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小さく光る冬桜
前編
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纏わりつく暑さに魘されていたのも遠い昔。
化粧を施した紅葉やイチョウの葉も、今ではそのほとんどが、竹箒によって砂とともにかき集められていく。
春夏秋冬。
文字通り、春が一年の始まりとするのなら、終わりを知らせる季節が、行き交う人々を包み込もうとしていた。
「最近一層と寒くなってきたな」
氷野祐輔は薄っすらと白くなった息を見ながら呟いた。
「あんたといると、余計に寒く感じるわ」
祐輔の隣を歩く木島遥香は手のひらを上に向け、首を小さく振りながら言う。
「またその話か。別に歩いてるときに俺が『氷野』って苗字だってこと、思い出したりしないだろ? それに珍しいとはいえ、全国には百人近くいるんだぜ?」
「たった百人でしょ? もはや選ばれし百人ってところね」
「遥香だって、もうじきその『選ばれし百人』に選ばれし人になるわけか」
「そう考えると嫌になっちゃう」と遥香は露骨に大きくため息をつく。
そのため息もまた、近づく神聖な季節に染まるように色を帯びていた。
祐輔と遥香は結婚を控えている。
学生時代から交際を始め、次の十二月で丸十年。
気が付けばもう三十代が見え始めていた。
正直、社会に出たからといって、大人になったという自覚がない。
言葉遣い、所作、気遣い。
そんなことを幾ら学んでも、それはあくまで余所行きの自分を作り上げていくだけで、素の部分では何も成長していない。
そう思えてならなかった。
だからこそ、なかなか結婚に踏み切れずにいた。
遥香からは遠回しに結婚を仄めかす言葉を何度も聞いた。
そんな時だった。
父親である和俊から、あの話を聞いたのは――。
「そろそろお前も結婚を考える歳になったか? 遥香さんとはどうなんだ?」
「結婚ね――……、それがどうしても踏ん切りがつかないというか、なんというか……」
「はっはっは。なんだそうか、お前もか。血は争えんもんだなぁ」
和俊は自分の太ももを叩いた後、今度は手で目を覆ってのけぞりながら、決して歯並びが良いとはとはいえない歯を見せつけるように大口を開けて笑った。
「何がそんなに面白いんだか……、ってお前もって何? どういうこと?」
「実は父さんもそうだった。母さんにもなかなかプロポーズを切り出せなくて、随分と急かされたもんだ」
昔を懐かしむように、棚の上に飾ってある一枚の写真を手に取った。
写真には桜が優しく舞う中で、大きな満月の光にうっすらと照らされた和俊、そしてまだ赤ん坊だった祐輔を愛おしそうに抱いた母親の小雪が写っている。
「へぇ。母さんが……」
意外だった。
祐輔は母親の顔を知らない。
正確には覚えていない。
小雪は祐輔が物心のつく前に亡くなった。
和俊曰く、その名前のように小さく儚い雪が溶けるように、静かな最期を迎えたらしい。
小雪の話になるたび、和俊は遠くを見るように必ず「お前は小雪に――母さんに愛されていたんだぞ」と話していた。
そのせいか、祐輔の中で小雪は穏やかで心優しい印象だった。
「それで? 父さんはどうして結婚しようと決めたの?」
自分の気持ちの迷いに気が付いていた祐輔は、「自分と同じ」と言われた和俊に聞いてみたくなった。
「ん? よく言うだろ。結婚は勢いだ、勢い。いつまで経っても決心なんて出来ないと思っているなら、流れに身を任せても良いんじゃないか? それも一つの運命だ」
「まるで参考にならないじゃないか」と言いかけた時、「とまぁ、それも事実ではあるんだが」と和俊は真面目な表情で話を続けたので、祐輔は次の言葉を飲み込んだ。
「父さんが結婚を決意したのはな……、見つけたからなんだ」
「見つけた? 『それは愛だ』とか言うのだけはやめてくれよ?」
「もちろん、そんなんじゃないさ。胸を張って『そんなの』と言うのも可笑しいんだが……」
和俊は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「父さんが見つけたのは桜だ」
「桜? 確か桜は母さんが大好きだったんだよね? でもそれって、見つけるって言わなくない? この街は春になったら幾らでも見られるでしょ」
祐輔は先程の和俊と同じ表情になっているような気がしていた。
「普通の桜じゃないぞ。その桜はな、冬にだけ咲く」
「あー、冬桜のこと? この辺にそんな品種があったんだ」
そう言いながら、祐輔は近くの桜の木を想像する。
しかし、この写真を含め、どの桜も記憶の中では春に花を咲かせていた。
「それってこの街のどの辺りに咲いてたの? 聞いたこともないんだけど――」
「いやこの――……待てよ」
何かを考えるように顎に手を当て、少しの間を置いた後、和俊は笑みを殺すように言った。
「祐輔、気になるならまず、お前が探すんだ」
「またそれか」
「はっはっは。良いじゃないか」
祐輔の記憶に残る和俊はいつもそうだった。
いつも肝心なところは口にせず、「宿題」として自分で答えを見つけるように促してくる。
自分で見つけるからこそ財産となり、強くなれるんだと和俊は言っていた。
もしかすると小雪が亡くなり、男手一つで育てられた祐輔のこの先の苦労を見据えてのことだったのかもしれない。
写真を手にしたままに言う和俊の姿を見て、祐輔は今更ながら直感的にそう感じた。
「それが結婚とどう繋がるのかはわかんないけど……、気になるから探してみるよ。父さんからの宿題だもん、提出しないわけにはいかないからね」
「父さんからの宿題は……これで最後だ。最後に相応しい、まさに難題だがな」
作られた笑顔の中には、どこか寂しさが滲んでいる。
その寂しさに疑問を覚えた祐輔は、つい言葉を失ってしまっていた。
そんな祐輔の視線に気が付いたのか、和俊の表情はあっという間に普段のモノへと変わっていく。
「大丈夫、お前もきっと見つけられるさ――」
そう言って立ち上がると、和俊は部屋を後にしたのだった――。
あの日から一週間が経った。
祐輔は休日はもちろん、通勤を含めた仕事の隙間時間にも桜の木を探していたが、未だに手掛かりの一つ見つけられていない。
何気なしに遥香に冬桜のことを話すと、「私も探すよ」ということになり、今日は朝から二人で探していた。
「二手に分かれた方が効率が良い」と言う遥香からの提案で二人は別れて探していたが、十分程前に「もう一回情報の整理から始めよう」と連絡があり、これから落ち合うことになっている。
「もうこの街も大体見回ったけど、蕾はおろか、葉っぱがついてる木もないよ……。本当に冬桜なんてあるのか?」
枝だけが残り、虚しささえも纏っているような桜の木を見上げながら、祐輔は大きくため息をつく。
祐輔の吐いた息は自分の存在を主張するように、色味を帯びて空へと昇っていった。
「父さんの宿題なら街の外ってことはないと思うけど、二人の思い出の場所って可能性もあるか……だとしたら、いよいよ見つけられないぞ」
祐輔は「この街のどこかにある」という先入観で必死に探していたが、根本から間違っているのではないかと思い始めていた。
「祐輔、お待たせ。どう? 何か手掛かりの一つ、見つかった?」
厚手のコートに手袋、そしてマフラーをかぎ結びにして完全防寒を施した遥香が手を振りながら小走りで向かって来る。
真冬になったら一体どんな格好をするつもりなのだろうと思いながら、祐輔も軽く手を振って応えた。
「いや、それが全然ダメ。もしかしたらこの街じゃなくて、二人の思い出の場所とかなのかなーって考えてたとこ」
「あー、なるほどね。その可能性はあるかも」
遥香は手袋をした手をこすり合わせ、更に暖を取ろうとしている。
今日は休日とはいえ、かれこれ探索してから二時間が経過していた。
休憩がてらカフェでも入るかと遥香に提案すると、遥香は二つ返事で了承した。
近くのカフェに着いた時、時刻は午後一時を回ったところだったが、まだ昼時ということもあり、店内は賑わいを見せている。
だが運が良いことに入店と同時に入れ違う形でカップルが店を後にしたので、特に待つこともなく、「こちらのお席へどうぞ」と窓際の席へと案内された。
「ラッキーだったね」と言って席に着き、二人分のホットコーヒーを注文すると、早々に冬桜の話へと移った。
「それで、二人の思い出の場所に心当たりはあるの?」
「それが全く。父さんからそんな話聞いたこともないし、母さんに至っては話した記憶すらないしな……」
祐輔は机に頬杖をつき、窓の外に見える「普通の」桜の木を見ながら言った。
枝には風で飛ばされたであろうビニール袋がぶら下がっている。
「そうよね……。ねえ、これっておじさんにヒント貰えたりしないの?」
「うーん、父さんの性格上、何も教えてくれないと思う」
遥香は「そっか……」と少し落胆しながら、運ばれてきたコーヒーに口に運ぶ。
「おじさんからの『宿題』は初めてじゃないのよね? それも全部、何のヒントも無しに答えてきたの?」
「そう……だったかな、うん。特に聞いた記憶はないな」
「じゃあやっぱりダメか――」
遥香がため息交じりに返事をした時だった。
祐輔の中に一つの疑問が生まれ、気付けば「でも」という言葉が口を衝いていた。
「今まで答えてこられた『宿題』は、こんなにあちこちを探したりするんじゃなくて、全部身の回りというか、身近なモノが答えだったんだよな……」
「例えば?」
「それこそ家の中だったり、自分の気持ちだったり。だからこうやって探索をするってこと自体、していなかったような――」
「それよ!」
突然の大声に、祐輔は思わず身をすくめた。
「何かわかったの?」
先程の大声を無かったことにするように、祐輔は口元を手で覆いながら、小さな声で問いかける。
遥香は顔を近づけ、祐輔と同じくらいの小声で言った。
「きっと答えは身近な場所にあるってこと。私がパッと思い付いたのは……、祐輔。あなたのお家よ。確か庭に桜の木を植えてなかった?」
まるで名推理とでも言わんばかりに、遥香は口角を上げた。
「確かに植えてあるけど……、それはないんじゃないか? だって毎年のように四月頃に開花してるんだよ? それが急に冬桜になるなんて、まず考えられない」
「でも、おじさんが見たのは『冬桜』だとは明言してないんでしょ? もしかしたら、何か意味があるのかも」
理屈が通っていないわけではないが、何一つ確証はない。
あるのは今までの「宿題」から培ってきた「勘」だけだった。
「んー……。じゃあ一応、調べてみるか」
「そうこなくっちゃ」
化粧を施した紅葉やイチョウの葉も、今ではそのほとんどが、竹箒によって砂とともにかき集められていく。
春夏秋冬。
文字通り、春が一年の始まりとするのなら、終わりを知らせる季節が、行き交う人々を包み込もうとしていた。
「最近一層と寒くなってきたな」
氷野祐輔は薄っすらと白くなった息を見ながら呟いた。
「あんたといると、余計に寒く感じるわ」
祐輔の隣を歩く木島遥香は手のひらを上に向け、首を小さく振りながら言う。
「またその話か。別に歩いてるときに俺が『氷野』って苗字だってこと、思い出したりしないだろ? それに珍しいとはいえ、全国には百人近くいるんだぜ?」
「たった百人でしょ? もはや選ばれし百人ってところね」
「遥香だって、もうじきその『選ばれし百人』に選ばれし人になるわけか」
「そう考えると嫌になっちゃう」と遥香は露骨に大きくため息をつく。
そのため息もまた、近づく神聖な季節に染まるように色を帯びていた。
祐輔と遥香は結婚を控えている。
学生時代から交際を始め、次の十二月で丸十年。
気が付けばもう三十代が見え始めていた。
正直、社会に出たからといって、大人になったという自覚がない。
言葉遣い、所作、気遣い。
そんなことを幾ら学んでも、それはあくまで余所行きの自分を作り上げていくだけで、素の部分では何も成長していない。
そう思えてならなかった。
だからこそ、なかなか結婚に踏み切れずにいた。
遥香からは遠回しに結婚を仄めかす言葉を何度も聞いた。
そんな時だった。
父親である和俊から、あの話を聞いたのは――。
「そろそろお前も結婚を考える歳になったか? 遥香さんとはどうなんだ?」
「結婚ね――……、それがどうしても踏ん切りがつかないというか、なんというか……」
「はっはっは。なんだそうか、お前もか。血は争えんもんだなぁ」
和俊は自分の太ももを叩いた後、今度は手で目を覆ってのけぞりながら、決して歯並びが良いとはとはいえない歯を見せつけるように大口を開けて笑った。
「何がそんなに面白いんだか……、ってお前もって何? どういうこと?」
「実は父さんもそうだった。母さんにもなかなかプロポーズを切り出せなくて、随分と急かされたもんだ」
昔を懐かしむように、棚の上に飾ってある一枚の写真を手に取った。
写真には桜が優しく舞う中で、大きな満月の光にうっすらと照らされた和俊、そしてまだ赤ん坊だった祐輔を愛おしそうに抱いた母親の小雪が写っている。
「へぇ。母さんが……」
意外だった。
祐輔は母親の顔を知らない。
正確には覚えていない。
小雪は祐輔が物心のつく前に亡くなった。
和俊曰く、その名前のように小さく儚い雪が溶けるように、静かな最期を迎えたらしい。
小雪の話になるたび、和俊は遠くを見るように必ず「お前は小雪に――母さんに愛されていたんだぞ」と話していた。
そのせいか、祐輔の中で小雪は穏やかで心優しい印象だった。
「それで? 父さんはどうして結婚しようと決めたの?」
自分の気持ちの迷いに気が付いていた祐輔は、「自分と同じ」と言われた和俊に聞いてみたくなった。
「ん? よく言うだろ。結婚は勢いだ、勢い。いつまで経っても決心なんて出来ないと思っているなら、流れに身を任せても良いんじゃないか? それも一つの運命だ」
「まるで参考にならないじゃないか」と言いかけた時、「とまぁ、それも事実ではあるんだが」と和俊は真面目な表情で話を続けたので、祐輔は次の言葉を飲み込んだ。
「父さんが結婚を決意したのはな……、見つけたからなんだ」
「見つけた? 『それは愛だ』とか言うのだけはやめてくれよ?」
「もちろん、そんなんじゃないさ。胸を張って『そんなの』と言うのも可笑しいんだが……」
和俊は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「父さんが見つけたのは桜だ」
「桜? 確か桜は母さんが大好きだったんだよね? でもそれって、見つけるって言わなくない? この街は春になったら幾らでも見られるでしょ」
祐輔は先程の和俊と同じ表情になっているような気がしていた。
「普通の桜じゃないぞ。その桜はな、冬にだけ咲く」
「あー、冬桜のこと? この辺にそんな品種があったんだ」
そう言いながら、祐輔は近くの桜の木を想像する。
しかし、この写真を含め、どの桜も記憶の中では春に花を咲かせていた。
「それってこの街のどの辺りに咲いてたの? 聞いたこともないんだけど――」
「いやこの――……待てよ」
何かを考えるように顎に手を当て、少しの間を置いた後、和俊は笑みを殺すように言った。
「祐輔、気になるならまず、お前が探すんだ」
「またそれか」
「はっはっは。良いじゃないか」
祐輔の記憶に残る和俊はいつもそうだった。
いつも肝心なところは口にせず、「宿題」として自分で答えを見つけるように促してくる。
自分で見つけるからこそ財産となり、強くなれるんだと和俊は言っていた。
もしかすると小雪が亡くなり、男手一つで育てられた祐輔のこの先の苦労を見据えてのことだったのかもしれない。
写真を手にしたままに言う和俊の姿を見て、祐輔は今更ながら直感的にそう感じた。
「それが結婚とどう繋がるのかはわかんないけど……、気になるから探してみるよ。父さんからの宿題だもん、提出しないわけにはいかないからね」
「父さんからの宿題は……これで最後だ。最後に相応しい、まさに難題だがな」
作られた笑顔の中には、どこか寂しさが滲んでいる。
その寂しさに疑問を覚えた祐輔は、つい言葉を失ってしまっていた。
そんな祐輔の視線に気が付いたのか、和俊の表情はあっという間に普段のモノへと変わっていく。
「大丈夫、お前もきっと見つけられるさ――」
そう言って立ち上がると、和俊は部屋を後にしたのだった――。
あの日から一週間が経った。
祐輔は休日はもちろん、通勤を含めた仕事の隙間時間にも桜の木を探していたが、未だに手掛かりの一つ見つけられていない。
何気なしに遥香に冬桜のことを話すと、「私も探すよ」ということになり、今日は朝から二人で探していた。
「二手に分かれた方が効率が良い」と言う遥香からの提案で二人は別れて探していたが、十分程前に「もう一回情報の整理から始めよう」と連絡があり、これから落ち合うことになっている。
「もうこの街も大体見回ったけど、蕾はおろか、葉っぱがついてる木もないよ……。本当に冬桜なんてあるのか?」
枝だけが残り、虚しささえも纏っているような桜の木を見上げながら、祐輔は大きくため息をつく。
祐輔の吐いた息は自分の存在を主張するように、色味を帯びて空へと昇っていった。
「父さんの宿題なら街の外ってことはないと思うけど、二人の思い出の場所って可能性もあるか……だとしたら、いよいよ見つけられないぞ」
祐輔は「この街のどこかにある」という先入観で必死に探していたが、根本から間違っているのではないかと思い始めていた。
「祐輔、お待たせ。どう? 何か手掛かりの一つ、見つかった?」
厚手のコートに手袋、そしてマフラーをかぎ結びにして完全防寒を施した遥香が手を振りながら小走りで向かって来る。
真冬になったら一体どんな格好をするつもりなのだろうと思いながら、祐輔も軽く手を振って応えた。
「いや、それが全然ダメ。もしかしたらこの街じゃなくて、二人の思い出の場所とかなのかなーって考えてたとこ」
「あー、なるほどね。その可能性はあるかも」
遥香は手袋をした手をこすり合わせ、更に暖を取ろうとしている。
今日は休日とはいえ、かれこれ探索してから二時間が経過していた。
休憩がてらカフェでも入るかと遥香に提案すると、遥香は二つ返事で了承した。
近くのカフェに着いた時、時刻は午後一時を回ったところだったが、まだ昼時ということもあり、店内は賑わいを見せている。
だが運が良いことに入店と同時に入れ違う形でカップルが店を後にしたので、特に待つこともなく、「こちらのお席へどうぞ」と窓際の席へと案内された。
「ラッキーだったね」と言って席に着き、二人分のホットコーヒーを注文すると、早々に冬桜の話へと移った。
「それで、二人の思い出の場所に心当たりはあるの?」
「それが全く。父さんからそんな話聞いたこともないし、母さんに至っては話した記憶すらないしな……」
祐輔は机に頬杖をつき、窓の外に見える「普通の」桜の木を見ながら言った。
枝には風で飛ばされたであろうビニール袋がぶら下がっている。
「そうよね……。ねえ、これっておじさんにヒント貰えたりしないの?」
「うーん、父さんの性格上、何も教えてくれないと思う」
遥香は「そっか……」と少し落胆しながら、運ばれてきたコーヒーに口に運ぶ。
「おじさんからの『宿題』は初めてじゃないのよね? それも全部、何のヒントも無しに答えてきたの?」
「そう……だったかな、うん。特に聞いた記憶はないな」
「じゃあやっぱりダメか――」
遥香がため息交じりに返事をした時だった。
祐輔の中に一つの疑問が生まれ、気付けば「でも」という言葉が口を衝いていた。
「今まで答えてこられた『宿題』は、こんなにあちこちを探したりするんじゃなくて、全部身の回りというか、身近なモノが答えだったんだよな……」
「例えば?」
「それこそ家の中だったり、自分の気持ちだったり。だからこうやって探索をするってこと自体、していなかったような――」
「それよ!」
突然の大声に、祐輔は思わず身をすくめた。
「何かわかったの?」
先程の大声を無かったことにするように、祐輔は口元を手で覆いながら、小さな声で問いかける。
遥香は顔を近づけ、祐輔と同じくらいの小声で言った。
「きっと答えは身近な場所にあるってこと。私がパッと思い付いたのは……、祐輔。あなたのお家よ。確か庭に桜の木を植えてなかった?」
まるで名推理とでも言わんばかりに、遥香は口角を上げた。
「確かに植えてあるけど……、それはないんじゃないか? だって毎年のように四月頃に開花してるんだよ? それが急に冬桜になるなんて、まず考えられない」
「でも、おじさんが見たのは『冬桜』だとは明言してないんでしょ? もしかしたら、何か意味があるのかも」
理屈が通っていないわけではないが、何一つ確証はない。
あるのは今までの「宿題」から培ってきた「勘」だけだった。
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