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第4章 焔の中の怪物

第2話 名匠グスターヴ

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「そうじゃ、そこで力を抜く!」

「こう……ですか?」

「うむ!お主なかなか筋があるの」

所変わって街のある工房。今僕達は、街中のイフリート像を彫った彫刻家のグスターヴさんに誘われて、イフリート像の彫刻を体験させてもらっている。といっても、ハルは見学だけど。以前、リアルで彫刻体験をした時、力を強くかけ過ぎて、用意されたサンプルを割ってしまったらしい。流石にそれは申し訳ないので……ということだった。

僕はリアルで彫刻なんかしたことないが、流石はゲーム。職業と称号による補正がバッチリ働いている。あとは、先生には秘密でコッソリ【拡大鏡】を使ったり。手元の細かい部分までよく見えるので本当に便利だ。

微妙な力加減の調整も、いつの間にか出来るようになっていた。恐らく、一つ一つが小さい蒼粒石の加工を散々やってきたからだろう。最も、リアルで同じことをしろと言われても絶対出来ないが。こんなに習得が早いのも、あくまでゲームだからの話だ。

「よし、これで大まかな部分は完成じゃ。あとは細かい装飾じゃからワシが彫ろう」

「お願いします」

どうやらここで体験は終了なようだ。【拡大鏡】を使っているせいか、よくみると結構お手本と比べ違いがあるのが見えてしまうが、グスターヴさん曰く「初日でここまで出来る人は初めて見たわい」とのことだった。

「では、行くぞ」

そう言って、手慣れた手つきでトンテンカンと彫刻刀を打ちつけていく。速い……!リズミカルに小気味良い乾いた音が工房内を響く。見ると、さっきまで作業をしていた他の人も、この技を一目見ようと見学に来ていた。もしかしなくても、グスターヴさんって有名人なのかな?

それにしても、素晴らしい腕だ。流石街中のイフリート像を作っているだけのことはある。どこをどう打てばどんな仕上がりになるのか、その明確なビジョンが見えているんだろう。そしてその経験は、イフリート像でなくても如何なく発揮できるのだろう。

「……とまあ、こんなもんじゃよ」

完成はあっという間だった。さっき僕がグスターヴさんに引き継いでから10分も経っていない。それなのに、もう粗方修飾を施し終えたようだ。あとは基準にしているサンプルを元に、微調整を加えたりアレンジをしていくらしい。

「ほれ、大した装飾もないから無骨じゃが、土産にするといい」

「良いんですか?ありがとうございます!」

グスターヴさんから、出来立てのイフリート像を受け取った。どこが無骨なのだろうか。細部にまで彫刻刀で削った跡が残されていて、それら一つ一つが荒々しく揺らめいている。きっと、炎をイメージしたものなのだろう。これは、良い物を頂いたな。

そしてなんだろう、この気持ち。自分の創作意欲が湧き出てくるようだ。こんな凄腕の職人に対してライバル意識を持ったのだとしたら烏滸がましいものだが、そうではなく、純粋に自分も何か作りたい。そして共有したいという気持ちが、イフリート像を眺める内に噴出してきた。

「グスターヴさん!そこの作業台、お借りしても良いですか?」

「勿論じゃ。どれ、何か作る気でも湧いてきたかの?」

流石は職人。こういうセンセーションもお見通しか。ならば、せめて名匠の前で恥をかくことのないよう、僕の全身全霊を以って挑むのみ。

「プレア殿も何か作るの?」

「うん。といっても、完全な芸術作品なんて初めてだからね。僕はいつも通り、僕流で行くよ」

ふぅ……。軽く深呼吸をする。今回も頼むぞ、統合強化。そして宝石達。

「始めます」

今回作るのは武器。それも、炎に因んだものだ。丁度ここは工房で、鍛治も行われているため紅焔石は在庫がある。事情を説明したところ、1000Gで1つ売ってもらえたのだ。今回はこの紅焔石をメインに錬成していく。

まずは本体となる部分。耐熱性に優れた素材が必要だ。僕の槌の、ブースター部分に使われている金属は特に耐熱性がウリというわけではないが、初心者武器の耐久力無限に守られているため問題なかった。しかし、今回は一から組み上げるので素材は選ばなくてはならない。

『錬金巨人の甲核』☆5
売価30000G。錬金巨人の身体の動きを制御する核を守護する内部装甲。超高熱を発する核に耐えるべく、耐久性・耐熱性ともに極めて優れている。

