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17・ムカムカとモヤモヤ
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昨日と負けず劣らず豪勢な食事が並んでいる。
多種多様な山海の幸が、それぞれ食欲を刺激する匂いを立ち上らせていた。だが、私の食欲は、酒を飲み過ぎた気持ち悪さと、彗に対する無自覚の好意を連発した罪悪感でまったくない。ごはんをひと口食べただけで、戻ってきそうだ。
当の本人は何も気にしていなさそうな顔で、次から次へ料理を食べている。
彗の食べっぷりを見ながら、みそ汁をすすった。タイミングよく具がしじみで助かった。酔いの気持ち悪さがわずかに晴れた気がする。しじみの身をちびちびつまんでいると、ようやく異変に気づいた彗が眉を曇らせた。
「お腹空かない?」
「お酒を飲み過ぎたみたい。頭は大丈夫なんだけど、胃がムカムカして食べ物をあまり受けつけないのよ」
「ボクのカバンに胃薬があるから、持ってくる」
「いいわよ」
すでに声が聞こえてないらしく、彗の奴はカバンを漁っている。
「ほら、飲んで飲んで」
顆粒の胃薬をペットボトルのお茶で流し込む。
「ありがとう」
……さて、気まずい時間が流れ始めた。話すことがない。しじみを食べ尽くしてすることがない。何より食事中だから彗が喋るわけもない。お行儀よく育てられたからね。私は食べ物が口になければ話すけど。
彗の食事風景を眺めていても退屈だし、先に温泉に浸かっていようかな。少しひとりになりたいし。テーブルの下に置いたカギを一本持って、スマホを半纏のポケットに押し込んだ。化粧水やトリートメントなどの入ったカバンを肘にかけながら、
「温泉に入ってくる」
「わかった。気持ち悪くなったら、誰かに言うんだよ」
軽く酒が残っているだけだから、彗もそこまで心配しない。なんの引っかかる要素もなく、最低限の言葉がけだけで送り出してくれた。
私はそんな彗の気遣いが、嬉しくもあり、寂しくもあり、憎らしくもあった。
大浴場はちょうど晩御飯の時間のせいか、人がまばらだった。
湯船に浸かり、見るともなく正面を見据えている。何も思っていない、何も考えていない。頭の中を空にしてボーっとしていた。
かれこれ十分以上は経ったかな。意識的に露出している肌を見れば、大粒の汗が浮かんでいる。体内に残る毒素が抜けた気がした。が、違うダルさがある。顔もベタベタしていて、めちゃくちゃ汗を掻いているみたい。頭に置いたタオルで顔だけぬぐった。
彗の奴、まったく来る気配がないわね……。まあ、いっしょに入っていたところで、気まずいだけなんだけど。
先に上がろう。このままじゃのぼせちゃう。
無料サービスのコーヒー牛乳一本とアイスキャンディーを一本食べる。本当はタオルで髪の水気を取らなきゃなんだけど、喉の渇きと腹の虫がそれを許してくれなかった。トリートメントを塗ってドライヤーで髪を乾かす。
はあー、タイムマシンでもあればなぁ。どの酒蔵、どのタイミング、どんな頻度で何を言ったのか確認できるのに。いや、確認じゃなくて口を塞いでやる。それか手刀を首筋に叩き込んでやろうか。
……好きか嫌いかで言えばそりゃ、なんだかんだ言っても幼なじみだし。好きなほうだ。でも、そういう好きじゃなくて、ラブじゃなくてライクのほう。どんな言い方をしたのかは知らないけど、きっと、ラブもライクも冗談交じりに雨あられに浴びせたのだろう。
……ちゃんと事情を聴こう。私が恥ずかしがって、気まずいままで、アイツを避けていたらせっかくの旅行が台無しだもん。何十万も出した彗がかわいそうだ。
何を言ったかはアイツしか知らない。言った言葉によっては、私もダメージを喰らう。でも仕方ない、加害者は私だ。自分がした罪の重さを知らなければならない。
急に気が重くなってきた。幼なじみの気安さに甘えて、言いたいことをいうもんじゃない。一応プラスに考えれば、このことは戒めでもあり教訓になる。
果たして正直言ってくれるかどうか。……いや、私が真面目に聞けば答えてくれるだろう。そして謝ろう。ウジウジしていてもしょうがない。
