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20・満井芽久との日々
しおりを挟むぽつりとつぶやき、彗は私を真正面から見据えた。感情を殺してきたような色のない顔。
「出会ったのはわたしが一年生のころ。彼女は二年生。帰り道がたまたまいっしょになって、財布を忘れた彼女に電車代を貸したのが始まりだった」
満井芽久という女は、地味で目立たない存在だった。遊んだことのない無難な髪形に黒髪。化粧もしないし、おしゃれにも頓着がない。真面目で物腰も低く引っ込み思案。大学では誰とも話さないこともあるそうだ。
そんな満井芽久と彗はなぜか気が合った。話していくうちに食べ歩きという趣味や食べ物の好みで意気投合し、ふたりでよく遊ぶようになる。そのうち彗が中性的な容姿――そのころは黒髪にショートカットだった――ため、彼氏のように扱われるようになった。
ふたりが体を重ねたのは、付き合いだして一年ほど経ったころ。いつものように彗が満井芽久のアパートに遊びに行った。満井芽久が好きだという手作りのにんにくラーメンを振る舞われ、満腹の状態で談笑していた。
不意に満井芽久が試したいアロマを焚いた。しばらくすると、満井芽久が急に抱き着いてきたという。
「お互い初めてだったから、テクニックも何もあったもんじゃない。それでも、わたしたちはとても気持ちが満たされた」
体を重ねてから互いに遠慮がなくなった。元々性のことには人一倍興味があり、毎日オナニーをしていたとか。なんでも言い合ったり、セックスも毎日のようにした。体の相性はよかったみたい。彗は満井芽久の部屋にいることが多くなり、自分のアパートを引き払おうとしたほどだ。
「普段の芽久はいっしょに過ごすにつれて、いろいろなことを勉強してチャレンジしていった。わたしは特にこれといって成し遂げたものはない。漫然と過ごしていただけ。見てくれだけをよくして、中身を磨かず、磨いたのはセックスの腕だけ」
次第に対等の関係だったふたりの関係が怪しくなってくる。
満井芽久が就活時期に突入すると、それと単位取得のストレスのせいからか、ハードなプレイを好むようになってしまった。しかも決まってにんにく料理を食べたあとに、独特なニオイの――クラリセージというらしい――アロマを使っていた。にんにくは今でもすっかり好きだが、クラリセージのニオイはトラウマだという。
焦らしプレイ、目隠し、拘束などのソフトSMから始まり、スパンキング、剃毛、首輪に尻尾のペットプレイ。さらに人格否定を含んだ言葉責め、手錠したうえでの水責め、傷が残るぐらいの引っ掻きや噛みつきなど。また、ぺニバンや双頭ディルドなども経験済みである。
ほかに仲の良い人間もおらず、満井芽久に依存していた彗は、従うしかなかったのである。ソフトなプレイやMでいる分はまだよかった。が、Sのときにハードに責めてほしい、と言われても彗にはできなかった。
そんなできない彗を満井芽久は精神的にも肉体的にも責めに責めた。部屋にカメラを付けて、監視することで束縛を強くし、ひとりで出かけさせないようにした。もはやペットみたいな扱いだ。
彗はそんな環境から逃げ出すこともせず、聞けることは聞き、家事全般をこなせるよう努力を重ねた。
満井芽久の就活の最終選考が数社決まったころ。少しずつ帰宅時間が遅くなり、徐々に帰らなくなった。彗は他に好きな人もできたんだろう、と危機感を覚え、捨てられまいとなんとかクジを当て、この旅館を予約したのだった。時期は三月の中旬と遅いが、人気旅館だから仕方がなかったらしい。これは満井芽久のためが九割、自分のためが一割。それだけ依存性が増していたのだ。
自分には満井芽久しかいない――ぞわぞわ湧き起こるマイナスに振れた感情の渦を、セルフ洗脳で掻き消した。
ある日の午後、出先の満井芽久からメッセージアプリで就職が決まったことが伝えられた。彗は素直に喜び、料理を作ったり、ケーキを作って帰りを待っていたのだが――
「満井芽久は男も連れてきた。オシャレな街で遊んでまーす系の歳を食ったチャラ男。でもそいつ、アパレルの社長なんだよね。満井芽久は就職祝いで早速、髪を金髪に染めてピアスをあけて、ギャル化粧をしてたね。服装も黒のストライプ柄のミニワンピなんか着ちゃってさ」
彗は瓶のサイダーでのどを潤す。
「『アンタとは遊びだったの。女と女が付き合う? そんなのありえないから。やっぱ、作り物の竿はダメね。生の男が一番いいわ。中性的は男女の逃げの存在。そう、中途半端なアンタみたいな奴のことよ』」
わざわざ声マネをしてくれたみたいだ。腹の立つ言いっぷりに、今まで以上にはらわたが煮えくり返ってきた。目の前にいたら、瓶で顔面を中心にボコボコにしてしまいそうだわ。
「人間の屑ね。それでアンタはどうしたの?」
「ショックで頭が真っ白になってね。財布とか貴重品が入ったカバンを持って、自分のアパートに帰った。芽久の部屋にあった私物は後日、着払いで届けられた。一瞬殺意を抱いたけど。手切れ金だと思って大人しく払って受け取ったよ。それで、思い出を断ち切るために、髪を白に染めた」
ずいぶん思い切ったことをするものね。
「つまり黒い髪のころの自分は一旦死んで、白い髪にしたのは天使になったってこと。自分の中ではこう解釈しているんだ」
そう語る彗の表情が大真面目だから困る。結構衝撃的で、思わず言わなくてもいいことを先に言ってしまった。
「……え、今さら中二病? ……いや、ごめん。忘れたかったんだね」
「うん。まあ、人生の反抗期が今ごろになって来たのもあるね。気持ちに整理がついたら、黒に戻すか茶色に染めるから大丈夫」
軽く笑って流される。少しは落ち着いたみたいね。まあ、そのころはまともな心境じゃなかったんだろう。
「ちなみにカラコンは?」
彗の右目に深い青、左目が赤のカラコンが入っている。
「これはただの趣味だね」
天使と関連しないのね。確かに、オッドアイの天使ってあまり聞いたことがないような……。
「しかしまあ、だいぶ後味悪いわね。寝取られじゃない……」
「しばらく悪夢にうなされて、眠れなくなったよ」
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