

何それ。どういう意味?思考がぶつかり合い、錯綜する。彼らはウチのためだけにこの世界によって用意された存在で、ウチがそれと接触したことで、彼らが犠牲に……?それって、ウチのせいってこと?いや、この影の口ぶりだと、言いたいのはそうではなくて……。

「この世界の、せい?」

『そういうことよ。まあ、すぐに納得するのは難しいわよね?いくつか例え話でもしたいところなんだけど……そろそろ、この空間も限界のようね』

そう言うや否や、ウチらを取り巻いていた黒い空間がガラガラと崩れ始めていた。この空間は、この影によって維持されていたということ?この影は、何者……?まさか、これもこの世界によって遣わされた存在だというの?でも、それだったらあんなこと言わないか。内部情報を漏らしてることになるし。なんて考えているうちに、黒い空間が薄くなり始めていた。そして、目の前の影も。

『続きはいずれ話すわ。今は、あんたの為すべきことをしなさい?』

「ウチの、為すべきこと……」

『深く考えないことね。目の前の壁を壊すのが最優先。それと……覚えておいて。ウチはあんたと同じ存在。いつでも、ここにいるわ』

そう言い切ると、ウチの返事も待たぬまま、この黒い空間と共にフェードアウトしてしまった。それと共に、ウチの意識も薄れていって……そして、光の中に放り出された。

………

「ッ!」

意識が覚醒する。ここは、さっきの戦場……の床。ウチ、本当に死んでない?

「やっと起きたか……ユノン!」

「……雪ダルマ!?どうして!」

目の前で、グレンの一撃を全身で押し潰されないように耐えているのは、紛れもなく雪ダルマの背中だった。その大きな盾で一撃を受け止め、力勝負に持ち込んでいる。ウチ、いつからこうしてたんだろう?いつから、このせめぎ合いが続いているんだろう?何れにしろ、彼の防御も長くは保たない。それだけはハッキリ分かっていた。

そもそも、人間と大型戦闘兵器。この2つが力比べをすること自体が無謀なのだ。今彼が自身にかけている強化も、もうすぐ切れる。テラナイトはこっちに雑魚敵が押し寄せて数の暴力でやられないように、必死に数を抑え込んでいる。今ここで動けるのは、ウチしかいない。

「どうしても、こうしても……お前が、大切な仲間だからに決まってるだろ!!」

「大切な……仲間」

一瞬こちらを振り返り、半ば怒号に近い必死な声を上げる。しかし、その声は確かに、ウチの心に響いた。そうか。やっと分かった。雪ダルマが今こうしているのも、あの影が言っていた意味も。仲間っていうのは、ただ大切で、傷付けないようにすれば良いだけじゃない。いざという時は、命懸けで守るんだ。

ウチは、フーちゃんが死んでしまったことで、守るということ、そのために戦うということを、諦めていたんだ。でも、そうじゃない。フーちゃんはホーちゃんを、そしてウチを守るために戦ってくれた。だから、ウチも戦うことを諦めちゃいけないんだ。それこそが、フーちゃんが求めていたことなんだ。

突然、グレンの多脚の一本が変形し、下から雪ダルマを打った。上からの力に耐えるべく、全ての力と意識を頭上に割いていた彼にとっては、死角からの一撃。鳩尾にモロに食らった彼の身体は、何も出来ずに宙を舞った。

「雪ダルマ!!」

「グッ……しまった……!」

さっきの衝撃で、盾も弾き飛ばされてしまった。空中でまともな挙動もできない今の彼に、グレンの一撃を防ぐ手段は……ない。

「ガガガ、主役ハ揃ッタ……コレデ終ワリダ!!」

そんな彼を嘲笑うかの如く、勝ちを確信した声を上げながら、グレンが再度腕を振り上げる。そのまま横薙ぎに雪ダルマをぶった斬るつもりなんだろう。でも、そうはさせない。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために……大切なものを失わないために!ウチの口は、身体は、頭で考えるよりずっと早くに動いていた。

「【重力縛鎖グラビティ・バインド】!」

その瞬間、グレンの振り上げた腕の下……地面から、数本の黒い鎖が枷となって腕を掴み、薙ぎ払いを完全に封じていた。

「ナニ……ッ!?」

突然の出来事に、グレンも驚きを隠せない様子。今のうちだ。

「【ウィンドブロウ】」

雪ダルマの着地に合わせ、地面に風の錬金術を放つ。これで風の膜を作り、着地の衝撃を和らげることができた。

「っと……ふぅ、助かったぞ、ユノ……ん、お前、ユノン、なのか?」

背後で雪ダルマの声がする。どうやら、今ウチの姿は違ったものになっているらしい?が、それは追々考えれば良い。さっき使った【重力縛鎖グラビティ・バインド】も、ウチが持っているスキルではない。自然と、頭に浮かんできただけ。まあ、それを考えるのも後回し。大方、あの影の仕業なんだろうけどね。

「雪ダルマ……テラナイトと一緒に、雑魚敵を抑えてて。こいつは、ウチがやる」

「ユノン……ふっ、お前、良い目になったな」

「はぁ?」

「大丈夫さ、今のユノンなら。背中は任せとけ!1秒たりとも、邪魔はさせないから」

そう言うと、彼は剣と盾を拾って構え、ウチらの背後にいたゴーレムたちを牽制し始めた。その背中はとても大きく、また頼もしかった。

「……ありがとう」

誰にも聞こえない小声で、そう呟く。ウチは、結局英雄なんかじゃない。彼のように、皆を守り、皆の希望になれるわけじゃない。でも、だったらせめて、ウチの大切なものくらいは……。

「ウチの力で、守ってみせる!」

「ガガ……1対1ノ決闘、カ。イイダロウ!コノ俺ヲ、楽シマセテミロ!」

グレンが効力の切れた鎖を断ち切り、ウチの正面に相対した。……大きい。だが、必ず超えてみせる。あの影の言っていたことが本当なら、ウチがいずれ戦うべきは、この世界そのものだ。でも、いつか必ず倒してみせる。仮にそれが世界であったとしても、ウチの大切な仲間……ホーちゃんを傷付けるのだとしたら。そして、それを守れるというのなら。

「行くよ……フーちゃん」

ウチは、復讐者にでもなってみせよう。
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