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五章

その38 わかっていたさ ★

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 「文芸部みんなの話を、しようよ」

 そのナツキの言葉に、俺達は動きを止めてしまっていた。
 あの日から二週間。誰も触れようとしなかった話題に、ナツキは唐突に斬り込んできた。

 「……今更、なんの話をすると言うのですか。もう、終わった話でしょう」
 「だったらさ、なんで二人共そんな無理矢理はしゃいでいるの?」
 「うぐっ……」

 まるで図星をつかれたとばかりにフユカが呻く。

 普段とは違って間延びしていないナツキの声。そのせいで問い詰められているような感覚になる。いや、実際問い詰められているのだろう。俺達の気持ちを。

 「無理矢理はしゃがないと思い出すのかな。それとも、思い出してしまうからはしゃいでいるの?」
 「それは……」
 「無理して二人分はしゃいでも、何も変わらないよ。今はいないんだもん。ここに二人はいないんだよ」
 「………そんなことわかってますよ!」

 フユカが声を荒げた。ただ、それでもナツキの表情に変化はない。真剣な眼差しで俺達を見据えているだけだ。

 「まだ、終わってなんかないよ。二人共、今を足りない・・・・って思っているはずだよね」
 「………………」

 ナツキの言葉に、俺達は何も言い返すことができない。
 それは事実であるからだ。正論であるからだ。俺達は今の文芸部を見て、足りていないと思ってしまっている。アメとハルがいないことが、おかしいと思っているのだ。

 あんなにもひどい言葉で突き放してしまった。突き放す覚悟は既にあったのだと勝手に思い込んでいたからだ。だが、現実はそうじゃない。
 感情に任せて言いたいことだけ言って、相手の意見に聴く耳すら持たなかった。これではただの子供だ。気に入らないからと捨ててしまうワガママな子供だった。

 そうして失ったものの大きさに気がつく。心に開いたぽっかりとした穴は、どう頑張っても防ぐ手立てが見つからず。それでもなんとかしようと空元気ではしゃいでも、気休めにすらならなかった。

 「シュウも、本当はわかってたんでしょ。ハルもアメも、私達と同じ気持ちだったってことくらい」
 「………………ああ」

 俺は力なく頷いた。
 じわりと視界が滲む。零れそうになる涙を、上を向いて必死にせき止めた。

 「わかってさ。そのくらい」

 どうしようもなく、声が震えていた。
 自分がしでかしてしまったことの後悔と罪悪感で、胸が張り裂けそうな程に痛い。だがそれ以上に、アメとハルがいなくなったこの文芸部が俺の心を痛めつけていた。

 「アメもハルも……七不思議に縋っていたってことくらい、俺だってわかってさ………!」

 クラスの人気者で美少女で、運動ができて爽やかで。

 だからなんだ・・・・・・

 あの日にハルは、七不思議を荒唐無稽だと言った。それについつい噛み付いてしまった俺達だが、そんなことは俺達だってなんとなくわかっていた。わかっていた上で、文芸部に所属していた。

 それは、アメもハルも同じなんだ。だから二人も文芸部にいたんだ。

 二人共、恋人が欲しくて。でもどうすることもできなくて。それで、それで俺達みたいに文芸部に入部したはずなんだ。

 七不思議という荒唐無稽なものに縋るために。

 そうするしか、道がないと思ったから。そうすることでしか、恋人をつくれないと思ったから。きっと認識の差はあれど、皆同じ気持ちを抱いていたはずなんだ。それだけは、疑っちゃいけなかったというのに。

 「わかってる、わかってるんだよ!皆おんなじ気持ちだったってことくらいは!ただ俺達が、アメとハルに嫉妬してただけだってことくらいはさ!」

 それでも、それでも。

 たとえ嫉妬していたとしても。俺と彼らの違いをはっきりとされても。

 それでも、それでも!

