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11.心音
しおりを挟む「で、いつから見ていたんだ?」
ブレットがお茶を出しに現れてくれたおかげで、一度は難を逃れることができた。
彼が退出した後、こうして尋問を受けることになるまでは。
机をはさんで応接室のソファに座り、持ってきた資料を見せようとするが、ごまかされてはくれない様子だ。
じぃとこちらを見つめる銀色の瞳は「逃がしはしない」と語っている。
「‥1か月と少し前です」
「そんなに前からバレていたのか」
「盗み見していたとか、サボっていたとかいうわけではなく、ダレルさんが髪をおろしてる日はランプが灯らないので、つい確認してしまったというか‥‥」
責めるような顔から、困惑した表情に色を移す彼が、目だけで続きを促す。
カフスが光っていたこと、ジンクスのこと、交歓会で出会ってとても驚いたこと。
「昼寝している姿を見るのが好きだったこと」を除いて1から10まですべて説明した。
全てを話してから、黙って聞いてくれた彼に目を向けると、一転、おかしくてたまらない、と言った様子で、また肩を揺らしていた。
「知らぬ間に青い鳥になっていたとは」
「どちらかというと、四葉のクローバーです」
隠したかった事をすべて話してしまったのだ。すかさず返した言葉に、少しむっとした気持ちがこもってしまったのも仕方がない。しかしながら、自棄になって、全て話してしまえば、心が軽くなったのも事実だった。
眺めるのが好きだなんだと言い訳をしても、やはり後ろめたかったのだ。
遠くから盗み見ているという事実を、彼に知られたら、と思うと恥ずかしくて仕方がなかった。
その秘密がなくなった今、変に肩肘を張って身構えずとも、彼と相対することができる。
軽く握ったこぶしをで口を隠すようにして笑う彼の姿に、また胸が小さくとどろいた。
「まぁあんなところで昼寝していた俺も悪いんだろうが。言っておくがサボっていたわけではない」
「ふふっ。昼寝はサボりじゃないんですね」
「近くに薬草園があるだろう。あそこに行くのがこの塔に来る目的なんだが、あそこの連中は約束の時間になっても平気で作業を続けるんだ」
自然に続いた彼の説明に隠れて安堵の息をもらす。
薬草園といえば、いつだかアリシアが面倒な人が多いと言っていた場所だ。彼の言葉を聞くに、アリシアの説明通りなのだろう。
「作業が終わるまで待っていろ、と追い出されるから近くのベンチで待っているだけだ。」
「だからサボりではない」と、確信犯的な表情で、もっともらしい説明を続ける彼に、また小さく笑みがこぼれる。
視線を感じて、顔を向ければ、ひどく優し気な表情でカレンを見つめるダレルの姿があった。
ほんの数秒、視線が絡む。
北側だというのに、春の陽ざしに満たされたような心地だった。
「罪悪感から緊張していただけ」そう言い聞かせていないと、カレンはもうこの先の仕事を恙なく終えられる自信がなくなってしまっていた。
今のは罪悪感と共に捨ててしまえ。
胸の内の深い部分に、押し込んできつく閉じ込めるように、強く強く念じると、資料を差し出して、心から笑顔を作った。
◇◇◇
作ってきた資料を一通り説明して、ふぅと小さく息を吐く。
「いくつか気になった点を聞いてもいいか」
「はい、もちろんです」
「この読み取りと登録、それぞれの部品はどれくらいの大きさになる?」
「最小サイズは試作してみてからになるかと思いますが、ある程度は希望を機巧開発部に伝えれば、それに収まるサイズで作ってもらえる想定です」
「そうか」
部品の大きさは変換後の論理回路の大きさに比例する。
記載された論理回路の量が多ければ多いほど、変換器にかけて立体化する際により大きなものとなる。
各部品は「読み取るだけ」「書き込むだけ」の機能にして、暗号化やそれを戻す複合化は、本体部分でやらせるようにすれば、各部品はさほど大きなものにはならない。
「この登録時に読み取るカードはどうする。以前の試験時のもののように判を押すのではまた誤読が増えるんじゃないか?」
「はい。おっしゃる通りです。商家の方は通行証をお持ちですよね?そちらを読み取って登録に回せば、手間が減るのではと考えているのですが、他の訪問者の方はそういった物はお持ちではないでしょうか?」
何か役に立つものがないか、と考えた時、前職の商家ではどこに行くにも通行証を持って出かけていたことを思い出したのだ。
商人は、仕事をしていくうえで、当然王城や碧の塔といった国の施設に出入りする機会もおおい。
貴族のものであれば、馬車の紋や姿を確認すれば、受付係も身元の当たりがつくが、商人となると、全員の顔や、商会名をすべて覚えていることはできない。
そこで、城や塔の入口を通過する際に、通行証を見せることで、文字通り、受付での記名や押印を割愛して、入場することができるようになっていた。
城の入口にこそ、入場記録器がいるのでは、と考えたカレンだったが、これ以上発注を受けられない現状を鑑み、口には出さなかった。
閑話休題。
通行証には、定められた枠内に、どこの領に属しているかや、組織の名前、扱っている代表的な商品の分野、代表の氏名等が記載されている。
商人に関していえば、この通行証を使って、入室記録器に登録すれば、カードを発行する部分に関して問題なく行うことができる。
その他の薬師や医師が来た際に、通行証と同じようなものを所持しているか、と言うことが今回の説明にあたっての、懸念点であった。
「まず、個人で申請にくる薬師のほうだが、そちらは問題ない。自分で自分の薬を売りたくて登録にくるくらいだ。通行証を持っている奴がほとんどだ。」
「問題は医師たちのほうだな。紹介を求めてうちに来る医師はたいてい1度か2度来るくらいでその後は全く来ない。頻繁に出入りをしないから、当然通行証は持っていないし、1回や2回の訪問の為に、カードを発行してやるのもなぁ」
「なるほど。承知いたしました。一度持ち帰って検討してもいいですか?」
一度説明しきってしまえば、話は早い。先日の挨拶の際もそうだったが、効率よく会話が進み、仕事の出来る人間を相手しているのだ、と神経がぴりつく。
「問題ない。次は3日後の午後から予定が入っている。11時でどうだろうか」
「わたしの方はこちらに集中していいことになっているので、いつでも構いません。また場所だけ確保次第、ご連絡差し上げます」
「その件なんだが、君たちの執務室にお邪魔してはまずいだろうか」
「‥あの狭い部屋にですか?」
思いがけない言葉に目を丸くすると、彼が少し目を細めた
「確かに広くはなかったな。職務の邪魔にならなければ、そちらの打ち合わせスペースでも借りることが出来れば、行き来が楽なんじゃないかと思ってな」
君もここまで来るのは手間だろう。と続けられるが、塔まで来ていただいているのにさらに執務室にまで、と思うと腰が引ける。
「ですが、ただでさえ来ていただいているのに、応接室も用意しないなんて‥‥」
「気を遣わないでくれ、と言っただろう。薬草園でも立ち話をさせられているくらいだ。君が気にすることではない。無論トラヴィス達の邪魔になるようであれば、こちらを手配いただくのでも構わないから、少し考えてみてもらえないだろうか」
逆にこちらが気を遣われているのを感じながら、仕方なく応諾する。
彼の顔がほころんだのを認めると、こちらも釣られて口元が緩んでしまった。
「ではまた3日後に」
「はい、お願いいたします」
微笑みを残して立ち去る彼を見送る。
つい先ほど、心の奥底で封じ込めたばかりの扉が内側からどんどんと叩かれているのを感じて、断ち切るように頭を振った。
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