よし、髪も乾いたし、まっすぐ部屋に戻ろう。
多種多様な山海の幸が、それぞれ食欲を刺激する匂いを立ち上らせていた。だが、私の食欲は、酒を飲み過ぎた気持ち悪さと、彗に対する無自覚の好意を連発した罪悪感でまったくない。ごはんをひと口食べただけで、戻ってきそうだ。
当の本人は何も気にしていなさそうな顔で、次から次へ料理を食べている。
彗の食べっぷりを見ながら、みそ汁をすすった。タイミングよく具がしじみで助かった。酔いの気持ち悪さがわずかに晴れた気がする。しじみの身をちびちびつまんでいると、ようやく異変に気づいた彗が眉を曇らせた。
「お腹空かない?」
「お酒を飲み過ぎたみたい。頭は大丈夫なんだけど、胃がムカムカして食べ物をあまり受けつけないのよ」
「ボクのカバンに胃薬があるから、持ってくる」
「いいわよ」
すでに声が聞こえてないらしく、彗の奴はカバンを漁っている。
「ほら、飲んで飲んで」
顆粒の胃薬をペットボトルのお茶で流し込む。
「ありがとう」
……さて、気まずい時間が流れ始めた。話すことがない。しじみを食べ尽くしてすることがない。何より食事中だから彗が喋るわけもない。お行儀よく育てられたからね。私は食べ物が口になければ話すけど。
彗の食事風景を眺めていても退屈だし、先に温泉に浸かっていようかな。少しひとりになりたいし。テーブルの下に置いたカギを一本持って、スマホを半纏のポケットに押し込んだ。化粧水やトリートメントなどの入ったカバンを肘にかけながら、
「温泉に入ってくる」
「わかった。気持ち悪くなったら、誰かに言うんだよ」
軽く酒が残っているだけだから、彗もそこまで心配しない。なんの引っかかる要素もなく、最低限の言葉がけだけで送り出してくれた。
私はそんな彗の気遣いが、嬉しくもあり、寂しくもあり、憎らしくもあった。
大浴場はちょうど晩御飯の時間のせいか、人がまばらだった。
湯船に浸かり、見るともなく正面を見据えている。何も思っていない、何も考えていない。頭の中を空にしてボーっとしていた。
かれこれ十分以上は経ったかな。意識的に露出している肌を見れば、大粒の汗が浮かんでいる。体内に残る毒素が抜けた気がした。が、違うダルさがある。顔もベタベタしていて、めちゃくちゃ汗を掻いているみたい。頭に置いたタオルで顔だけぬぐった。
彗の奴、まったく来る気配がないわね……。まあ、いっしょに入っていたところで、気まずいだけなんだけど。
先に上がろう。このままじゃのぼせちゃう。
無料サービスのコーヒー牛乳一本とアイスキャンディーを一本食べる。本当はタオルで髪の水気を取らなきゃなんだけど、喉の渇きと腹の虫がそれを許してくれなかった。トリートメントを塗ってドライヤーで髪を乾かす。
はあー、タイムマシンでもあればなぁ。どの酒蔵、どのタイミング、どんな頻度で何を言ったのか確認できるのに。いや、確認じゃなくて口を塞いでやる。それか手刀を首筋に叩き込んでやろうか。
……好きか嫌いかで言えばそりゃ、なんだかんだ言っても幼なじみだし。好きなほうだ。でも、そういう好きじゃなくて、ラブじゃなくてライクのほう。どんな言い方をしたのかは知らないけど、きっと、ラブもライクも冗談交じりに雨あられに浴びせたのだろう。
……ちゃんと事情を聴こう。私が恥ずかしがって、気まずいままで、アイツを避けていたらせっかくの旅行が台無しだもん。何十万も出した彗がかわいそうだ。
何を言ったかはアイツしか知らない。言った言葉によっては、私もダメージを喰らう。でも仕方ない、加害者は私だ。自分がした罪の重さを知らなければならない。
急に気が重くなってきた。幼なじみの気安さに甘えて、言いたいことをいうもんじゃない。一応プラスに考えれば、このことは戒めでもあり教訓になる。
果たして正直言ってくれるかどうか。……いや、私が真面目に聞けば答えてくれるだろう。そして謝ろう。ウジウジしていてもしょうがない。
よし、髪も乾いたし、まっすぐ部屋に戻ろう。
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