 「それでも、あいつらといた文芸部が楽しかったんだって!五人揃って過ごす文芸部が良かったんだって!本当は、本当は、恋人なんかどうでも良くて…、皆で過ごす文芸部の日々の方が何倍も大切なんだって、わかってたさ!」

 自分の心にある気持ちをただただ吐き出していく。上手く形として表現できているかなんて気にしない。

 これが、この言葉が、飾らない俺の本音なのだから。

 「………ですが、結局はあれで壊れてしまうのが私達の関係だったわけですよ。所詮は高校で出会って本音もぶつけ合ってない、友達未満の関係なんです………」

 フユカも涙声になりながら、そうこぼした。
 フユカも勿論わかっている。二人の気持ちも、文芸部の大切さもわかっている。それでもそう言わざるを得ない。過去の自分の行いを、否定しないためにもそう言わざるを得ないのだ。

 でも、ナツキはそんなフユカを見て優しく微笑みかけた。

 「でも、フユカの本音はぶつけたでしょ?」
 「ッ……!」
 「だったら、後はハルに本音をぶつけてもらわなきゃ」

 ふるふるとフユカの膝に置かれた小さな握り拳が震える。
 その上に、ぽつりぽつりと涙の雫がこぼれていた。

 「………許してもらえると、思いますか?」
 「わからないよ、それは二人次第だから。………でも、もし許してもらえなかったとしたら━━━━」
 「………したら?」
 「その時は、喧嘩したらいいと思うよ」

 その言葉に、フユカの瞳が大きく見開かれた。

 「言いたいこと言って、相手の言葉を聴いて、お互い怒って、それで最後に仲直りすればいいんだよ」

 しばらくうつむいていたフユカが、勢いよく顔を上げた。泣いていたのがはっきりとわかるくらいに、目は腫れているし頬には涙の後がついている。
 それでもフユカの瞳には、強い意志が宿っていた。

 「………行かないと」

 立ち上がったフユカは、一歩一歩と進んでいく。

 「ハルにごめんなさいって、言わないと……!」

 そうして遂にフユカは駆け出した。

 それを見て、俺も座ったままというわけにはいかないだろう。
 零れそうな涙を、袖で乱雑に拭って立ち上がる。

 部室を飛び出す前に、俺はナツキに視線を向けた。

 今回もまた、ナツキに助けられた。流石は我らが・・・・部長である。

 お礼は言わない。言わなくても、きっとナツキには伝わっているはずだろうから。それにナツキが今聴きたいのはお礼なんかじゃない。だから俺は、

 「ちょっと喧嘩してくるよ」

 そう言った。

 ナツキは軽く頷いて、微笑んでくれた。

 「行ってらっしゃい」

 それに頷きを返して、俺は部室を後にした。

 どこにいるのかはわからないが、会いに行くために。たった一人の、文芸部の男友達との友情のために。

 俺は走る。

◆◆◆

 「梅崎くん?どうかしたの?」
 「ん……?ああ、いや。なんでもないんだよ」
 「そう、ならいいんだけど。ほら!今日は買い物に行く約束だったでしょ!早く行こうよ」
 「そう、だね」

 雨はしばしの間、思考に意識を取られて周りに気がついていなかったようだ。目の前にいた彼女が、可愛らしく頬を膨らませている。

 放課後。既に教室には二人以外のクラスメイトは存在していなかった。それぞれ帰宅なり部活動なりなんなりしているのだろう。

 部活動、という言葉に雨は僅かに胸を締め付けられるような感覚を覚えた。だが、彼女の手前それを表情に出すことはしなかった。余計な心配はかけさせたくない、そう雨は考えているからだ。

 正鞄を持って、雨は立ち上がる。

 「それじゃあ行こうか」
 「うん!」

 嬉しそうに笑う彼女を見て、雨の表情も柔らかなものとなる。そうして二人は教室から出ていく。その直前、雨はある場所に視線を向けた。
 部室棟の三階、その一番端にある文芸部室を一瞥して、雨は再び歩き始めた。
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