窓辺の君と煌めき

さかいさき

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7.悲鳴

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王城でのお披露目から半月が経過した。

論理回路応用室の面々は、交替で振替休暇を取りながら、大好評の「入室記録器」の受注対応行う組、量産化に向けた改良計画を立てる組の二手に分かれて、仕事を進めていた。当然前者は室長がとりまとめ、後者はトラヴィスが中心となっている。

先日まで、ほとんど姿を見せなかった室長も、売るものが決まると話す内容も増えるのか、週に1、2度は顔をだすようになっていた。


交歓会の2日後。

改めて、塔に集まり、功を成した喜びを分かち合ったあと、今後の仕事は2通りで、組み分けをして行うのだ、と説明された。

順当にいけば、カレンは後者の量産化計画に携わるはずだった。前任のジーンもそちらを担当していたというし、元々カレンは量産「する側」にいた人間だ。指示を受ける側の人間にとって気になる、具体的な費用感や、量産時の困りどころといった、経験を基にした意見を述べられる自信があった。



ところが蓋を開けてみると、カレンは前者の受注対応側に回されたのだ。

受注対応は室長とヒューゴと担当する。お披露目を受けて、興味を持った貴族やその勤め先に導入を検討してみないかと、営業をしたり、注文を決めた先と打ち合わせを行い、個別の改良要望を受けて実現可否を検討するといった仕事が主になるそうだ。

前者の営業は室長が、後者の御用聞きはヒューゴとアリシアが、今まで行っていたそうだが、今回はアリシアの代わりにカレンが担当することとなった。



全ては彼女の気遣いのおかげだ。



というのも、既に最優先で品を収める先として、ヴォラク卿の管轄する薬科省が含まれている為だった。今回の機械は評判が良すぎたために、営業をかけずとも受注が入ってくる金の卵になっていた。少人数で回している論理回路応用室では、一度に受け入れられる受注は精々3,4件だ。加えて直前に仕様変更をしたこともあり、遅れて開発をしようと、お披露目の際には切り落とした機能もある。

そんな中、室長の親類が管理する先とあれば、試行錯誤しながらの提供でも多少の融通が効く、ということで、優先して注文を受けることになったのだ。

その説明を聞いたアリシアが、「普段担当していない業務に携わることで、今後の要件聞きにも役立てられると思うから、今回は自分とカレンの担当を入れ替えて欲しい」といった発言をしたのだ。

一瞬探るような視線を彼女に向けた室長も、アリシアとカレンはお互いの考えや意見を逐次共有し合うことを条件に、ことのほかあっさりと彼女の要求を受け入れた。

私情を持ち込み、バツの悪い気持ちになったカレンだったが、「そんなに重く考えることでもないわ。室長とトラヴィスさん以外はくじで決めることもあるくらいだもん」とくすくすとわらうアリシアに罪悪感も薄れ、大人しく恩恵を享受することにしたのだ。




そうして本日。とうとう薬科省に訪問する日がやってきた。

半月の間、室長やヒューゴと予め聞いている利用目的をおさらいし、こちらから提示出来る機能や具体的な提供期間の試算を行った。

細かな要望の整理や、開発期間の試算、実際の開発作業の手配といった仕事は、これからカレンの主担当となる。

初めての仕事で、ある程度フォローはしてくれると言っていたが、室長もヒューゴも残りの3件の受注対応がある。今日の顔合わせには室長が同行してくれるそうだが、今後1人で訪問することになる、と言い渡されていた。



塔から薬科省のある王城までは馬車で30分程度。向かいに座る室長にもこの2週間でずいぶんと慣れたものだった。

初めの印象こそマイナスを振り切っていた室長だったが、長の名にふさわしい、仕事の出来る人間だった。

慣れない仕事をあてがわれ、どうなることかと思っていたカレンだったが、提案の流れや、調整時に必須の質問等、抑えるべきポイントを2週間で自分の武器に出来たのは、ひとえに室長の指導のおかげである。窓の外を見やる隙がないくらい、集中して臨まなければならない日々であったが、今日の場に臆することなく挑めるだけの自信はついた。

道中、どこまで話を進めるべきか、今後はどう動くか等、再確認をしていれば、到着まではあっという間だった。



先日の交歓会と同じ、王城の執務区画の玄関で馬車をおりる。広間とは反対に執務塔へと続く廊下があり、迷いなく進む室長の後ろを小走りになりながら、ついていった。

日中の執務区画は人の往来が激しい。決して長くはない移動だったのに、たびたび話しかけられては立ちどまる室長の後ろで、その都度、口を閉じたままた端を少し引き上げた。




「さぁここだ」



庭の見える廊下を曲がり、両側に入口が並ぶ壁の左側2番目。

廊下と部屋の間には扉がなく、中は診察院のような待合室であった。


正面にカウンターが用意され、受付係が3人並んでいる。

受付係の1人がカレンたちの姿を認めると、慌ててカウンターの奥の誰かに声をかけていた。

人を呼んでくれている様子に、満足げな笑みを浮かべた室長はカウンターから少し離れた、部屋の角の3人掛けのソファに腰をおろした。

室長と並んで腰かけ、辺りを見回す。待合室には7,8組の人々が待っており、その多くが大きな荷物を抱えている。受付係に呼ばれると、カウンターの端の扉から、その大きな荷物を引き渡し、去っていく。

