アルケミア・オンライン

メビウス

文字の大きさ
上 下
70 / 202
第4章 焔の中の怪物

第5話 壁の向こう側

しおりを挟む
全装備を解除し、ちゃぷんと湯船に浸かる。

「ふぅ……」

肺の中に溜まっていたものを大きく吐き出し、天井を仰ぐ。それと共に、自分の身体に強張っていた何かがスーッと抜けて行くのを感じた。真っ白な天井のキャンバスに思い描くのは、ハルのあの笑顔。

「喜んでもらえて……良かったな」

僕が今回ハルの防具一式を新調した理由。一つは、ハルの専属鍛治としてのプライドのため。それこそ初めて会ったくらいの時、ハルは僕に今後のアイテム強化を任せてくれた。それを専属契約と受け取るかどうかは人次第だろうが、少なくともハルがずっと僕と一緒に行動してくれている限り、あながち間違いではないだろう。

だからこそ、あの時王都で服を買い、それで防具として賄った自分が、どことなく許せなかったのだ。勿論、あのメイド服も彼女は凄く気に入ってくれていた、と思う。でも、自分にそう言い聞かせながらも、やっぱり心のどこかでは、ハンドメイドに拘りたいという、ある種の職業病がずっとそこにあったんだ。

でも、僕は残念ながら服を作ることに詳しくない。いや、他の武器とかも同じく知らないんだけど、服作りの難易度は、武器やアクセサリーの錬成の遥か上を行く。生地選び、型通りの裁断、縫合。そこに刺繍や装飾、防具としての機能性も加えていく。例えベースとなる服を選んだとしても、とても素人に出来ることではない。

僕は、ログイン時間などを調整し、ハルには内緒である人の元を訪れていた。

………

「ごめんください」

扉を開けると呼び鈴がカランと小気味良く響く。僕の入店に先に気づいたのは、レジでダラリとしている妹の方だった。

「……あ、また来たんだ。いらっしゃーい」

「こら、レイア!そんなことを言うんじゃありません!こんにちは、プレアデスさん。またお会いしましたね。本日はどのようなご用件で?」

脱力しきった妹の挨拶を咎め、奥から現れたのは姉、ライア。そう、僕が来たのは数日前服を買いに来たばかりの見た目防具専門店『ブディカランド』だ。店主は双子の姉妹のライアとレイア。

「こんにちは。今日は少しお願いごとをと思いまして」

「お願い?ですか?」

「はい、その……僕に裁縫を教えて下さいませんか?」

突然の申し出に目を見合わせる姉妹。先に口を開けたのは妹の方だった。

「……それ、本気?」

「はい、本気です」

「誰にあげるの?」

なんで分かったんだろう。レイアさんって、時々核心を突いた発言をする。その遠くを見つめるようなジト目で、何を見ているんだろうか。

「えっと……この前一緒に来た狐の」

「ああ、彼女さんねー」

ふっ、と鼻で笑うような素振りで、頬杖を突いて身を乗り出す。お盛んねぇ、なんて煽りと共に。違いますよ!?と否定しつつ困惑していると、またも姉からのお咎めが入る。今度は軽い手刀と共に。

「こらっ」

「あだっ」

「もう、お客さんを困らせるんじゃありません!ごめんなさい、レイアも悪気は無いんです……多分」

「いえいえ、気にしてませんよ。見ていて楽しいですし」

僕には姉はいたが妹はいなかったので、こういう姉妹の絡みというのは実際結構見ていて楽しかったりする。こう、仲が良いからこその容赦のなさというか。僕の姉の場合、ひたすらに僕をいじるだけ。しかもなかなか家にいないので、こちらもそう簡単に反撃しようとも思えないのだ。

「ふふっ、ありがとうございます。それで、裁縫というのは具体的にどの範囲で?」

「生地の仕立てから刺繍に至るまで一通り……ですかね」

「一通り……それはすぐには会得するのは難しいと思いますが……」

ライアさんはプレイヤーが常にこの世界にいるわけではないことを知っているようだ。誰かお客さんの中に、そういう事情を話した人でもいたのかもしれない。

「その点については大丈夫ですよ。こっちに来る時間を調整すれば、空き時間は十分にできます」

「そういうことでしたら……レイアもそれで大丈夫?」

「問題ない。厳しく行くから覚悟してね」

レイアさんの目の輝きが一層増す。どうやら本気モードのようだった。

………

こうして、服作りに関して素人だった僕は、合間を縫っては『ブディカランド』に通い、裁縫技術の基礎を教わり、服のデザインも相談に乗ってもらった。

研修が終わり、レイドボスも倒した後、僕は学会に間に合うために宝石研究に明けくれていた……というのも実は表向きの話。本当は実験自体はコツコツやっていたおかげで殆ど終わっており、論文としてまとめ、内容の矛盾などをカンナさんに協力してもらいながら検閲しただけだった。

