私と白い王子様

ふり

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07・温泉に入って

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 鼻をツンとつくような硫黄臭に立ち上る湯気。それでいてお湯の色が、色鮮やかなエメラルドグリーンというギャップ。待ち焦がれていた温泉だ!

 私は何度かかけ湯をして、足からゆっくりお湯に浸けていく。まるで、品のあるお茶に浸かっているような錯覚に陥りそうだ。寒風に曝されて乾いた肌に、お湯が優しく包み込み、体中に沁み渡る。そんな感じがしてならないし、たまらない。

「はああぁぁぁあぁ、幸せ……」

 心身が浄化されていくことに喜びを感じつつも、隣で特に表情を変えない幼なじみに尋ねた。

「どうして普段は髪を下ろさないの?」

 湯船に浸かる前のことである。

 彗が洗髪しようとしたときに、防水用のヘアゴムを解いて少し揺らすと、腰あたりまで艶のある白髪が現れた。

 白く脱色していて勝手に痛んでいるものだと思っていたから、私のシャンプーを泡立てる手が止まってしまった。サラサラでまとまりがあって、思わず触りたくなったがそこは我慢した。

「ボクのキャラ的に、まとめておいたほうがいいかなって」

 彗は湯船に浸かるために、髪を元通りまとめ直していた。髪を湯の中に入れてしまうのは、ご法度中のご法度だ。

「昔みたいにベリーショートとかにしてみたら? 私は短いほうが似合うと思うんだけど」

 彗が両手ですくったお湯を見つめている。手の隙間から落ちていく様を無言で凝視していた。

「ねえ、聞いてんの?」
「どうしてだろうね。ハハハ……」

 表情筋がまったく動かない乾いた笑い。思わせぶりなのかカッコつけなのか。なんだか腹が立ったので、手の水鉄砲を顔面に喰らわせてやった。

 昔の彗は伸ばしてもボブカットぐらいで、季節によってはベリーショートにしていたこともあった。

 女子たちからすれば、イケメンたちが集められた事務所の人間に見えなくもないためモテモテ。上も下も関係なかった。

 でも男からはからっきし。それどころかライバル視されていたっけ。彗は男が苦手なほうだから、関わる気もなくて特に気にしてもなかったけど。

 そのへんのイケメンよりも、下心なんか微塵も見えない振る舞いや、レディファーストを心がけていた。盛りのついた思春期の男子が勝てるわけがない。言い寄る女子たちが後を絶たなかった。

 ただ、不思議だったのが、誰とも付き合わなかったことだ。本人はみんなの王子でいたいとか公言していた。それはわかる。

 休日は平日でエネルギーを消費するのか外出もロクにしないのも、誰とも会いたくなくなるのもわかる。

 わからないのが、万が一女子が訪ねてきたら居留守を使うか、窓か裏口伝いにうちに逃げてくる。とんだ王子様だ。お茶でも出して、ちょっとぐらい話して、このあと親戚が来るとか言ってさ、丁重に帰宅してもらえばいいのに。

 つまり小野崎彗という人間は、おおやけの学校では大勢にちやほやされていたい。だけど、わたくしの自宅では最小限の身近な人と過ごしたい。私から言わせれば、とんだわがまま王子様なのである。

 休日は何をするのかと言えば、私の家か彗の家でゲームしたり、料理やお菓子を作って過ごしたり、と、大人しい中高生時代だった気がする。

 ちなみにこの王子様キャラは、中三のころにプレイしたドマイナーなゲームの王子が気に入ったからだ。

 私は憂いていたのだが、一般的に失敗しがちな高校デビューで成功してしまう。大学生になった今もこうしてやっているってことは、よっぽど本人の中でやりやすい立ち振る舞いなのだろう。公私を知っているこっちは癪に障るけど。

「ねえ、夕季。外湯に行って見ないか」
「いいわよ。中ばっかりじゃ、つまらないもんね」

 先に彗が立つ。私の前を横切り、外湯への戸口に向かう。脂肪がほぼ無く鍛え上げられた上半身。骨盤が広く、トレーニング好きで走ることが好きな彗のお尻は、白くて大きい。筋肉と脂肪の付き具合が神がかっている。昔ふざけて揉んだとき、モチみたいに柔らかくて弾力があってびっくりしたなぁ。

 脚もほどよい太さで引き締まっている。こっちは無駄な老廃物も脂肪もない。まるでアスリートのようだ。

 上のほうが私的にイマイチな分、下半身は私の中では満点に近い。理想的で崇めたくなるくらいだ。

「しかし、大きくて丸いお尻だよね。揉んでもいい?」

 彗は首だけこちらに向けてさも当然のような口調で言う。

「いいけど、揉んだらキミの胸を揉んじゃうよ?」
「えー、形が崩れるからいいわ」
「はいはい。そう言うと思ったよ」

 私も立ち上がって、ふたりで外湯へ向かう。夕暮れに差しかかったせいか、外気が冷たさを増している気がする。

 石造りの湯船は趣きがあっていい。外の景色は竹の塀に囲われていて見えないけど、それでも外にいながら暖かいというのがよかった。絵の具のパレットで様々な色を混ぜまくった空に、沈みゆく赤い夕陽がまぶしいぐらい見える。それがまた、エメラルドグリーンのお湯に映えること映えること。

「ヤバイ、極楽過ぎてヤバイ。とにかくヤバイ」

 泣こうともしてないのに、涙で夕陽がグニャグニャに見える。しかも止まらないんだけど。

「ヤバイで語彙力が飛んでるし……って、泣いてるのかい?」
「何よぅ、泣いてちゃ悪い?」
「悪くないさ。夕陽を見て涙が出るのは、体がリラックスしてる証拠。よかったら、ボクの胸を貸そうか」

 彗がこちらに体を向けて手を広げる。いかにも受け入れ態勢万全なのが癪に障った。

「結構よ」
「え?」
「だって、たわわなおっぱいじゃないから」

* * *
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