2組のやり取りを見送った頃、受付係よりも、かしこまった装いの男性が部屋の奥の扉から現れ、中へと案内された。




◇◇◇



通された応接室は品のいい調度品が置かれた上品な空間だった。花瓶に生けられた白い花の香りが心地良い。

すすめられたソファに室長と並んで腰かけていると、この薬科省の長で室長の従兄弟であるヴォラク卿と、昼寝の彼ことダレルが姿を現した。



「お待たせしてすまない。少し出ていてね」


「庭の散歩に熱が入っただけだろう」


「いや、そこですこし興味深いものを見つけてね」


「相手がエルンスト様だからといって全くお前は」


悪びれた様子のないヴォラク卿に眉をひそめて諫めるダレルのやり取りを、ニコニコと眺める室長。

挨拶の相手はヴォラク卿であろうと覚悟していたが、彼まで現れるとは思っていなかった。カレンは鏡を確認しておくべきだったと深く後悔した。



「ヴォラク卿、この度はよろしくお願いいたします」



形式ばった挨拶と共に頭を下げると、一瞬目を大きくしたヴォラク卿がその目を細くする。


「カレン嬢が今回担当してくれるそうだね。こんな美人に相手してもらえるなんて嬉しいよ」


「とんでもございません、お役に立てるよう精進してまいります」


大抑に世辞を並べるヴォラク卿に、眉を下げた笑みを浮かべながら、当たり障りのない返答を返す。

内心ではダレルを前に、大暴れしたい気持ちのカレンは、心の中でアリシアに助けを求めた。

白いシャツに折り目のきいたパンツ姿のダレルは、窓から見えていた姿そのもので、やはり想像の通り、しっかりと磨かれた光沢のある革靴を履いている。

ソファに向かい合って座り、勧められるがまま出されたお茶に手を付けると小さく息を吐いて、跳ねる鼓動を必死に押さえつけようとした。




「カレン嬢はうちへ来るのは初めてだろうが、先ほど受付は御覧いただいただろう」


「はい、そちらで待合室で少し待たせていただきました」


「今のはお前のせいで待った、という意味だぞ」


「なっそんなつもりは‥‥!」


「エルンスト、その女性を困らせて楽しむ癖はいい加減にしないと部下に嫌われるぞ」


「はぁ‥本題に入るんじゃなかったのか」


ぽんぽんと進む気安い様子のヴォラク卿と室長のやり取りをダレルが諫める。カレンだけでは彼らのペースに抗うことができなかっただろう。


気を害した様子もなく、言葉を続けるヴォラク卿は薬科省の役割を説明してくれた。

薬科省では、王国内で流通する薬の承認・管理を主に担当している。

先ほど待合にいた人々は、町の商人たちで、新薬の登録や軍部への納品に来ているそうだ。


新薬の流通には、薬科省への登録が義務付けられており、申請された薬を、薬科省下の機関で成分解析し、問題ないことが認められたのちに、販売の許可が降りる。

市井に住む薬師たちには自身で直接新薬の登録にきて、直接販売をする者もあれば、商家に卸して、そこの者が代理で登録にくる場合もある。そのほかに軍や城への納品で薬を持ち込む者、医院で処方する薬を求めて商家への口添えを頼みに来る医師など、多くの訪問者があるそうだ。

そうした訪問者たちの管理をするのに、先の入室記録器は都合が良いと目をつけられたのだ。

いつ、誰から、どういった用件を受けたのか、受付係が毎日筆記して受けているが、先の数分だけであの人数だ。1日を通すと、数十人の訪問者があるとのことで、管理を簡略化したいとのことだった。



概ねは室長が事前に聞いていた通りの話だった。

受付係が3人いるということは最低3台は機械がいるなとか、お披露目時の形より、当初開発していた機械のほうが都合が良いのでは、とか思うところは多くあった。

しかし、最後の締めくくりのヴォラク卿の言葉に、湧いて出た意見は言葉にすることができなかった。




「こちら側の窓口はダレルが担う。今後の細かい話は彼とつめてくれ」




カレンは再び心の中でアリシアに助けを求めた。


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