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エピソード 1/3
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「……もう、終わりにしよう」
私はあの雪の降る日を、これからも一生忘れない――。
◆
「今年の正月なんだけどさー」
「んー、正月がなんてー?」
「今年は俺の実家だったし、次は望実の実家に顔出す感じで良いよね? というか、来年は四日から仕事だから長距離移動はしんどい」
暖房の効いた部屋。気温差で曇る窓。気の抜けた彼の声。決して広くはないマンションの一室で、長田望実は夕食の支度をしていた。
彼氏である泉遼との同棲生活も、まもなく七年目を終えようとしている。すっかり親公認の仲となった今では、年始に互いの実家を訪れることに、何の抵抗も抱かなくなった。付き合い始めの頃、「相手の実家に行く」ことを一大イベントと捉えていた時代が懐かしい。
「あー、そうだね。それで良いよ」
望実は料理をする手を止めて振り返る。遼はこちらを見ることも、声を発することもなく、軽く手を挙げて合図を送り、再びスマートフォンから再生される動画の世界に戻っていった。
最近は口数も少なく、どこかよそよそしく感じることもあったが、今日はいつになくぎこちない。
とはいえ、この投げやりな口調と態度は今に始まったことではない。心なしか残業も増えた気がする。そんな日々を繰り返すたびに、遼が私のことを本当に好きなのかどうか、わからなくなることもある。ただ、三十二歳という自身の年齢を考えると余計な思考が脳裏をよぎり、それを聞くことすら気が引けてしまう。不意に見せる遼の表情や仕草を脳内で都合よく加工処理をしては、その感情に蓋をすることもあった。
まあ、七年も一緒に過ごしていれば、こうもなるよね――こぼれた小さなため息は、音という装飾品を纏わずに流れていく。望実は諦めるように振り返ると、今の気持ちを形にしたような、中途半端に切られた野菜に視線を落とす。それと同時に、視界は少しずつぼやけていった。
もう、ダメなのかな――。
遼との出会いは今から九年前――新卒で入社した会社の歓迎会にまで遡る。
総勢五十名を超える新卒社員が一堂に会した入社式では見かけることもなかったが、歓迎会で偶然同じテーブルに割り振られ、望実の正面に座ったのが遼だった。
遼は「典型的な新社会人」で、ドリンクの注文や上司へのお酌、料理の取り分けや空いたグラスの回収など、多方面に気を利かせていた。比較的おとなしい性格の望実からしてみれば、「新社会人」という枠以外で、二人の共通点を見出せなかったことを覚えている。初めて二人で話したのも、「後は同期で仲良く」と上司が店を後にしてからだった。
「長田……さんは、都内配属?」
胸に付けたネームプレートをちらちらと見ながら、遼は不自然な笑みを浮かべて言う。入社前の懇親会で会っていないということは、遼の勤務地は都内ではなのだろう。二人の間には妙な距離があった。
「そう、白金。泉くんはどこ?」
「俺は北海道の白樺。そっか、白金か……じゃあ『白』繋がりだ」
彼なりの距離の縮め方だったのだろうが、望実の頭は一瞬、真っ白になった。数回の瞬きの後、望実はようやくそのことに気が付き、「確かにね」と相槌にもならない言葉を、不器用な笑顔とともに届けた。
後々聞いた話だが、どうやら遼は一目惚れに近い感覚だったようで、それからも一方的とも取れるほど積極的に、中身のない会話のボールは投げ込まれ続けた。「サンドバックじゃん」と思うこともあったが、この歓迎会が終わる頃には、必死に話す彼を可愛いと思うようになっていた。
そして、まだ肌寒さも残る店の外で、額いっぱいに汗を掻いた遼と連絡先を交換して、出会いの日は終わったのである。
私はあの雪の降る日を、これからも一生忘れない――。
◆
「今年の正月なんだけどさー」
「んー、正月がなんてー?」
「今年は俺の実家だったし、次は望実の実家に顔出す感じで良いよね? というか、来年は四日から仕事だから長距離移動はしんどい」
暖房の効いた部屋。気温差で曇る窓。気の抜けた彼の声。決して広くはないマンションの一室で、長田望実は夕食の支度をしていた。
彼氏である泉遼との同棲生活も、まもなく七年目を終えようとしている。すっかり親公認の仲となった今では、年始に互いの実家を訪れることに、何の抵抗も抱かなくなった。付き合い始めの頃、「相手の実家に行く」ことを一大イベントと捉えていた時代が懐かしい。
「あー、そうだね。それで良いよ」
望実は料理をする手を止めて振り返る。遼はこちらを見ることも、声を発することもなく、軽く手を挙げて合図を送り、再びスマートフォンから再生される動画の世界に戻っていった。
最近は口数も少なく、どこかよそよそしく感じることもあったが、今日はいつになくぎこちない。
とはいえ、この投げやりな口調と態度は今に始まったことではない。心なしか残業も増えた気がする。そんな日々を繰り返すたびに、遼が私のことを本当に好きなのかどうか、わからなくなることもある。ただ、三十二歳という自身の年齢を考えると余計な思考が脳裏をよぎり、それを聞くことすら気が引けてしまう。不意に見せる遼の表情や仕草を脳内で都合よく加工処理をしては、その感情に蓋をすることもあった。
まあ、七年も一緒に過ごしていれば、こうもなるよね――こぼれた小さなため息は、音という装飾品を纏わずに流れていく。望実は諦めるように振り返ると、今の気持ちを形にしたような、中途半端に切られた野菜に視線を落とす。それと同時に、視界は少しずつぼやけていった。
もう、ダメなのかな――。
遼との出会いは今から九年前――新卒で入社した会社の歓迎会にまで遡る。
総勢五十名を超える新卒社員が一堂に会した入社式では見かけることもなかったが、歓迎会で偶然同じテーブルに割り振られ、望実の正面に座ったのが遼だった。
遼は「典型的な新社会人」で、ドリンクの注文や上司へのお酌、料理の取り分けや空いたグラスの回収など、多方面に気を利かせていた。比較的おとなしい性格の望実からしてみれば、「新社会人」という枠以外で、二人の共通点を見出せなかったことを覚えている。初めて二人で話したのも、「後は同期で仲良く」と上司が店を後にしてからだった。
「長田……さんは、都内配属?」
胸に付けたネームプレートをちらちらと見ながら、遼は不自然な笑みを浮かべて言う。入社前の懇親会で会っていないということは、遼の勤務地は都内ではなのだろう。二人の間には妙な距離があった。
「そう、白金。泉くんはどこ?」
「俺は北海道の白樺。そっか、白金か……じゃあ『白』繋がりだ」
彼なりの距離の縮め方だったのだろうが、望実の頭は一瞬、真っ白になった。数回の瞬きの後、望実はようやくそのことに気が付き、「確かにね」と相槌にもならない言葉を、不器用な笑顔とともに届けた。
後々聞いた話だが、どうやら遼は一目惚れに近い感覚だったようで、それからも一方的とも取れるほど積極的に、中身のない会話のボールは投げ込まれ続けた。「サンドバックじゃん」と思うこともあったが、この歓迎会が終わる頃には、必死に話す彼を可愛いと思うようになっていた。
そして、まだ肌寒さも残る店の外で、額いっぱいに汗を掻いた遼と連絡先を交換して、出会いの日は終わったのである。
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