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21・氷解
しおりを挟む不意に私は頭を下げた。
「ごめん、私誤解していたみたい。アンタが私に連絡をしてこなくなったのって、満井芽久に監視されていたからなのよね? 勝手に思い込んで嫌いになって、今まで連れない態度を取ってきたのは大人げなかった」
「わたしのほうこそごめん。最初はカッコ悪い自分を見せたくなくてさ。芽久と会ってからは、楽しくて連絡しなかった。夕季のほうからも連絡が来ないから、新しい人間関係が楽しくて仕方ないのだろう、と思っていた。これはわたしの怠慢、素直に認める」
あれ? 私と彗は同じ勘違いをしていたみたいね。どっちも遠慮と怠慢が生んだ悲しいすれ違いだったと。どうして私は早く気づかなかった? 連絡ができなかったんだろう?
「……私ね、自分を被害者に仕立て上げて、彗を悪者にしたほうが都合がよかったんだ。結局、私は自分のことしか考えてなかったんだ。なんで連絡しないのよ! そう愚痴っていたほうが楽だったんだ。ネットの仲間と交流していたほうが楽しかったんだ。……酷い人間だ、私は」
自分が情けなくて急激に涙が込み上げてきた。そんな私を彗は優しくハグしてくれる。
「そんなことないよ。人は誰しも楽な道を選びがちだから。夕季の選択はありだと思うよ。でも、こうして逢えている。それでいいじゃないか」
頭と背中を撫でられ、涙と嗚咽しか出ない。どうしてアンタはそう、人間ができているのよ……!
「連絡できなかったのは、芽久にスマホの連絡先を消されてしまったんだ。通話アプリもね。丸暗記していたのが実家の電話番号だけで、夕季の言う通り監視されていたようなものでさ、ホント参ったよ」
嘘を言っているように思えなくて、そのころの夕季を想像して余計に泣けてくる。
「夕季、気にしなくていいからさ。いつも通り接してほしい」
「ごめんね……」
ティッシュで涙と鼻水を拭き取り、顔を手のひらで何度か叩いた。なんだって、こんなに泣き虫なんだろう私は。
「ううん、いいんだよ。じゃあ、話の続きをするね。そのうちに精神的に参って、なんにもできなくなってしまったね。だから、大学に一年間休学を申し込んだ。すぐに実家に帰ったよ」
「え? じゃあ、去年の九月ぐらいからずっといたの?」
「うん」
「でも、同じ新幹線に乗ってたじゃない」
「一度そっちに行って乗ったんだ。アリバイ工作だよ」
「お金もったいないぃぃぃ……バッカじゃないの!」
つい、怒ってしまった。今さっき泣いていたくせに、我ながら情緒がコロコロ変わって不思議な心境になる。ただ、彗の言葉のほとんどの部分が、自分の内にいる変なアンテナに引っかかるの。カッコつける人間の頭の中は理解しがたいのよ……。
「お、元気になってきたね。でさ、家族のみんなに、夕季には教えないでって言うの大変だったよ」
「べつに隠さなくたっていいじゃない。半年間どうしてたの?」
「言えないよ。だって、恥ずかしいじゃないか……ニート三昧の毎日だったし」
「ゲーム、マンガ、ネトゲ、運動不足、惰眠の日々ってことね」
「合ってるのはふたつぐらいかなぁ。公務員試験対策のゲームをしたり、マンガを読んだり、勉強したり。ネトゲはしていないね。
あ、休学期間は通った期間に含まれないことに気づいて、他の勉強もしてたっけ。あとね、家から出れないから自重トレもほぼ毎日して、一日七、八時間は寝ていたかな」
「めっちゃ充実してるし……もはやニートとは言わない。ただの公務員志望で勉強家の大学生」
彗が吹き出して、私もつられて笑った。
「わたしには夕季と違って生み出す力がない人間だから。安定を求めて勉強で努力しないと」
自嘲気味に言った彗に、言い聞かせるように返した。
「みんながみんな、生み出したり作る人間だったら大変よ。消費するだけだったり、安定を求めるのは何も悪いことじゃない。ただね、自分がこれで生活していくんだ! って決心と自信があれば、どうとでもなると思うの」
「そうか、そうだね! 目からうろこだよ! 人間、向き不向きもあるし、べつに生み出せなくても、卑下しなくていいんだね」
「そうそう、そういうことよ。安定を求めてしっかりその道を目指す。きっちりできる彗がうらやましいもん。ユキだったらできないしね。勉強嫌いだし。あ、面接はなんとかなりそうかもしれないけど」
「正直に話してすごくスッキリしたよ。ありがとう」
「いいのよ。アンタと私の仲じゃない」
「お、夕季の『私』も久々に聞いたなぁ」
「さっき言っていたわよ。ま、私のことはひとまずいいとして。ほら、布団に行くわよ」
手を引いて彗を立たせ、奥の部屋の襖を開く。仲居さんの手違いなのか、女将さんの指示なのか布団がくっ付いて敷かれている。まるで女将さんが、私たちのことを見透かしているように思えた。
まあもうこの際どうでもいい。
彗と正座で向かい合う。ちゃんと見れば、男と女のいいとこ取りの顔立ちが、今は愛おしくて仕方ない。
これまでの彗の境遇が、体内に多少残った酒の勢いもあって、私の中にある庇護欲と劣情のスイッチを入れてしまった。
こっちが髪をほどくと、彗も丸めた白髪をほどいた。髪が広がって確かに天使に見えなくもなかった。
私は彗を力強く抱きしめる。彗も意図を理解したらしく、さっきとは違い、ギュッと抱き返してきた。
互いの体温と匂いと鼓動の音が混じり合い、安心するような懐かしいようなそんな空気が形成されていくのがわかる。
このままでもいいと思えたけど、それだと気持ちの治まりをどこに持っていけばわからなくなる。
「……ヘタクソだろうけど、今はアンタを慰めるって決めたのよ」
実戦経験はないけど、マンガや小説やアニメで知識だけは豊富だからなんとかなるでしょ。
さくらんぼ酒の「紅麗」を一合飲んで、臨戦態勢に入った。
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