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49・慧先生のぬか漬け講座
しおりを挟む最後の朝食を名残り惜しくいただいてから、私たちは帰り支度を始めた。持ってきた荷物よりも多くなってヒイコラするのは、誰でもそうなのかな。いや、そうに違いない。
最後に彗がクーラーボックスに、ぬか床の世話をしてからタッパーを入れて準備完了。部屋の隅から隅まで忘れ物がないかチェックし、カギを持って部屋を出た。荷物は従業員が運んでくれるとのことだ。
どちらともなく、回れ右をして一礼した。私は、年齢不相応で来てしまった私たちなんかをありがとうございました、という気持ちだ。あと、やりたい放題してすみません、かな。彗はどう思っているのかわからない。きっといっしょのようなことを思っているだろう。
「また来たいね」
彗のほうが先に口を開き、私は言おうとした言葉を飲み込んだ。
「そうね。今度はお互い働いて、お金を貯めて来たいわね」
先日の約束通り、チェックアウトの前に厨房へ向かう。これから彗先生によるぬか漬け作り講習が始まるのだ。
「おはようございます。ご足労いただいて、申し訳ございません」
女将さんと東根さんが、当たり前のように厨房の入り口にいた。私たちもあいさつを返し、彗がそんなそんなと手を振る。
「『乞われて行かぬは一生の恥』ですから。それに、教えられないことじゃないですからね。わかりやすく、丁寧に教えさせていただきます」
厨房に入ると、一斉にスタッフたちがあいさつをしてきた。老若男女、様々な年代が働いているみたいだ。みんながペンとメモ帳のスタイルで、彗の話を一字一句聞き逃すまいとしている。
白い厨房エプロンをつけた彗が、珍しく人前で表情を崩し、イキイキとしている。好きなことや得意なことなら、素に近い状態を出せるのだろう。硬さが見られず、手取り足取り教えている。
厨房の隅で見守っている私にとって、嬉しいことであり、少し寂しくもある。この旅行を通して彗は成長したなぁ。でもその表情は私だけに見せてほしかった。わがままなのはわかっているけど、束縛とかそういうんじゃないけど。……嫉妬してしまうんだろうなぁ。
だって、こんなにカッコよくて、背も高くて、かわいいところもあって、優しくて、物腰も柔らかいんだもん。みんなが彗の魅力を知ってしまったら、どこの馬の骨かもわからない泥棒猫に盗られてしまうかもしれない。……まあ、蹴散らす自信はあるけどさ。絶対誰にも渡したくないし。
満井芽久が束縛していったのも、少しわかってしまった。彗は自分のために努力し、奴のために努力した。そんな人間はそういないし、嫌な気はしない。むしろ好感しかない。
あと、カッコつけるのはウザったくて、マイナスポイントだと思っていたが、必要不可欠なものであることに今更気づいた。満井芽久のときは発揮されなかった酒を飲んだら、弱い彗が出てくるギャップ。それがあるおかげで、癒してあげたいパターンもあるし、めちゃくちゃにしてやりたいパターンも出てくる。凄い奴だよ、彗って。上手い具合に人の心をくすぐってくるんだから。
「小野崎さんみたいに綺麗になるには、どのぬか漬け野菜を食べたらいいですか?」
中性的な髪形の多分女子スタッフが、真剣な表情で聞いている。私が悶々としている間に、ぬか漬け講座は終わったらしい。今は質問コーナーみたいなのかな? 彗がそつなく答えた。
「その、ボクが綺麗かどうかは置いといて。みょうががいいですよ。食べ過ぎると、忘れっぽくなるという俗説がありますが、そんなことはありません。ビタミンやミネラルがバランスが素晴らしく、美容と健康の両面にいいです」
「ありがとうございます!」
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