そこで今回使うのは、先日討伐した『怠惰の錬金巨人アルケミック・ギガント』からドロップしたレア素材だ。通常の外甲とは違い、内部からしか採れない。あの時ハルが巨人の内部まで攻撃したのが効いたようで、ハル以外誰もゲットしていなかった。

こういったレア素材の所有権は、大規模パーティだと揉める原因の最たるところだが、そこは流石雪ダルマさん。事前に「ドロップアイテムの使い方は手に入れた人が決める」というルールを通達してくれていた。因みに逆らうと、雪ダルマさん達最上級プレイヤーに消し炭にされる。だから誰も逆らおうとしないのだ。

核が球体なのか、甲核は丸みを帯びたフォルムをしている。これを円筒状にすることで、砲身として使いたい。しかし、溶鉱炉でも曲げるのは困難で、そもそも僕は溶鉱炉の使い方を知らない。何とかして、作業台の上で曲げる必要がある。イメージは出来ている。あとは実践あるのみ。

「【分解】」

その瞬間、甲核はバラバラに分解され……ない。良かった。もしバラバラになっていたらどうしようもなかった。僕は素手で甲核を掴むと、その形を捻じ曲げていった。

「えっ!?」

「これは……一体何が起こっとるんじゃ?」

観客席の2人も良い感じの反応を示してくれている。僕はそれに応えるように、手を動かしながら説明をしていく。

「【分解】の性質を応用したんです。そもそも物体を分解させるには、その結合部が脆くなる必要があるんです。でも、この甲核に結合部はない……だから、代わりに物体全体を柔らかく出来ると思ったんです」

「お主は……なかなか、面白い思考の持ち主じゃのう」

グスターヴさんは満足げな表情で、うんうんと頷く。まあ、こういう突飛な発想って本当に僕達プレイヤーの特権だからね。申し訳ないがNPCは、事前にプログラムされただけの存在に過ぎない。彼らがこの世界に生きているのは事実だが、それよりも広い世界に生きてきた僕達が発想力という面で有利なのは、もはや言うまでもないのだ。

作業台上でなら【分解】の効果が持続することも以前確認しているので、焦らず理想の形を追求できた。小学校の時の粘土工作みたいで楽しかった。甲核は最終的に、丁度腕を通せるくらいの太さの円筒形に仕上がった。長さは肘先より少し長いくらいで、真ん中辺りに二重底を敷いている。うち片方には小さな穴を空けて。

これで【分解】を解除。設定した通りの形で固まった。そうしたら、次は空けた穴に買った紅焔石を嵌め込む。この手の作業にも慣れたものだ。事前に大きさを測って少しキツめに空けたので、接着剤要らずでピッタリ嵌まった。宝石技師の恩恵か、宝石に関しては大きさ程度ならメジャーが無くとも感覚で分かる。

続いて、もう一つの底。紅焔石の裏側に位置するものだ。ここには蒼粒石のエネルギーを伝える。実は学会では発表しなかったが、試作品として、蒼粒石からのエネルギーに特化して吸収、伝達を行う「受容器」の開発に成功している。今回はそれを使い、蒼粒石からのエネルギーを直接伝達する。

何故発表しなかったのかというと、他の宝石の活性化において、蒼粒石のエネルギー吸収が引き起こしているという僕自身の意見と矛盾するからだ。実験データが少なすぎたため、そちらの方に話を広げるのは危険と判断したのだ。

しかし、これはあくまで結果論だが、この2説は両方正しい。僕が学会で主張したは、あくまで自然界における話。だが実際のところ、紅焔石は電力でも動いた。どころか、電力を介した方が遥かに効率良く動かせた。そのメカニズムもいずれは解明するつもりだ。

というわけで、丁度紅焔石の裏にあたる位置に受容器を設置。あとは、手で持てるように内部に取っ手を付けて、そこにトリガーとしてコアを配置。これで、持ち手から使用者のマナを電力に変換し、直接紅焔石を刺激する回路が組めた。片側はこれで完成。

反対側……炎が出る側も、その場で作った『火炎の錬成陣:単射ショット(至高)』を仕込んだ。単射にした理由は、火炎放射器としてだけでなく、長射程で火炎弾を飛ばすハンディキャノンとしての役割もこなせる気がしたからだ。要は気まぐれ。でも、この気まぐれが少しでも化けることを信じる。

そう。今回作っているのは火炎放射器だ。炎の最上位精霊イフリートの見事な彫像を見て、ビビッと来たのだ。だが、この時点ではまだ炎しか関連がない。ここからイフリート要素を盛り込んで行く。といっても、ここから先はただのデザインの問題だが。
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