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メビウス

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第2章 その石、危険につき

第9話 初心者ですが

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ゴゴゴ…という音を立てて、大扉がひとりでに開く。中に入れということか。僕達は互いに頷き合い、ボス部屋へと足を踏み入れていった。

中には複数人の人がいた。どうやら周回勢が屯ろしているようだ。順番待ちとかは…特にしなくても良いらしい。中心にあるポータルのようなオブジェに触れると、ボスのいる空間へと転移されるようだ。恐らく、これは一回討伐されたボス限定だろう。だって、緊張感持って入った中が毎回こんなに賑わっていたら気が抜けてしまう。それに、こういう雰囲気を大事にするIG社なら、そんなことはしないはずだ。

「おいおい!?初心者装備のヤツがいるぜ!ここのボスも随分堕ちたもんだなぁ!?」

うわっビックリした。急に大声で言われたから。恐らく、聞こえよがしに言ったのだろう。周りの周回勢が次々とこちらに視線を向けては、仲間達とニヤついた笑顔を浮かべていた。

「なんか、嫌な空間だね…」

ハルが僕の腕に擦り寄ってくる。その顔色はどこか悪い気がする。こういう空間にトラウマでもあるのだろうか?まあ、あってもなくてもこの空間には長居したくないが。

「あぁん?カンナとセイスじゃねえか。役立たず2人組がこんな所に何の用だよ?」

前から1人、金髪のワックスがかったような髪に銀色のプレートアーマーを着た、いかにも勇者という格好の男が近づいてくる。最も、その言動と醸し出される小物感のせいで折角の装備も台無しだが。間違いない。こいつがミハイルという男だ。

「なるほど。ヤケにガラの悪い連中ばかりいると思ったら、やはりお前が絡んでいたか、ミハイル」

背後から聞こえた声に、その主がわかっていながらも思わず振り返ってしまう。そこには、さっきまでの何だかんだ優しくて温厚なセイスさんとは思えないほどの、眉間に青筋を立てて歪んだ顔があった。その後ろにいるカンナさんも、どこか怒っているような、悲しそうな表情をしている。

ミハイル。この男はカンナさんとセイスさんの元パーティリーダー。しかし、仲間をこき使ったり責任を押し付けたりする、ダメな方のリーダーだったと2人から聞いている。僕は半ば信じ切れていなかったが、この風景を見るに、残念ながら真実だろう。しかも、タチの悪いことに取り巻きまでいる。

装備を見比べると、どうやらミハイルは実力だけはトップクラスのようだ。最も、その実力ももはや自分で努力した結果だとは思えないが。僕もハルも、もうミハイルとセイスさんの応酬が嫌で、さっさとボスのいる空間に転移してしまいたいのだが、生憎ミハイルはそのオブジェの前に立ちはだかっているのだ。本当に、どこまでもタチが悪い。

「…ミハイル。俺たちはここのボスと戦いに来たんだ。そこを、退いてくれないか?」

まだやっていたのか。セイスさんの低い声は、仲間である僕達ですら軽く気圧されるレベルの迫力を湛えていた。だがミハイルには効きもせず…

「おい、逃げるのかぁセイス?それに戦いに来たって。まさか、そこのカンナと並んで無能だったお前が、お前ら以上に無能な初心者連中をキャリーするってのかぁ?」

周囲からどっと笑いが起きる。無理無理、時間の無駄だな、などと声を混ぜながら。どうやら、周りで見物していた連中も皆、ミハイルの取り巻きだったようだ。何人いるんだよ全く。

「おい、そこで黙ってる牝狐。お前もカンナのように、オレたちのオモチャにされたくなかったら精々気をつけるんだな!」

「っ!?」

そこまで言われて、僕はハッと後ろを振り返る。そこには、今にも泣き崩れそうなカンナさんと、それに気付きミハイルへの怒りよりも先に、カンナさんを心配するセイスさんの姿があった。あの顔はそういうことだったのか。

ここまで一緒に来て分かったが、カンナさんは断じて無能などではない。むしろ優秀な薬師だ。だが、こうして役立たずというレッテルが貼られているのも、大方このミハイルの責任転嫁によるものに違いないだろう。そして挙句の果てに、カンナさんをあの気持ち悪い笑みを浮かべた男達のオモチャにしたという。それがどんな目的なのかは問わないとしても、そこでカンナさんが受けた心の傷は計り知れない。

それを今度は、さもハルに同じ目に合わせるかのような口ぶりだ。2人にはまだしも、僕とハルはミハイルとは初対面だ。なのに、こんなに傲慢なことがあるか?人のことを勝手に無能だ役立たずだと決め付けて、しまいには道具にすると言う。とんだクズ勇者だな。

