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09・『天童ショー』
しおりを挟む夕食を終え、ふたりで宴会場への行き方をパンフレットの館内地図を見ながら歩いている。すると、ある角から騒がしさが廊下に飛び出していた。そこへ行ってみると襖の前に、誰がどれを履いてきたかわからないぐらいスリッパが乱雑に脱ぎ置かれていた。
「酔っ払いのオヤジしかいない予感がする……」
「同感だ」
私たちが二の足を踏んでいると、薄いピンクの着物の仲居さんがスリッパを直しにやってきた。目にも止まらぬ速さであっという間に整える。
「おお」
思わずふたりで拍手をする。仲居さんがにこやかに、宴会場のほうへ手を差し向けながら、
「どうぞ、お入りください」
そう言われてしまっては入るしかない。私たちは顔を見合わせ、意を決して宴会場に足を踏み入れた。めちゃくちゃ広い。約五百名を収容できると書いてあったけど、嘘偽りなさそうだ。
酒とつまみの膳が様々な形で幾列も用意されている。すでに大勢のお客さんがあちこちの島で、羽目を外さない程度に各々盛り上がっていた。まさに老若男女の百花繚乱だ。
「『桔梗』のお二方は正面の膳に、と、女将が申していました。そちらへお進みください」
薦められるがまま私たちは、真正面に位置する膳の前に座った。心なしか周囲からの視線がチクチク当たる気がする。
膳の上のつまみは乾きものがメインだった。
添えられた懐紙によれば内訳が、県内ブランド牛のビーフジャーキー、いかにもしょっぱそうな四角い醤油せんべい、個包装されている粒が大きめな梅菓子などである。膳の横には瓶のさくらんぼジュースと梨ジュースもあった。まさに山形づくしだ。
早速、さくらんぼジュースでグラスを満たす。甘さよりも酸味が強い。シャキッとしたいときに飲むのにちょうど良さそうな味だ。
ステージの下手に設置されたマイクスタンドの前に、東根さんが立った。入念にマイクチェックをしている。
「あの人なんでもやるわね」
ビーフジャーキーを噛みながら彗の脇腹をつつく。梅菓子の酸っぱさにやられているみたいだ。
「ほ、本当だね……」
「そんな酸っぱくないのに。そこは昔から変わってないのね」
「みなさん、ご来場ありがとうございます。間もなく、天昇館女将による『天童ショー』が開幕します!」
「よっ! 待ってました!」
「女将さーーーん、がんばって!!」
客たちがひと際盛り上がり、拍手が打ち鳴らされる。テンションについていけない私たちは、とりあえず拍手だけした。
「まず最初の演目は傘回しでございます!」
上手袖から勢いよく女将さんが出てきた。しかももう傘回しをしながらだ。白い和傘を巧みに回し、ゴムまりを傘の上で結構なスピードで踊らせている。
「いつもより高速で回しておりまーす!」
ピンマイク越しの女将さんの声。やっていることに比べ、落ち着いたものだった。毎日行っているためか余裕しゃくしゃくだ。もはや、達人級の技である。
ほっとゴムまりを上に放る。手で受け止めて終わると思いきや、ステージ下へヘディングを決めた。
床に叩きつけられたゴムまりは高く跳ね上がり、その行方を客たちが追いかける。やがて落下してきたものを、肩車した子どもが両手でガッチリ抑え込んだ。
「お父さんに肩車されたおぼっちゃん、おめでとうございます! そのまりは差し上げます!」
東根さんもノリノリで司会をがんばっている……というよりも、これが素なんじゃないかと思うぐらい無理のない自然なハイテンション。
「さあ、次はクラブジャグリングです!」
黒子が上手の袖から出てきて、和傘を回収。代わりにボウリングのピンのような棒を五、六本置いていった。
女将さんは持てるだけ持ち、一本、二本と宙に投げていく。棒が時間差で落ちてくるが、まったく気にする様子も落とす気配もなく、笑顔で観客の声援に応えている。
「まるで千手観音だ……」
「まったくね……」
初めて観る私たちの開いた口がふさがらない。ただただ、周りの客の手拍子に合わせて手を鳴らすだけだ。
「景子さん、いらっしゃい」
景子さん? 誰だろう――
「はい、ただいま!」
ああ、東根さんの下の名前が景子なのか。その景子さんが女将さんへ走り寄る。女将さんは女将さんで、東根さんに呼びかけながら客に対し、正面から横に体を向けた。
「行くわよ!」
「はい!」
女将さんの掛け声と同時に、棒がテンポよく放られる。東根さんも手慣れた様子で、受け取っては返していく。息の合ったふたりのジャグリングに、観客たちも歓声や拍手や指笛で称える。
「いいぞー!」
「女将さんも仲居頭さんも素敵ー♡」
〆にふたりで三本ずつ持ってジャグリングし、クルッと一回転して宙に投げたピンを受け止めてポーズを決めた。
それからというものの、タップダンス、三味線の速弾き、薙刀――もちろん先端は偽物――を使った演舞など、女将をメインとした演目が続いた。
どれもこれもレベルの高いもので、女将のポテンシャルの高さと底知れぬ魅力に、ふたりで心を奪われて見入ったのだった。
どの演目よりも長いトークショーが終わり、最後は女将が作詞作曲したという歌謡曲『旅情の行く末』をしっとり歌い上げた。
さらにその後は握手、サイン、写真撮影のアイドルさながらのサービスを笑顔でこなし、お開きになったのは二十二時をとっくに過ぎた時間だった。
* * *
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