14 / 52
14・成生酒造
しおりを挟む最後の三件目は成生酒造。山を下りて天山市内へ戻る。山形県内で注目されつつある酒造なんだとか。
酒造の前ではパンツスーツをビシッと決めた、いかにもデキる女風な人が待っていた。シャープな顔立ちに黒縁のフォックス眼鏡。スラッと長い脚に赤いヒール。まさにドラマに出てくる悪女を演じる女優のようだ。
私が思わずボソッと印象を漏らした。
「綺麗な人……」
「ホントだね」
「脚置きになりたいわね。背中に載せてもらえないかしら」
「ホントだね」
「……アンタ、ホントにそう思っているの?」
「もちろんさ。ボクはどっちもいけるから」
爽やかな口調で言ってのける。少し寒気がした。なんだか彗の奴の中に、底知れぬ恐ろしさが潜んでいる気がした。
「代表取締役の栗原と申します。本日は遥々ありがとうございます」
近寄りがたい雰囲気をまとう人だと思ったけど、話す姿から見るにかなり腰の低い人。歳は二十代中盤。実は彼女、山形県出身ではない。山梨県出身なのだ。
栗原さんは酒をたしなむ一家で生まれ育った。幼いころから両親、祖父母がおいしそうに飲む姿が強く印象に残っている。
ご自身も早く飲みたい気持ちを抑え、成人になるその日まで我慢。二十歳の誕生日には日本酒の一升瓶、ワインを一本、ウィスキーも七百五十ミリリットルを空けてしまう酒豪振りを披露した。しかも二日酔いをしなかったのだから、一家の強い肝臓を引き継いだんだなと。二十歳まで我慢したのが疑わしいけど、ここは眼鏡でパンツスーツで美人の栗原さんを信じることにする。
漠然と酒に携わる仕事をしたいと思い始めたものの、酒蔵の現場で働く女性はまだまだ少ない。しかもわがままを言うなら、経営者になって美味しい酒を造りたい気持ちがあった。
だけど、親戚も酒は好きとは言え、酒造を経営している人や酒を造っている人などおらず、消費する側の一族だったと思い、諦めた。
高収入が見込め、営業力と精神力が鍛えられる証券会社に就職。そこで働いて三年経ったある日、経営難から経営権を手放したい蔵元が現れる。それが今の成生酒造だった。栗原さんはこの機会を逃したくなかった。家族や親戚から買収するための資金を借り回り、自身の貯金もすべてはたいた。
「会社の上司からは応援されました。『キミは今に何かをしでかす人間だと思っていた。思い切りやんなさい』と、言われたことは生涯忘れないでしょう。今では個人のお得意様のひとりです」
会社を辞めた当初は慣れない土地の生活や、蔵人たちと衝突したり反発を受けたりもしたそうだ。苦労や上手くいかないことの連続だったが、なんとか酒を飲み交わして説き続けた結果、相互の信頼関係はとても厚くなったそう。
周囲からの協力を得られるようになり、ライト層へ向けた飲みやすい酒造りを開始する。彼女の出生地である山梨は、ぶどうや桃を始めとした果物の生産量が多い。昔から温めていたテーマが、果物と酒の融合。
「果物の甘味は、酒との組み合わせ次第ではより活きるものがあります。しかも相性がバッチリなのも多いんですよ」
メインとなる酒は、どうしてもさくらんぼと日本酒を掛け合わせたかった。そうして試行錯誤の末に造り上げたのが「紅麗」である。栗原さんにとって最初の作品であり、製品だった。
日本酒の甘さと華やかな香りを残している。なお且つさくらんぼの酸味と、甘味の良いところを上手くハイブリッドさせた逸品だ。
缶ボトルや小瓶の生産を主としており、アルコール濃度も五パーセントとビールと同じぐらいで低いほうだ。コンビニやスーパーなどに置きやすく、売り上げは年々右肩上がりの左うちわである。
そのほかにも県内産の洋ナシと日本酒を組み合わせたものや、焼酎にアケビを取り入れたものなど、飲みやすさを追求した製品が多い。それと、とにかく山形をアピールすることに重きを置いている。取り上げた果物は、どれも山形県内では収穫量を一位を誇るのだとか。
栗原さんの目の付け所は未成年層にまで及んだ。「紅麗」を始めとした果実リキュールを、製法を凝らしてジュースとしても売り出している。これは未来の購買層に繋げるためだ。
子どもは親や大人が飲んでいる酒を飲みたがる。ただ、飲めないんじゃかわいそうだから、という思いで造ったのだそうだ。
「今の時代、他業種との連携が不可欠だと思うんです。利己的な企業は時代に合っていない。私はそう強く思うんです」
その他にも和洋菓子屋と提携してスイーツを造り上げたり、パン屋と日本酒のパンを造り上げるなど、同じ食に関わる製造業との精力的に連携を図っている。自分だけが儲けるのではなくて、地域全体で儲けて盛り上げていきましょうという考えなのだ。
酒造りだけでは留まらない、それが成生酒造の魅力であり凄いところだと思った。
「ユキさ、栗原さんの話を聞いて感銘を受けたから、たくさん買うわ」
「ボクもだよ。若いのに凄くしっかりして、自分以外のことをいい意味で巻き込んでいる。行動力がないとできないことだ。栗原さんは立派な方だ」
ふたりして買い物かごにバンバン商品を入れていく。
そして、帰りのバスの中で酒盛りをした。
気持ちのいい酔い方をしていたはずなんだけど、三本目の「紅麗」を開けて、ひと口飲んだところで記憶が途切れてしまったのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060


AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる