Unknown Power

ふり

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4章

10 ストライク送球

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 仲が懐かしい感情に浸っている暇などなかった。
 グラウンドでは新後アイリスがシートノックを行っている。拝藤組の選手たちは目を皿のようにして動きを観察していた。

「お客さんがたくさんいるねー!」
「こんな寒い中ご苦労なこった」

 ダグアウトの前でガウラとネリネがキャッチボールしている。新後の心まで凍てつくような寒さに慣れつつあった。動いていることで体が温まり、雑談する余裕も出てきた。
 気持ちのいい冬晴れのおかげか、スタンドを見渡せば多くの客が詰めかけていた。もちろん、コートやジャンパーを羽織(はお)り、マフラーを首に巻き付け、手袋をはめての完全防寒の格好である。ポケットに何個カイロを詰めているかわからない。園木曰く、中止した前回もこんな感じだったらしい。
 仲がアイリス側のダグアウト上のスタンドに目を凝らす。懐かしい面々が見えた。本保に飯酒盃に寮母の靖子など、昔散々世話になった恩人たちが、若い姿でそこに存在している。当時を思い出して不意に目頭が熱くなりかけたが、一女が隣に座ったことにより感情が切り替わった。

「元気がありませんわね」
「そう見えるか。べつに普段と変わらないぞ」
「あの女と会ってから変よ」

 園木の言葉が引っかかり、一女は怪訝(けげん)に聞き返した。

「あの女?」
「向こうのオバサン監督のことよ。確か坂戸とか言ったかしら」
――このハゲ、ベラベラ喋りやがって……。

 口に出したい毒を心の中で思いっきり吐き出す。どうして大事な決戦のときに結束が乱れるような話をするのか。仲にはこのハゲが理解できなかった。

「お知り合いなのですか?」

 一女の冷えた目が仲に向けられた。下手なウソをついても仕方ない。事実のひとつを言うしかなかった。

「昔のな。チームが一緒だっただけだ。今は関わりはない」

 事実を淡々と告げ、視線を振り切るようにガウラとネリネに目線を転じた。ちょうどネリネが投げたボールをガウラが弾いてしまい、捕りに行っているところだ。そこへ、新後アイリスのノッカーが放った打球が大きく逸れ、ガウラの方へライナーで飛んできた。

「危ない!」

 誰かが叫んだ。このままではガウラに直撃してしまう。しかし、ガウラはしっかり目の端に捉えてて、こっちへ打球が飛んでてくることを知っていた。スッと立ち上がると振り向きざまにグローブを横に薙(な)いだ。ひときわ乾いた音が球場全体を包む。見事に予測して捕ってみせたのだ。

「オーゥ、ピッタリだね。今日は勘が冴えてるぅ~♪」

 球場がドッと沸く。新後アイリスと拝藤組の客は、敵味方関係なく絶賛し、万雷(ばんらい)の拍手がガウラに降り注いだ。
 気を良くしたガウラが助走をつけて送球した。狙いはノッカーの後ろにいた新後アイリスの控えキャッチャーである。空気を切り裂き、弾丸と化したボールが見事キャッチャーミットに着弾すると、またしても球場が大いに沸いた。

「調子が良さそうで何よりだな」

 仲がダグアウト前の対照的なふたりを見ながら言った。ガウラは客の賛辞の声に帽子を取って何回も頭を下げている。ネリネは腕を組んで憮然(ぶぜん)とした様子で眺めているだけだ。

「今日一番のコントロールを使った気がするのよね」

 園木が額に手を当て肩をすくめた。仲が思わず笑った。

「まさか」
「その『まさか』で終わってくれればいいんですけど」

 不意に笑みを収める。昔、由加里――今の坂戸――が似たようなことを言っていたのを思い出したのだ。

『ピッチャーはね、大なり小なり繊細な生きものなんだよ。突拍子もない勘はバカにできないのよ――』
「ああ、杞憂で終わってくれれればいいな」

 今はこんな言葉しか思いつかなかった。

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