私と白い王子様

ふり

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27・外湯から見る日の出

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「あ、いたいた」

 声の主は彗だった。夜中のセックスと変な夢のせいで複雑な想いが頭を過ぎり、そっぽを向いてしまう。

「おはよう、早起きだね」

 機嫌良さそうに隣に腰かけてきた。

「……はよ」
「行くならボクも誘ってよ。もう」

 ハリセンボンの王子様を横目で見つつ、違和感を覚えた。

「彗、アンタさ、部屋風呂にでも入ってきた?」
「入ってないけど。だって、こうして大浴場があるじゃないか」
「あっそう。まあ、そうよね」

 とても肌がつやつやしているように見える。昨日と血色が見違えるほどだ。人からされていると、こうなるのね……。

「……アンタ、した?」
「え?」
「……肌の艶が全然違うから」
「まさか。早朝からそんな元気ないさ。夜中あれだけしといて」

 沈黙が流れる。私は気恥ずかしくてお湯を見つめた。一線を越えた夜中を思い出す。酒の力もあるけど、あれだけ好き好き言いまくったもんなぁ……。まずい、まずいって。なんで初球からデッドボールを投げてしまったんだろう。私は馬鹿なのか。

「……その、右手が痛むのかい?」
「へ?」

 彗に恥ずかしそうに指摘され、手に視線を落とす。私の左手が右手を激しく揉み込んでいるのを見られてしまった。

「そ、そんなこと……!」

 逡巡する。ないといえば嘘になるし、虚勢を張っているだけにもなる。あるといっても、好意的か批判的な言葉かはわからないけど、言われればまた汗が出るし。行くも引くも地獄とはこのことだ。

「本当、感謝しているよ。わたしのために、本当にありがとう」

 言い淀んでいると、彗が正面に座り直した。まぶしすぎる笑顔に、直視できない。彗は耳元に口を寄せ、

「今日はボクがキミを癒してあげるから、ね?」

 低めに発した声は色気がまぶされていて、危うく早朝から一撃死するところだった。私は胸の辺りを押さえつつ、指を差した。

「公然わいせつ! 朝から何よっ、時と場所をわきまえなさいっ……!」
「そうだね、ごめんごめん」

 ふわっふわの軽い謝罪。手玉に取られている。そう感じざるを得なかった。

「ったくもう……」

 こんな色欲女だとは思わなかった。正直、意外な積極性と、どんなテクニックを持っているのか気になって体がうずく。掻き立てられた性欲を温泉で発散するわけにいかず、鎮めるために外を見ると、早朝の空が徐々に白んできたのがわかった。

「外湯に行くわよ!」

 彗の手を引っ張り、外湯に連れ出す。雪が無いとはいえ、陽も出てないから余計に寒さが身に堪える。飛び石を急ぎ足で渡って、誰もいない外湯にやや勢いよく入った。

 竹垣の遥か彼方には山々の稜線が見える。遅々とした速度で、その合間から光が少しずつ現れてきた。光から半円、半円から円と全貌が明らかになるころには、ほかの宿泊客で外湯がいっぱいになった。

「生きる気力を得られる感じがするわね」
「うん。太陽って生命エネルギーを発しているものだって、再認識することができたよ」

 子どものように顔を輝かせている彗が可愛くて仕方ない。だからつい、聞いてしまった。

「昔さ、お風呂から朝日が昇るのが見たくてチャレンジしたの、憶えてる?」
「もちろん。季節はいつだったかな? とにかく四時半過ぎには起きて、どっちかの家の湯船に浸かりながら、日の出を待ったよね」
「朝早いし、湯加減もちょうどいいから眠くなって、何度か溺れかけたわ」
「そうだねぇ。ボクも沈んだなぁ」
「二回ぐらい失敗したのよ。しかも無意識に風呂の栓を抜いて、空の浴槽でふたりで眠っていたから、むちゃくちゃな子どもだったわ」
「そりゃ、どっちの両親も怒るよね」
「でも、ユキたちは諦めなかった」
「三回目で見れたときは嬉しかったよね。はしゃいで、隠し持ってきたオレンジジュースで乾杯してさ。あのとき飲んだオレンジジュースの味は、今でも憶えているよ」
「それでまた怒られちゃったわね。アンタのママさんに」
「父さんより怖い人だし、結構容赦ないから」

 ふたりで談笑しつつ、人いきれになってしまった外湯から内湯に戻る。少し入り直して、大浴場をあとにした。もちろん、無料サービスの瓶のオレンジジュースで乾杯したのだった。
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