度々ハルに素材集めをお願いし、彼女が出かけている合間に、せっせと作り続けていたのだ。作業場所は部屋の隅なのでバレる心配も少なく、またいざという時はカンナさんに持たせておけば、彼女の趣味として通すことができる……と、カンナさんが言ってたっけ。実際、それで少しアドバイスを貰ったりもした。ありがとうございました。

そして今日、それが漸く完成したのだ。といっても、最後のブーツ以外はほぼ完成していたんだけど。個別に渡すのも良いけど、折角なら一括で渡したい、という僕の願望から、今日まで時間がかかってしまった。

因みに、完成に時間がかかったのは紅焔石が必要だったから。狐火をイメージした『燐火のブーツ』は、靴底に紅焔石のエンジンを仕込むことで、走った時に微弱なブーストがかかり、加速することができる。蒼粒石ではエネルギーを生み出すのが限界なので、エンジンを作るには別個でタービンを作る必要がある。残念ながら靴底にそんなスペースはない。

『燐火のブーツ』☆7 DEF+10 AGI+40 跳躍距離上昇
売価40000G。尾に火を灯した白狐を思わせる様相のブーツ。靴底には紅焔石が内蔵されており、走行や跳躍といった靴底への軽い刺激を受けてエンジンが作動することで、通常よりも速く移動することができる。

このブーツで何気に凄いのが跳躍距離上昇。跳躍というのは当然上方向だけではなく、前や後方向も例外ではない。つまり跳躍斬りや跳躍での撤退が簡単に出来るようになる。ハルの機動力を活かした戦いに貢献してくれるはずだ。

『妖狐の髪飾り』☆7 INT+50
売価50000G。人を惑わし籠絡する妖狐を模した紫色の妖しい髪飾り。装備した者の賢さを上げるだけでなく、攻撃時に相手を低確率で《幻惑》状態にする。

続いては髪飾り。アクセサリーに思えるが実は頭防具という。肝心の能力はINT+50と優秀。《幻惑》状態になると、幻惑をかけた相手に対するダメージが減少する。他の武器などの効果と合わせて《幻惑》付与確率を上げれば、優秀な防御手段となるだろう。

『桜吹雪の振袖』☆7 DEF+50 AGI+10
売価200000G。一流の技術により舞い散る桜の花弁が一つ一つ刺繍された、躍動感のある白い振袖。装備時、スキル【桜花爛漫】を使用可能。

【桜花爛漫】消費MP:300 クールタイム:1時間
無数の桜の花弁を刀身の延長として操り、吹雪のように敵を連続攻撃する。刀系武器を装備時のみ使用可能。

次は振袖。お値段脅威の200000G。まあ、一番拘って作ったからね。彼女のイメージに合わせて、春っぽい仕上がりにしたかった。それで頑張って桜を細かく刺繍していったのが、まさかこんな形で返って来るとは。このスキル、間違いなく強い。僕のゲーマーとしての勘がそう叫んでいる。

因みに、振袖といっても特徴的なのは殆ど袖だけで、実際のように生地が重いわけでも、丈が長いわけでもなく、普通に服として着られる。本当に着物として作るならそれで良かったのだが、流石にそれでは前線で満足に戦えないだろう。生地はなるべく軽くて丈夫なものを選んだ。

『朧月夜の袴』☆7 DEF+80
売価120000G。朧月の装飾により、一層深く染み渡るような夜闇を表現した袴。夜間での行動時、ATKとAGIに中補正。

最後は袴。袴といっても剣道のように脚の間に仕切りのあるものではなく、所謂ロングスカート型。これも動きやすいように、丈は脛くらいに留めた。流石にこれ以上短くすると袴の感じが壊れるし、ハルに何て言われるか分からないし……。

夜間での行動というのは、どうやら実際に夜である必要はないらしい。というのも、セイスさん曰くこのゲームには明るさ指数というものがあり、それが一定ラインを下回ると夜と同等の暗さとしてみなされる。逆に外が夜でも、灯りの点いた中で行動したら補正はかからない。流石に隠密系といえば彼は詳しい。

というわけで、これら4点セットをハルにプレゼントした。随分待たせてしまったが、喜んでくれて本当によかった。

「はぁ……」

湯船に身をもたれ、僕はふとあの笑顔を、装備を変えた瞬間のあの表情を思い出す。僕は今までハル以外にも、ああやって物を作ってはプレゼントしたりしてきた。しかし、やっぱり彼女のあの笑顔が、僕を一番突き動かしてくれるような気がするんだ。

