私と白い王子様

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14・成生酒造

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 最後の三件目は成生なりう酒造。山を下りて天山市内へ戻る。山形県内で注目されつつある酒造なんだとか。

 酒造の前ではパンツスーツをビシッと決めた、いかにもデキる女風な人が待っていた。シャープな顔立ちに黒縁のフォックス眼鏡。スラッと長い脚に赤いヒール。まさにドラマに出てくる悪女を演じる女優のようだ。

 私が思わずボソッと印象を漏らした。

「綺麗な人……」
「ホントだね」
「脚置きになりたいわね。背中に載せてもらえないかしら」
「ホントだね」
「……アンタ、ホントにそう思っているの?」
「もちろんさ。ボクはどっちもいけるから」

 爽やかな口調で言ってのける。少し寒気がした。なんだか彗の奴の中に、底知れぬ恐ろしさが潜んでいる気がした。

「代表取締役の栗原くりはらと申します。本日は遥々ありがとうございます」

 近寄りがたい雰囲気をまとう人だと思ったけど、話す姿から見るにかなり腰の低い人。歳は二十代中盤。実は彼女、山形県出身ではない。山梨県出身なのだ。

 栗原さんは酒をたしなむ一家で生まれ育った。幼いころから両親、祖父母がおいしそうに飲む姿が強く印象に残っている。

 ご自身も早く飲みたい気持ちを抑え、成人になるその日まで我慢。二十歳の誕生日には日本酒の一升瓶、ワインを一本、ウィスキーも七百五十ミリリットルを空けてしまう酒豪振りを披露した。しかも二日酔いをしなかったのだから、一家の強い肝臓を引き継いだんだなと。二十歳まで我慢したのが疑わしいけど、ここは眼鏡でパンツスーツで美人の栗原さんを信じることにする。

 漠然と酒に携わる仕事をしたいと思い始めたものの、酒蔵の現場で働く女性はまだまだ少ない。しかもわがままを言うなら、経営者になって美味しい酒を造りたい気持ちがあった。

 だけど、親戚も酒は好きとは言え、酒造を経営している人や酒を造っている人などおらず、消費する側の一族だったと思い、諦めた。

 高収入が見込め、営業力と精神力が鍛えられる証券会社に就職。そこで働いて三年経ったある日、経営難から経営権を手放したい蔵元が現れる。それが今の成生酒造だった。栗原さんはこの機会を逃したくなかった。家族や親戚から買収するための資金を借り回り、自身の貯金もすべてはたいた。

「会社の上司からは応援されました。『キミは今に何かをしでかす人間だと思っていた。思い切りやんなさい』と、言われたことは生涯忘れないでしょう。今では個人のお得意様のひとりです」

 会社を辞めた当初は慣れない土地の生活や、蔵人たちと衝突したり反発を受けたりもしたそうだ。苦労や上手くいかないことの連続だったが、なんとか酒を飲み交わして説き続けた結果、相互の信頼関係はとても厚くなったそう。

 周囲からの協力を得られるようになり、ライト層へ向けた飲みやすい酒造りを開始する。彼女の出生地である山梨は、ぶどうや桃を始めとした果物の生産量が多い。昔から温めていたテーマが、果物と酒の融合。

「果物の甘味は、酒との組み合わせ次第ではより活きるものがあります。しかも相性がバッチリなのも多いんですよ」

 メインとなる酒は、どうしてもさくらんぼと日本酒を掛け合わせたかった。そうして試行錯誤の末に造り上げたのが「紅麗くれい」である。栗原さんにとって最初の作品であり、製品だった。

 日本酒の甘さと華やかな香りを残している。なお且つさくらんぼの酸味と、甘味の良いところを上手くハイブリッドさせた逸品だ。

 缶ボトルや小瓶の生産を主としており、アルコール濃度も五パーセントとビールと同じぐらいで低いほうだ。コンビニやスーパーなどに置きやすく、売り上げは年々右肩上がりの左うちわである。

 そのほかにも県内産の洋ナシと日本酒を組み合わせたものや、焼酎にアケビを取り入れたものなど、飲みやすさを追求した製品が多い。それと、とにかく山形をアピールすることに重きを置いている。取り上げた果物は、どれも山形県内では収穫量を一位を誇るのだとか。

 栗原さんの目の付け所は未成年層にまで及んだ。「紅麗」を始めとした果実リキュールを、製法を凝らしてジュースとしても売り出している。これは未来の購買層に繋げるためだ。

 子どもは親や大人が飲んでいる酒を飲みたがる。ただ、飲めないんじゃかわいそうだから、という思いで造ったのだそうだ。

「今の時代、他業種との連携が不可欠だと思うんです。利己的な企業は時代に合っていない。私はそう強く思うんです」

 その他にも和洋菓子屋と提携してスイーツを造り上げたり、パン屋と日本酒のパンを造り上げるなど、同じ食に関わる製造業との精力的に連携を図っている。自分だけが儲けるのではなくて、地域全体で儲けて盛り上げていきましょうという考えなのだ。

 酒造りだけでは留まらない、それが成生酒造の魅力であり凄いところだと思った。

「ユキさ、栗原さんの話を聞いて感銘を受けたから、たくさん買うわ」
「ボクもだよ。若いのに凄くしっかりして、自分以外のことをいい意味で巻き込んでいる。行動力がないとできないことだ。栗原さんは立派な方だ」

 ふたりして買い物かごにバンバン商品を入れていく。

 そして、帰りのバスの中で酒盛りをした。

 気持ちのいい酔い方をしていたはずなんだけど、三本目の「紅麗」を開けて、ひと口飲んだところで記憶が途切れてしまったのだった。
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