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第1章 錬金術の世界

第9話 錬成陣②

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※このお話には数学Ⅲの知識が微量含まれます。大して重要ではないので分からないという方は飛ばすか、ネット検索で図形を見ながらお楽しみ下さい。



二の腕に柔らかい感触を感じながらも、何とか一冊読了した。本の内容は予想通り全属性を含んだ錬金術の基礎が、大きな図と共に分かりやすく説明されていた。恐らくこの世界の小中学生向けの本だろうな。

さて、錬金術の基礎は習得できた。プレイヤーはどういう原理か、一度読んだことは現実と比べて忘れるまでかなりかかる。実際、最初の方に読んだ内容ですら一言一句違わずに言えた。

話が逸れたが、次は目的の地属性錬金術。その中でも【付与強化】に適しているであろう、錬成陣に関する内容を調べようと思う。錬成陣とは、錬金術を行使するに当たっての術式…魔術でいう魔導書のような役割を果たすそうだ。ベルを鳴らして錬成陣についてのもう少し専門的な本を持ってきてもらった。

錬金術は等価交換の原則に基づいている。通常は対価として素材を消費する必要があるが、錬成陣はその対価を別のものに置き換えることが出来る。それは僕達のHPかMPだ。それらの「肩代わりする対価」が何かを錬成陣に描いていく。この時、文字は使うことができない。錬成陣は全て幾何学模様なのだ。

2冊目の本に書いてあった錬成陣の描き方を順序と共に簡単に整理するとこうなる。

外円

属性図形(外円に内接)
火属性:五芒星
地属性:六芒星
水属性:カージオイド×4(4方向に窪み)(x=a(1+cosθ)cosθ、y=a(1+cosθ)sinθ)
風属性:正五角形
光属性:アステロイド(x=a cos^3θ、y=a sin^3θ)
闇属性:八芒星(正方形2つ重ね)

内円(属性図形に外接)

術式図形(内円に内接)
付加エンチャント:正六角形とその内サイクロイド(六角形版アステロイド)
単射ショット:中心を通る十字、射程を長くする場合内側に円を加筆(スコープのイメージ)
拡散スプレッド:バラ曲線(sin3θ)2つ上下反転、範囲を広くする(粒子を細かくする)場合内側に円を加筆
連射バレット:矢尻型×4(4方向に交差)
設置トラップ:正三角形、さらに内接する逆正三角形(トライ◯ォース型)

外円と属性図形の交点、内円と術式図形の交点を中心に小円を描く

中心円(術式図形に外接)

対価図形(中心円に内接)
HP:正三角形
MP:逆正三角形

まず錬成陣の基本となるのは円。次に、円の中に大きく図形を描き込む。これが属性を決める要素。属性によって外円に内接する様々な図形を描くのだが、今回お目当ての地属性は正三角形を2つ、上下反対で重ねた六芒星という図形だ。その後、六芒星に外接する2つ目の円を描く。

一応、これだけでも発動はする。しかし、まだ属性しか決めておらず具体的な効果が未定なので次はそれを決定付けていく。ハルと話し合った結果、地属性との親和性の高い刀身を媒介として発動する術式、『付加エンチャント』に決定した。付加の術式は、内円に内接するように正六角形、更に各辺の内側を内サイクロイドという曲線で繋ぐ。

因みにサイクロイドとは、直線上を円が滑らずに転がった時、円上のある一点が描く曲線のことである。今回の場合は、正六角形の頂点同士を、このサイクロイドという曲線を使い正六角形の内側を結ぶことで、アサガオの花のような綺麗な模様に仕上がるのだ。

その後、それぞれの円と図形の接点を中心に小さな円を描いたら、術式図形に内接するように最後の円、中心円を描く。ここで決めるのは対価の種類。正三角形を上向きと下向きどちらで描くかによって変わる。今回はハルのステータスを考えMP型に。逆正三角形を描けば…

「ふぅ。こんなものかな?」

「お疲れ様!ほんとに何から何までありがとう…」

「気にしないで、さっきハルも言ってくれたじゃん。僕達は友達でしょ?それに、今回の件は僕がやってみたいと思っただけだし、ね?」

「うん…でもありがと。今度何かお礼させて?あんまり貰いっぱなしなのも申し訳ないし」

僕としては本当に大丈夫なのだが。そういうものなのだろうか?とはいえ、お礼したいと言われて断るのは勿体ないし、僕はそんなに神経図太くもない。ここはありがたく受け取っておこうかな。

「そっか。じゃあ、今度余裕がある時にでも、王都を観光したいと思ってるからさ…一緒に来てほしいな?」

「…!う、うん…プレア殿がそれで喜んでくれるなら…」

そう言って赤らみ、モジモジしだすハル。目線がキョロキョロと安定しない。ここ最近、ハルのこういう仕草も増えてきた。最も、会ったのもリアルでつい数時間前なのだが。僕は、昔ある本で見た一節を思い出す。

(人には誰しも抑圧された感情や性格がある。現実世界と隔離され、人の深層意識までも描き出すフルダイブの電脳空間で、人はまたも自分を偽る道化となるか?それとも…)

もしかしたら、こっちが素のハルなのかもしれないな、と思うのを頭の片隅に追いやって、僕達は完成した錬成陣を手に取った。

『大地の錬成陣:付加エンチャント(至高)』☆4
売却不可。大地の力を用いる錬金術を、物体に付加するための錬成陣。エルメイア王国の初代国王に仕えていた錬金術師レグニスの研究成果が詰まった、至高の1枚。

どうやら、あの2冊目の本を書いたのはレグニスという錬金術師らしい。初代国王に直々に仕えていたということは、それだけ著名な存在なんだろう。錬成陣についての本は他にもいくつもあったが、たまたま手に取ったのがこれで良かった。錬成陣を描く土台をレア素材の『ホワイトラビットの毛皮(良)』にしたのもあるだろうが、レア度は4と今までで一番高い。

さて、そのままこれをハルの刀に【付与強化】しても良いのだが、折角なのでもう一手間。今回採ってきた追加の素材を使って、刀の鞘を作ろうと思う。ハルは抜刀斬りが出来るため、鞘があればよりカッコいいだろう。それに、今までやってきたゲームの経験上、抜刀斬りは実際に鞘から抜いて斬ることで威力が増す。このゲームでも実装されていることを祈りながら、僕は鞘の製作に取りかかった。

「そこの素材取って。それと刀も」

「はーい」

昨日と同じ部屋の床は素材だらけだ。ホームを手に入れるまでは我慢するしかない。さて、ハルに取ってもらったのは、憎き『バークウルフ』からドロップしたレア素材。これが今回のキーアイテムだ。

『バークウルフの声帯』☆4
売価1000G。神経をも麻痺させる程の強い咆吼を出すために何度も進化を重ねてきた強靭な声帯は、伸縮性に優れ、どんな形にでもフィットする。

他のレア素材よりも高いレア度と売価から分かる通り、この素材は本当に有用なのだ。ゴムのように強靭かつ伸縮性も高く、刀の鞘作りでの型紙にピッタリだ。しかも、ゴムと違い動物の器官のため表面はツルツル。なのでゴムのように「フィットしたは良いがくっ付いて離れない!」ということもない。ね?最高でしょ?

早速刀に『バークウルフの声帯』を当てがう。そして、刀身をピッタリ覆うように声帯をぐいぐい伸ばしていく。凄い強いなこれ。普通の布とかなら引き千切れてもおかしくないくらいに伸ばしているがビクともしない。流石、掲示板で「初心者殺しのクソ狼」と揶揄されるだけのことはある。

「よし、何とか覆えた。ハル!ちょっとこの繋ぎ目押さえてて!粘着液で仮止めするから!」

「分かった!」

ハルに押さえるのを代わってもらう。はーキツかった。STRに30振ってる僕でも腕が痺れた。ハルもSTRは同じくらいだから長くはもたない。急ごう。僕は次の素材を作業台にばら撒く。
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