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10・夜鳴きそば
しおりを挟む「凄かったわね!」
「うん。手に汗握ってハラハラしたよ」
お互いのお腹が軽く鳴った。気がつけばふたりで、ステージに声を張り上げて声援を送っていのである。のども若干枯れ気味だ。
「昔観た、南京玉すだれを思い出しちゃったわ」
「ちょっと毛色が違うけどね」
「でも、これをほぼ毎日約二時間かー……死ねるわね」
「そうだね。鉄人というより超人だなぁ」
それにしても……
「少しお腹空いたわね……」
「何か食べたいな……あ、そうだ。館内に夜鳴きそばを出す店があるんだって」
「よし、そこに行くわよ!」
早速、余韻に浸る人々を掻き分けて店へと向かう。幸い、カウンター席がちょうど二席空いていたので、そこに滑り込んだ。夜鳴きそばを注文し、店員さんにカギを見せた。ここではカギを見せれば一杯目が無料になるらしい。
「夕季」
「何? マジな表情しちゃって」
「餃子も食べたい」
「ダメ!」
食い気味にカッコつけボクっ娘王子様の深夜帯の暴挙を諫める。
「心配しなくてもボクが出すから」
ちなみに餃子は無料にならない。
「あのねぇ、そうじゃないのよ」
「じゃあ、なんなんだい?」
「察しが悪いわねぇ。太るリスクが高まるのよっ。おデブちゃんになりたいの? さっきもビーフジャーキーやらせんべいやら食べて、とどめにジュースまで飲んだんだから」
「大丈夫さ。ボクの場合、脂肪がお尻とか脚につくから。帰ったらトレーニングをすれば、何も問題ないよ」
「バカね。今からたくさん食べたら、消化に差し支えがあって朝食が食べれなくなるのよ。それでもいいの?」
「いや、それは困るな……」
「じゃ、夜泣きそばだけにしようね」
「うーん、残念……」
アホなやり取りをしているうちに、夜泣きそばが運ばれてきた。黄金色のスープに、黄色い中太の縮れ麺。具はメンマにチャーシューに刻みネギにナルト。味もやや薄めな醤油味。とてもシンプルな昔ながらの中華そばっぽい。
少し刺激が足りないと感じ、コショーを何度か振る。彗も使うかなと差し出したところ、奴はとんでもないことをしようとしていた。
私と同じようにひと口味わったあと、おもむろに懐からチューブのにんにくを取り出したのだ。
「オマエはなんちゅうもんを持って来てんだ」
「大学に入ってからにんにくラーメンにハマってしまってね。ここはおろしにんにくがないみたいだから、持参したのを使おうかと」
「臭いからやめなさい」
彗は懐から取り出しながら、
「大丈夫さ。臭い防止の錠剤で、胃で融けるタイプのを持ってきてるから」
「ダメ」
このバカは懐から取り出しながら、
「噛むタイプもあるし」
「ダメ」
にんにく狂と化した幼なじみは、さらに懐から何かを取り出しながら、
「うがい用も――」
「部屋に面した庭で寝かすわよっ。あと、懐に色々入れ過ぎ!」
「うぅ……わかったよ」
彗はしぶしぶしまい、夜鳴きそばをすすり出した。よほどにんにく入りを食べたかったのか。……でも、にんにく臭い奴の隣で寝たくないから、これでよかったんだ。
私も嫌いではないんだけど、ここは大人数が寝泊まりする旅館。しかもだいぶ格式高い所だ。私たちのようなひよっ子が来る場所ではない。来るなら会社の旅行とか親族の旅行とか。年代的にね。
そんなひよっ子たちが、にんにく臭い息を撒き散らしながら館内を闊歩していたら、大人たちはおもしろくない。なるべく目立たず、大人しく過ごして帰るのが最良の選択肢なのだ。
……私の考え過ぎなのかもしれないけど。用心に越したことはないはず……。
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