そして僕はそんな彼女の姿を見て、つい「可愛い」と言ってしまった。僕の女子に対する耐性が薄いから?アバター越しだから?確かにそうかもしれない。しかし、僕はあの見た目、あの笑顔だけでなく、もっと奥……心の純粋さ、その輝きが見えた気がした。今まで経験したことのない感覚。きっとこれは、普通の感情ではない。

浴槽から身を脱し、バスタオルで水気を取る。鏡の中に、ホムンクルスらしからぬ赤らみを見て、その動きが止まる。

「ハル……僕は……」

アバターという、ゲームのシステムに守られた厚い壁の、その向こう側にいる本当の彼女。ダメだと分かっていながらも、僕はその領域に触れたくなってしまった。この感情がこの世界でだけのものなのか、それとも現実に起こり得るものなのか、それを確かめるために。

装備を付けて出ると、既にハルはログアウトしていた。抜け殻になったアバターが、布団に包まって気持ち良さそうに寝ている。僕は人差し指で頬を2、3回突いてみると、そのまま隣のベッドでログアウトした。



プレアデス Lv.25
種族:ホムンクルス/職業:宝石技師Lv.21
HP:500(+250)
MP:170(+360)
STR:50(+50)
VIT:40(+50)
AGI:0(+30)
INT:50(+120)
RES:0
DEX:30
LUK:30

SP:0

頭…なし
胸…バトラースーツ
右手…噴炎する恐牙の戦槌ブーストファング・ウォーハンマー
左手…-
脚…バトラートラウザーズ
足…執事の革靴
特殊…蒼穹のタリスマン
特殊…レイジ・オブ・イフリート

所持金:9200G

満腹度:40%

装備効果:物質特効(200%) 《出血》付与(高) 【吸血】攻撃(低) 付加エンチャント(火炎) 《火傷》付与(高) HP回復(5/秒) MP回復(1/秒) 《火傷》耐性

称号:《試行錯誤》《伝説を導く者》《読書好き》《宝石採集者ジェム・コレクター》《伝説を錬成する者》《岩砕き》《破壊者》《無慈悲なる一撃》《石工職人見習い》《木工職人の一番弟子》《宝石技師》《禁忌の扉》《炎纏いし者》

生産スキルセット(7/12)(装備中)
【統合強化】【金属探知】【分解】【精錬】【拡大鏡】【簡易調整】【宝石融合ジェム・ボンド

戦闘スキルセット(7/12)
【硬化】【宝石片弾ジェム・ブラスト】【ジェットファング】【付加エンチャント:陽炎柱ヘイズピラー】【脆弱化】【ジェノサイド】【精霊喚起】

チェインスキル:【連鎖爆破】【バーストスマッシュ】
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

Free Emblem On-line

ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。 VRMMO『Free Emblem Online』 通称『F.E.O』 自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。 ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。 そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。 なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

戦国時代の武士、VRゲームで食堂を開く

オイシイオコメ
SF
奇跡の保存状態で頭部だけが発見された戦国時代の武士、虎一郎は最新の技術でデータで復元され、VRゲームの世界に甦った。 しかし甦った虎一郎は何をして良いのか分からず、ゲーム会社の会長から「畑でも耕してみたら」と、おすすめされ畑を耕すことに。 農業、食堂、バトルのVRMMOコメディ! ※この小説はサラッと読めるように名前にルビを多めに振ってあります。

最悪のゴミスキルと断言されたジョブとスキルばかり山盛りから始めるVRMMO

無謀突撃娘
ファンタジー
始めまして、僕は西園寺薫。 名前は凄く女の子なんだけど男です。とある私立の学校に通っています。容姿や行動がすごく女の子でよく間違えられるんだけどさほど気にしてないかな。 小説を読むことと手芸が得意です。あとは料理を少々出来るぐらい。 特徴?う~ん、生まれた日にちがものすごい運気の良い星ってぐらいかな。 姉二人が最新のVRMMOとか言うのを話題に出してきたんだ。 ゲームなんてしたこともなく説明書もチンプンカンプンで何も分からなかったけど「何でも出来る、何でもなれる」という宣伝文句とゲーム実況を見て始めることにしたんだ。 スキルなどはβ版の時に最悪スキルゴミスキルと認知されているスキルばかりです、今のゲームでは普通ぐらいの認知はされていると思いますがこの小説の中ではゴミにしかならない無用スキルとして認知されいます。 そのあたりのことを理解して読んでいただけると幸いです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...