ハルの方を見やると、肩を震わせて、今にも爆発しそうになっている。そしてその様子を見て、さらに面白がるクズ達。ダメだ。こんなことでハルを怒らせるわけにはいかない。それは、ハルを怒らせたら大変だとかそんなことではない。ただ、こんな奴らのために精神を擦り減らしてほしくないのだ。

僕はここまでハルと一緒にいて、ハルが何となく、現実では表に出せない感情を出している気がしていた。VR世界では、現実世界で抑圧されていた感情が表出しやすい傾向にある。ハルがこんなに表情豊かなのも、激昂した時に視界が極端に狭まってしまうのも、全て現実世界で抑圧され続けてきた感情達なのだとしたら。その暴走と共に、ハルの精神は崩壊しかねない。

もう、そんな思いはさせない。あの時、ハルが怒りに身を任せてしまったのは、側に縋れる藁がなかったからだ。最も、当時はその藁のせいで怒っていたのだから何も言えないが。今は、違う。僕が側にいる。僕が、止めてあげられる。

「あの!!」

とりあえず大声を出す。こうすれば一瞬でも喧騒は止まるのだ。僕は続けて言葉を吐露していく。

「さっきからガヤガヤ、ガヤガヤと騒ぎ立てて。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれません?」

「何だお前。初心者装備は黙って隅っこに座ってろ!」

「またそれですか。初心者装備。そんなに気に入りませんか?何回使っても壊れないし、案外良いものですよ?」

「うるせえ!初心者装備から変えられないヤツなんざ、初心者以外の何でもねえ!そんなヤツが、こんな所まで来る資格なんかねえんだよ!!」

そうだそうだ、などとまた周りが騒ぎ始めてしまった。あーあ、折角騒ぎ止めたのに。仕方ない。これ以上小物感を発揮させるのも少し可哀想だし、そろそろ畳み掛けてやるか。

「だーかーら!そんなに騒ぎ立てるくらいなら、いっそハッキリ言ってしまえば良いじゃないですか。オレたちが苦労して倒したボスを、初心者風情にあっさり倒されたくないって」

「なっ!?…テメエ!口だけはデカいじゃねえか!?初心者のクセに生意気なんだよ」

「はっ、呼び方がお前からテメエに変わってますよ。それ、ますます小物っぽいからやめた方が良いですよ?エセ勇者ミハイルさん?」

その言葉を聞いて更に青筋を立てるミハイル。対する僕は、どんどん冷静になっていくのを感じた。あっ、自分より怒ってる人見ると落ち着くって本当なんだなって思ってみたり。隣のハルがもう肩を震わせていないのを見て安心したり。目の前の男からの罵詈雑言をヒラリと躱しながら、僕はそんなことを考えていた。

「そんなに言うなら、オレたちの目の前であっさり倒してみせろよ!まっ、初心者装備しか持たないヤツには、体力2万もあるアイツを倒すことすら出来ないだろうけどな!ひゃーははははは!!」

そう言って勝ち誇ったような笑いをするミハイル。まあ確かに、HP2万なんて数字、普通の初心者からすれば絶望的なんだろう。でもミハイルさん、あなたは一つ重大なミスを犯した。それは…。

「えっ2万?そんなんで良いんだ…」

ポツリと隣で零すハル。もうその声にも顔にも怒りなんて含まれておらず。むしろ、その数字を聞いて安心したような、自信がついたような感じだった。

「なっ、2万だぞ!オレたちですら倒すのに30分かかったあの体力お化けを、そんなの呼ばわりだと!?牝狐、強がるのはその辺でやめといた方がいいぜ?強がれば強がるだけ、後が悲惨だぜぇ!ひゃはははっ!」

あーあ、どんどん自分達の苦労を明かしちゃってるよこの人。なんか、ここまで来ると少し可哀想になってくるよ…まあ、ハルがボスをそんなの呼ばわりする間にハルのことを2回も牝狐呼ばわりしたクズには容赦なんていらないか。

「じゃあ、僕達が30分以内で倒してしまえば良いんですね?やってみせましょう。全員の見せ場を用意した上でね」

というわけで。予定が変わったがこのクズ勇者と愉快な仲間達を黙らせるためにタイムアタックをすることになった。流石に戸惑うかと思ったが、この一戦で、俺達が無能なんかじゃないことを、ミハイルに証明してやれるならと快諾してくれた。

僕達もオーディエンスも準備が出来たので、オブジェに触れてボスのいる空間へと転移した。さて、色々あったけど、初のボス戦楽しみますか!
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