私と白い王子様

ふり

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30・タンデムバンジー

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 高い。ひたすらに高い。きっと高所が好きな人間って、前世で良い思い出があったんだろうね。そうでなきゃ、死に直結するこんな所が好きって説明がつかないもん。

「まずは高さに目を慣らすために、吊り橋を渡ろうか」

 彗の申し出に乗って橋を歩いているが、怖すぎて彗の腕に抱き着き、離れまいとしている。風が吹くたびに大揺れして、そのまま橋から投げ出されるんじゃないか。大げさかもしれないけど、恐怖症の身としてはそこまで考えてしまう。

 私の恐怖症は昔、親に吊り橋で肩車されたせいだ。ただでさえ高いのに、それ以上に視点が手すりよりも高くなって、あまりの恐怖に少し漏らしてしまった。ちなみに、彗も肩車されていて、その体験のおかげで高い所が好きになったんだとか。馬鹿みたいな本当の話だ。

 でも、下がどうなっているのか気になる。どうせ飛ぶのだから下の状況を見ておきたい。彗を引きずって欄干から下を見下ろす。巨大な岩がいくつか点在し、絶えず水が粛々と流れている。川の水量はなみなみ湛えられているように見えた。バンジーをした人を回収するスタッフも、ゴムボートで待機している。

 あらぬ妄想が次々と浮かんでくる。もしも、足首に巻いたコードが切れてしまったら。風に流されて岩にぶつかってしまったら。スタッフが回収に失敗して、川に落ちてしまったら……。今の時期水温は一桁台。荒波とかがない分ベーリング海よりはマシだけど、すぐに引き上げなければ死に直結しかねない。

 人間、恐怖を感じたり気が進まないことに対しては、こういう考えが頭を支配するものだ。それを緩和ケアするのが、誘ったというか連行してきた人間の役目。だが、当のアホンダラは見飽きることなく、下を注視している。

「ひとりで飛びたくないわぁ……」

 蚊の鳴くような弱音を吐く。鬱々としたものが自然と出てきてしまった。

「何を言っているんだい? ひとりで飛ばすなんて、するわけないじゃないか」
「……は?」

 彗の驚愕顔に、私は口を開けたまま思考が止まってしまう。バンジーってひとりでやるもんでしょ。普通は。

「いっしょに飛ぶんだよ。タンデムバンジーってやつだよ」
「……それを早く言いなさいよ!」

 彗の脇腹の辺りをギュッとつねる。彗が軽く悲鳴を上げた。

「……ははは、サプライズサプライズ!」
「何がサプライズよ! 私だったからこれだけで済んだけど、満井芽久だったらあとで殺されていたんじゃない?」
「うーん、どうだろうね。彼女、スリルを求めていたところもあるから。恨まれることはないにしろ、喜んだんじゃないかな」
「頭どうかしてんじゃないの」
「でも、ホッとしたんじゃない?」
「正直ホッとしたけどさぁ、アンタ性格悪くなったわね」
「言わなかったのはすまないと思っているよ。だけど、事前に言っちゃうと夕季の場合、百パーセント来ないでしょ。ボクはボクでどうしても飛びたかったし」

 しょんぼりしてしまった王子様。よっぽど飛びたいのはわかった。ただ、お泊りデートにバンジーを組み込む意図はわからない。頭が狂っている。どうかしている。

 もし、満井芽久が高所恐怖症だったらコイツは、人の弱みに付け込むとんでもない卑怯者だ。……まあ、奴はネジが飛んでる系女史だったらしいけど。今回は私が代打で来たから仕方ない。実際、ここまで来てしまったのだから。

「仕方ないわね、付き合ってあげるわよ!」
「本当かい!?」
「出るものが出たら、頼むわよ! 恨まないでよ!! 前科があるんだから!!!」
「何を言っているんだい、幼なじみじゃないか。ちゃんとケアはさせてもらうよ!」
「なんでそんなウキウキした喋りっぷりなのよ! 合法的に私のワタシを昼間っから見たいの?」
「うん。できることなら、一日中観察していたいぐらいだよ」

 ここぞとばかりの王子様スマイル。私は両手で奴の尻肉をパンツの上からつまんで、力いっぱい捻り上げた。

「――ッ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、彗は悶絶した。

「このド変態!!」

 そんなやり取りをしながら歩いていると、橋の中ほどまで来た。飛ぶ場所が設けられ、係員がテキパキと客に飛ぶ装備を施していく。

 ギャラリーもそこそこいる。そういえばさっき、人が大空に飛び立つたびに、歓声や拍手が渓谷に鳴り響いていたっけ。こんな衆人環視の中で飛ぶの? 恥ずかしすぎる。

「来月あたりに来ればよかったね。色が少ない。今は中途半端な時期だったみたいだ」

 自分の尻を撫でながら残念がる彗。

 渓谷には様々な色がある。そんなことを実家のじいちゃんが言っていたっけ。ひと月違えば鮮やかな緑の光景がいっぱいに広がっていただろうに。秋になれば色とりどりで鮮やかな紅葉。冬になれば、橋全体がイルミネーションでライトアップされ、雪も相まって幻想的な雰囲気に仕上がるんだそうだ。

 ……今なんか枯れた木々ばかりで、茶色い光景が広がっている。暖冬の影響もあり、雪化粧している木も少ないし。そんな心情を読んでか、風がビューッと吹いた。今日は春を思わせる晴れと気温だが、こんなふうに時折風が吹いて寒い寒い。

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