私と白い王子様

ふり

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06・ぬか漬けのお世話

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「あれ?」

 自分の世界に浸っていたら、視界から彗が消えていた。トイレにでも行ったのかな。

 ネチャ、ニチャ、ヌチャ……

 水っぽい音が耳に入ってくる。何かをかき混ぜている音だ、間違いない。ここまで来てあんなことをしているのか。

 だんだん腹が立ってきた。ため息まじりに洗面所の扉を開け放つ。

「何やってんの!」
「わあ!?」

 驚いた彗の手元を見れば、透明なタッパーに茶色い味噌のような物が入っている。しかし、これは味噌ではない。米ぬかである。

 道理でクーラーボックスなんか持ってきているわけだ。まさかとは思ったよ。酒でも入っているんだろうと、あえてツッコまなかったけど、やっぱり持ってきていたとはね。

 この女は自分の趣味であるぬか漬け作りに余念がないのだ。こんな良い旅館の多分やたら高い部屋に来てまでにも関わらず、だ。

「ほら、このナス見てよ。今朝漬けたんだけど、いい感じに漬かっているとは思わないかい」

 彗のぬかまみれの手には、ひと口大に切った紫色のナス。今朝というから浅漬けだが、結構美味しそうだ……じゃない。私は無視して冷たくひと言。

「オマエはバカか」

 彗は意味がわからずキョトンとしている。ホント、ぬか漬けが絡むとバカ女になるんだから、困ってしまうし呆れてしまう。

「元カノと来なくてよかったね。その娘、幻滅して帰ったと思うよ」
「そんな……! ボクにぬか床を混ぜるなって言うのか!? ボクがいなきゃ、ぬかはカビてしまうんだ!」
「そのぬかに込めた愛を、彼女に向けなさいよ!」
「ボクの愛はどっちも百パーセント向けられていたはずだ! 合わせて二百パーセントの愛だよ!」

 真顔で熱くて青臭い馬鹿な言葉を返される。私は額に手をやって頭を振った。

「シラフでよくまあ、そんなことを言えるわね」
「何か間違ったことを言ったつもりはないから」

 断言しやがったコイツ。ここも昔から変わらないんだな。頑固者め。……ハア、連れ来てもらった手前だ。私が折れるしかない。

「持ってきたものはしょうがない。だけどいい? 旅館の人に見つからないようにするのよ?」

 子どもが出先に余計なおもちゃを持ってきて、困り切った親のように諭す。しかし奴はカラコンの向こうの純粋な瞳を揺らし、

「なんでだい?」
「なんでって、アンタね……!」

 そんなこともわからないのか。呆れて何も言えなくなり、ややヒステリー気味に言ってしまった。

「なんでもよ! 早く片づけなさい。温泉に行くわよ!」

 クローゼットから自分と彗の分の浴衣を持ってくる。服を脱ぎ、ブラも和装ブラに取り換え、浴衣を広げた。胸を目立たせたくないからね。生成きなに紫色の桔梗があしらわれている。とてもアダルティーな雰囲気を醸し出している浴衣だった。これは二十歳過ぎたての小娘が着るような柄じゃない。

「どうしたんだい? 浴衣を広げたまま固まって」

 声のするほうを向くと、いつの間にか彗の奴が着替え終えていた。白髪だから浮いてしまうのは仕方ない。まあ、それを抜きにしても私より大人びている風貌だから、それなりに似合ってるの少し癪だ。カラコンも外したみたいで、黒くて大きな瞳をキラつかせている。

「早いわね」
「あまり着たことなかったよね。手伝おうか」
「大丈夫よ」

 一応、着方をネットで調べておいてよかった。右前とか知らなかったし、恥を掻くところだった。ちなみに左を前にすると、死装束しにしょうぞくになってしまうとか。

 帯を締めて半纏はんてんを着て鏡で確認する。それなりに様になっているが、童顔よりの顔にはあまり似合ってないように思えた。

「おお、結構大人っぽくなったね」
「からかわないで」

 アンタのほうが一部分以外スタイル的によっぽど大人だよ、なんて思いつつ、貴重品を金庫付きのロッカーに預ける。必要な道具と、二本あるカギをお互いに一本ずつ持って部屋を出て施錠した。

 お待ちかねの温泉に、表に出さないものの私のテンションは急速に上がりつつあったのだった。 

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